モグラ帝国の野望
メンテナンスが終わった。
アップデートだ。やったぁ。
まぁメンテナンスといっても、運営ディレクターのョ%レ氏によると趣味のようなものであるらしい。
システムの管理はナビゲーターの【NAi】がリアルタイムで行っており、実はメンテナンスをする必要はないのだと動画サイトの生放送で言っていた。
ではメンテナンスとは一体何なのかという話になるのだが、どうもョ%レ氏が観光旅行に出掛けている数時間をメンテナンスと称しているようだ。同時刻、メンテナンスをしている筈のョ%レ氏をルーヴル美術館で目撃したという証言がある。
それこそ一体どういうことなのかと問い詰めたいのだが、さすがに休暇を一切取るなとは言えない。そこは他の社員に任せるなりして欲しいのだが、まず会社からして実在が怪しいので期待はできないだろう。
無理は言うまい。ただ、【NAi】がシステム管理をしているのであれば、ョ%レ氏は業務時間中スマホをいじっているだけではないのかという疑惑は捨て切れないのだが。
何はともあれアプデだ。
ログインするなりジャックされた視覚に動画が強制的に差し込まれ、詐欺臭いPVで流れていたテーマソングが脳内に木霊する。
ポップでキャッチーな曲調なのに、副旋律だけ抜き出してオルゴールで流すと完全にバッドエンドなんだよな。
【アップデート情報!】
デフォルメされた【ちびNAi】が小さな身体を精いっぱい使って愛想を振り撒きながら嘘臭い情報を垂れ流す。
【友愛の使者イベントを開催します!】
友愛だと? やたらと飛び交っているハートマークに欺瞞の匂いをぷんぷんと感じるぜ。
満面の笑顔でプレイヤーを地獄に送り込んできた女がいきなり嘘泣きを始めた。
【えーん、えーん!】
【どうしたんだい、ナイ】
舞台袖から出てきたョ%レ氏が胡散臭さに拍車を掛ける。こちらもデフォルメキャラだ。
【あっ! あなたはもしかして運営ディレクターのョ%レ氏?】
ョ%レ氏ってフルネームで呼ばれると何言ってるのか一瞬分からないんだよな。
【そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ。何かお困りのようだね】
なんだ、この小芝居……。いや、毎度のことではあるんだが。
【ョ%レ氏! 実はね、モグラさんとウサギさんが喧嘩をしちゃったの!】
垂れ幕が降りてきて、上映会が始まった。映し出されたのは、これまた可愛らしくデフォルメされたモグラさんとウサギさんが威嚇し合っている姿だ。
ョ%レ氏が唸り声を上げた。
【滅びの刻が幕を開けたか……】
【ョ%レ氏! ちびキャラが滅びの刻とか言っちゃダメ!】
【被造物が創造主を上回ることはない。肝に銘じておくことだな、ナイ】
【そうかもしれません。ですが、人は己自身の姿を自らの目で見ることは叶わない。鏡に映るのはしょせん虚像でしかないのですから】
おい、仕事しろ。
俺の突っ込みが届いた訳ではないだろうが、【NAi】が自分の頭を小突いてぺろっと舌を出した。
【あっ、いっけない! てへっ】
殴りてえ。
【ョ%レ氏っ、モグラさんとウサギさんを仲直りさせたいの! どうしたらいいのかな?】
【いいだろう。事は急を要する。シークエンスに基づきハートを集めさせるがいい】
【愛ね! さっすがョ%レ氏!】
ぽんと手を打った【NAi】が一転して真剣な表情になり、お祈りするように両手を組んだ。
【プレイヤーのみんな! お願いっ。ハートを集めて! みんなが頑張ってくれれば、きっとモグラさんとウサギさんは仲直りできると思うの!】
遠回しに死ねと言っているようにしか聞こえない。
垂れ幕の映像がぱっと切り替わり、モグラさんとウサギさんが仲良く肩を組んでいる姿が映し出された。
【NAi】の語るところによると、イベントの概要はこうだ。
プレイヤーはモグラさんチームとウサギさんチームに分かれ、争うことになる。
イベントアイテムのハートは、敵陣に打撃を与えることで入手できる。集めたハートの数に応じて賞品を貰えるという寸法だ。
仲直りする要素が一切ないような気がしてならないのだが、このイベントにハッピーエンドは用意されているのだろうか……?
【シンボルも用意したから、ちゃんと身に付けてね! じゃないと味方の魔物に殺されちゃうゾっ!】
シンボルとやらを掲げた【NAi】が、ばちっとウィンクして動画は終わった。
うぜえ。
1.クランハウス-居間
さて……。
早くも意見は割れたようだな?
