ラストステージ
1.クランハウス-居間
とりあえず歌っとけば間違いないだろと思って山岳都市にあるョ%レ氏の像の前でLaLaLaしてきたら採点でまさかの赤点を食らった。くそがっ、どうやらあのタコ野郎は俺と友情を育むつもりがまったくないようだな。友達居なさそうだから手を差し伸べてやったのに。これだからエリートはダメなんだ。人の好意を素直に受け取ることができねえ。まぁ歌詞の内容が八割方スマブラだったからそれが原因かもしれないが。
ウチの丸太小屋の居間で再提出を食らったョ%レ氏を讃える文書を作成している。
面倒臭えなぁ〜。そもそも俺の思考回路は胡散臭い暫定エイリアンと仲良くできる構造になってねんだよ。こうなったら、またメガロッパ辺りに考えて貰うか……? あの目隠れキャラは要領いいからな。
頭を抱えてうんうんとうなっていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
ちっ、刺客か。正面突破とは恐れ入る。ウチの呼び鈴を鳴らすとはいい度胸してるじゃねーか。よほど腕に自信があるらしいナ……?
俺は倉庫から斧を取ってきて玄関に向かった。先手必勝。ドアを蹴破ってオンドレぁ! あっさりと躱された。黒い人影が俺の脇をするりと抜けて土間に上がる。っ、コイツ……!
おい! 待ちな!
俺はスーツ姿の男の肩をぐっと掴んだ。仕立てのいい生地越しに伝わる肩パッドの感触が不快だった。俺はドスの利いた低い声で脅しに掛かる。
何しに来た。帰れ。
優男然とした若社長が肩越しに振り返る。
「? 誰かは知らないが……。君に用はない。離してくれないかな」
クァトロくんの息子だった。
……暫定エイリアンのトップが直々に訪ねてくるほどのプレイヤーはウチには一人しか居ない。
俺はぐるりと回り込んで通せんぼした。言う。
「先生に何の用事だ」
「君はGoatの知り合いなのか? 見たところ彼のクランメンバーではないようだが」
俺は先生の第一秘書だ。先生はお忙しいお方よ。俺の許可なくして先生と会うことはできない。どこの誰とも分からん輩といちいち会ってたら非効率的だからな。よってアポなしで訪ねてきた非常識なあんたには帰って貰う。俺は何か間違ったことを言ってるか?
「なるほど。それもそうか。しかし困ったな。どうしたものか……」
用件を言いな。俺から先生に伝えてやるよ。
意外と話せるヤツだ。そう思ったのも束の間、俺の中のウッディが警鐘を鳴らした。
(シンイチ……やめろ……)
どうした。
(その男には関わるな。【黒星】だ。私には、まだやらねばならないことがある)
クロホシ? それが本名なのか?
若社長が気安げに俺の肩にぽんと手を置いた。ウッディは言うだけ言って眠りに就いたようだ。あるいは気配を極力隠そうとしているのか。
クロホシ(暫定)とやらがにこやかに言う。
「伝言か。それじゃあ頼もうかな。すまないね」
……いいってことよ。それで?
「ヘッドハンティングというやつだよ。私は僭越ながらGGO社の代表取締役を務めていてね。そう、こう見えてなかなか偉いんだよ。ふふ、驚いた? だからね。実はそれなりに偉い私は運営ディレクターの領分を越えた仕事をする。つまり。Goatは【賢者】だろ? 役割を終えた【賢者】はスカウトする習わしなのさ」
役割を終えた、というのは? 俺はそうは思わないが。
「それは運営方針によってまちまちだね。こちらの宙域の運営ディレクター、ョ%レ氏は三世代の計画で動いていると報告を受けている。そうなると【賢者】は第一世代を次世代へと進める役割になる。ほら、もう終わってるだろ?」
スカウト、というのは……。
「ウチの社員にならない?ってことだね。ゲームで大事なのは新鮮さを保つことだ。分かるだろ? γ体の多くは他星系のγ体に興味津々だ。この星のプレイヤーを連れて行けば、きっと盛り上がるぞ。楽しみだ。ワクワクするね」
ま、待て。待てよ。
先生を……別の星に連れて行くのか……?
嫌だ。そんなことは許さない。
「……ああ、思い出した。君はクロアリと一緒に居たヒューマンだね。あれは、なかなか珍しいタイプの【ギルド】だ」
だから……何だよ。
クロホシはニコッと笑った。俺の肩を掴んだ手に力が篭る。
「僕のお父さんは立派な勇者だから家には帰って来ない。寂しくてね。僕は友達が欲しかった」
……自己紹介かよ?
