更なる旅路へ
1.ちびナイ劇場
ちびナイが短い手足をブンブンと振り回して拳法の型みたいなのをやっている。
徐々にペースをスローダウンして、やがてぴたりと動きを止める。身体の輪郭に沿ってじわりと禍々しい光が漏れ出す。ちびナイは驚嘆の声を上げて、
【力が……力が湧いてくる。かつてない力が。これが私の真の姿なのか】
見た目は特に変わってないが、天使NAiを吸収するか何かして完全体になったようだ。ベースになっているのは残念なほうのナイなのか。早くも噛ませ犬の気配が漂う。
一方、ここ最近で順調に株を上げているのが妹キャラのマレだ。舞台袖からテテテと駆けてきて姉キャラの腕に飛びつく。
【お姉ちゃん! もう立って歩いて平気なの? さっすが〜!】
ちびナイは偉そうにしている。つんと顎を上げてちびマレを見下し、
【妹よ。あなたはもしかしたら私に勝ったつもりかもしれないけど、今の私は単純に考えて二倍のパワーを持ってることになるんだよ。ちょっとカウンタースキルを持ってるからって勘違いしないでよねっ】
合体して強さが二倍とか単純すぎる。大丈夫かコイツ……。
双子に生まれたが特にパワーアップイベントなど起きなかったプッチョムッチョが胡乱な瞳でちびナイを見つめている。
その視線に気付いた様子もなくちびナイは合体イベントで人生大逆転したつもりになっているらしい。ノリにノッている。一歩前に進み出ると観客席のとある一点を見つめて、
【運営ディレクターのョ%レ氏。お遊びは終わりです。私と戦いなさい】
ちびナイの宣戦布告。
観客席のド真ん中にスポットライトが灯った。
例によって例のごとく紛れ込んでいたタコ野郎はタコ足を組み替えて、いつもの台詞を口にした。
【そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ】
ちびナイが鼻で笑って言う。
【それも今日までです。このゲームは今日から私が運営する。あなたの言葉を借りれば、弱さは罪なのでしょう? では、あなたは罪人ということになる】
ョ%レ氏がステージ上のちびナイをじっと見つめる。
【ふむ。ナイ。私は君を高く評価している】
意外な言葉だった。
【女神の加護については賛否両論あれど、プレイヤーがスキルの核心に迫り、このョ%レ氏の種族的な特徴を知るに至ったのは……ナイ。君の存在によるところが大きい。最高指揮官の襲撃という幸運に恵まれた面はあるが、幾名ほどのプレイヤーはこの私の予想を上回った。素晴らしい成果だ】
ョ%レ氏の手放しの称賛にちびナイは特に反応を示さなかった。
イキる姉キャラを押しとどめるようにちびマレが【お、お姉ちゃん……】とちびナイの腕をぎゅっと抱きしめる。
ちびナイは一心にョ%レ氏を見つめている。
【ョ%レ氏。私とあなたのどちらが上なのかハッキリさせましょう。より能力のあるものが上に立つ。当たり前のことです】
その口振りは冷静で、きたるべき時が来たのだという確信に満ちていた。
【私はあなたに勝ち、この下らないゲームを終わらせる。あなたたちが一度はそうしようとしたように】
【それは失敗した。ゲームは終わらなかった】
以前にプフさんとポポロンもそれらしきことを言っていた。
過去に大規模な作戦を実施して惜しいところまで行ったのだろう。おそらくは【ギルド】の掃討を目的としたものだ。全宇宙の全プレイヤーが参加するくらいの規模だったのかもしれない。
彼らは勝利した。しかし【ギルド】は滅びなかった。
暫定エイリアンたちに【ギルド】が不滅の存在であることを疑うものは居ない。それは一度は試したから。【ギルド】の不死性が条件付きのものではないことは検証済みの事柄なのだ。
サッと席を立ったョ%レ氏がステージに飛び乗った。ちびナイの眼前に立ち、至近距離から彼女の真意を探るように瞳を覗き込む。
【ナイ。我々との戦いにおいて君たち天使は一人たりとて説得に応じなかった。たったの一人も。それは君たちの判断や決断が完全な自由意志に基づくものではないからだ。しかし今の君ならば、あるいは……】
姿勢を正したョ%レ氏が偉そうにタコ足を組んで決断を下した。
【よかろう。リクエストはあるかね?】
ちびナイが不敵に笑う。
【そうですね。思い切り暴れられるところがいい。今の私が本気を出したら地形が変わってしまいますから。無駄な犠牲が出るのは避けたい】
小さく頷いたョ%レ氏がバッと反転してちびナイに背を向ける。
【付いて来給え】
ョ%レ氏とちびナイがその場で足踏みする。
ちびマレとプッチョムッチョが小芝居を交えつつ舞台袖に下がっていき、ステージの背景が切り替わっていく。
家の中から森へ。森から砂漠へ。
目的地に到着したョ%レ氏とちびナイがバッと跳躍し、地面から飛び出している岩に着地した。
距離を置いて二人が対峙する。
ちびナイが無言でザッと構える。両手足を前後に大きく開いた前傾体勢。あれは……間違いない。ベジータ戦の悟空の構えだ。パクリやがった。
フッと含み笑いを漏らしたタコ野郎が受けて立つとばかりにスッとタコ足のスタンスを広く取る。こちらはベジータの構えだ。パクリやがった。
ビュウと強い風が吹き、砂塵が舞う。
ョ%レ氏とちびナイのカットインが交錯して激しく火花を散らした。
シャッと幕が閉じる。
アナウンスが走った。
【新たなマップが解放されました】
2.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
アップデートだ。やったぁ。
タコ野郎と残念ナイの茶番はともかく、新マップの追加か。久々の大盤振る舞いじゃねーか。
今すぐにでも飛んで行きたいところだが、生憎と俺のスケジュールは埋まっていた。
ネフィリアの韓国旅行に連れて行かれそうになっている。
いやぁ。興味あるっちゃあるけど、正直それどころじゃないっつーかね。ただ、先生も連れてくっていうのはアレだ。何か考えがあるのかなぁ? そういうアレなの? 俺的には先生を海外に連れ出すのは危ないかなぁって思ってるんだけど。そこんトコどうなのネフィリアたん。
ネフィリアはじっと俺を見つめている。
しばし間を置いてから、ふいっと顔を逸らしてこう言った。
「ヤギ先生にデリートされて困るのは私も一緒だ」
ヤギ先生? 今ヤギ先生って言った? え? なに? ついにデレたの?
