限界の向こうへ
俺の限界はどこにあるのか。
それは壁にブチ当たってみないと分からない。
もしも知っているヤツが居るとすれば、そいつは俺の筋肉だけだろう。
1.ポポロンの森-人間の里-カレシ自慢大会会場
ステージの上に立つお犬様が前足もとい片手を突き上げてぴょんと飛び跳ねた。
「カレシ自慢大会の開催じゃ〜!」
イェーイ! 俺たちもぴょんと飛び跳ねた。怒号にも似た歓声に会場が揺れる。ヤケクソ感が凄い。
実のところゲーマーはそれほどノリが良い人種ではない。ユーザーイベントの多くは主催者側と参加者側の温度差がひどく、寒い結果になるのが通例だ。そのためのサクラだ。
とはいえお犬様が主催するイベントであればサクラは必要なかったかもしれない。放っておくとドンドン大変なことになってしまうお犬様がドコへ向かっているのか見届けたいというプレイヤーは多いのだ。
人間の里にあるイベント会場は学校の体育館と似た造りになっている。既存の建物を真似たほうが何かと楽だからだ。
世界観を壊すまいと無理に中世ヨーロッパ風に寄せていた時期もあったが、今やプレイヤーの主流はジャージである。攻撃魔法に一定の耐性を持つ鎧は段々廃れている。ウチの元騎士キャラなんかは最近ひらひらした服を着てるのしか見たことない。かく言う俺もひもで吊ったサングラスを胸に垂らし、黒シャツに豹柄ジャケット、革パンという体たらくだ。ドコのチーマーだよと思わなくもないが、金の取り立てにはそれ相応のドレスコードというものがあるのだ。さすがにジャージ着て机をガンと蹴っても間抜けなだけだからな……。
俺のように諸般の事情により鉄を仕込んだブーツを履いているプレイヤーは少数派のようで、大半の参加者はバッシュ履きだ。体育館にキュッキュッと鳴り響くスキール音が耳に心地いい。バスケ漫画みたいだ。
会場警備を担当しているトドマッがステージにガラガラとホワイトボードを運んでくる。ホワイドボードには対戦表が貼ってある。
カレシ自慢大会は総当たり戦である。
血圧計のくびきから解き放たれた謎の発光物体は好戦的で押し相撲をこよなく好む。
召喚術師の特徴はオート戦闘できることだ。
怪光線を介して謎の発光物体と接続することで面倒臭い戦闘をお任せできる。強制執行と同じく通常時と比べて戦闘力が上がるということはないが、プレイヤーは幽体離脱して客観的に自分の普段の動きがどんな感じなのか眺めることができる。また召喚獣に【ギルド】を指定している場合は、プレイヤー共々怪光線を浴びることでギフターズのように合体して機械化できるらしい。
傍目から見ると謎の発光物体さんの操り人形と化しているヤバさは否めないものの、オート戦闘の利便性についてはスマホゲーで実証されている。オート戦闘の甘美さは禁断の果実のようにゲーマーを蝕み、二度とは戻れない堕落の道へとゴミどもを誘う。
召喚術師はスマホをいじりながら経験値を稼げる強力なジョブだ。
召喚術師たちは、自分の代わりに自分の身体を動かしてくれるカレシに首ったけである。
体育館のそこら中に設けられたミニ土俵にカレシを放し、ポコポコと押し相撲するカレシを見守る。
俺のカレシ、ウッディの対戦は三回戦目だ。トドマッにお願いして一回戦目と二回戦目は避けるよう裏工作して貰ったのである。よし、善は急げだ。俺は自害して果てた。ダッシュで死に戻りしてスピンドック平原に移動する。
このデスルーラの活用こそが本日のトリプルブッキングを攻略する鍵になるだろう。
2.スピンドック平原
無論のこと、俺は今日に備えて打てる手を全て打った。
女神像が安置されている地下祭壇から這い上がった俺を、スピンに騎乗したポチョさんが出迎えてくれる。
「コタタマ! こっちこっち! 急いで! もうオープニング始まってるよ!」
6sTVの放送受信の条件は状態1のスマホを持つことだ。ポチョは日々ちんちくりんの影響を受けており、ついにスマホに角を生やしてしまった。しかし今回ばかりは感謝するしかあるまい。