居間に集合したクランメンバーを眺めて、俺は嘆息した。
陣営が分かれるイベントと来れば、クランで意思を統一するのは基本中の基本だ。わざわざ分裂しても良いことなんかこれっぽっちもない。
それをコイツらと来たら……。
半ば諦めつつも俺は口を開いた。
「念のために聞く。そのウサ耳は何のつもりだ?」
ポチョの頭の上でシンボルが揺れた。バニーポチョだ。
「私はウサギさんチームで行く。スピンに全滅して貰っては困るんだ」
すかさずバニースズキが追随する。
「モグラっ鼻は絶対に嫌」
そいつは聞き捨てならねえな。モグラっ鼻の何が悪い。いや、そもそも見た目の問題じゃねえんだ。
俺は無言でモグラっ鼻を装着した。バニーポチョが目を見張る。
「コタタマ……! 何故だ!? お前はっ」
まぁ待て。確かにスピンが絶滅するのはマズイ。だがな、俺たちプレイヤーに一体何ができるってんだ? 結局はゴミがゴミ同士で殺し合いを始めるのが関の山だぜ。なら、ここは勝ち馬に乗るのが正解だろ。
今回のイベントは、つまるところマールマールとスピンドックの頂上決戦だ。
マールマールは神獣。スピンドックは公爵だ。
レイド級ボスモンスターの称号には不明な点も多いが、少なくとも現時点で四つの称号が確認されている。
使徒、神獣、獣王、公爵の四つだ。
例外はあるようだが、基本的には使徒に近付くほどレベルが高い傾向にある。
よってマールマールとスピンドックが正面から激突した場合、高確率で神獣のマールマールが勝つと見ていいだろう。
となれば当然、親玉を失ったスピンは敗走することになる。
俺は負け戦に付き合う趣味はない。
断言する俺に、ポチョは悔しげに唸った。モグラっ鼻のアットムに目を向ける。
「アットム。お前もコタタマと同じ考えか?」
「概ねは。ただ、付け加えるとすれば……ティナンという後ろ盾を得たことで、スピンはいささか調子に乗り過ぎているようだ。少し懲らしめてやろうと思ってね」
むしろそっちがメインだろ。完全に私欲じゃねーか。一緒にするない。
アットムは苦笑し、
「しかし見事に意見が割れたね。僕は無理に統一する必要はないんじゃないかと思うのですが……どうでしょう? 先生」
「そうだね」
先生は頷いた。こちらはウサ耳もモグラっ鼻も付けていない。おそらく先生は……。俺は尋ねた。
「先生はイベントに参加しないんですか?」
「うん。私は自ら動くよりも、ユーザーが選択しその結果どうなるか……そちらにより多くの興味を抱いている」
本心だろうか? 俺は先生の仕草を見落とすまいとじっと見つめる。
うーん。俺たちに気を遣ってという訳じゃなさそうだが……先生は影響力が強すぎるんだよなぁ。あのピエッタですら先生には敬意を払うんだ。一度采配を振るえば百戦百勝とかそういう訳ではないのだが、神だ。人脈の広さが並大抵ではないし、とにかく神というか、知識量が凄まじく、人を惹きつけるオーラが尋常ではない。そして神だ。
しかし金髪は、そんな先生に対する信仰心が足りていないようだ。不満げに唇をへの字に引き結んでからぼそりと呟いた。
「今更だと思うが……。先生の功績は一人歩きを始めるほど大きなものだし……」
先生はぱちぱちと瞬きした。珍しく核心を突いたポチョに教え甲斐を見出したらしい。
「いい質問だね。確かに私が出しゃばるケースもある。例えばティナンの件だ。ではポチョ、それらと今回のイベントで大きく異なる点は何だろう?」
取り返しが付くか付かないか、だろうな。俺はオープン当日にその場に居た訳ではないが、一歩間違えれば大惨事になっていたであろうことくらいは予想がつく。
今回のイベントについてョ%レ氏は滅びの刻だのと大袈裟に言っていたが、さすがにイベント期間が過ぎればモグラさんとウサギさんは勝手に仲直りするだろう。
俺はそう推測したのだが、バニーポチョは何故か俺らモグラさんチームを見てなるほどと頷いた。
「問題児が居る。大罪人と屈指の変態が」
いやそれはおかしいでしょ。そこを言い出したらお前らバニーだって居なかったじゃん。先生、言ってやってくださいよ。
