リジェネーター
俺と暗たまの心温まる交流が始まった。
最初は警戒していた暗たまも俺の的確なアドバイスに徐々に心を開いていく。
暗たまが出掛けている間に俺は木の枝に手紙を挟んで、戻ってきた暗たまが俺の手紙を読む。文通が始まるまでそう日は掛からなかった。
『今日も暗殺は失敗しました。なんかメテオスマッシュみたいなの入ったんですけど、やっぱり有名な人って強いんですね。半端なかったです』
『それは【スライドリード】の二段階目ですね。経験を積めば感覚を掴めるようになっていくので諦めないことが大事です。以前にもお話ししましたがトップクラスのプレイヤーに挑むことは決して無駄にはなりません。今は辛くとも下積みの時期。たまには気晴らしにモンスターと戦ってみるのもいいかもしれませんよ』
俺の予想通り、暗たまはリアルで仲良しの三人組が普通に遊ぶだけじゃつまらないからとなんとなく結成した新米暗殺チームであった。
俺は小躍りした。リアルで付き合いがあるというのは強力な武器になる。少なくとも彼らはパーティーチャットという大きな関門を突破している。
運営が用意した狡猾な罠とも称されるパーティーチャットには、パーティーブレイクという隠れたデバフが備わっている。頭の中に直接声を叩き込まれるのは非常に不快だ。脳を犯される感覚というのか。意識を乗っ取られるかのような危機感が湧く。
だが、このパーティーブレイクのデバフは互いに気心が知れた間柄だと大きな軽減効果を見込める。リアルフレンドというのはゲームでは得られない稀有な資質だ。
暗たまはプレイヤーとしては決して才能がある連中ではない。ろくに下調べもしないし、工夫して何かを成し遂げる力が欠けている。しかしそれは見方を変えれば操り人形にするのに都合が良いということでもある。
俺は、自分でも気が付かない内に少しずつ暗たまに情を移しつつあった。
1.クランハウス-居間
このゲームは定期的に食事を摂らないと空腹のバッドステータスが付く。死ねばリセットできるが、腹が減るたびにいちいちデスペナを付けていたら他のプレイヤーからどんどん置き去りにされるだけだ。
デスペナは一定時間のステータス低下。つまりあらゆる行動の精度が落ちる。精度が落ちるってことはレベルが低い頃と同じ動きしかできないということ。獲得する経験値が減るってことだ。それを避けるためにメシを食う。
食事はクランメンバー全員で済ませたほうが効率がいい。料理の手間が省けるからだ。クランマスターの先生はあまり効率を重視しないが、ごはんはできる限りみんなで食べようとお触れを出している。俺に否やはない。
だが、当の先生が不在。ティナンの依頼で行方をくらますアットムが居ないのは珍しいことではないが……。
三人だけってのも寂しいもんだ。俺は新メンバーのモグラさんぬいぐるみを横に置いて気を紛らわせる。
まぁ俺は元々メシ時にペチャクチャ喋るほうじゃない。特に他のやつがメシを作った時はそうだ。俺は味にうるさいほうで、口を開けば塩っ気が強すぎるだの盛り合わせの色彩のバランスが悪いだのと憎まれ口を叩いてしまうのが目に見えている。だから喋らない。
そんな俺の気遣いも何のその、ポチョとスズキはひっきりなしにお喋りしている。騎士キャラはともかくとして、かつての無口キャラが随分と口が軽くなったもんだ。ウサギさんが可愛かっただの何だのと姦しいことこの上ない。
どうやら二人はイベント期間中は別行動していたらしく、野良パーティーに参加しただのウサギさんの巣穴に潜ったら坑道に出ただのと話すネタに事欠かない様子だった。それだけならまだしも俺をおちょくってくるのが気に入らねえ。
ああ、そうさ。確かに俺はイベントの趣旨を完全に無視して突っ走った。それは認める。モグラさんとウサギさんの仲違いの原因がウサギさんの巣穴が坑道と直結したことだってのも今初めて知った。だがな、俺は俺なりにモグラ帝国の発展に尽くしたんだ。リチェットもリチェットだぜ。戦争狂いの癖して俺が失脚するなり美しすぎる総統閣下だの何だのと持ち上げられてよぉ。随分とイベントを満喫したようだナ……? この恨みは絶対に忘れねえぞ……。第一……
俺は箸を置いてポチョに指を突き付けた。
このオムライスは出来損ないだ。食べられないよ。明日、もう一度ここに来てください。俺が本物のオムライスってやつをお目に掛けますよ。
「完食しておいて何を言ってるんだこの男は……」
ご馳走様でした。おぉん。
……決めたぜ。暗たまの最終目標はポチョの暗殺だ。この女を沈めることができるなら、もはや俺が教えてやれることはない。
俺は食器を洗いながら静かに殺意を燃やした。
2.ポポロンの森
翌日から俺はポチョ暗殺計画を練り始めた。
だが改めて考えると、これがまた難しい。生半可な遣り方じゃポチョは殺れねえ。組合傘下の暗殺組織に声を掛けるのも考えたが、あの女は生産職に人気がありやがるからな。組合にも相当数のシンパが紛れ込んでいると見て間違いない。
ゲーマーとは困難に立ち向かう者である。俺は段々楽しくなってきた。ポチョさんよ、こいつは俺とお前の勝負だぜ。俺が手塩を掛けて鍛え上げた暗たまがどこまでお前に通用するか……。
暗たまの構成は戦士三人だ。戦術もクソもねえ。まずは【スライドリード】の段階解放を目指す。いかなポチョとて三対一では分が悪いだろう。不意打ちは捨てる。無理だ。あの女は勘が良すぎる。数の優位をどこまで活かせるか……。鍵を握るのは三人の連携になりそうだな。
暗たまは日々の暗殺ターゲットを掲示板から拾っているらしい。狩りで生計を立てて、暗殺は腕試し、暇潰しの一環というスタイルだ。
しかし、それではいつまで経ってもポチョには届かない。俺の可愛い暗たまを聖騎士殺しのプロフェッショナルに仕立て上げるんだ。
俺は暗たまに指令を出し、着実に殺しの経験を積ませていった。
そんなある日の出来事である。
俺は暗たまの手紙を読んで愕然とした。
『師匠。俺たちはついに【スライドリード】を使えるようになりました。ずっと前から俺たちは三人で相談して【スライドリード】を使えるようになったら師匠に恩返しをしようと決めてました。俺たちは師匠について何も知りません。けど、師匠があの通り魔を倒すために俺たちを鍛えてくれていたのはなんとなく分かりました。そのことを俺たちに言い出せなかったことも。師匠とあの通り魔の間に何があったのかは分かりませんが、俺たちが師匠の無念を晴らします。通り魔の名前はポチョ。【ふれあい牧場】というクランにいる魔族の手下です』
俺は魔族じゃねえ!
