月の雫
1.ちびナイ劇場
暖炉の前で椅子に腰掛けたちびナイとちびマレがチクチクと編み物をしている。
ちび姉妹に飼われている駄犬ことプッチョムッチョは床に寝転んで漫画をパラパラと読んでいた。
ちびナイがお澄まし顔で言う。
【妹よ。今年のクリスマスは家族水入らずで過ごしましょう】
【えっ】
【世間ではクリスマスだのと浮かれていますが、私は家族と過ごす時間を大切したいのです】
ちびナイはお一人様のクリスマスの過ごし方を正当化した。
ちびマレはもごもごと口ごもって、
【ご、ゴメンねお姉ちゃん。今日は運営ディレクターのョ%レ氏と食事に……】
【なんですとー!?】
ガターンと椅子を蹴って立ち上がったちびナイが許されざる裏切り者を唖然として見る。
しかしすぐに気を取り直して椅子に座り直した。
【……まぁョ%レ氏はマレのお父さんみたいなものだし】
ちびナイがハッとした。
【ということは……私にとってもョ%レ氏はお父さんってこと? 一緒にごはん? お父さんといえどオトコ……。オトコとごはん。それってデートだよね?】
ぴんぽーんと呼び鈴が鳴った。
玄関のドアの外にパッとスポットライトが灯る。
バラの花束を抱えたョ%レ氏がくるりと一回転して観客席にシャコッとウインクを寄越した。女性ファンを意識している。
スタートダッシュを決めたちびナイが玄関へと駆ける。ハッとしたちびマレが姉キャラを追う。
追いついてきた妹キャラにちびナイが【ちっ】と舌打ちして律理の羽の破片を撃つ。ちびマレも負けちゃいない。素早く変身して両手を突き出す。手のひらから伸びた根っこが金属片を絡め取る。
ちびナイがぴょんと跳ねて【全身強打】を放った。壁を透過してきた光の輪をョ%レ氏が身体を反らしてひょいと避ける。ちびマレはスライディングして避けた。ちびナイが大剣を構築して妹キャラを亡きものにせんと迫る。
【死ねぇーい!】
【死ぬのはお前だッ!】
ちびマレが逆立ちしながらくるりと回ってブンと片手を振る。
ギョッとしたちびナイがとっさに大剣を頭上に構える。ズンと荷重が掛かる。
【四ツ落下だとッ……! キサマっ、どんな手品を使った……!?】
ちびマレは得意げに胸を張った。
【知恵と工夫ですよ。私は、私自身のスキルを使いこなせて居なかった……。それだけの話です】
ちびナイが悔しがる。【四ツ落下】の負荷は相当なもののようで、かろうじて律理の羽で防いでいるが限界が近い。がくりと片ひざを屈したちびナイが第二段階のセルみたいなことを言い出した。
【ち、チクショー! チクショー! か、完全体にさえ……! 完全体にさえなれたならー!】
その時である。
ちびナイの胸の辺りから、どくんと脈打つように禍々しい光が漏れ出した。
ちびマレはともかくとして、ちびナイ本人もこれにはびっくり。
【ば、バカな……! 私は、まだ……。これは、このガムジェムは……!?】
シャッと幕が閉じた。
2.月の洞窟
ハッ。俺はパチリと目を覚ました。いかんいかん。少し休憩するつもりが、うっかり寝オチしてた。
サトゥ氏とリチェットの参戦でだいぶ楽になったからな。あの二人のおっかないところは何でもできるってトコだ。顔が利くもんだから人脈も広い。俺なんかと違って個人としても強いから好意的なフレンドが多い。そんなもんだ。ザコキャラはいざって時に使えないから軽んじられるし嫌われる。人間はそんなに単純じゃねえとか言ってくるヤツも居るが、種族人間の好感度がマイナスから始まると仮定すれば何もおかしなことはない。
サトゥ氏とリチェットのフレンドと言うだけでデカい顔ができるから、二人が声を掛ければホイホイと人が集まる。俺もサトゥ氏の名前を勝手に使ったりするからよく分かる。俺ぁ【敗残兵】のサトゥ氏の連れだぞ!?ってな具合よ。まぁ大抵の場合ゴミどもにチクられてウチの子たちに殺されるんだけどな。あんまり上手く行った試しがねえ。本当にサトゥ氏はここぞという場面で使えねえ野郎だよ。俺は俺の中で売買されているサトゥ氏の株を下げた。
俺はトコトコと歩いて行って、サトゥ氏と世間話をする。
サトゥ氏さぁ。ホントに月の雫を見たことあんの?