「ふふふ、面白い着眼点だ。しかしね、ポチョ。確かにコタタマは初日組ではないが、ネフィリアは居たんだよ。おそらくプレイヤーを陰で扇動していたのは彼女だ。しかし逆に言えば、それくらいのことしか出来なかった。ネフィリアとコタタマは、実は安定した社会基盤がなくては大それたことはできない。秩序の破壊こそが二人の真骨頂だからだ」
つまり先生と俺が組めば創造と破壊が揃って無敵ということですね。
バニースズキが挙手した。
「あの女はコタタマの何なの? コタタマに悪いことを教えた人とは聞いてるけど、なんか……」
俺は素早く席を立ってスズキのウサ耳を引っ張った。
「やっ、何!?」
世の中には知らないほうがいいこともある。俺の黒い歴史を嗅ぎ回るやつはこうだ。こうしてくれる。
2.マールマール鉱山-山中
集結したモグラっ鼻がまるでゴミのように密集している。
このゲームにはエリアチャットなんて気の利いたシステムは存在していない。いや、正確にはエリアチャットを使えるプレイヤーは現時点で確認されていないと言うべきなのだろう。
よってプレイヤーは自然と目的地付近の広場に集まる。とにかく指揮系統を定めないことには話が先に進まないからだ。
とはいえ、ボスを決めるのに選挙なんてまだるっこしいことはしない。
頭を張れるプレイヤーは限られていて、たまに勘違いして立候補するアホが現れるものの、実は最初から既に司令部の人事は決定しているも同然なのだ。
それはそうだろう。まず第一に、司令部の人間は廃人でなくてはならない。戦争してますが仕事があるので抜けますなんて言い分は通らない。二日間寝てないので三時間ほど仮眠を取りますと言われれば、まぁ納得してやらないでもないというレベルだ。
そして第二に、攻略組でなくてはならない。実質的には上位五位以内のクランに所属する幹部ということになるだろう。
理由は、まぁ色々とある。見たことも聞いたこともないやつにいきなり従えと言われてもハイそうですかとなる筈がないし、トップクランの経済力、組織力は普段チャラチャラしている連中とは文字通り桁が違う。
もちろん例えば先生のような、替えの利かない人材に関しては補佐として司令部の直轄に置かれることもあるらしいが、それはごく稀な例だ。
それにしても、だ。改めて見るとモグラっ鼻は笑えるな。ウサ耳との格差がひでぇ。だが、ゴツいおっさんキャラまでウサ耳を装着せにゃならんことを考えれば条件は五分と五分か。
おっ、サトゥ氏も居るな。さすがはトップクラン【敗残兵】といったところか。ウチと違ってキッチリと意思を統一してきたようだ。上位一位二位を争う【敗残兵】が参加しているということは……
やはりな。今回、モグラさんチームを率いるのは【敗残兵】の幹部が中心になるようだ。
そして意外でもあった。
総司令として切り株の上に立ったのは、クランマスターのサトゥ氏ではない。
リチェットさんだ。……ああ、そういえば以前の領地戦で指揮を執っていた気がする。実はそう珍しいことではないのかもしれない。
切り株の上に乗ったリチェットさんは、全校集会の校長先生のようにざわつくゴミどもが静まるのをじっと待った。総会が長引いて損をするのは他ならぬゴミどもなのだ。
しんっ……と静まり返った山の中、リチェットさんが言った。
「ウサギ臭いな……」
第一声からしてトップギアだ。
「聞こえなかったか? ウサギ臭いと言ったんだ。どうやら薄汚いウサギのスパイが混ざり込んでいるようだな」
そりゃあスパイの一人や二人は潜入しているだろうが……。俺は生唾を飲み下し、そろそろと人混みを縫ってサトゥ氏に接近した。サトゥ氏も俺に気が付いたようだ。俺は声を潜めて提言した。
「おい。いきなり飛ばし過ぎだぞ」
「ん? 何故?」
サトゥ氏は心底不思議そうに首を傾げた。
何故ってお前……。分かるだろ? 草刈りはチーム内の不和を招く。ライトユーザーだって居るんだから、もうちょっとゆるい感じで行こうや。
サトゥ氏は話せば分かる男だ。お互い知らない仲ではないし、俺の説得に耳を貸してくれると思った。
