マジュンくんの事情
マジュンくんがどんなに強かろうが、種族人間は刺されれば死ぬ。君主は一度でも殺されれば終わりだ。
よって殺人中毒に侵されたマジュンくんは一ヶ所にとどまらずに転戦を繰り返しているようだ。元【敗残兵】の介入は読まれていたと見るべきだろう。事前に情報を得てセブンの女神像登録を未然に防ぐために動いたといったところか。
サトゥ氏、セブン、リチェットの廃人三連星のアビリティコンボは極めて面倒臭く、殺す順番が大事だ。セブンの認識阻害に絡め取られれば大きな隙が出来てしまう。サトゥ氏はセブンのアビリティをいつでもストックすることができる。アビリティの相互作用を促すリチェットを放っておくとサトゥ氏のスキルチェインが揺り起こされる。ただし六人衆のリソースを使っているセブンのアビリティを完全にコピーするのは難しいらしい。だからサトゥ氏はセブンの中継点になって認識阻害の適用範囲を伸ばす使い方をしている。以前に俺がリリララにブッ殺された時に心滴拳聴がどうのと見せられたアレだ。悠長にやっているとセブンが勝手に死んでしまうという問題もある。
廃人三連星への対策として一番いいのはまとめて皆殺しにすることなのだろう。
マジュンくんの【四ツ落下】で圧殺されたリチェットは必殺の幽体お散歩でマジュンくんの撤退を確認。リアルでセブンと連絡を取り合い俺たちの中国入りをサポートしてくれた。なお、残機に不安が残るサトゥ氏は最速で通常の死に戻りを選択し、被害を最小限に抑えていた。
ネカマ六人衆はリチェットの蘇生魔法で復活して女神像の登録を済ませて帰国した。海外進出が新たな選択肢として浮かび上がったことでヒーラーの価値は揺るぎないものとなっている。
現地で合流した俺たちは、マジュンくんの襲撃を警戒しながら海上都市に向かった。
まずは現状把握だ。メイヨウは総督府を拠点にしているらしい。
1.海上都市ニャンダム-総督府
総督府の門を潜ったところで、メイヨウが中国軍のお偉方と言い争いをしている。
「だからリンリンは私が説得すると言ってるんだ!」
「ですから、それはなりません! 【傾国】殿! マジュン殿はもうダメです! デリートは不可避……! この先、人民を率いるのはあなたなのですぞ! 次期君主として慎重さを身に付けなさい!」
「君主など他のヤツにやらせろ! 死ねないジョブなんて何も面白くない!」
「しかしエリアチャットは……!」
メイヨウの言う通りだ。俺も混ざった。
君主はレベルが高いやつが持ってたほうがいい。おそらく儀仗兵の転職条件には君主が絡んでる。儀仗兵GMマレのレベルは最初60だったろ? レベルによる足切りがあってもおかしくない。それはレベル60かもしれないし、レベル40かもしれない。ただハッキリと言えるのは、君主の旗振りで動く儀仗兵の軍団はクソ強力ってことだ。高レベルのプレイヤーを用意できるってのは大国の強みだぜ。
「チェンユウくん。その理屈は分からないでもないがね。君主はトップの象徴なのだよ。側近に持たせるという手もあるだろうが、大きな力というものは人を変える。そもそも君のところの君主はRMT業者に持ち逃げされてそのままになってるだろう……」
そっスね。
おっとメイヨウが俺に抱きついてきた。なんだ、どうした。
メイヨウが俺をきつく抱きしめて怒鳴る。
「バカめ! 何故来た! 私が一言でもお前に助けを求めたか!? 日本猿は引っ込んでればいいものを……!」
へっ、バーロー。奴隷とご主人様の関係はそう簡単に断ち切れやしないんだよ。中国サーバーがどうなろうと知ったこっちゃないが、リンリーのことは俺に任せな。死なせやしねえさ。首根っこ掴んで連れ戻してやる。姉妹丼ってのも悪くねえからな。
メイヨウに胸を貸してやっている俺の後ろでリチェットとサトゥ氏が何やらボソボソ話している。
「……あれ照れ隠しなのか? 最低のクズ男みたいになってるけど」
「コタタマ氏の女関係は遠隔自動操縦型のスタンドみたいなトコあるからな。ヤケクソになってるんだろう」
シアーハートアタックいいよね。俺の自信ってヤツがブッ壊れそうだぜ。
おや、ひょろっとしたティナン男子が駆け寄ってきた。ちびっ子ティナンと手を繋いでいる。
「め、メイヨウ殿……! マジュン殿はどうなのだ? 助かるのか?」
助からねえって言ってるじゃん。落ち着きのないティナン男子だな。つーか、あのちびっ子は海上都市のティナン姫だった筈。ということは……まさかティナン王なのか?