「何だよ。疑ってるのか?」
いやぁ。だってティナンの願いを叶えるっていうのがまず怪しいんだよなぁ。ドラゴンボールじゃあるまいし。
「ああ、それは噂が一人歩きしたんだよ。何でもって訳じゃない」
ほーん。ま、詳しくは聞かねえさ。どんな形してんの? 色は? 大きさは?
「コタタマ氏は今んトコまだ魔法使いなんだっけ?」
そうなんだよ。いっぺん歌ってみたけど審査に通ンなくてね。今度メガロッパ辺りに原稿を作って貰えねえかな? サトゥ氏から軽く言っといてよ。
「いいけど、さすがにタダじゃな〜」
俺、金なんて持ってねーぞ。何かして欲しいことある?
「あるよ。中国サーバーが面倒臭いことになってる。ちょっと手伝って」
よし、それで手を打とう。
「じゃあそれで」
3.月の洞窟-深部
月の雫は実在する。
サトゥ氏の言葉には信憑性があった。
何しろ嘘を吐く意味がない。
おそらくは実物を目にしたことがあるのだろう。サトゥ氏はハッキリとは口にしなかったが、月の雫を最初に見つけたのは【敗残兵】なのかもしれない。解散前は【目抜き梟】と一位二位を争う大型クランだ。充分あり得る話だった。
未実装なのではという疑いが晴れたことで、ゴミどもはやる気を取り戻した。
実在すると知って色々な憶測が流れたから、その影響もあったろう。
いわく、月の雫のドロップには条件がある。
いわく、100周すると確定ドロップする。いや、それはさすがにおかしい。
ダンジョン内のモンスターを一掃することが条件なのではないか。それは不可能だ。うんぬん。
サトゥ氏に質問が殺到したが、さしもの廃人もドロップ条件の特定には至っていないそうだ。
サトゥ氏はひとまず聞きかじった当時の状況をできる限り再現しようと提案した。検証はしてみたいが、検証できるほどの材料すら揃っていないのが現状だ。ひとまず採取の成功を第一目標に掲げる。
俺はリログするなり足元に投げ捨てられていたトナカイスーツを装着してアットムくんと手を繋いで歩く。
良かったなぁ。アットム。これは何とかなるかもしれないぞ。
「うん。でも、なんかみんなに悪いなぁ。僕のワガママに付き合って貰って」
おいおい。油断するなよ? この中には月の雫がドロップしたら横から掻っ攫おうと考えてるやつが絶対に居るぞ。よしんば確保に成功したとしてもあとになって不満は出る。確実にな。覚悟しとけよ?
「えっ。も、もしかしてプレゼントしたら迷惑だったりするかな? 狙われたりする?」
ティナンから奪うのは無理だろ。
「いや、でも……」
どうしても不安なら俺から姫さんに言っといてやるよ。大々的に持ち主を発表するんだ。ティナンは祝福するだろう。そういう守り方もある。ティナンを敵に回したくないなら余計な真似はするなってコトだな。ついでに言うと俺たちのバックには先生が付いてる。どんなに上手くやろうと本気になった先生の追跡から逃れるのは無理だ。
「そっか。そうだね。良かった」
アットムくんはニコリと笑った。
……このアットムくんをたぶらかしたのはどこのどいつなんだ。憎い。俺のアットムを奪おうとする泥棒猫め。まぁアットムくんに免じて結婚式をブチ壊すのは勘弁してやるが、新居に俺の部屋を用意して貰うぜ。そこだけは何があっても譲らないからな。
4.月の洞窟-最深部
夜が更けて暇になった攻略組の連中が合流してきて三周ほどか。
奇跡が起きた。
ダンジョンの最深部でワッと歓声が上がった。
まさか?