しかしどうやら俺の知るサトゥ氏は、この男のほんの一面でしかなかったらしい。
「コタタマ氏、これはゲームだぞ。ゲームは楽しむもんだ。だったら勝たなくちゃ。じゃあ勝つためにはどうしたらいい? 簡単だ。効率だよ。効率が全てだ」
おぅ、これは紛うことなき廃人の理屈……。
いや、そりゃそうだよな。天才ってのは要は勘がいい人間のことだ。おぎゃあと産まれていきなり難解な定理を解く人間なんて居ない。相応の経験を積まないことには凡人との差は出ないんだ。
トップクランの頭を張るようなやつが廃人でなくて一体何だと言うのか。ましてボトラー。
空のペットボトルに市場とは異なる価値を見出す男が、切り株の上に立つリチェットさんへと向けた眼差しは誇らしげですらある。
「出端にスパイを牽制するのは理に適っている。少し性急かなとは思うけど、リチェットらしいよ」
リチェットの演説が続いている。
「私はぁー! 諸君らを代表する者としてー! 諸君らの団結を踏みにじりぃー! 甘い汁をすするコウモリ野郎を決して許しはしないっ! 決してだ! 地の果てまで追い掛け! 裏切り者に相応しい末路を与えてやるっ!」
教会に仕える司祭がこんなことでいいのか……。
内心はらはらして見守る俺だが、コタタマさんの心リチェット知らず。
リチェットは後ろ手に隠し持っていた和紙をバッと広げた。
そこには血文字で染め抜かれた二文字が荒々しくも流麗な筆致で存在を主張していた。
リチェットが叫んだ。
「粛清だっ、粛清だっ、粛清だー!」
モグラさんチームに粛清の嵐が吹き荒れようとしている。
この日、リチェット軍政が発足した。
くっ、なんてことだ……。だが、俺は政府の横暴には屈さないぞ……!
3.マールマール鉱山-坑道
横暴に屈するのは俺以外の誰かだからな。
僅かな期間でスパイを取り締まる査問会の室長に登り詰めた俺は、俺の部下に取り押さえられ無様に這いつくばるアホを傲然と見下した。
突然の出来事にアホは目を白黒させている。
「さ、査問会? 何故……」
ふん、身に覚えがないとでも言いたげだな? だが……。
俺は鼻で笑い、坑道に転がっている白い毛糸玉をしげしげと眺める。アホが所持していたものだ。
これは? 俺には、どうも薄汚いウサギの尻尾のように見えるが……。
「み、見れば分かるだろう。それは毛糸だ。フレンドに服のクラフトを頼まれて……」
違う違う。そうじゃあない。ズレてるな。
俺は部下に命じ、アホを立たせた。ぐっと至近距離まで顔を寄せ、アホ面を丹念に観察する。
同じことは二度言わんぞ。よく聞け。
偉大なるリチェット総統は、嘆いておられる。総統は、決してミスを許されない立場におられるのだ。それは誰の為だ? そう、お前たちの為だ。
お前にとっては些細なことが、総統にとって必ずしもそうであるとは限らない。分かるな?
それを踏まえた上で聞く。
お前は、薄汚いウサギの尻尾に見えるかもしれない毛玉を所持していることに何の疑問も抱かなかったのか?
事実、俺はお前のようなアホにこうして貴重な時間を割いている訳だが。そのことについてどう思う?
俺の言っていることが少しは理解できたらしく、アホがひっと悲鳴を上げた。
「それは、その、すまなかった。反省している。け、毛糸玉については破棄しよう。押収して貰っても構わない。フレンドには俺から事情を説明して……」
いいや、そうじゃない。やはりズレているな。
俺はな、先程からずっとだ、意識の話をしている。
お前が、誰でも気が付くようなミスを犯したのは、お前が心のどこかでリチェット総統を軽んじているからだ。違うか?
「そ、それは違う! 断じてそのようなことはっ」
いいや、違わないな。俺の言っていることは何一つとして間違っちゃいない。
俺はこうも疑っているぞ。吐き気もするような仮定ではあるが……もしも俺が薄汚いウサギの一味だったとしたら、お前のような意識の低い連中に目を付ける。そんなことは一目で分かるんだよ。こうしてお前が俺に目を付けられたようにな。
旨い話を持ち掛けられたんだろう? ん? どうした? 顔色が優れないようだな。図星か?
