取らない電話
1.月の洞窟
眠いもる……。
このゲームのキャラクリはある程度感覚でやれるが、俺たちは脳みそを細かくメイキングできるほど自分の身体に詳しくない。よって脳みそはほとんどデフォルトの使い回しになる。
つまり長時間プレイしていると眠たくなる。
スケルトンをブッ叩いているゴミどもを尻目にしゃがみ込んだ俺が、学校の授業中に頬杖を突いて仮眠を試みるように斧を支えにしてうつらうつらとしていると、骨うさぎさんに地面に押さえ付けられてジタバタと無駄な抵抗をしているゴミが吠えた。
「テメー! 崖っぷち! ッざけんな! 寝んなや! こちとら必死なんじゃ! 見ろや! プリモツしとるじゃろがい!」
生まれながらにして紙装甲を宿命づけられた種族人間は、モンスターが少し強めにお腹を押すだけでぷりんっとモツがコンニチハする。
俺は項垂れたままハイハイと適当に手を振る。
がんばるよ。がんばるけどぉ……。眠いもんは仕方ないじゃんかぁ。そりゃポーションをキメれば眠気は吹っ飛ぶけど経費がかさむしよぉ。
だがアットムくんはとうに明日を捨てる決断を下していた。
腕をひもでキツく縛って浮き上がらせた静脈に注射器でポーションを打って駆け出す。
プリモツしてるゴミにのし掛かっている骨うさぎさんに下から掌打を浴びせた。上体を起こされた骨うさぎさんのろっ骨に流れるように肘を叩き込む。
モンスターの骨は、俺が斧で思い切りブッ叩いても傷一つ付かないほど頑強だ。【スライドリード】のギアを上げることができる近接職じゃないとろくにダメージが通らない。
しかしアットムは通す。
それは人知を超えた技の冴えによるものなのか。
人間は一度死ねばおしまいだ。けれど、これはゲームだから。死力を尽くしてなおコンテニューできる。
それは、誇張でも何でもなく、まさしく前人未到の領域に足を踏み入れるということ。
アットムの目に映っているのは誰も見たことがない景色だ。
才能という言葉が生ぬるく思えるほどの執念が、アナログやデジタルといった表面上の薄ぺらさを貫いて魔物を焼くかのようだ。
スケルトンのあばら骨にびしりと亀裂が走る。自重を支えられなくなった大樹が崩れ落ちるように亀裂が広がっていく。声なき断末魔を上げた不死の魔物が滅びていく。まるで魔法が解けるように。それは、果たして祝福だったのか。それとも……。
こちらを向いたアットムの怜悧な容貌が俺を見つけて丸みを帯びる。半分寝ている俺に手を差し伸べて、
「もうちょっとがんばろう? 一緒に。いいだろ? コタタマ」
……ちょっとだけな。俺はアットムの手を掴んで立ち上がった。
コイツの夢を叶えてやりたい。そう思った。
2.月の洞窟-深部
だが確率の壁はどこまでも無情にゲーマーに迫ってきて断崖絶壁の崖へと突き落としていく。
数にモノを言わせた高速周回ですらびくともしない。突破口が見えない。
アンデッド特攻のアットムだって無敵という訳じゃない。モンスターの一撃は重く鋭い。掠っただけでも肉は裂け骨は砕ける。足を失えばアットムは必至の一撃を放てない。
昏睡状態に陥ったアットムの傍らに、ギフターズがゴトリと機械の腕を置く。
そ、それは……?
「パンテッラが遺してくれたものです。彼女は最後の最後まで勇敢でした」
パンテッラの、腕……。
ギフターズが寝台に横たわるアットムを見つめて祈るように呟く。
「無駄死にではないぞ、パンテッラ……。私が手術を引き継ぐ」
手術って……。手術ってお前……これはもうアットムじゃねえよ……!
アットムの両脚と右腕はギスターズが残した機械のそれだった。そして……今また左腕も。
こんな……戦闘用の【ギルド】の手足を付けて……!
からくりサーカスの鳴海兄ちゃんみたいになっていた。
ギフターズが機械の指先からギチギチと8徳ツールみたいなのを生やして言う。
「カーディナル。指揮官を失った【ギルド】崩れは哀れなものです。自分自身が人間であった頃の記憶と感情が本能に従うことをよしとしない……。我々は人間なのか? それとも【ギルド】なのか? 少なくともこの星に居る【歩兵】は我々を同胞とは認めてくれない。カーディナル。あなただけが私たちを見てくれた」
……俺の中にウッディが居るからか?
「それはきっかけに過ぎません。ですが、そうですね。きっかけがなくては……何も始まらない。それもまた確かなことかもしれませんね」
そう言ってギフターズはふっと笑った、ような気がした。俺からは横顔だけしか見えていないが、ほんの少し、ほんの一瞬だけ口角が吊り上がったように見えた。
ギフターズがパンテッラの腕を懐かしむように撫でて言う。
「我々は永遠の敗北者です。しかし……そうではなかったのかもしれない。見落としてきただけなのかもしれない。ならば、その先にあるものを私は見てみたい」
手術が終わった。
ふうと吐息を漏らしたギフターズが俺の耳元に唇を寄せて小声でぼそりと呟く。眠り続けているアットムの肩にそっと手を置き、
「【ギルド】の記憶がこう囁くのです……。カーディナル。この男は【勇者】の資質を持つものです。勇者とは光の使徒を継ぐもの。ゲームをエンディングに導くもの。単なる称号ではない」
ギフターズが俺の身体をぐいっと引っ張って背中に庇う。
骨モグラが突進してきた。四肢を機械化したギフターズが骨モグラとの力比べに応じる。しかし両者には絶望的な力の差があった。仰け反ったギフターズの背骨がへし折れる。
ギフターズが雄叫びを上げた。
「うおおおおおおおおっ!」
黒い金属片がギフターズの胴体を這い上がり、やがて首から頭部へと侵食していく。
や、やめろ!