俺とアットムくんは顔を見合わせて採取ポイントの小部屋に駆け込んだ。
サトゥ氏! 出たのか!?
振り返ったサトゥ氏がニカッと笑って高々と手を突き上げた。
その手に小さな石コロが握られていた。
キラキラと輝く、ガラス玉のようにも見えた。
う、うおおおおおおおお!
俺は歓喜の雄叫びを上げた。アットムは痺れたように呆然としている。意外とあっさりとした結末に実感が湧かないのだろう。
一番喜んでいたのはウッディだった。
俺の頭の上に這い上がったウジ虫バージョンのウッディがぴんと身体を伸ばしてぶるぶると震えていた。
俺はアットムの腕を引っ張ってサトゥ氏に駆け寄る。
よ、よく見せてくれ! 間近で月の雫をまじまじと眺める。こ、これが月の雫か。確かにただならぬオーラがあるぜ……!
だろ? お前ら!
ゴミどもが分かる分かると知ったかぶって頷く。
「俺はツルハシで叩く前からオーラ感じてたよ」
「いや、遅くね? 俺は今回の周回はなんか違うなって感じてたよ」
「いやいや、俺は三周前辺りから段々オーラ高まってるなって感じてたから」
お前ら何者なんだよ。テキトーなことばっか言いやがって。
アットムは感極まってポロポロと涙を零していた。
「こ、これ。でも、ダメだ。貰えないよ。これ、だって、みんなでがんばったから、こんな……」
俺はバンバンとアットムの背中を叩いた。
貰っとけ、貰っとけ!
なあ、アットム。お前はがんばってるよ。こん中にゃーお前に救われたってやつもたくさん居るだろう。俺らは基本タダじゃ動かねえ。でも今日くらいはいいじゃねーか。
ハッピーメリークリスマスだぜ。アットム!
俺はチラッとサトゥ氏に目配せした。
コクリと頷いたサトゥ氏が月の雫をアットムに手渡して前に出る。そしてゴミどもに宣言した。
「ガタガタ抜かすやつはブッ殺す! ああ、俺らはろくな人間じゃねーかもしれねえよ! でもな、だからって金が全てじゃねーんだ! たまにゃーこんな日があってもいい! そうだな、お前ら!」
こういう演説をさせたらサトゥ氏の右に出るプレイヤーは居ない。
レアアイテムというのは、それを使ってどうこうするよりもドロップした瞬間が一番快感なのだ。
脳汁が出ているゴミどもは場の雰囲気に浮かされて歓声を上げた。
サトゥ氏がニカッと笑う。
「よっしゃ! 野郎ども宴じゃ〜!」
宴じゃ宴じゃー!
おや、何やらアットムくんがもじもじしている。どうしたのかな?
アットムくんは意を決したように両手で大切に持った月の雫をこちらに突き出した。
なんぞ?
「あ、あのね。これ、コタタマに。コタタマ、見たことないって言ってたから! 喜んでくれるかなって!」
ふえ!?
あっ、あ〜。な、なるほど。そういうことか。
サプライズだ。ティナンどーこーってのは俺に悟られないよう作った話だったのか。
俺はホッとした。
アットムの手のひらからガラス玉を摘んでポケットに放り込む。
ん、貰っとく。ありがとよ。嬉しいぜ。アットム。
アットムくんが照れ臭そうにはにかんだ。
「ハッピーメリークリスマス!」
ハッピーメリークリスマス。
俺とサトゥ氏は歯列をギラつかせた。
これは、とあるVRMMOの物語。
よく出来たガラス玉ですね。
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