そのまさかだった。
俺から身体を離したメイヨウが腕組みなどしてキッパリ言った。
「シフォン。何度聞かれても答えは変わらない。マジュンは助からない。ヤツほどのプレイヤーがキルペナカンストしたなら手の打ちようがない」
ちびっ子ティナンがメイヨウに噛み付く。
「メイヨウ……! お、お前がマジュンを悪く思ってるのは知ってるんだぞ……! 私がマジュンと話してると邪魔してくるし……!」
「当たり前だろ! お前らの話は基本的に無駄なんだよ! 少し考えれば分かるようなことをいちいちマジュンに聞くな!」
ひょろっとしたティナン男子……シフォンという名前らしい。シフォンがメイヨウに怒鳴られてしゅんとする。
「そんな……。賢者殿に続いてマジュン殿まで……。この先、私はどうすればいいのだ……」
頼りない王様だな。
海上都市のティナン王族ってこんな感じなのか。山岳都市と全然違うな。
メイヨウがチラリと俺を見る。
「チェンユウ。言っておくが、山岳都市の先王ジョゼットは私の知る限り最強のティナンだぞ。オムスビコロリンが禁術に頼ってまで決着を急いだのは、ジョゼットを恐れたからだ」
そうなのか。まぁジョゼット爺さんクラスのティナンがごろごろ居るとは思えないのも確かだが。
簡単に言うと、オムスビコロリンが【巫蟲呪画】を発動してシャッチョサーンをけしかけたのは、憎まれ役を買って出たということになるらしい。まぁ本人がそう言った訳ではないので、あくまでも推測だが。
目的は三つ。
一つ目はマジュンくんとサトゥ氏の共闘。
二つ目は自分の派閥の解体。
三つ目は山岳都市との交戦回避。
つまり、いつか来るだろう地球を離れる日に向けた前準備だ。
特に三つ目。海上都市のティナン王族はあまり強い部類ではない。少なくともメイヨウの知る限り、ジョゼット爺さんに匹敵しうるティナンは居ないらしい。
国家間戦争がティナンに飛び火すれば、海上都市は負ける。
話は少し遡る。
オムスビコロリンは、【賢者】の特性が判明するや、その日の内に自分が居なくなっても問題ないよう根回しを始めた。
【賢者】の特性。すなわち、リアルで海外旅行すれば、旅行先の国がログインサーバーになる。それは称号の効果としてはあまりにも異質なもので、おそらくは本社の意向が絡んでいた。つまり他星系のプレイヤーと出会うことになるのに、アホを連れて行っても仕方ないということだ。かつてティナンに尋問されたアホがうろ覚えの知識を自慢げに披露したように、普通の人間は分かっていないことを自覚していない。
だからGGO社がスカウトするのは【英雄】でも【傾国】でもなく【賢者】なのだ。
そうした事情をオムスビコロリンは見抜き、いつか来るだろう母星を離れる日に向けて準備を始めた。地球に残るという選択肢はなかった。GGO社の誘いを蹴るということは、他国に後れを取ることを意味するからだ。もちろん実際のところは分からない。好条件をチラ付かされて使い潰されるだけかもしれない。いずれにせよ、自力で太陽圏を飛び出すことができない人間に正確な情報を得る手段はない。
オムスビコロリンが禁術を敷いたのは、日本と中国のトッププレイヤーを一時的に協力させるためだ。その程度のことで一体何が変わるのかと言えば……まぁ変わる。従来のMMORPGにはない、このゲームの特徴。プレイヤーの指揮を執るのが面倒臭すぎる。解散した【敗残兵】に取って代わるクランが台頭してこなかったのは、命令されて動くほうが圧倒的に楽だからだ。頭を張ったからと報酬に色が付く訳でもない。
従ってトッププレイヤーの影響力は侮れないものがある。
オムスビコロリンはシャッチョサンをけしかけることでマジュンくんとサトゥ氏が共闘せざるを得ない状況を作った。
同時に自分の派閥の解体を狙ったが、こちらはあまり上手く行かなかった。GGO社のスカウトが思ったよりも早かったようだ。土壇場でシャッチョサンを裏切ろうとしたのは、その表れだろうとメイヨウは言った。社長が持つ【黒星】のスキルを解放できるなら悪くない。パンダマンの正体が先生だと分かって、日本サーバーの【賢者】は社長の誘いに乗るまいと踏んだのかもしれない。