いや違う。あいつら先走りやがった……!
俺は手紙をポケットに突っ込んで駆け出した。
まだだ。早すぎる。今のあいつらじゃまだポチョには……!
間に合ってくれ! 俺は駆けた。
4.決戦-暗たまの死闘
暗たまにとってはリベンジとなる一戦。
ろくに情報収集をしないあいつらのことだ、前回と同じくバザーで待ち伏せをするのは手に取るように分かった。
俺は走りながらささやきでポチョに事情を説明して暗たまの助命を嘆願した。しかし返事は一切なかった。もしかしたら余計なことをしたのかもしれない。血に飢えたあの女のことだ。俺のささやきを耳にして自らバザーに出向く可能性すらあった。俺は暗たまの万に一つの勝機を潰してしまったのかもしれない。それでも、俺は……。
バザーに足を踏み入れた俺が目にしたのは、がたがたと震える暗たまに血塗れの刃を突き付けるポチョの姿だった。
「待て! 待ってくれ〜!」
俺の叫び声に、ポチョがこちらに一瞥を寄越した。返り血が跳ねた頬が持ち上がり、陶然とした笑みを浮かべる。俺はポチョの腕にしがみついた。
「今だ! 俺ごと殺れーっ!」
俺のポケットから零れ落ちた手紙を目にして、暗たまは全てを悟ったようだ。一度は取り落とした武器を握って立ち上がる。
俺は笑った。そうだ、それでいい。躊躇うな。明日のためのその二だったな。
お前たちは、俺の自慢の生徒だ。
「師匠っ!」
暗たまの剣が俺ごとポチョを串刺しにした。
俺は吐血しながらダメ出しした。
「ごふっ。違うよバカ! 首を跳ねろって俺教えたでしょ! どうして腹なんだよ!」
「あっ。そ、そうだった。なんかこういう場面、漫画で見たことあるなって……そういう流れかなって」
俺の悪いところをキッチリと継承してしまったらしい。
俺は咳き込みながら手で合図する。言い訳してる暇があったらさっさと首を跳ねろ!
聖騎士は即死させなくちゃダメなんだよ。何故なら……
「ふあっん〜っ!」
「ひゃあんっ」
ポチョの熱い吐息が耳に当たって俺まで変な声を出してしまった。
……聖騎士は近接職でありながら回復魔法を使える優秀なアタッカーだ。
このゲームの魔法はレイド級ボスモンスターを打ち倒すことで解放される。つまりボスモンスターが使うクソ強力な必殺技の劣化コピーだ。
回復魔法【心身燃焼】は、ヒールとリジェネの性質を併せ持つクソ強力な回復魔法である。
燃え上がるような赤い光を放ったポチョが自傷に構わず腹に刺さった剣を引き抜いた。傷口の肉が盛り上がり、たちまち修復していく。壮絶な光景に忍たまが尻もちをついた。
「あっ、はっ……!」
ポチョは俺をきつく抱き締め、快感に濡れた瞳を忍たまへと向けた。
「逃げっ」
俺が言うよりも早く、ポチョが忍たまから奪った剣を投てきした。【スライドリード】のシフトチェンジからなる莫大な運動エネルギーが余さず剣に注ぎ込まれ、忍たまの上半身が分断された。
民家の壁に磔になった忍たまが一度びくりと痙攣して死んだ。かつて俺が不覚にもポチョを口説き落とそうとして執行された零式牙突の刑だ。
……まさか師弟揃って同じ末路を辿るとはな。トラウマにならなければ良いのだが。
「ああ……」
俺が悲嘆に暮れていると、俺の可愛い忍たまを皆殺しにした女が感極まった様子で俺に頬を擦り付けてきた。何よ。何なん。
取り残された忍たまの下半身が血しぶきを上げる中、ポチョが俺の耳元で囁いた。
「お前は気付いているんだろう……?」
何よ。抱き締めるのやめて。なんて言うか、あれだろ。
おっぱいへの怒りを燃やす俺に、ポチョが続ける。
「私は海の向こうからやって来た。国内版の仕様はヌルすぎて……しかしコタタマ……。私はな、甘えたがりであるらしい。初めて知ったよ」
そうか。ところで俺は死にそうだ。
というか死んだ。
俺の亡骸を、自称甘えん坊が愛しげに抱き締めて持ち去っていく。
俺は何も聞かなかったことにしようと決意した。
これは、とあるVRMMOの物語。
全ては相性の問題だ。長期的な視野で図り、何が最適であるかを見極めて動かねばならない。イレギュラーは歓迎しよう。
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