不穏なる追跡者
1.戦績発表
戦いが終わった。
【ギルド】連中とは痛み分けといったところだろうか。俺たちプレイヤーはレイド戦ともなれば実質的に無限の生命力を獲得するに等しい。当初こそ司令部はボスモンスターを無視して【ギルド】を叩くつもりだったようだが、その見通しは甘かったと言わざるを得ないだろう。つまり坑道で暴れるマールマールさんを無視するのは物理的に不可能だった。最終的には俺たちと【ギルド】の間で暗黙の了解が成立し共同戦線を構築したのだが、栗鼠とハムスターが手を組んだところでライオンに勝てる筈がない。俺たちはありとあらゆる手段を尽くして巨大モグラに挑んだが、有効打を与えるには至らず散々に蹴散らされた。
制限時間を過ぎ、ぴたりと動きを止めて普通に歩いて帰って行ったマールマールさんに追撃を仕掛ける者は誰一人として居なかった。パッシブスキル【女神の加護】は折れた心までは保証してくれないのだ。
かくしてマールマール鉱山をめぐる領地戦は終結した。
残すは締めとなるリザルト発表だ。戦績に関しては領地戦に参加しなかったプレイヤーも自由に閲覧できるぞ。
当然、俺は下から数えたほうが早いくらいの順位だ。けどレベルは上がった。
【コタタマのレベルが上がった!】【2→3】
【最終Kill数:121】
【ティナンたちが喜んでいます】【報奨金が入金されました】
ティナンというのは可愛いほうのNPCのことだ。種族名からしてもう【ギルド】より可愛い。これは運営の罠なのか。いや、たとえ罠だとしても俺たちはティナンと運命を共にするだろう。
上位入賞者の戦歴が発表されていく。
キル数を稼げるのは、やはり魔法使いだ。このゲームは魔法使いゲーであると断言できる。けど俺は魔法使いだけはやりたくない。脳の血管が切れそうで怖いと言えば大多数のプレイヤーは共感を示してくれるだろう。実は生産職も簡単な魔法なら扱えるんだけど、魔法を使うと脳幹に血が集まって熱くなる感じがするんだぜ。健康に支障はないらしいが怖いものは怖い。
しかしどんなにつらくとも、一定数の魔法使いは居るのだ。上位を独占した人間爆弾さんたちを俺たちは心より祝福した。いや独占というのは言い過ぎだな――
【Mare-Mareのレベルが上がった!】【3024→3025】
【最終Kill数:68345】
ボスモンスターのインフレがとどまるところを知らねえ。
【おめでとうございます!】【Mare-Mare さんがMVPを獲得しました!】
獲得しましたじゃないよ。あんな怪獣から一体誰がMVPを奪えるんだ。まずボスモンスターを評価対象に含めるのはやめなさい。
2.山岳都市ニャンダム
報奨金を手付かずで持ち帰ると頭のおかしいクランメンバーが何を言い出すか知れたものではないので、街に立ち寄ることにした。
山岳都市ニャンダムはNPCの街だ。街の名前も可愛い。
山の斜面にティナンの家が連なっており、中腹を見上げると立派なお城が建っている。
ティナンは人間よりもずっと身体が小さいため、街中を歩いているとちょっとした巨人の気分を味わえるだろう。ただし物珍しさに往来で立ち止まっていると、むしろ珍しいのは外来種の人間であり立場が逆であることを思い知らされるから注意が必要だ。
遠目に見えるお城を眺めていた俺は、気付けばティナンに囲まれて挙動を観察されていた。
ティナンの外見を簡単に説明すると、小さなエルフだ。耳が長く、人間で言うところの小学生か中学生くらいの背丈しかない。あざとさもここまで来るといっそ清々しいね。
なんとなく頭を下げて謝罪すると、ティナンたちは一斉に首を傾げた。
俺はぺこぺこと頭を下げながら包囲網を脱出して逃げた。
動物園で寝てばかりいるパンダを見るような視線に耐えきれなかったのだ。
3.露店バザー
俺が街に足を運んだのは露店巡りをするためだ。
ネトゲーと言えばやっぱり露店は欠かせないよな。近年はオークションに取って代わられた感があるけど、一時の盛況ぶりを知っている身としては露店の不自由さ、ままならなさが無性に懐かしい。思うに苦労した分だけ掘り出し物を見つけた時の喜びが大きかったからだろう。
そして、どうやら俺と同じ思いを持つプレイヤーは多いようだ。他に遣りようもあるだろうに本日も性懲りなく露店に足を運んだプレイヤーでバザーは賑わっている。一口に露店と言ってもそこにはVRMMOならではの問題点もあって……おや?