俺はスピンのケツに飛び乗ってポチョの細い腰に腕を回した。頼むぞ、タマスター。今日はお前の走りに全てが掛かっている。
タマスター。いつだったか俺の借金のカタに押さえられたスピンである。
ティナンに育てられたスピンは野生のそれよりも速く走れる。種族人間がそうであるように、野生動物が理想的なフォームを身に付けることはないからだ。天敵を警戒せねばならないし、舗装されたコースなんてものは自然にはない。日頃から周囲を気にしながら走れば当然ながら癖が付く。
ティナンに育てられたスピンは騎手と役割分担することが前提になるから、走ることに専念できる。
タマスターは俺の希望を乗せて走る。
邪魔なゴミをポチョがピコハンで排除する。
「どいて!」
シルシルりんを筆頭に生産職の有志が作り上げた物騒な代物だ。魔力を込めることでノックバック効果を発揮する。
「かはぁっ……!」
ガードの上からブッ叩かれたゴミがイイ感じに吹っ飛ぶ。ゴミのカットインが入り、レントゲン写真のように上腕骨に亀裂が走る図が提示される。
6sTV局が見えた。俺を抱えたポチョがバッとタマスターから飛び降りる。
赤カブトからささやきが入った。
『ペタさん! プフさんが来たよ!』
ちっ、時間ぴったりだな。まぁ想定内だ。
俺はダッと地を蹴って6sTV局に駆け込む。
ポチョがピュイっと指笛を吹いてぴょんぴょんと飛び跳ねて戻ってきたタマスターに飛び乗る。
「健闘を祈る!」
サンキュー!
ほんの僅かな時間も無駄にはできない。一番のネックは女神像から6sTV局までの往路だ。帰りは死に戻りしたほうが早い。俺をTV局に送り届けたポチョは迅速に女神像に戻って貰う手筈だ。
特番はオープニングの真っ最中だ。出演者が一人ずつ登場して観客席を沸かせている。生放送に無用なトラブルを招く余裕など一切ないから観客は一人残らずサクラだ。エキストラを雇うだけの予算がないなどの特殊な事情でもない限り、生放送は下手な収録よりもよほど脚本通りに進行する。多少の無茶は利くということだ。
「ペタ氏! こっちこっち!」
舞台袖に駆け込んだ俺をネカマ六人衆が手厚く看護してくれる。
「深呼吸してっ。深呼吸! ちょっ、汗がヤバいよ! 万歳して! ばんざーい!」
んに〜っ!
汗で張り付いた俺の服を六人衆が引っ張って剥ぎ取る。
「酸素〜!」
六人衆の膝枕で寝っ転がる俺は左右からパタパタとうちわで扇がれながら携帯酸素スプレーをシュコーシュコーと吸入。
スタッフの一人が叫ぶ。
「コタタマさん! 次です!」
すかさずネカマ六人衆が俺におべべを着せていく。ロープに振られるプロレスラーのように俺は花道に送り出される。
俺は早くもグロッキーだ。ツラい。早く死にたい。
ヤケクソになってぴょんぴょんと飛び跳ねながら登場した俺にMCのリチェットがマイクを突き出してくる。
「さあ、晒しスレ殿堂入りのコタタマさん登場です! 最近ではもうスレが荒れるので話題にするの禁止な感すらあるようですが、本日の意気込みはどういった?」
そうですね。普段お前らが目にする俺が幻想に過ぎないことをこの場で証明したいと思います。
……もちろん本日の俺がトリプルってる旨は話を通してある。だがコイツらは俺の化けの皮を剥ぎたいと考えているらしく、のっけからアドリブを要求してくる。くそがっ、しまいには番組をブッ潰すぞ。
体力ゲージがヤバい俺にサトゥ氏が肩を貸してくれた。小声で尋ねてくる。
「お、お前、ホントに大丈夫か?」
やだ、今日のサトゥ氏すごく優しい。俺はトゥンクと胸を高鳴らせた。か、過去の男のくせに調子に乗らないでよねっ。
崩れ落ちるようにひな壇に辿り着いたところで、カメラは次の出演者に移る。俺は影武者のコタタマシリーズとバトンタッチ。念のためにモグラさんぬいぐるみを預けておく。と、そこで俺は不穏な影に気が付いた。あれ、席替えした? なんか俺の隣の席にセブンが居るんだけど。脚本と違くない?
