迷子のトナカイ
1.クランハウス-マイルーム
ログインするなり枕元にリボンでラッピングされた藁人形と五寸釘がそっと置かれていた。
赤カブトさんのお誘いだ。今夜どうですか?という意味である。
……なるほどね。こういう感じか。こういう感じなのね。実質的に殺害予告なのでもっと冷たい感情が俺を支配すると思っていたのだが、実際にやられると少し違った。そこはかとなくエロティシズムがあり、心が浮き立つ。秘密のサインというのが良いのかもしれない。おそらくは一つ屋根の下に暮らす女からの夜のお誘いというシチュエーションに俺の脳みそが誤作動を引き起こしているのだ。
しかしどう転んでも結局は残虐ファイトなのでお断りしたい。お断りしたい、が……。お断りしたら赤カブトは残念に思うだろう。どうしても都合が付かない時以外は受け入れるしかないという魔性のシステムだ。
俺は、藁人形に五寸釘を刺した。よく見えるよう、てるてる坊主よろしく壁に吊るしておく。うっ、これは……。俺はおののく。予想以上に禍々しい感じになった。どことなくみだらに感じるのは俺が当事者だからだろう。客観的に見たなら全てを投げ打ってでもくびり殺したい相手が居るようにしか見えないぞ……。これがマガジン辺りだったなら「!?」というフォントが入るところだ……。これはさすがに申し開きができねえ。何か……。
俺は少し手を加えてファンシーな感じになるよう工夫した。布をハサミで工作して造花っぽく仕上げ、藁人形の周りに飾ってみる。
……連続殺人事件の幕開けっぽくなった。金田一少年の事件簿に出てきそうだ。この無意味に思える造花に何らかのトリックが仕込まれてるパターンだな。
しかしよくよく眺めてみれば造花の手作り感が生々しさを打ち消しているような気もする。少しはマシになった、か? ダメだ。よく分からん。正常な判断を下せていない自信だけがある。まぁ俺の部屋では俺の許嫁という触れ込みで元ヘソ出し女のレアキャラことトドマッが寝起きしているから、今度会ったら感想を聞いてみよう。
俺はトナカイスーツを頭から被って部屋を出た。
2.クランハウス-居間
今日はクリスマス。
ミニスカサンタに化けたウチの三人娘が目に優しい。
イブの夜を一緒に過ごせなかったのは残念だが、ウチの子たちはことイベントとなるととても聞き分けが良いので、狂ったように骨ダン(月の洞窟のこと)を周回している俺とアットムをそっとしておいてくれた。たまに様子を見に来てくれたのだが、どういう訳か俺の周りに集まるゴミどもは男ばかり。珍しく女キャラが居たかと思えばネカマだったりと、ろくなモンじゃない。比率で言うと、男ネカマ男男ネカマ男男男ネカマ男男男男といったところだ。そんな劣悪な環境に俺の大切なセクハラ要員を配置することはできない。俺は独占欲が強いので、他の男に見られるだけでイヤだ。ウチの子たちには他の女キャラと楽しく遊んでいて欲しい。
それは姫プレイもしくはクラン潰しの基礎的な技術の一つでもある。男の独占欲をくすぐってやれば、そこから競争心を煽る方向に持っていくのか、それとも人間関係を破綻させるのかは簡単にコントロールできる。俺もネフィリアの下で色々と試してきたが、強い統率力を持つリーダーが居ないとクラン潰しは防げない。クランマスターはちゃんと決めたほうがいいぜ。仲良しこよしのクランほどなあなあで済ませようとするから簡単に崩せる。潜り込まれた時点で手遅れだ。
という話をウチの子たちに言って聞かせている。
まぁウチには圧倒的なカリスマ性を持つ先生が居るから安心と言えば安心なのだが……。
少し太めの脚を気にしているスズキはさり気なくミニスカを下に引っ張って太ももを隠そうとしている。ウチの三人娘で一番察しが良いのはコイツだ。
「先生はクランマスターを育てる屋さんだもんね」
俺はスズキを指差した。
さすがスズキちゃん。その通りだよ。
進撃の巨人のジークネタに劣化ティナンは「ふふっ」と小さく笑ってくれた。
まぁそういうことだ。今すぐどうこうってのはないと思うが、先生はクロホシ社長に社員にならないかと誘われてる。もちろん俺は駄々をこねてでも先生を引き留めるつもりで居るが……仮にお前らが先生の立場だったらどうだ? 他星系の知的生命体と会える。コイツは強烈な誘い文句だ。中国サーバーのオムスビコロリンが誘いに乗ったのも頷ける。レ氏が得体の知れない技術で政府を黙らせてなければ今頃は大騒ぎになってるだろう。つまりは宇宙人が実在するってことだからな。イヤ、それはレ氏がゲーム雑誌に載った時点で分かっていたことではあるんだが……。
分かるか。ポチョ。スズキ。ジャム。俺たちは一丸となって先生の魂を地球に縛り付ける引力にならなくちゃいけない。俺が先生と一緒に居たいからってだけじゃないぞ。あの腹黒社長は信用できねえ。ホイホイと付いて行った挙句に超ブラック企業の社畜に仕立て上げられる可能性がある。
洋モノのポチョがミニスカサンタの衣装を見せびらかすようにくるっと回る。
「どう? どう?」
俺はポチョを指差した。
さすがポチョちゃん。100点満点だよ! スズキとジャムも余裕で学年トップクラスの成績だけど、今日という日はポチョちゃんの特性がイベントボスに刺さる感じだ!
