ネフィリアさんの日常
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
人間増幅器、カートリッジの怖さは、それが技術であって万人に適用しうるという点だ。
ジョンの専売特許ではないということ。
中国の仙人は強力なユニットだが、量産するのは難しい。いや、量産したところで使い物にならないかもしれない。自国が危機に陥ってもそれがどうしたと考えるのが仙人だ。
日本とアメリカは良好な関係を築いてきた。だから、メイドインUSAのプレイヤーがこっちで女神像の登録をするのを見過ごしてきた。
アンドレやカレンちゃんクラスのプレイヤーがドコに潜んでいてもおかしくはない。そいつらがカートリッジで武装していたなら誰も止められない。
道行くゴミどもの幾ばくかが妙な反応を示した。足を止めて虚空を見つめる。……6sTVか? 多数のプレイヤーが利用するコンテンツを作り上げることができたなら、ゴミどもをコントロールできる。支配できる。緊急速報を流したりな。サトゥ氏がやろうとしているのはそれだ。
マジュンくんの殺害成功を発表したカレンちゃんが笑みを深めて、円環状に複雑な紋様を浮かべる。放たれた黒い波がゴミどもの【戒律】と接触してバチバチと黒い稲妻が上がる。それは一定の条件を満たしたプレイヤーにだけ適用されるようで、俺もその一人だった。うおっ……!
アナウンスが走る。
【Fear】
フィアー。恐怖か?
俺は思わず後ずさりした。意思に反して指先が震える。
アビリティだ。それも種族人間のスキルにしては強力で有用な。来ると分かってればレジストできそうな絶妙な塩梅だった。
種族人間のリソースは少なく、それゆえに確実な効果を求めるなら発動に条件を要する。似た系統のアビリティを重ねて【限界突破】するという手もある。
人間の脳はいい加減な造りをしている。
恐怖を発信したカレンちゃんが別人のように見えた。ともすれば冷たく見える美貌が、今やひどく遠のいてしまったかのようだ。
通行人を装っていた攻略組のゴミどもが一斉に各々の武器を抜いてカレンちゃんを取り囲む。
カレンちゃんはフッと笑い、
「憂さ晴らし? 今更、私を殺して何になるの? 言ったでしょ。私やアンディくらいのプレイヤーは他にもたくさん居るって」
攻略組のゴミが答える。
「いいや、よく分かったよ。あんたらは格上だ。マトモにやってちゃ勝てない。泳がせるのはヤメだ。あんたを自由に動かしたのは失敗だった。【宝石箱】の指揮官は、この場で潰す」
カレンちゃんの怪訝な顔。
「【宝石箱】? ああ、【BOX】のこと。こっちだと、そういうニュアンスになるのね」
カレンちゃんが所属するクランの名称だ。【BOX】を直訳すれば「箱」なのだが、言葉には熟語や慣用句といったものがある。
日本語だってそうだ。例えば「明るい」という言葉を俺たちは光量が高いという意味だけではなく、将来の見通しが良いという意味でも用いる。単語は複数の意味を持ち、英語の「Box」は必ずしも日本語の「箱」とイコールではない。
つまり完全な翻訳というものは存在し得ないのだ。
カレンちゃんがくすぐったそうに身をよじって笑う。
「ふふふ。宝石箱ね。シャーリーが聞いたら怒りそう」
かつてジュエルキュリがョ%レ氏の元に走ったことで、カレンちゃんとアンドレはジョンの下に付くことを決めた。
だから、ジョンやカレンちゃんにとってクラン【BOX】はジュエルキュリが帰ってくる場所という意識があった筈だ。
「でも、いいわ。気に入った」
そう言って腰の鞘から小剣を抜いたカレンちゃんが大きく飛び退いた。ゴミどもが追う。
カレンちゃん一人に対して攻略組のゴミどもは五人。
「ちょっとゴメンね」
邪魔な通行人を押しのけたカレンちゃんがウィンクして非礼を詫びる。間近でカレンちゃんの美貌を目にした通行人は美人に話し掛けられると一発で惚れるパッシブスキルが発動したらしく「あ」だの「う」だのと呻いて道を譲った。
ゴミどもが迫る。
カレンちゃんが魔石を取り出してクラフト技能を発動した。小剣の柄を追加して伸ばしていく。小剣が槍になった。
カレンちゃんの本職は槍使いだ。以前にジュエルキュリがそう言っていた。
カレンちゃんが槍を左右に振り、遠心力を利用して地を滑るように動く。トリッキーな動きにゴミどもが攻めあぐねる。カレンちゃんに一番近い男が指を振って指揮を執る。
「ニイ、サン!」
二人組と三人組による波状攻撃。
槍の有用性は歴史が証明しているが、この世界にはスキルがある。地球とは前提が異なる。人間の間合いが異なれば、リーチの長さが不利に働く局面も出てくる。
カレンちゃんは後退しながらゴミどもの攻撃を器用にさばいていく。レベルが高い。膂力の強さに加えて、遠心力を乗せた一撃にゴミどもが手を焼く。