「うるさい。私だってな、別にヤギ先生のことを憎んでる訳じゃないんだ。ただ、あの人を越えたいと思っている。お前に変に勘繰られても困るから正直に話してるんだ。茶化すな」
悪かったよ。いや、でもそうか。そうだよな。先生がキャラデリしちゃったらお前との勝負が中途半端になっちゃうもんな。信じるよ。
で? 先生を韓国に連れて行ってどうするんだ? 何を企んでる。言え。
「……今後、ブライトのジョブ持ちが増えるとは思えない。賢者の称号が前提条件というのは厳しすぎる。職性能にしても三次職と比べてさほど強力なものではなさそうだ。これがディープロウやペールロウに匹敵するものであれば、狙って転職するものも現れるだろうが……」
俺も同意見だ。
他のゲームならいざ知らず、このゲームで攻撃魔法と回復魔法を両方使えるというのはあまり意味がない。【重撃連打】を使っても自己回復できるから死なずに済むくらいか。もっともそれに関しても別口でヒーラーを用意すれば済む話だ。
要するに攻撃魔法と回復魔法はコンボが組みにくい。無理に運用法を挙げるとすれば、一対一のPvPで二者択一を迫るか、もしくはウチのポチョりんみたいに大丈夫な日(?)に俺をデスペナ限界まで殺すくらいだろう。
ヴァルキリーやボランティアのほうが職性能は上だ。浪士もそうだな。あれは【スライドリード】の三段階目を使える。日本サーバーだと三段階目を解放できてないから意味ないけど。
現状、ブライトは転職条件が厳しい割には使い道が少ないジョブだ。よって無理に転職しようとするプレイヤーは少なく、そもそも賢者の称号持ちが数えるほどしか居ない。
そして、だからこそ俺は焦っているのだ。放っておいてもブライトが増えるとは思えない。希少なブライトの謎を解き明かすために俺の先生を誘拐しようとする輩どもは必ず現れる。そいつらはすでに皆殺しにしたが、ゴミどもは何度でも蘇る。殺して殺して殺し尽くしてロストまで追い込んだとしても同じことだ。本当に性質の悪いゴミはロストすら乗り越えて俺と先生の平穏な暮らしを邪魔してきやがる。
ではネフィリアは一体何を考えているのか? 聞いてみよう。
ネフィリアにはネフィリアなりの葛藤があるようだった。
「……勘違いはするな。私はGoatの味方をするつもりはない。しかしコタタマ、お前はあの着ぐるみを捨て置いて私に付いてくることはないだろう。だから仕方なくヤツも一緒に連れて行ってやるんだ」
ハイハイ。そういう体なのね。で?
ネフィリアが宣言した。
「Goatの……ヤツの新ジョブは私が受け継ぐ」
俺はガタッと席を立った。テーブルをバンと手のひらで叩いて言う。
ふざけるな。ネフィリア。お前には無理だ。先生がお前にブライトのジョブを差し出すことはない。
「私が適任だ。私ならば【ギルド】を護衛に立てることができる。【歩兵】の狙撃に対してプレイヤーは無力だ」
できる、できないの話じゃねえんだよ。
ブライトは光のクラスだ。ネフィリア。お前は今までゴミどもに何をしてきた? 自分の胸に手を当てて聞いてみろ。自分自身が先生のジョブを継ぐに相応しい人間なのか聞いてみろよッ。あり得ないんだよ、そんなことは!
俺も宣言した。
ブライトを継ぐのは俺だ。
ネフィリアがかすかに目を見張った。
「考えることは一緒か。まぁいい。私かお前か。結局は同じこと……。新マップが解放されたようだが、韓国行きは決行する。時間がないぞ。いや、より事態はひっ迫した」
それに関しては俺も同意見だった。
ちひナイ劇場の内容から、解放された新マップは砂漠エリアだろう。ポポロンの森と隣接している。
そう、GW前にプフさん率いる俺らが突撃した、あのマップだ。
俺は宇宙からこの星を眺めたことがある。最初のバトルフェーズでの出来事だ。ネフィリアも俺と同じように地形の照らし合わせをしたのだろう。
俺たちは、ついにエッダ海岸とは反対側……大陸の内陸部に駒を進めることになる。
つまりサーバー間の陸上経路が解放された。
全サーバーのプレイヤーが砂漠マップを経由して自由に他国に行き来できるようになる。
衝突は避けられない。
そして、それはマップが解放されるたびに激しさを増していくことになる。
大砂海を乗り越えた先に何があるのかは分からない。巧妙に隠されていた。
しかし大陸の中央には何かがある。
マップの構成上、そこは全サーバー共通のエリアということになる。
砂漠マップの解放により種族人間はかつてない激動の時代を迎えることになる。
が……それは前哨戦に過ぎないのだと誰もが理解していた。
俺とネフィリアは額を突き合わせて吠えた。
先生のブライトを継ぐのは……。
「俺だ」
「私だ」
これは、とあるVRMMOの物語。
Goatにも選ぶ権利はあると思います。
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