「えへへ〜」
俺に褒められてご満悦の金髪はソファに座り直してキリッとした。
「どうして【賢者】なのかな。【英雄】と【傾国】のほうが戦力になるのに。クロホシ……という名前なのか? GGO社の社長は【傾国】を連れ去ろうしたと聞いているが……」
それなんだが、金髪ロリ誘拐事件の背景はとんでもなく複雑でな。動画をチェックする限り、メイヨウはクロホシに契約を突き付けた瞬間に気絶している。そう、契約だ。【傾国】の称号持ちにはそういう特性があるらしい。俺も詳しいことは分からんが、【傾国】という称号名……おそらくは争いを助長する効果がある。ちょうどさっき話した姫プレイの強制版じゃないかと思ってる。契約を結ぶのはメイヨウ本人じゃない。メイヨウを挟んで対峙した他人同士なんじゃないか。そう考えると、中国のプレイヤーが言っていた「契約を操る」という言い回しもしっくり来る。
俺も一度体験しているが、所有権の限定的な解除というのは言ってみればメイヨウへの貢ぎ物だろう。
……凄まじい力だ。幾らでも悪用できる。【英雄】のアビリティ強制発動ほどの即効性はないが、持続性と汎用性がある。
赤カブトが小首を傾げた。その拍子にサンタ帽の先っぽに付いてる白いボンボンが弾む。
「全然分かんない」
俺は赤カブトを指差した。
さすがジャムちゃん。俺も実はよく分かってないんだよ! ジャムちゃんの存在は俺にとっての希望だ。さっき今すぐどうこうってのはないと言ったけど、まさしくそのことよ。先生はジャムちゃんの成長を見守りたいと思ってる筈なんだ。
「先生が私のことをそんなふうに……」
赤カブトさんは感涙して目をうるうるさせた。
しかし懸念はある。
条件交換だ。オムスビコロリンがそうしたように、先生は自分自身の身柄と引き換えに赤カブトの身の安全をクロホシに願い出るかもしれない。
そこで話は戻る。俺たち【ふれあい牧場】のメンバーは先生に赤カブトを守るのは俺たちなのだと示さねばならない。
スズキの言う通り先生はクランマスター育て屋さんだ。
そして、その話には続きがある。
建国だ。
先生本人が王様になりたいという話ではない。
先生は、オンラインゲームの行き着く先がそこだと考えているらしい。
これだけインターネットが発達した現代社会において、実は国境というのは時代遅れの制度なのではないかとお考えなのだ。
もちろんリアルなくしてネットは成り立たない。しかし今や俺たちは、やろうと思えば他者の意思が介在するメディアを通さずに諸外国の人間たちとお前らんトコはどうなの?と話し合える。言語の壁はあるが、そうした敷居は今後どんどん下がっていく。
技術は革新する。技術は飛躍する。
先生の構想によれば、人類が持て余してきた広い世界地図は、ある時を境に一気に縮まる。俺らゲーマーで言うなら、狩りをしてる最中に野良パを組んでる外国人プレイヤーがフランクな日本語で「今週のジャンプ読んだ? 無惨様のパワハラやばくね?」とか言ってくる。そんなことが当たり前になっていくらしい。それは遠い未来かもしれないし、案外10年後か20年後にあっさりと実現するかもしれない。
いずれにせよ、人類はそういう方向に進んでいる。
人間はうんこ製造機なので、うんこ製造機を集めて金を稼ぐのは無駄な経費だ。強い企業は無駄な経費を削って生き残る。
先生のつぶらな瞳に映っているのは、そうした遠い未来の社会なのだ。言うなればうんこなき改革だな。
さすがにうんこうんこと口に出して言うのは憚られるので、俺はうむうむと頷いて一人で勝手に納得した。