黒コートの効率厨が苛立たしげに小さく舌打ちした。
「出演予定だった間抜けが一人ロストした。李信馬准にやられた。ヤツは俺が殺す……」
俺は何も聞かなかったことにした。
簡易ギロチンセットで死に戻りしてポポロンの森に舞い戻る。
先生が待つウチの丸太小屋に俺を運んでくれるのは、俺の信頼が最も厚い近接職のヴォルフさんとレイテッドくん、暗たまの三人だ。俺をお姫様抱っこしたヴォルフさんを中心にレイテッドくんと暗たまで上下左右を固めたインペリアルクロスの陣形でポポロンの森を突っ切る。
元から強いヴォルフさんとレイテッドくんはともかく、俺の可愛い暗たまは日に日に強くなっている。ログイン時間が限られる学生プレイヤーとはとても思えない仕上がりだ。当然のように襲い掛かってくる刺客をこなれた連携で次々と葬っていく。
立ち塞がるゴミどもにヴォルフさんが吠える。
「邪魔をしないでくれないか! コタタマくんが日本と中国の架け橋になりうるプレイヤーであることが何故分からないッ!」
空中でレイテッドくんと交錯したゴミがニヤリと笑う。
「へへっ。知りたいか? スマイルだよ! 冒険者ギルドはよく出来た商売みたいだな〜。スマイルはそいつの影響力を削ぎたいのさ。分かるかっ、崖っぷち! お前はもう用済みなんだとさ!」
おのれ〜。まぁそんなこったろうと思ったぜ。俺とスマイルの旦那は別に友達って訳じゃない。一時は提携していたが、元より俺がスマイルを切るかスマイルが俺を切るかの二択だった。
しかしヴォルフさんは気に入らないようだった。
「冒険者ギルドはコタタマくんの功績だ! それをっ、利用するだけ利用して使い捨てるのか! 君たちは本当にそれでいいのか!? 君たちも使い捨てられるぞっ!」
「利用価値がある内は捨てられねえさ! 崖っぷちは間抜けだったんだよ〜!」
レイテッドくんとゴミが宙返りしながら二度、三度と打ち合う。ガチガチと鍔迫り合いする両者に、暗たまの三人が隊列を組んで残像の尾を引いて迫る。
「おっと!」
ゴミがレイテッドくんを蹴飛ばして素早く森に逃げ込んだ。ゴミの声が遠ざかっていく。
「へへっ。危ねえ危ねえ。三羽烏とマトモに勝負はできねえな〜。あばよ、崖っぷち。また来るぜ」
ゴミが去ったほうを見つめて暗たまが舌打ちする。
「ちっ、次は殺す」
……なんか俺の可愛い暗たまがハードボイルド路線になってるんだが。レイテッドくん、どういうことなの?