「ち、違う! 言い掛かりだ! 俺はそんなことっ」
俺が信じるとでも? スパイがご丁寧にも名刺を持って自ら名乗り出てきてくれるとでも思っているのか? それは素晴らしい名案だな。晴れて俺はお役御免という訳だ。そうあって欲しいと心から願うよ。
だが、実際は俺のようなゴミがのさばっている訳だ。上層部は俺を煙たがっているだろうな。危険な男だと何度も言われたよ。もっとも俺は手を緩めないがね。
閣下は理解してくださっている……。それだけが俺の誇りだ。しかし誇りを売り渡したゴミよりは幾らかマシだろう。
かつての同胞よ。残念だ。
「待ってくれ! か、金を払う! 金ならあるんだ! どうかっ」
俺はにっこりと笑って同胞の肩に親しげに腕を回した。
もちろん、言うに及ばずだ……。お前が直接的ではないにせよ、栄光あるモグラ帝国に支援を行うということであれば、この俺とて無碍に扱うことはできない。いや、扱うべきではないと、そう俺は考えている。
それで、だ。まぁ参考までに聞くんだが、どれくらい出せるんだ?
「こ、これくらいなら」
ん? 聞き間違いかな……。これくらい?
「い、いや、これくらいだった」
ふう……。俺は溜息を吐いた。
間抜けか? お前。
どうして手持ちを残そうとするんだ? どうしてポンと気前良く全財産を放り出さない? 俺がお前の資産を把握していないとでも思ったのか? どうせバレやしないだろうと……。
教えてやる。そういうのをな……舐めてるっていうんだよ。
「わわわ分かった! 全部だ! 全部出す!」
喚き散らすアホに、俺は左右一本ずつ人差し指を立ててみせる。
お前は二度のミスをした。二度だ。
一つは総統閣下を軽んじたこと。もちろん許されることではないが……俺は寛大だ。一度なら許す。見なかったふりをしてやる。
しかしな、二度は許さないんだ。お前は俺を舐めた。全部出すだと? 当たり前だ。お前の資産は没収する。言われるまでもなく。
俺は部下どもに命じた。
「連行しろ!」
実際にやったかどうかなど関係ない。リチェット総統が求めているのは成果だ。証拠なんざでっち上げればいい。一番マズイのは、あれだけ大口を叩いてスパイなんて居ませんでしたってオチなんだからな。そこの部分を汲み取れるかどうかよ。
おや、アホが暴れ出したな。またかよ。やれやれ、どのアホもワンパターンで嫌になるぜ。
「が、が、が、崖っぷちぃ!」
おやおや、しおらしく振舞っちゃいたが、ようやく本性を現したな。こいつは当たりを引いたかな? 棚からぼた餅とはこの事よ。
部下どもを振り解いたアホが隠し持っていた凶器を振りかざして俺に迫る。
「ふん、アットム。やれ」
俺の側近、アットムが前に出る。
急迫する刺客を、アットムは片手一本で制圧した。突き出された腕に手を添えただけで、刺客はぐるりと半回転して地に伏した。
上からのし掛かって刺客の腕を捻り上げたアットムがニコリと笑う。肩越しに振り返った間抜けが、呆然として瞬きをした。
「お、女ぁ?」
見てくれだけならアットムは少女と見紛う華奢な野郎だ。
アットムはにこにこと笑顔のまま、
「悪いね。彼は僕の友人なんだ。君では彼の代わりにはなれないよ。さようなら」
容赦なくアホの腕をへし折った。
ああ、殺されるかと思った。ありがとよ、アットム。助かったぜ。
腕をへし折られて泣き喚くアホを、部下どもが連行していく。
「崖っぷちぃ! テメェっ、絶対に殺す! この恨みは忘れねえぞっ!」
吠え面を晒すんじゃねえよ。嬉しくなるじゃねえか。愛しくてよ、もっと啼かせたくなる。
だが、部下どもにも機会を与えてやらにゃならん。現場に出しゃばるのも程々にしねえとな。
俺なら一時間で従順に仕立てる自信があるが……今回はお手並み拝見と行こうかね。
部下どもよ、俺を失望させるなよ? お前らの手柄はもちろん俺が頂くが、覚えがめでたいやつは一緒に上に連れて行ってやるよ。
「崖っぷちぃー!」
吠えるな吠えるな。いつまでも喚き続けるアホに、俺はとても楽しい気分になってくる。おいおい、俺が憎いんじゃねえのか? どうして俺を喜ばせるんだよ。これだからアホのやることは理解できねえ。
ダメだ。我慢しようと思ってたのによ。湧き上がってくる衝動に堪え切れず、俺は吹き出した。
「くっ、くくくっ、ふははははははは!」
哄笑を上げる俺に、アットムが微笑んだ。
「ふふっ。コタタマ、嬉しそうだね。僕も嬉しいよ」
ああ、楽しいよ。最高の気分だ。
俺って人間が好きなんだろうな。無性に愛しくなる瞬間があるぜ。こんな時みたいによ。
これは、とあるVRMMOの物語。
勝手に別のイベントを始めないで欲しい。
GunS Guilds Online