暗たま
1.クランハウス-居間
モグラさんぬいぐるみを貰った。やったぁ。
大きいなぁ。玩具屋でたまに見掛けるトトロぬいぐるみの一番大きなやつと同じくらいか。部屋に置くと邪魔だから居間に飾ろう。
うん、いいね。新しいクランメンバーみたいだ。
アビューズ行為に手を染めた俺は、モグラさんチームで二位という高成績を収めて賞品を獲得した。
なお、一位はマールマールさんだ。レイド級ボスモンスターには勝てなかったよ……。
ちなみにウサギさんチームで優勝したのはネフィリアだった。おそらく俺よりもうまく人間牧場を管理したのだろう。真の邪悪とは表に出て来ないものなのだ。おっぱいめ。アイツの遣り口には反吐が出るぜ。
俺が義憤を燃やしていると、ログインしたスズキが居間に降りて来た。俺と目が合って息を呑む。
「あっ……」
あ? あ、って何だよ。腫れ物を扱うような反応しやがって。俺は傷付いたぞ。深く傷付いた。一体どうしてくれる。精神的慰謝料を要求する俺に、半端ロリはてててと駆け寄ってきて俺の手を握った。
「わ、私はコタタマのこと見捨てないから!」
やめろよ……。
俺は項垂れた。
俺はダメな男だ。分かってる。ネフィリアとは違うだのと大口を叩いておいて、いざ蓋を開けてみれば同じことをやってる。きっと俺はネフィリアを嫌悪している一方で、心のどこかではヤツの方法論を認めちまってるんだ。
先生は人の心を大切にしなさいと言う。項垂れる俺をうっとりして見つめている気色の悪いこの女だって人形なんかじゃない。心があるんだ。それなのに、俺は気落ちしている俺を嬉しそうに見つめるこの女にイラッとしているし、しょせん俺とは生きるステージが違う生き物なんだと見下している。
先生が以前に言っていたことの意味が分かった気がする。このゲームは、プレイヤーが持ち前の知識や経験を活かしてキャラクターを育てるゲームだ。魔物を倒してレベルを上げるってだけじゃない。ゲームの中での経験が、キャラクターの心の在り方を決める。これまで俺はリアルの俺がコタタマというキャラクターを動かしていると認識していたが、そうじゃないんだ。あらゆる行動にペナルティが付き、キャラクターの性向が決まる。それがこのゲームの本質だ。
つまりこういうことだ。俺はサトシのつもりでいたが、実はピカチュウだった。
ネフィリアと袂を分かち真人間になったつもりでいたが、あのおっぱいの呪縛から俺は脱しきれていないんだ。
以前にヤツは新しく育てている弟子が非情に徹しきれないとか言っていたような気もするが……こうは考えられないか? 純真無垢な俺は小さな子供みたいにどんな色にも容易く染まる天使のような存在だったのだと。そう考えると辻褄が合う。
つまり俺は悪くない。悪いのはネフィリアだ。おっぱいめ。
だが、悪いことばかりじゃない。俺の推論が正しければ、まだ手遅れってことはない筈だ。ややダークに傾いちまった感がある俺の性向値ちゃんを本来あるべき形に戻すためには……。
俺はスズキの手を振りほどいて立ち上がった。ちんちくりん一号がきょとんとする。
「どこ行くの?」
俺は答えた。
「ボランティアさ」
罪を憎んで人を憎まず。アビューズ行為に走った俺を妬むプレイヤーは居るだろう。だが、俺もまた犠牲者の一人に過ぎないんだ。そう、時代の潮流に翻弄された哀れな人間なのさ。
だから俺は、善行を積んで過去の悪行を帳消しにするんだ。
歩き出した俺の手をスズキがはっしと掴んだ。何だよ。複合弓の件か? 悪いが、また今度にしてくれ。
違うらしい。スズキはふるふると首を横に振ってはにかんだ。
「コタタマはね、私が見てないとダメなんだよ」
初めてのお遣いかよ。まぁ監視の目があったほうがいいってのはその通りかもしれねーな。じゃあ頼むわ。
スズキは嬉しそうに頷いた。
2.露店バザー
ボランティアといえばゴミ拾いだ。
俺たちはゴミ集積所と言っても過言ではないバザーに足を踏み入れた。
スズキを連れて来たのは正解だったな。すれ違うプレイヤーがいちいち俺を見て過敏な反応を示すのが気に入らねえ。
ちっ、またかよ。何だ、おい。文句があるなら言えよ。俺は言うぞ。ヘマをやった俺が独房にブチ込まれた後、お前らは足を止めて殴り合うモグラさんとウサギさんを見て凄いだの何だのとイベントを満喫したようだがな、帝国軍と王国軍が停戦したのは俺の手柄だ。指揮系統が崩壊して戦争やってる場合じゃなくなったんだよ。軍の上層部には俺のお得意様がごろごろ混ざってたからな。事が露呈して芋づる式に更迭されたのさ。終わってみれば何てことはねえ。友愛の使者ってのはまさに俺のことだと思わねえか? なあ? おい、何とか言えよ。
道行くプレイヤーに絡み始めた俺を、スズキがぐいぐいと引っ張る。
「こらっ、誰彼構わず噛み付かないの! そんなだから崖っぷちなんて言われるんでしょっ」
うるせえな。お前は俺のカーチャンかよ。俺が崖っぷちとか呼ばれてるのはあれだろ、逆境に強いとかそういうあれだろ。多分。知らんけど。背水の陣的な……。
するとスズキは呆れたように、
「コタタマって変なトコで前向きだよね。その割には被害妄想が激しいっていうか……私たちには結構普通なのに」
ん? 前に言わなかったか? お前らは俺にとって特別なんだよ。俺は人間は生まれながらにして平等なんて綺麗事は信じちゃいねえ。俺は俺の身内を特別扱いするぞ。当然のことだ。全員が幸せになるなんて無理なんだからな。赤の他人は敵だ。ヤツらが幸せになればなるほど、俺たちは不幸になる。社会ってのはそういう仕組みになってるんだ。
つー訳でお前も協力しろよ。一緒にコイツの身ぐるみを剥いで幸せになろうや。な?