「あ? こんなもんだろ。まぁ……少しは育ったか?」
基本ずっと一緒に居るレイテッドくんは暗たまの変化に特別な感慨を抱いていないようだった。
インペリアルクロスの配置に戻った三羽烏さんが打って変わって朗らかな口調で言う。
「師匠〜。今度俺らも中国に連れてってくださいよ〜」
「パンダ居るんスか? パンダ」
「最近ちょっと同じクランの子に疑われてて動きにくくなって来てんスよ〜」
何それ。コナンくんかよ。定期的に発生する蘭姉ちゃんイベントみたいな? せやかて工藤。工藤?みたいな……。お前ら相変わらず中二病の願望満たすような日々を送りやがってからに。ちょっと俺と交代しろよ。俺も真の実力がバレると面倒だから隠すけどヒロインにたまに疑われて、その疑いを晴らすために色々と工作する二重生活を送ってみたいぞ。
レイテッドくんがぼそりと突っ込んでくる。
「お前に真の実力なんてモノはないだろ」
あるよ。最近ウッディが変身ヒーローみたいになってる。
「デカいハエじゃねーか……」
知らないの?レイテッドくん。ダークヒーローってやつだよ。時代はもう分かりやすいヒーロー像を求めてないのね。
な? ウッディ。
ウッディが俺の口をパクパクと動かして言う。
「ヒーローはいつの時代も理解されないものだ」
だってよ。
レイテッドくんがうなり声を上げる。
「なんつー胡散臭い共生関係だ……」
おっとウチの丸太小屋が見えた。五人ともありがとう。誠にお手数ですが今日一日よろしくお願いします。
ヴォルフさんが力強く請け負ってくれた。
「任せてくれ。それよりもヤマダさんのイベントが怪しい。思ったよりも参加者が多い。念のために助っ人を呼んでおいたが……。コタタマくんのほうでも気を配ってあげてくれ」
心得ています。
俺は心得た。
赤カブトがウチの丸太小屋の手前でブンブンと元気に両手を振っている。
「ペタさん! 急いで!」
あいよ。
俺は赤カブトと合流してウチの丸太小屋に駆け込む。プフさんは客間か?
「うん! スズキさんも一緒だよ!」
赤カブトが俺の肩を押して俺を急かす。
俺はミニスカローブのスカートをめくってパンチラする妄想をして気力を補充した。俺の中で元気娘のパンチラ度数はかなりの上位に位置している。リアクションに期待できるからな。そう、重要なのはリアクションだ。パンチラしておいて、それが何か?みたいなのは何も分かってない。まぁパンチラとリアクションの関連性について考察するのはまた今度だ。
俺は客間のドアをコンコンとノックして、
『コタタマ! そろそろ三回戦もるよ!』
ガチャっとドアを開けて一礼して閉めた。
ポチョからささやきが入る。
『コタタマ! 大喜利みたいなのが始まったよ!』
なるほどな。早くも破綻したぜ。
さて、どうする? 俺はベロリと舌舐めずりした。
俺の限界は、まだ先にある筈だ。そう思った。
そうさ。ジャンプヒーローは諦めない。どんな困難だって乗り越えるんだ。
どうする。考えろ。プフさんとの面会をスルーすることはできない。二つの会場で俺の出番が迫っている。今から走っても間に合わない。
……そうだよな。この命を燃やし尽くす以外にない、か……。
俺はフッと笑った。
赤カブトがおそるおそる俺に声を掛けてくる。
「ぺ、ペタさん……?」
ジャム。先生。スズキ。ポチョ。……アットム。楽しかったぜ。
内なるウッディが俺に語り掛けてくる。
(シンイチ。もういいのか?)
ああ。
俺の身体がカッカと燃える。舞い上がる炎は命の色。
俺の身体にブッ刺さった黒い金属片が灼熱の色を帯びる。
俺はぼそりと呟いた。
「変身……」
客間のドアを開ける。
命の火を燃やしながらブンと羽を震わせて登場した俺に、OLみたいな格好をして座るプフさんがメガネのつるをくいっと持ち上げる。遣る瀬ないとばかりに溜息を吐き、
「良いでしょう。あなたはその工兵と運命を共にしなさい」
俺はコクリと頷き、絶句している先生とスズキを見る。
ありがとう。
そう呟き、ブンと飛び立つ。丸太小屋の天井を突き破って上空へ。
涙が散って零れた。零れた涙が火の粉となって燃え上がる。
俺は咆哮を上げた。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
遊離した黒い紋様が円環状に放たれる。
完全変身した俺は、鋼鉄のまぶたをバキバキとこじ開けた。黒い血涙が俺の身体を伝って流れる。
行こう。限界へ。
今の俺なら、きっと限界の向こうに辿り着ける。
俺はブンと羽を震わせて飛翔した。夜空に輝く流れ星のように。
これは、とあるVRMMOの物語。
チュートリアルの準備でもしますかね……。
GunS Guilds Online




