日本の景色はとても素晴らしい
1.スピンドック平原-6sTV局-収録スタジオ
案ずるより産むが易しだな。
正直なところトリプルブッキングはさすがに無理じゃねえかなと思ってたのだが、案外なんとかなるモンだ。
視聴者に買収工作を仕掛けた俺は、一時的に代役のモグラさんぬいぐるみと交代することになった。なんでも俺とウッディの妖精フォームはいささか刺激が強く、衝撃映像と同じ扱いになるらしい。
しかしサトゥ氏はお気に召したご様子。カメラが回ってないところで俺の肩にガッと腕を回し、
「いいぞ〜。コタタマ氏。お前は悪くない。その調子だ。ガンガン攻めてこう。ま、リチェットは気に入らないみたいだが、視聴者はハプニングが好きだからな。それも、わざとじゃダメなんだよ」
サトゥ氏。俺、ロストするかも。
「ん? ああ。次のキャラネどうするのか悩んでるのか? 分かるよ」
なんて言い草だ。もう少し俺のこと心配しろよ。
「……? でもお前、ロストしてもレベル巻き戻るだけなんだろ?」
そうね。
「俺も次のロストん時は正常個体になるつもりだから、その時はよろしく頼むな」
なれるかぁ? それってコントロールできるようなもんなの?
「え? いや、できるだろ。サンプルは多い。正常個体は意識的に変身できない。それが分かったのは大きかった」
お前、スゲーな。俺は習得アビリティはコントロールできそうな気がするけど、アライメントばっかりは調整できそうな気がしねえ。
まぁいいや。ともあれ、次の現場に向かうわ。マネージャーのポチョを置いてくから、なんかあったらポチョに言ってくれ。俺は忙しくなると男のささやきは耳に入らないから。男の声はダメだ。なんでこんなに可愛くねんだ。二次性徴を迎えた男はダメだな。
サトゥ氏は大いに分かると頷いた。
「やっぱり小学生だよな」
おう。男は小学生に限るぜ。クァトロくんとか最高だったんだけどなぁ。また会いてえよ。
「どうかな。それがあいつの幸せに繋がればいいんだが。何しろ……次に会ったら逃がすつもりはねえからな」
クァトロくんの未成熟な肢体を思い浮かべてか、サトゥ氏がベロリと舌舐めずりする。その眼差しには仄暗く鈍い決意の輝きが宿っていた。執念の炎がチラつき渦巻くかのようだ。
俺は鼻で笑った。
ハッ、そう上手く行けばいいがな。
そして胸中でこう付け加える。
……クァトロくんは俺のモンだ。一度でも手放したお前らにはもう任せられねえ。次は俺も本気で行かせて貰うぜ。
俺とサトゥ氏は互いの真意を推し量るように視線を交わし、バッときびすを返した。互いに背を向け、それぞれの戦場へと向かう。
2.ポポロンの森-上空
案ずるより産むが易しなんてアホなことを言ったのはどこのどいつだ。
クランハウスのスズキとカレシ自慢大会のトドマッからほぼ同時にささやきが入った。
『コタタマ? 今いい? その、ロストしないよね? 先生が凄く心配してるよ』
『コタタマ! イベント荒らしもるっ! お犬様が人質に……!』
くそっ、お犬様が人質に取られただと? トドマッ、お前が付いてながらなんてザマだ。……いや、俺のミスか。俺は目がいい。お犬様を疎ましく思うようなゴミは居ないだろうという油断があった。会場に入った時点で参加者にチェックを入れるべきだった。
俺はウチの丸太小屋に向けて降下しながら、ブンと振り回した触手の先端に意識を集中した。ひくひくと蠢いた触手の先端が裂けて、ドス黒い血に濡れた銃口が露出する。俺は斧使いだが、俺のエンフレはウッディの属性を内包している。
俺は円環状に遊離した黒い紋様を放ちながら叫んだ。
【マップをッ! 寄越せェー!】
試したことはないが、今の俺ならできる筈だ。
ささやき魔法の正体は天使のお告げだ。ならば、むしろ会話しかできないというほうが不自然なのだ。預言は、しばしば夢の中で描かれる暗示という形態をとる。
俺たちは第二世代のプレイヤーということになるらしい。カットインが入る条件は時と場合によってまちまちで、恣意的なものだ。悪意のようなものを感じる。機械的なサポートじゃない。人の手が入ってる。NAiだろう。つまり、あれは予兆なんじゃないか。
かつてオムスビコロリンはこう言っていた。
(NAiの目的は【奇跡】のスキルを取り戻すことにある)
NAiはプレイヤーの所有権を握っている。
世界中のプレイヤーがNAiのエネルギーの供給源だ。
ささやき魔法は次の段階に進もうとしている。
少しずつ本来あるべき形を取り戻そうとしている。
ささやき魔法の拡大解釈だ!