バッと手を振って三人のミニスカサンタに命じる。
「では支度に掛かれぃ! 今日のクリスマスパーティーはしくじれんぞ!」
先生をおもてなしするのだ。
なお、アットムくんはティナン姫の武家屋敷にお呼ばれしてクリスマスパーティーに参加している。
今年のクリスマスプレゼント大作戦はナシだ。去年のクリスマスに寝顔をガン見されたコミュ障ティナンことミルフィーユさんから割とガチめのクレームが入ったためである。
とはいえ、アットムのクリスマスに賭ける熱意は凄まじいものがある。山岳都市のトップ、ティナン姫マーマレードはアットムを切れない。ティナンを裏切ることは決してない種族人間というだけで計り知れないほどの価値があるのに、数え切れないほどの特典を持つ駒だからだ。
結果、マーマレードはついに異教徒の宗教的な儀式を採用することになった。
アットムの執念がティナン社会に風穴を空けたのだ。今頃は大量のティナンに囲まれてプレゼント交換などしていることだろう。良かったな、アットム……。
もっとも俺はアットムくんから一足早くクリスマスプレゼントを貰ってるがね。
へへ。俺はポケットからキラキラと輝くガラス玉を取り出して眺めた。
ずっと持ってるとゴミどもに襲撃されて奪われかねないから、あとで大司教様辺りに預かって貰うとしよう。
3.準備完了
部屋の飾り付けが完了した。
ソファに腰掛ける三人娘をじっくりと眺めて、俺はうなり声を上げる。
う〜ん……。
チラリと居間の内装を見る。
……何故だ? なんかキャバクラみたいになったぞ……。
もっと、こう、アットホームな感じを目指してたんだが……。
……この店内いやさ室内の薄暗さは何なの?
「それコタタマが……」
そうだね。俺だね。ムーディーな感じにしたくて。
……紙で作った輪っかはドコ行った? あれ大切よ。なんか手作り感あるもんね。
「ガキ臭いから外せってコタタマが……」
そうだね。俺だね。なんか輪っかの大きさが不揃いで気に入らなかったから。
……この大量のグラスはなに? たくさん揃えたね。シャンパンタワーでも作るのかな? もう方向性が完全にキャバクラじゃん。見失ってるじゃん。針路を。
「ペタさんがバザーで安売りしてたって……」
そうだね。俺だね。ガラスのコップって割ると簡単に凶器になるから、たくさんあっても損はないと思って。
う〜ん……。
……いや! 悪くない。悪くないぞ。
多少内装はアレだが、ウチの子たちは可愛い。先生だって悪い気はしない筈だ。
よーし!
そろそろ先生がご来店してくる時間だ! 配置に付けぃ!
「はーい」と返事をしたウチの子たちがキッチンから小洒落た手料理を持ってくる。俺が陣頭指揮を執って作ったおつまみの数々だ。
クリスマスパーティーと言えばケーキと七面鳥だが、あんまり食いモンが豪華だと自慢のウチの子たちがボヤけるからな。料理は飽くまでも添え物。主張しすぎず、冷めても美味しく、そこはかとなく上品さを散りばめて。
俺はバッとトナカイスーツに袖を通して居間のドアにビタァと張り付く。聞き耳を立てて、しばし待つ。
……トコトコと階段を降りる足音。
今だ!
俺はスッと居間のドアを開けて、びくっとした先生に上品にお辞儀した。
「お待ちしておりました」
ソファに腰掛けたウチの三人娘がにこりと上品に微笑む。
「めくるめく夜へようこそ」
これは、とあるVRMMOの物語。
ハッピーメリークリスマス!
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