……どうやら不審者を見つけたようだぜ。
俺は目がいい。魔物の群れをコントロールするために鍛えたのだ。
俺の視線が向かう先、一人の男が物陰に身を潜めてバザーに迷い込んだと思しきティナン女子を鋭い眼差しで見つめていた。
あれは本物だな。反対側から見ると丸見えなのに周りの目を一切気にしない潔さが野郎の本気度を窺わせるぜ。
さっそく通報しようとする俺だが、直前になって思いとどまった。あの変質者、誰かと思えばウチのクランメンバーのアットムくんじゃないですか。常日頃から変態だ変態だとは思っていたが、これはひどい。
よっぽど通報してやろうかと思ったが、あの男は腐っても聖職者だ。もしかしたらNPCの依頼を受けて娘さんの初めてのお遣いを見守っているという可能性はある。
俺は慎重に忍び寄りつつ八割方実刑が確定している変態紳士との対話を試みた。周りのプレイヤーの皆さんに同類だと思われるのは嫌なので、ここはささやきの一手だろう。
特定の個人にメッセージを送るささやきは普通のネトゲーならプレイヤーに標準装備されている機能の一つなのだが、このゲームでは魔法の一種という扱いになっている。彼我の距離を無視した遠話術という、よくよく考えたら既存の概念を破壊しかねない危険性を秘めた所業だからだ。
覚悟を決めた俺は大きく深呼吸すると、脳みそに力を込めるというリアルではあり得ない感覚に身を委ね、主観ではあるがぎゅっと縮まった脳みその一部を脳幹へと移していく。何かヤバめな脳内麻薬がうっかり漏れ出した感じがすれば準備完了だ。
「んっ……!」
ささやきは生産職でも使える簡単な魔法だが、それでも恥ずかしい声が漏れるのは避けられない。俺はくしゃみが出そうで出なかったふりをして周囲の目を誤魔化すと、俺をこんな目に遭わせた変態の脳内に直接罵倒を叩き込んだ。
『おい。そこの変態。お前何してる』
一心に幼女の姿を目で追っていたアットムがびくっとした。
受け取る側に心の準備を許さないささやきは、実際にやられるとかなりびびるし気持ち悪い。声を掛けられるのとは違い、相手との距離感がまったく掴めないのだ。ささやきを悪用したパーティーアタックなんてのもウチのクランでは日常的に見られる基礎戦術の一つだ。
「コタタマ、か?」
アットムは振り返って俺を見た。
この時、俺とヤツの距離は既に互いの獲物の殺傷圏内に収まっていた。ヤツの返答次第では、俺はこの事案を容疑者ごと闇に葬るつもりでいた。これ以上、先生を悲しませたくないからな。
どう対応すべきか迷う素振りを見せたアットムに、俺はあえて視線を外しちらっとティナン女子を見る。それだけで全てを悟った変態は、あろうことか堂々と通りに身を晒して俺の眼前に立った。
「コタタマ」
静かな声。綺麗な目をしていやがる……。牧師として命の尊さを人々に説く聖職者の目だ。俺はお前を信じてたぜ、アットム。思わず安堵の笑みが漏れた。
借りパクした斧の柄から手を離した俺に、アットムは言った。
「僕はロリコンだ」
「なっ……」
俺は絶句した。
意表を突かれたと言ってもいい。かつてこれほどまでに己の性癖と真摯に向き合い、答えを見出すに至った男を俺は見たことがなかった。
するとアットムは寂しそうに笑って、
「いや、ロリコンでもあると言った方が正しいかな……」
くそっ、どうしたらいいんだ。予想以上の変態だった。今すぐ殺して埋めてしまいたい。しかしアットムは誠実な男だった。佇まいこそ静かだが、逃げも隠れもしないという尋常ではない気迫を感じる。
一人の男として負けたくないという思い。ここで殺すには惜しい変態だという思い。様々な思いが交錯し、俺は観念して溜息を吐いた。
「アットム。俺は自分がロリコンかどうかは分からない」
俺からしてみると、小学生は子供だ。女としては見れない。だが……。
俺はアットムの真剣な眼差しを正面から受け止めた。
「正直、スズキくらいならアリだ」
「コタタマ……」
互いに秘密を共有し合った俺たちの間に、もはや言葉は必要なかった。固く握手を交わす。
アットムは照れ臭そうに笑って、わざとらしく驚きの声を上げた。
「おっと、こうしちゃいられない。小さなレディのお遣いを見守らなくては……」
ストーカー業務に戻った変態の背に俺は声を掛ける。
「アットム」
「ん?」
肩越しに振り返った変態に、俺はこれだけは言っておきたかった。
「親を悲しませるようなことだけはするな」
俺の言葉に、アットムはふっと爽やかに笑った。見てくれだけは中性的な美少年って感じなのにな。
変態は吹っ切れたように力強く頷き、
「ああ……!」
遠ざかっていくティナン女子の背を追って駆け出した。
だからそれをやめろって言ってんだろうが。
「おまわりさーん」
俺は通報した。
これは、とあるVRMMOの物語。
常に何かに囚われているのが人間という生き物だ。彼らは己自身に対してですら自由ではいられない。しかし己の殻を突き破る前に、ほんの少しでもいい、それが果たして外界から自らを守るものではなかったかと疑ってみるのもまた正しい選択と言えるのではないか。
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