俺は思わず叫んでいた。
ギフターズは「何故か」変身を手足にとどめていた。完全に変身することを避けていた。それは、きっとギフターズに残された人間であろうとする部分が無意識の内に拒絶反応を示していたからだ。
ギフターズが肩越しに振り返ってアットムを見る。
「アットムよ。あんなに気持ちのいい腕比べは初めてだったな……。今度は負けないぞ」
黒い金属片の侵食が進む。ギフターズの片目が真っ赤に染まって薄っすらと輝きを帯びる。【ギルド】のそれだった。
くそっ! 俺は斧を引っ掴んだ。骨モグラに突っ込む前に、ふと寝台に横たわるアットムを見る。重大な秘密を打ち明けるように言う。
アットム。お前の立ってる姿が好きだったぜ。
閉ざされたアットムの目からスゥと涙が流れる。
あ、アットム……?
いびつに繋ぎ合わされたアットムの機械の手足がガクガクと揺れる。
左右で異なる長さの腕。アットムがこれまでに積み上げてきたものをどれだけ失ったのか想像も付かなかった。
まぁ死に戻りすれば済む話なのだが。
滂沱の涙を流しながら起き上がったアットムに、俺は悲鳴のような声を上げる。
「アットムーッ!」
3.月の洞窟-最深部
ウッディは、このループから脱するのは不可能なのだと悟ってしまったらしい。
もはや月の洞窟で永遠に暮らすことさえ視野に入れているらしく、モンスターの味方になってしまった。
最深部を目前にしてアットムの行く手に立ち塞がったウッディが言う。
「アットムよ。私は君が好きだったのだよ。だが……。やれやれ。君には失望したぞ」
ウッディは機械の手足を移植されたアットムがお気に召さないようだ。
「異種族を愛し、どこまでも人間のまま戦う君は美しかった。なるほど、光の使徒が認めるだけのことはある。私は敬意すら覚えたのだよ。それを……」
そう言ってアットムの手足を汚らわしいものを目にするかのように見る。
びょんと飛び上がったウッディがアットムの眼前に降り立つ。
「いいか、アットム! 死なずに破壊のみを目指す生物が地上に居るか!? ギフターズはこの星に現れた最も醜い唾棄すべき(※)生物なのだ!」
※ 軽蔑すること
「そしてアットム、お前は今……。人間の身体を捨ててまで我々の破壊を望んだのだ」
アットムが言う。黒い金属の右腕を左手でさすりながら。
「この手足は、ただの機械じゃない。ギフターズの、みんなの心そのものなんだ」
からくりサーカスごっこを交えながら周回は進む。
もう100周はしたろうか……。
ある時、今回も空振りに終わった最深部でゴミの一人がぽつりと言った。
「……月の雫って実在するのか?」
心がへし折れる音が聞こえた気がした。
言ってはいけないことを言いやがったな……。
たかが100周で、と思うかもしれないが、このゲームのダンジョンアタックは5分や10分で終わるものではない。
頭数が増えて人間爆弾の連続投下ができるようになった今ですら一度のアタックで相当な距離を歩かされる。
この移動時間の長さがVRMMOの最大の欠点だ。ハッキリ言って周回するのは狂人の所業である。
だが、世の中にはこのクソだるいダンジョン走破を日替わりランチメニューみたいな感覚でこなすイカれた人種も居る。
そう、廃人だ。
ふらりと現れたクソのような廃人ことサトゥ氏は言った。
「月の雫は実在する!」
ド ン !
いやドンじゃねえよ。サトゥ氏、マジか。まさかお前……見たことがあるのか? つーかお前、生きてたんだな。てっきりロストしたのかと思ったぜ。
「ウチにはリチェットが居るからな」
いや、そのリチェットが一番ヤバいだろ。よくとどめを刺されなかったな。
おっとリチェットさん。トコトコと歩いてきたリチェットさんが真っ赤な顔をして俺の耳をひねり上げてくる。何しやがる。
「オマエたちと一緒にするな! ろ、ロストなんて私たちにはまだ早すぎる……」
早い遅いの問題じゃねーだろ。
あっ、サトゥ氏が俺を見てふんと鼻で笑った……! ウチのリチェットはマトモなんだよと言いたげだ……。この上から目線!
くそっ、悔しいが言い返せない。最近ちょっと殺されるのも悪くないと思ってる俺が居る。俺を殺したくて興奮するウチの子たちが可愛く見えてきた。ヤバい。
俺はこほんと咳払いして話題を変えた。
セブンはどうした? 死んだか?
サトゥ氏はコクリと頷いた。
「セブンは最短経路が大好きだからな。こっちに来るのに遺跡マップの中層域を通ってショートカットを……」
そ、そうか。
……確かに中層域は常設ダンジョンと繋がっているらしいが、そこを抜けてこちらに来ようとすればモンスターハウスは避けられない。あのセミ野郎はどうして難易度を計算に入れないのか。
何はともあれ、だ。
クソのような廃人どもが旅の仲間に加わったぞ。やったぁ。
これは、とあるVRMMOの物語。
NAiです。ただいま留守にしております。ご用件のある方はプーと鳴ったあとにメッセージをお願いします。
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