ゴミのようなスキルを介した意思疎通。
遠く離れた俺とトドマッのカットインが交錯する。
ガンッと俺の頭にイメージが浮かび上がる。人格を全否定されたかのような危機感と嫌悪感が俺の脳を揺さぶる。スマホに溜め込んだエロ画像を最近チェックした画像と一緒にまとめて街角のビルの巨大モニターで公開されたかのような衝撃だ。あまりの衝撃に俺の細胞が自死を選ぼうとしている。げえっ。俺はドス黒い血反吐を撒き散らしながら銃口の照準をカレシ自慢大会の会場に合わせる。死ねるかよ。こんなところでッ!
人間のイメージってのは漫画みたいに平面的なものじゃない。
ガンッガンッと断続的にイメージを伴った衝撃が俺の脳髄を貫く。
現場のマップ。揺らぐ視界。お犬様を捕らえたゴミ。配下と思しきゴミどもがニヤニヤと笑いながら謎の発光物体を摘み上げようと手を伸ばし、
【死に晒せよやァーッッ!】
フルバースト。俺の触手から放たれたレーザー光線がピンポイントでゴミどもの頭を消し飛ばした。ピンポイントとは言うが射線に立っていた邪魔なゴミを避けるのは無理だったのでそいつらもまとめて貫通したが。
ウッディの力を使い果たして俺の妖精モードが解ける。鍛治師に戻れた影響によるものなのか、サブボディはゾンビみたいな状態を脱していた。ちゃんと皮膚がある。
俺はウチの丸太小屋の屋根にぽっかりと空いた穴にサブボディを放り込むが、少しばかり体調が優れない。母体を出しっ放しの無理が祟ったか? 命の火がかがり火のように濃く激しく吹き上がっている。放出されるエネルギーに身体の再生が追いついてないようで、ガクガクと身体の痙攣が収まらない。ささやき魔法の副作用の影響もあったかもしれない。俺は四つん這いになって、せり上がってきたドス黒い血をビチャッと床に吐き出した。
「こ、コタタマ」
先生がひどく動揺したご様子で俺の背中をひづめでさする。
「き、今日はもうダメだ。部屋で休みなさい。プフさんとは後日またゆっくり話そう。私から言う。ヤマダさんにも。だから」
せん、せい。俺は、死ぬつもりなんてこれっぽっちも、ありませんよ……。
それに……。俺はお茶をすすっているプフさんを見る。運営側のヤツが、俺の都合で日を改めることはないでしょう。
プフさんが少し感心したように俺を見る。
「ああ、良かった。理解してくださってありがとうございます。そうですね。今こうしている間にも世界中でプレイヤーはロストし続けている。冷たいようですが、あなたのロストは面談を取りやめる理由にはなりません」
先生が切迫したご様子で大声を上げる。
「プフさん! コタタマは特別なプレイヤーだ! あなたにとっても悪い話ではない筈では……!」
「いいえ」
プフさんはキッパリと首を横に振った。
「現在のGGO社の大きな方針を定めているのはクァレュュ社長です」
クァ何? なんだって?
「ゲームデザインも彼の考えに沿ったものになっている。あなた方はすでにサモナー職を解放していましたね……。サモナー職はクァレュュ社長のスキルを一部転用したもの。想定内ですよ。【ギルド】と連携するプレイヤーは珍しくありません。リソースが不足しているなら他から継ぎ足すしかないのですから」
そう言ってプフさんはゆっくりと席を立ち、俺のひたいに人差し指を押し当てる。
「まぁ私たちには【ギルド】の助けなど不要でしたが。ベムトロンと会ったのですね。彼女は元気でしたか?」
プフさんの人差し指から俺の身体に青い光が伝わって染み込んでいく。噴出していた命の火の勢いが弱まり、身体が軽くなるような感じがした。
プフさんはにこりともせずに俺を見下ろしている。
「これで少しは楽になった筈です。立ち上がれますか?」
お、おう。べ、ベムトロンね。元気そうだったよ。俺は運営の手先に優しくされて戸惑いを隠せない。それを見透かされるのも悔しい気がして早口で言った。
ペペロンの兄貴……いや、女キャラなんだろうが。クァトロくん絡みでちょっと縁があってな。とにかくペペロンの兄貴のことをベムトロンの旦那はめちゃくちゃ意識してた。結局はあいつの言うことが正しかったみたいなことを……。
プフさんはさっさとソファに戻って座り直していた。コクリと小さく頷き、
「でしょうね。本人は決して認めないでしょうが、ベムトロンはペペロンに憧憬の感情を寄せていました。【ギルド】の誘いに乗ったのはペペロンと永遠の時を共に過ごすためでしょう」
え? ガチレズなの?