最終的に社長に付いていくと決めたのは、【黒星】のスキルは解放できないと判断したからだ。
自分の派閥の解体を狙っていたオムスビコロリンは、【巫蟲呪画】を敷くにあたって信奉者を使わなかった。呪骸はオムスビコロリン自身だった。強力な呪いを打ち込んでいたのに、社長が召喚した【衛生兵】はあっさりと治してしまった。最後の切り札という感じでもなかった。勝てない、と悟ったのだろう。
かくしてオムスビコロリンは社長と共に他星系へと旅立ち……。
解体が不完全に終わった派閥が残った。
それが今回の事件の発端だ。
2.李信馬准の華麗なるPK生活
金髪ロリの中の人が地球を去って、最初のうちは何とか回っていたらしい。
称号持ちの代わりをすぐに見つけるのは無理でも、組織である以上はトップ2やトップ3が居る。そいつらはオムスビコロリンの業務内容を把握していたし、何なら不動のトップが居なくなって次にトップに立つのは自分だと張り切ったりとプラスに転じた面すらあった。
ところがある日、急に雲行きが怪しくなった。
きっかけは些細なことだった。
去年の12月中旬のことである。オムスビコロリンに命じられていたティナン公共事業の見通しが立った。プロジェクトの総指揮を担当していたのは派閥のトップ2とトップ3であり、いがみ合いつつも互いのイイトコ取りをするというプランにまとまった。二人は改めて書類を眺めて、これはチョット凄いんじゃないか?と思ったのだと言う。そして、いつもの癖でオムスビコロリンに報告しようとした。張り切って仕事をしていた反動もあったろう。二人は疲れていたのだ。トップの座を争うライバルとタッグを組むという異例の事態にテンションが上がっていたのかもしれない。
しかし、いくら探しても金髪ロリは見つからない。またティナンと戯れているのか。しょーもない幼女野郎だ。やっぱり自分たちが居ないとヤツはダメだな。その程度のことは思ったかもしれない。懐刀と称してもいいだろうデキる部下に金髪ロリの居場所を聞いたそうだ。
その時、デキる部下はヤバいと思ったらしい。派閥のトップ2とトップ3に抜擢されるくらいだから、その男たちは優秀な人物だった。オムスビコロリンに人を見る目があったとも言える。
金髪ロリの傍らで、功績を立てるたびにぺろぺろされて育った男たちだった。
……金髪ロリの居場所を尋ねられたデキる部下は所見を述べた。
いつかオムスビコロリンは戻ってくるかもしれない。尊敬できるトップが一時的に席を空けるのは正直不安だったが、ここ数日のトップ2とトップ3の働きぶりを目にして部下たちも安心していることだろう。
遠回しに金髪ロリ不在という事実を聞かされたトップ2とトップ3は冷静だった。「そうか」とだけ言った。
その瞬間、歯車は狂い出した。
彼らは口では金髪ロリにぺろぺろされるのを嫌がっていたし、あるいは事実嫌がっていたのかもしれないが、それが必要なことなのだと思ったのだ。
そして……。
翌日、二人はマジュンくんの元に出向き、金髪ロリにぺろぺろされることの対費用効果を延々と説いた。ありとあらゆる観点から、マイナス面に至るまで詳細に解説した。
つまりマジュンくんを幼女にしてぺろぺろして欲しかったらしい。いや、そうではないのかもしれない。二人の行動は常軌を逸しており、誰かに話を聞いて貰いたかっただけという線も考えられる。
いずれにせよ、ロリ種族ティナンの公共事業に関わる連中が金髪ロリのぺろぺろについて並々ならぬ執念を燃やしていると知ったマジュンくんは派閥の監視を始めた。
マジュンくんの様子がおかしくなったのがこの辺りらしい。
本人と話してみないと真相は分かりそうにないが、マジュンくんは日に日に元気を取り戻していった。オムスビコロリンが居なくなって、しばらくは落ち込んでいたようだ。
メイヨウはこう言う。