しかし数の優位性は覆らない。
玉のような汗を流すカレンちゃんにゴミリーダーが降伏を勧告した。
「確かに強い。強いが、たった一人に何ができる。降伏しろ。お前には聞きたいことがある」
レベルが上がれば上がるほどレベルアップに要する経験値は増えていく。トップクラスのプレイヤーとモブキャラの実力差は埋まっていく。
しかしモブキャラだって人間だ。リアル金髪碧眼の美女と親しくなって(中略)「ステキ!抱いて!」ってなる夢を見る権利は誰にでもある。
通りすがりのゴミがカレンちゃん側に付いた。
「おいおい、女一人を取り囲んで何してる? 見過ごすことはできないな……俺の信条に反する」
攻略組のゴミが嬌声を上げて【全身強打】を放った。カレンが槍の石突きで地面を叩き、棒高跳びの要領で大きく飛び上がって光の輪を躱した。通りすがりのゴミが破裂して死んだ。
カレンの着地の瞬間を狙って攻略組が攻撃を仕掛ける。ついさっき彼女はクラフト技能を使った。生産職に転職している。【スライドリード(速い)】はないと見ての突撃だ。
だが、カレンちゃんのレベルは間違いなく30を越えている。その領域に達した生産職が何をできるのかを俺たちは知らない。将来有望な生産職が何を勘違いしたのか最前線に出てきて大量ロストしたからだ。
エンドフレームの大量投下が、いずれこうした事態を招くことは分かっていた。
カレンがスタジャンのポケットから複数の魔石を取り出した。ジャラジャラと魔石を鳴らして、手を大きく横に振る。魔石が繭に変換され、激しい稲妻のエフェクトが走る。繭を突き破って生まれた魔槍を手にしたカレンの動きが目に見えて変わった。槍に引きずられるように一気に加速。繰り出した魔槍の穂先が、攻略組のガードを貫いて両腕をへし折った。しかしゴミはひるまない。使い物にならなくなった両腕をだらりと垂らしてカレンに突進する。左右に展開した攻略組の近接職が嬌声を上げて【スライドリード(速い)】を発動した。
攻防が加速する。
闘争の輪が広がっていく。
我慢できなくなったモブキャラが続々と参戦してくる。興奮したゴミどもがドサクサに紛れて殴り合いの喧嘩を始める。
カレンちゃんがアメリカサーバーの刺客だろうと何だろうとゴミどもにとってはどうでもいいことだった。彼らはカレンちゃんの美貌を惜しんだのだ。人間の価値は内面だの何だのと言っておいて結局はこれだ。
俺はシルシルりんとツヅラ、クリケットを連れてワーワーと歓声を上げるモブに混ざった。
マジュンくんがやられたと聞いてツヅラが暴れるのではないかと危惧していたが、意外と冷静だ。むしろカレンちゃんの戦いぶりに目を奪われているようだった。
「……カッコいい。マジュン様みたい」
あ〜……。そのマジュンくんがカレンの仲間にやられたみたいなんだが、大丈夫か? 一人で突っ走るのはナシな。
「? 何を言ってる。私はマジュン様がPvPに負けたからって怒りはしない。むしろ君主のジョブはメイヨウ様に預けたほうがいいと、ずっと思っていた。負けることができないというのは凄く不利だ」
まぁ残機が一つ減るだけだからな。
おっといけない。シルシルりんがイキナリの血みどろの抗争に怯えてしまっている。俺はツヅラの人差し指を引っ張り、小指を折り畳んだ。俺の意を汲んだロリキャラがシルシルりんを慰める。
「シルシル。私の後ろに隠れてろ。お前は私が守ってやる」
俺はうんうんと頷いた。
クリケットもシルシルりん守り隊に参加表明した。
「私も付いてるっスよ!」
だが、このコオロギ女はそろそろ門限が迫っているようだ。
ネフィリアたんが迎えに来た。露店バザーに行ったきり戻ってこないクリケットを心配したのか何なのか、さも偶然を装って俺たちに声を掛けてくる。往来で派手に殺し合いをしているゴミどもを邪魔臭そうに見ながら、
「クリケット。買い物はどうした」
クリケットが「あっ」と声を上げた。
「ネフィリアさん! 買い物はまだっス。途中でタマっちと会って……」
ネフィリアと愉快な仲間たちでは、食事当番を小娘たちで回している。ネフィリアは家事を一切しない。しかし何故か偉そうだった。
「早くしろ。食事は大切だ」
腹ぺこネフィリアが俺を見る。
「コタタマ。またロストしたな。ロストしたら私のところに顔を出せ。横着するな」
そう言って嫌がらせのゴミスキルで俺をいたぶってくる。やめっ、ヤメロ!
「そもそもロストするな。動画を見たが、あの場面でお前がロストする必要はまったくなかった」
強いほうのNAiが攻めてきた時のことだろう。
俺は反論した。
そんなことねーよ。先生を死なせたくなかったのは確かだけど、俺が身体を張ったからマレは助かったんだぞ。俺はがんばった。俺は偉い。そのおっぱいで俺を褒めろよ。
ネフィリアは杖をちょいちょいと振って俺を氷責めしてきた。ひゃっこい!