「ダメ! ほら、行こっ」
ああ、俺の金づるが……。
しかし人は見掛けによらないとはよく言ったもんだなぁ。よもや俺が絡むのを見越して刺客を放つとはな……。恐れ入ったぜ。
「ぐふっ……!」
俺は胸から生えたナイフを引き抜くと、トマホークで刺客の首を跳ねた。
突然の惨劇にスズキが悲鳴を上げる。
「ぎゃーっ!」
もうちょっと可愛げのある悲鳴を上げれんのか、お前は。
おい、気を付けろ。暗殺者は絶対にチームで動く。俺を襲ったってことは組合の傘下にはない連中だ。俺は以前から組合と繋がりを持たないPKクランの足長おじさんになりたいと思っていてな……。
だが、俺の忠告は遅かったらしい。
ひょこっとポチョさんが顔を出した。返り血を浴びてシリアルキラーもかくやという仕上がり具合だった。
「む、遅かったか」
間に合わなかったか……。
「先生に言われて網を張っていたのだが、別働隊が居たようだな」
先生は俺を守れと言わなかったか? 積極的に攻勢に出たように見えるのだが……。
「連れて来るよう言われたけど、抵抗されたから全員殺した。では、リスキルしてくる」
そう言ってポチョさんはうきうきした足取りで去って行った。さすがにリスキルは警戒しているだろうから、もう撤収していると思いたいが……。
くそっ、足長おじさん計画はおじゃんか。組合に言って貴重なPKクランを保護せねば……!
俺は死力を尽くして地を這う。ダメか。手足に力が入らん。死に戻りしたほうが早いな。俺は最後の力を振り絞って自害した。
「コタタマっ」
スズキ。一日一善ってやつは難しいな。ゴミ拾いに来てゴミの首を跳ねることになるとは思わなかったよ。
が、これも定めか……。俺はスズキの腕の中で息を引き取った。
「コタタマー!」
3.ポポロンの森
だが、俺の足長おじさん計画はまだ終わっちゃいなかった。
俺を襲撃したPKクランは駆け出しもいいところ。ポチョにリスキルされた上にろくに約束事も決めていなかったらしく、ちょこちょこと女神像に再集合してくるという体たらくよ。
「いや〜。物の見事に返り討ちに遭ったなぁ」
「つーか、あれ返り討ちなの? 通り魔か何かじゃないの?」
身を潜めた俺は、連中の後を尾けて無事にヤサを突き止めた。ヤサというか……まぁ単に目印を付けた木の下だ。クランハウスを建てる金もないのだろう。
同行したスズキも呆れている。
「コタタマ、こそこそ動くのうまいね……」
俺かよ。……まぁ何かってえと身を潜めてるからね。
暗殺ってのは実際にやってみると意外と難しい。報酬次第ではあるものの、返り討ちに遭うリスクを考えたら装備の質は落とさざるを得ないし、さすがに本職の暗殺者なんて居ないからノウハウがないに等しいのだ。
よって大抵はグループで取り囲んで力業で暗殺を決行することになる。仕掛けるタイミングはパーティーチャットを使えば解決できるからな。
見たところ連中は新規ユーザーだ。PK志向の初心者が偶然にも揃ったとは考えにくい。まずリアルで付き合いがある連中と見て間違いないだろう。
……悪くないな。うん、悪くない。
俺は、紙切れを取り出して暗殺者の卵たちへのメッセージを書き込んでいく。
明日のためのその一。接敵した際にはあばら骨を避けて肝臓を抉りこむように打つべし……。
手紙を覗き込んだスズキがギョッとした。
「えっ、何これ。何してるの、これ……」
ボランティアさ。俺は笑った。
俺は、暗殺者の卵たちの足長おじさんになる。
言うなれば、暗たまってトコだな。
これは、とあるVRMMOの物語。
出会いとは財産である。思わぬ出会いは発見と似ている。それが吉と出るか凶と出るかはしばしの観察を要するのだが。
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