「ペペロンは天才でした。戦の神に愛された存在とはあのようなものを指して言うのでしょうね。そんな彼女にとってベムトロンは路傍の石ころに等しかったのですよ。そのことがベムトロンは悔しかったのでしょう。それが恋愛感情によるものなのかどうかは……さて。私には分かりかねます」
スズキが何やらもじもじしながら俺の手を引く。何だよ?
スズキは俺の肩を掴んで背伸びすると、俺の耳元でこしょこしょと耳打ちしてきた。
「二人の話の邪魔しちゃ悪いから、私の部屋に行こ?」
何でそうなるんだよ。俺はここにおわすプフさんがどんな人となりしてるか見ておきたいんだよ。変身できる種族ってのは言ってみればフリーザ様みたいなもんだろ。価値観だって俺らとは違う筈だ。不幸なすれ違いはなくすよう努力したい。俺やお前が同席すれば多少は参考になるんじゃないか。
するとスズキは上気した頬を隠すように目を伏せた。
「そ、そうだよね。ゴメン。私、ちょっと変になってた」
……もしかして俺のことロストしたいの?
「なななななっ、なに言ってるの……! お客様の前でしょっ。ばかっ」
俺はチラリとプフさんを見た。
プフさんは澄ました顔でお茶をすすっている。
先生は俺の手首をひづめに取って脈を測っている。……あの、先生。俺にはウッディが付いてるんで、別にロストしても大丈夫ですよ。
先生は両耳をぴこぴこと動かしている。
「そ、そう……か? いや、私は……その件について少々疑っている。疑いたくはないのだが……ウッディに何か不審な素振りはなかったかな?」
大丈夫です。ありませんよ。俺と対等な関係になりたいと言ってました。ウッディは信頼できますよ。
「……ジャムはウッディについて何か」
ジャムですか? いえ、特に。ああ、少しウッディとは仲が悪いのかな。俺は一時期ジャムの召喚獣ポジでしたからね。俺を奪われたようで面白くないんでしょう。可愛いやつですよ。
「そうなのか。……コタタマ。くれぐれも無茶はしないように。疑って悪かったね。私もウッディを信じよう」
先生が俺とウッディの仲を認めてくれた。やったぁ。
さて、そろそろだな。イベント荒らしの妨害はあったものの、そろそろウッディの二戦目が迫っている。俺はプフさんにぺこりと一礼してスズキの細っこい肩に手を置いた。頼むぞ。
ウチの小っこいのは正気を取り戻したようだ。俺の手に自分の手を重ねてニコッと笑う。
「うん。任せて」
3.ポポロンの森-上空
カレシ自慢大会の会場に向かう途中のことである。
俺がラッコのようにすいすいと空を泳いでいると、会場の方角に赤い輪が灯った。赤い輝きが大地を蝕むように波打ち地表を伝う。エンフレ出現の前兆だ。
大気が揺らぐ。地を踏みしめ、ぐうっと背筋を反らして立ち上がった巨人が咆哮を上げる。ちっ、刺客か。
粗大ゴミがカレシ自慢大会の会場を見下してガンと舌打ちする。
【使えねえ野郎どもだ……。しょせんは寄せ集めか。なぁ、崖っぷち〜。お前もそう思うだろ?】
そこに立たれっと目障りなんだが失せてくれねえかな?
【へへっ。そういう訳にも行かねえだろがよ〜。よう、崖っぷち。人気者はツラいよな〜。予定が〜偶然!被ったんだって? そりゃ大変だ。今のオメェはトレモーに逃げられねえし、コンフレに戻るって訳にも行かねえやな。ま、俺はどっちでもいいンだけどよ】
ああ、なるほどな。そういうことかい。ご丁寧に教えてくれてありがとうよ。お犬様とクソ廃人どもの周りにスマイルの旦那の手下が潜んでるのか。やるじゃん。ところでお前さ、余計なことは言うなって旦那に言われなかったのか?