「思えば、あの時のマジュンは異常だった。才能が開花したと言うか……。働きすぎということはない筈だ。オムスビコロリンが居なくなってマジュンに負担が集中することは分かり切っていたからな。私も随分と手を貸した。むしろ以前よりも自由な時間を作ってやったくらいだ」
中国サーバーのトップといえど、デスクに噛り付くような生活にはならない。プレイヤーは放っておいても勝手に生きていく。政治家とは違う。元よりマジュンくんはお供のリンリー嬢を連れてよく狩りに出ていた。そうでなければ、あそこまでのレベルにはならないだろう。
メイヨウの助けもあり、マジュンくんは様々なコンテンツを意欲的に消費していく。
竜殺しの英雄があちこちに顔を出せば、他のプレイヤーから挑まれることもある。このゲームの男キャラはたくましい男に惹かれるやつが多い。君主のジョブを狙って襲撃してくるプレイヤーも出てくるようになったらしい。以前はオムスビコロリンが上手く手を回していたのだろう。
様々な要因が重なって、マジュンくんはキルペナを溜め込んでいった。少し殺しすぎではないかとメイヨウも気にはしていたらしいが、さすがにキルペナの管理を怠るとは思っていなかった。俺もそう思う。何よりマジュンくんの傍らにはリンリー嬢が居た。
気付けば取り返しのつかないことになっていた。
中国サーバーでは、三大派閥の幹部による会合が定期的に行われる。レイド戦に備えて設けられることになった情報交換の場だ。いわゆる中国軍というのは、この派閥に囚われない体制を指して言う。
軍議にひょっこりと顔を出したマジュンくんは、集まった幹部たちの経歴をざっと諳んじた。まぁ幹部になるくらいだ。ご立派な経歴をお持ちである。当然腕も立つ。
その彼らを、マジュンくんはたった一人で皆殺しにした。幹部たちに油断はなかった。マジュンくんの様子がおかしいことに気が付いていた。しかし相手は君主だ。【心身燃焼】を打てば【八ツ墓】で散らされる。相当激しい戦闘だったらしい。マジュンくんにしても無傷の勝利など望みようもなかった。
戦闘後、満身創痍のマジュンくんは血の海に沈んだ幹部たちを眺めて笑った。
メイヨウが言う。
「白龍ですら同じことができるかどうか……。いや、あの男ならやれるだろうな。ヤツと同じ領域にマジュンは足を踏みいれようとしている。くそっ、マジュンめ。今までは実力を隠していたのか」
しかしリチェットには別の意見があるようだった。
「いや、強くなったんだろう。私も色んなやつを見てきたが、トップクラスの近接職は学習能力が高い。ウチのサトゥもそういうタイプだ。クロ社長との戦いで得たものが整理されて表に出てきたんだろう。そういう時、戦いが終わってから数日間は不調に陥るんだ。戦闘ロジックの更新に頭が追い付かない。要するに自転車と一緒だな。回数をこなせば自然と乗れるようになる」
天才プレイヤー様は大変ですなァ〜。
俺はひがんだ。
その点、俺なんかは気楽なモンよ。適当にブンブンと斧を振るだけだし。勝てねえヤツにゃ勝てねえと来らぁ。
天才様が俺を慰めてくれる。俺の肩にガッと腕を回し、
「腐るなって。魔法生物タイプのエンフレはレアなんだぜ〜? 人型が一番多い。やっぱ元が人間だからな」
そう? ホントに? 俺、レアキャラ?
サトゥ氏はコクコクと頷いた。
「レア、レア」
でもな〜。俺、異常個体とか言われて内心ちょっと嬉しかったんだけど、実際は正常個体のほうがレアみたいだしぃ。
ああ、そういえばマジュンくんはどっちなんだ? 異常個体はエンフレに化けれるだろ。それがあるのとないのとじゃ話が全然違って来るぞ。
メイヨウはしばし沈黙した。ややあってから意を決したように言う。
「……マジュンは正常個体だ。けど、ガムジェムを持ってる。ガムジェムには正常個体に変身能力を付与する力がある」
サトゥ氏はにっこりと笑った。
「それは大変だな。安心しろ、メイヨウ。俺たちが取り戻してやるよ」
俺もにっこりと笑った。
「友達じゃないか。俺も手を貸すぜ」
これは、とあるVRMMOの物語。
魔族、出撃。
GunS Guilds Online




