セクハラの魔眼
1.クランハウス-先生の居室
「集中しなさい。コタタマ。集中だ」
先生の居室で精神の修養をしている。
俺はもう運命の女神様とやらを出会い頭にブン殴る自信がある。
何をやってもケチが付きやがる。先日の生放送の顛末もそりゃあひどいもんだった。
首尾良くアンパンを始末した俺は、やっぱり気になって自分が出演した放送を視聴してみたのさ。ちょっとしたスター気分だな。るんるんたってもんよ。もっともそんな気分はすぐに吹き飛んだがな……。
思うにあの手の動画で流れる視聴者コメントは顔写真と氏名、ついでに残りの寿命が出るようにしたほうがいい。匿名性ってのは悪しき文化だと思うぜ。案の定、罵詈雑言の嵐よ。あれだけ俺がお膳立てしてやったにも拘らずハナから俺がアンパンを殺ったと決め付けて掛かりやがってよぉ。何が死神の眼だ。ふざけんな。いくら探したってノートの切れ端なんざ持ってねえよ。
何より俺の機嫌を損ねたのがサトゥ氏だ。あの野郎、俺に黙って2カメを仕掛けてやがった。最悪だぜ。俺がアンパンの死に涙する感動の名場面が、別アングルから捉えた悪い笑顔で死にゆくアンパンに勝ち誇る俺の図にすり替わってやがった。しかも2カメを担当してたのはリチェットだ。俺は目を使ってる時に視界に入り込んだものは後で思い出せる。位置関係からいって間違いない。なあ、リチェットさんよ。俺の良心を信じてるっつー話じゃなかったか? 何を決定的な瞬間をカメラに収めてんだよ。
お陰で生放送は俺が目障りなアンパンを謀殺してネフィリアに罪をなすり付けようとした殺人ショーみたいな扱いになっちまったじゃねえか。単なる事実ってところがまた気に食わねえ。
怒り心頭に達した俺は裏切り者を懲らしめてやろうと巣作りに入った。巣作りはネフィリアの魔の手から逃れた時以来になるか。真の絶望というやつを教えてやろう……。そう思ったのだが、先生が迎えに来てくれたので俺は巣作りをやめて一緒に帰ってきた。
そしてこう言われた。俺には我慢が足りないのだと。道理を曲げて邪魔者をとりあえず殺そうとするから失敗するのだと。俺は目から鱗が落ちる思いだった。
かくして俺は先生の居室で座禅を組み、宇宙との一体化を試みている。
雑念を捨てるんだ。イメージとしては使用頻度が低いファイルを雑念フォルダに放り込んでゴミ箱にドラッグ、右クリックしてゴミ箱を空にする感じか? しかし使用頻度が低いと言っても中にはお宝も混ざっていて……
「コタタマ。集中しなさい」
あ、はい。集中……。おっぱい。……おっぱいだと? どういうことだ……。
「コタタマ。そのまま聞きなさい」
あ、はい。
「私は魔法の使い方をマニュアル化するにあたって濃縮法という手法を選択した。しかし実を言えば、濃縮法は正しいアプローチではない。本来、人間には魔法を使う器官は備わっていないからだ。そして備わっていないがゆえに、私は既存の器官を用いる方法を教材とした。だが、魔法やスキルにその先があるというのであれば、私は余計なことをしたのかもしれない。アプローチとしてより正しいのは、恐らくサトゥが言っていたように人間という枠組みから外れたものを利用することなのだろう。魔法はレイド級ボスモンスターが持つ力だ。彼らの真似をすることがもっとも正しく理に適っている」
なるほど。
うんうんと頷く俺を、先生が指差した。いや指差したというのは変か。ひづめ指した。
「それだ!」
えっ、どれ!?