【さあ、どうだったかな〜。ただよ、崖っぷち。俺はオメェのこと別に嫌いじゃねんだよ。オメェがスマイルを上回るなら、それはそれでいいと思ってる。いや、どっちかと言えばそっちのほうが面白そうだ。あんまり深く考えたことはねえな】
ふうん……。さしものスマイルの旦那もロストしようが何だろうが俺を仕留めたいっつー奇特なゴミを探すのは苦労してるのか。そこまでして俺のアビリティを解放したいのかね? 自分で言うのも何だけど、大概ゴミだぜ?
粗大ゴミがコンビニ前でたむろするチンピラのように巨体を屈めてしゃがみ込む。
【見ろよ、崖っぷち〜。オメェのお友達が豆粒みてえなナリして喚いてるぜ。おら、どうした。変身してみろよ】
……ヴォルフさんとレイテッドくん、暗たまの三人は多分正常個体だ。正常個体は意識的に変身することができない。
粗大ゴミがつまらなそうに鼻を鳴らして大きな腕を振り上げる。
【なんだ、変身できねえのか。命も賭けられねえ雑魚は引っ込んでろよ。正常個体ってのはホントに……哀れなモンだな】
哀れなのはテメェと俺なんだよ! 下らねえ人間のクズだ!
俺は突進した。触手を伸ばして粗大ゴミの手足に巻き付ける。ガバッと口を大きく開いた俺に粗大ゴミが体当たりした。地響きを立てて転がる俺を尻目に粗大ゴミが手のひらを地面に叩き付ける。粗大ゴミが楽しそうに笑う。
【崖っぷち〜! オメェのお仲間は死んだぜ〜。俺が殺した! クラスチェンジしろよ! カーディナルだったか〜? それとも、なれねえのか? ほら、がんばれって!】
いや……。どうかな。
俺はテンションが著しく下がった。
ヴォルフさんとレイテッドくんと暗たまは生きている。粗大ゴミが勘違いするのも仕方ないことだった。潰される直前にティナンじみたスピードで駆け寄った一人の男が五人を抱えて救出したのだ。
ヴォルフさんが言っていた応援人員とやらなんだろう。
世界最強の男、ジョンが両腕を広げて天を仰いだ。
「愛ですヨ。愛に勝るものなど、この世にはないのデス……」
一体……何があったのだろうか。ジョンの背中には棒のようなものが何本か刺さっていた。その棒が、一本ポロリと落ちて地面に転がる。
ジョンははらりと落涙した。
「ああ……。マクレーン……。あなたはとても優秀な鍛冶屋でしたネ……。あなたが居なくなったら、誰が私の刀を打ってくれるノ? 大切にしますネ……」
ヴォルフさんが震える声で言う。
「か、カートリッジ……? バカな……。そんな必要がどこに……」
ジョンが不意に傍らを見る。誰も居ない。にっこりと愛しげに微笑んで言った。
「ほら、ステイシー。ここがジャパンですヨ。私の友達が居る国デース。平和な国。君も、いつか行ってみたいって言ってたネ」
ジョンの背中にブッ刺さっている棒が一本だけカタカタと震えた。
俺の脳裏を、恋人について語るジョンの嬉しそうな声が過る。
(ペタタマさーん。ステイシーはね、自立した素敵な女性なんですヨ)
(でも少しおっちょこちょいなトコあるネ。仕事で失敗するとゲームでストレス解消しマス。シンプルなアクションが好きみたイ)
(ペタタマさーん。ステイシーがGGOに興味を持ってくれたヨ。ペタタマさーんの言う通りだったヨ。たくさん走るゲームって教えたらチョットやってみるっテ)
(いつかステイシーにもペタタマさーんと会って欲しいネ。あなたは私の友達だかラ。ステイシーは走るの好きだかラ、一緒に色んな景色を見に行きまショウ)
俺は喉がカラカラに乾いているのを感じた。言葉が喉につかえて出てこない。それでも何とか絞り出した声は、ひどく掠れていた。
ス……
ステイシー……?
ジョンの背中にブッ刺さっている棒が、
カタ、カタ
と、小さく震えた。
これは、とあるVRMMOの物語。
とても……いいBoatですね。
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