「だったら、もっとちゃんと恩を着せろ。お前がロストしても、またかと思うだけでGMはちっとも感謝してる様子がなかったぞ! あんな植物女にうつつを抜かしてからに!」
冤罪! 冤罪です!
悲鳴を上げて逃げようとする俺を、ネフィリアが引きずり倒してバンバンとゴミスキルをぶつけてくる。
俺はツヅラに泣きついた。
ツヅラさん助けて! 悪い魔女が俺をいじめるんだよ〜!
ロリキャラがよしよしと俺の頭を撫でてくる。ネフィリアを見上げ、
「反省しているようだから許してやれ。私からもキツく言っておく」
ネフィリアはジトッとした目で俺を見ている。
「……呪骸の母性本能をくすぐってどうする」
ツヅラさんは優しいんだ。俺を甘やかしてくれる。スズキの影響かもしれない。あの半端ロリは俺をダメにする太ももとワザを持っている。
むっ、シルシルりんが何か言いたそうにしている。どうしたんだいシルシルりん?
シルシルりんは勇気を出して悪い魔女に話し掛けた。
「あのっ、ネフィリアさん。カレンさんを助けて貰えませんか? ネフィリアさんはコタタマりんのお師匠様で……凄い人だって聞いたことありますっ」
ネフィリアはシルシルりんの頬をむにむにと引っ張った。
「放っておけ。そんなことより、お前。料理はできるか?」
「えっ。あ、はい。まぁ普通に……」
それはいい、とネフィリアはシルシルりんを小脇に抱えた。
「連れて帰ろう。クリケットの手料理は大雑把であまり美味しくない。コタタマ。お前も来い」
コオロギ女がむっとして頬を膨らませた。
「ネフィリアさんひどいっス! 私だって女の子なんスよ!」
しかしシルシルりんの手料理には興味があるようだ。すぐに機嫌を直してネフィリアの横に並ぶ。
ネフィリアに抱えられたシルシルりんが手足をバタバタしている。
「は、離してください! カレンさんが……!」
俺はシルシルりんを説得した。
大丈夫だよシルシルりん。あれは狩りだから。レベル上げしてるの邪魔しちゃ悪いよ。それにカレンはネフィリアと知り合いなんだ。ささやきを入れておけば追ってくるだろうし、あの人もきっとシルシルりんの手料理を食べたいと思ってる。喜んでくれるよ。
……もっともささやきを入れるつもりはないがね。恋のライバルにシルシルりんの手料理を振る舞ってやるほど俺はお人好しじゃない。
俺たちはカレンちゃんを残して露店バザーを後にした。
2.エッダ水道-深部
しかし死に戻りしたカレンちゃんに先回りされた。
ネフィリアんトコの秘密基地の手前にて。
猫の集会みたいに脚を折り畳んで地べたに丸くなっているクソ虫さんたちをカレンちゃんが撫でている。
……この【ギルド】はもうダメだな。当初のギラつきを一切感じない。ネフィリアが何かと甘やかすからこんなことになるんだ。
いや、甘やかしているのは小娘どもなのかもしれない。クリケットが近寄ると、クソ虫さんたちはサッと立ち上がってコオロギ女の足に身体をすり寄せた。まとわりついてくるクソ虫さんたちにコオロギ女も満更ではない様子だ。
「今日のごはんはシルシルりんが作ってくれるっスよ!」
こちらに気が付いたカレンちゃんがニコッと笑う。
ちっ……! 俺は胸中で舌打ちした。
無事にカレンちゃんと合流できてシルシルりんはホッとしたようだ。
「えっと、あんまり期待しないでくださいね? 普通の家庭料理なので」
ネフィリアが偉そうに頷く。
「構わん。私は自分の部屋に居るから、出来たら呼べ」
さっさと歩いていくネフィリアが、不意にこちらを振り返った。
「ああ、それとコタタマ。旅行の準備をしておけ。近々韓国サーバーに行くぞ。不本意だが、あの着ぐるみも連れて行ってやる」
なに?
俺はネフィリアの真意を問い質そうとするが、シルシルりんが俺の裾をちょこんと摘んでいたので後回しにすることにした。
どうしたんだいシルシルりん?
シルシルりんは恥ずかしそうに俺からサッと目線を逸らして、消え入りそうな声で呟いた。
「……あの、今日は楽しかったです。でも、こ、今度は二人きりで……」
俺はにっこりと笑った。
もちろん分かってるよ。今回だって邪魔さえ入らなければそのつもりだったからね。
シルシルりんの手料理はとても美味しかった。決め手の調味料は、やっぱり愛だね。
何やら世界情勢が大きく動いたようだが、そんなことはどうでも良かった。
戦争なんて下らないぜ。やりたい奴らで勝手にやればいい。
俺は愛に生きる。
これは、とあるVRMMOの物語。
師が師なら弟子も弟子。
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