「コタタマ。今、君は集中できていたぞ。人の身体は興味がある話を聞く時に余計なことを考えないよう出来ている。言われたことを素直に受け入れようとするからだ。一般的に子供の物覚えが良いと言われるのは、自然と集中できているからだ。そして大人になるにつれ、その能力は衰退していく。それが飽きだ。飽きは習慣的な拒絶に等しく、フィルターを通して情報を取捨選択する機能を悪用したものだ。コタタマ。人間は成長できる。飽きにくい脳を作りなさい。そのためには、あるがままに受け入れることだ。怒りで世界と向き合ってはならない。それは間違った集中の仕方だ。君にそれを植え付けたのはネフィリアだな? 彼女は私が教えたことを悪いことに使おうとする……」
あるがままに……。怒りを捨てて、許すということ。俺は……。
「やあ、コタタマ氏!」
サトゥ氏が乗り込んできた。
「ピャアアアアアアアアアアアアアア!」
俺は奇声を上げてサトゥ氏に掴み掛かった。
「ひぎぃっ!」
サトゥ氏が【スライドリード】を発動した。速い。だが何人たりとて俺の目から逃れることはできない。見えるぞっ。がしかし身体が追いつかずマウントを取られた俺はボコボコにされた。
先生がサトゥ氏を投げ飛ばした。俺とサトゥ氏は距離を挟んで威嚇し合う。
「もるるるるるるっ!」
「もるぁっ、もるあっ……!」
圧倒的な実力差を頬で感じ取ったので俺は少し弱気だ。
先生が割って入った。
「やめなさい。そう容易く人間性を手放してはならない」
「もるるっ……」
俺は先生にしがみついた。
「ああ、こんなに怯えてしまって……可哀想に。怖かったね。よしよし」
ふにゃあ。
ふっ、サトゥ氏。見たかね? これが俺と先生の絆だ。よその子は去るがいい。
先生によしよしされてすっかりご満悦の俺。先生の目を盗んで勝ち誇ると、サトゥ氏はとても良い顔をした。くくくっ……いい吠え面だ。その顔が見たかったんだよ。
「先生! 騙されちゃダメだ! コタタマ氏っ、その悪意……! なんという……ネフィリアはなんという怪物を育て上げてしまったんだ……」
失礼な。誰が怪物だ。
おののくサトゥ氏に先生がぴしゃりと言う。
「サトゥ。君はコタタマを騙したね。意図的に説明を怠った。そうだろう?」
「い、いや。カメラマンを複数配置するのは至極当然のことであって……」
「私は一言もカメラのことだとは言っていない。やましいことがあるから曲解する。が、そうではない。私が言っているのは、MPKの件だ」
ん? どういうことだ?
「コタタマ。サトゥはね、最初から君にMPKをさせるつもりで出演の話を持ち掛けたんだよ。ただ、恐らくはクランで意見が割れたのだろう。もしくはサトゥ個人の腹案だったのかもしれない」
「待ってください。それは誤解だ」
サトゥ氏が待ったを掛けた。
「ただ、予想以上にコタタマ氏の技術は意味が分からなかった。それで俺は直接問い質すためにここに来た。そういうことですね?」
おい、誤解を正す努力を放棄するな。
MPKだぁ? ネフィリア対策か? あいつは攻略組で遊ぶのが好きだからな……。ちょっかいを掛けられたのか?
俺がそう尋ねると、サトゥ氏はさもあらんと頷いた。
「証拠はない。しかし悪いことが悪いタイミングで重なり過ぎている。俺はこれまで数々のゲームで物欲センサーを搭載した男と言われてきたが……メンバーに俺だから仕方ないみたいに言われるのは納得が行かない」
しかしネフィリアは廃人じゃないぞ。あいつは睡眠時間はキッチリと取る。お前らの毎日が夏休みペースに付き合うことはない筈だ。
「全てがそうとは言わない。しかし半分くらいはネフィリアの仕業に違いない」
いいや、半分もない。多く見積もっても三分の一。お前はしょせん物欲センサーを搭載した男なんだ。
「仮にそうだったとしてもネフィリア対策を怠ってもいい理由にはならない筈だ」
そりゃあそうだが……居るか居ないかも分からないネフィリアの影に怯えて対策を打ち続けるのか? それこそ本末転倒な気もするが……。
するとサトゥ氏は意を決したようにこう言った。
「単刀直入に言う。コタタマ氏。死神は今ここに居るのか?」
居ねえよ。俺は新世界の神じゃねえ。
だが仮にお前らがネフィリアを追い詰めたとして……ヤツの目が充血してたら注意しろ。仕込みを終えている証拠だ。血の涙を流してたら諦めろ。もうお前らは助からない。
「なんだそのラスボス感溢れる演出は……」
俺とネフィリアは目を使う。
詳しく知りたいか? いいだろう。だが、その代償としてお前の寿命を半分ほど頂こうか……。
「お前が死神じゃねーか!」
ま、冗談はさて置きだ。
悪いことは言わねえから、MPK対策を広めるのはやめておけ。対策を知るってことは、その気になれば俺やネフィリアと同じことができるようになるってことだ。遠回しにクラン脱退を勧めてるようなもんだぜ。モンスターのヘイトコントロールに味方は邪魔だからな。段々付き合いが悪くなっていき、ある日を境に消息を絶つだろう。次に会った時、そいつはネフィリアの右腕になってるんだ。なかなかドラマティックな展開じゃねーか。悪くねえな。よし、やるか。
先生が補足した。
「基本的なことだが、MPKは恨みを買う。トップクランが執るべき手段ではないよ、サトゥ。諦めなさい」
俺は食い下がった。
先生、どんな武器も振るう人間次第ですよ。俺は人間の可能性ってやつに賭けてみたいんです。
「……力を持てば人は振るいたくなる。無用な力は身の破滅を招く」
先生! 俺の目を見てください。俺がそんなことをするような人間に見えるんですか?
先生は俺の目を見た。
「少し充血しているね」
ああ、そういえばさっきまで巣作りしてたんだった。
俺は断念した。
これは、とあるVRMMOの物語。
人間は余りに脆く、脆弱だ。魔物を利用したくなるのは当然のことだろう。それが悪しき甘美であればあるほど。誘惑にどこまで抗えるか。
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