「僕が友達に望むのはたった一つさ。僕より長生きして欲しい。置いて行かれるのはもう嫌だからね」
こ、コイツは……。
「僕はお父さんの活躍をテレビを通して見ている。光の使徒を従えるお父さんはとてもカッコ良くて英雄みたいだ。僕の友達は真っ黒で、子供心にお父さんみたいにはなれないんだろうなと思った。僕には【ギルド】を従える力があった。お父さんは凄いことだと言った。お父さんは立派な勇者で不滅の【ギルド】を強くぶつことにも躊躇いがあった。僕が友達を増やすたびに幼馴染は僕から離れていった。幹部クラスの【ギルド】を支配下に置くたびに一人、また一人。最高指揮官を従えた頃には誰も居なくなっていた。幼馴染たちに子供が生まれた。英雄の血を引く僕らにはそういう機能があった。他星系で単独行動を余儀なくされた時のための機能だった。幼馴染たちの子供は僕について行くと言った」
俺は後ずさろうとして失敗した。掴まれた肩がみしりと不吉な音を立てる。
「Black-Star。それが私に埋め込まれた%細胞の名称だ。……私に何か隠し事をしているな? ヒューマン。教えてくれないか。私は娘やョレほど賢くなくてね。多くの代償を支払っている。父のように。だから……君らγ体のように気紛れだ。どうした、レプリカ。答えろ」
コイツ、俺の母体を……。
「……異常個体? またか。私の邪魔をするのは、いつも君たちだ」
クロホシの足元に落ちた影が不気味に蠢く。俺は動けない。イヤに喉が乾く。
俺は、この男が怖かった。強い恐怖を感じていた。本物の化け物を目にした気分だ。
でも言われっ放しも癪だから試しに煽ってみよう。俺は言った。
「ママが恋しいんだってな?」
クロホシは認めた。
「そうなんだよ。分かってくれるかね。私の母は、父と違って普通の人なんだ。私と父が突然居なくなって気落ちしていないだろうか? もう随分と長く留守にしてしまっている。願わくば良い人を見つけて再婚してくれていると嬉しい。最近はそう思うようになった。父は……もうかつての姿には戻れないだろう」
あんたは故郷に帰りたいのか。
「分からない。前例がない。戻れるのか。戻れたとしてどうなる。娘はどうだろうか。世代が進むごとに僕らの血は薄まる。設備がなく、こちらで%同士の婚姻は成立した試しがない。生涯の伴侶とするには可愛げがないからだ」
モモ氏は可愛いと思うぞ。
「そうだろう。自慢の娘さ。僕に似なくて良かった」
クロホシさんの娘自慢が始まった。
話が長くなりそうだ。居間に移動して話の続きを聞く。
さ、お掛けになって。
「ありがとう。モョモは気立ての良い子でね。小さい頃は僕のお嫁さんになると言ってくれたものさ。ところが悲しいかな。立場上、僕は完全にラスボスでね。君も覚悟しておいてくれ。僕がラスボスだ。まずそうなる。ほぼ例外はない。変身できない種族に限って言うなら的中率は今のところ100%だ。それはもう避けられない」
変身できなくてゴメンなさいね。
「いいんだよ。責任は変身できない種族をプレイヤーに選んだョレにある。で、僕はどう転んでもラスボスになる。すると僕の幼馴染たちが親戚のおじさんみたいな顔して娘にあれこれと忠告をするのさ。彼らは僕のお父さんが大好きだからね。それで拗れる。お陰で娘は反抗期に入ってしまった。悲しいことだよ。ただ僕に言わせてみればね、どう考えても僕らはお父さんの召喚に巻き込まれたクチだよ。あの人の強さは次元が違う。全力を出せたなら最高指揮官ですら赤子扱いだ」
「…………」
ハッ。先生。先生が廊下からじっとこちらを見つめている。
クロホシ社長が軽く手を上げて先生に挨拶をする。
「やあ、Goat。お邪魔しているよ。用件は彼に伝えたからあとで聞いてくれ。彼……ええと……」
ラックっス。
「そう。ラック。少し待ってくれ。ほら、ご覧。これが娘がアカデミーに入学した時の写真。僕にべったりだろ? この頃は良かった……。僕が良心的な経営をしていると信じ込ませていた時代の話だ。まぁ無理があったね。何とかして誤魔化せるかもしれないと淡い希望を抱いていたが、三日と持たなかったよ。僕が娘を便利な道具と見なしていることがバレてしまった。仕方ない。それは事実だ。あれはクォーターだからね。僕より早く寿命が来てしまうかもしれない。ョレ辺りとくっ付いてくれれば少しは血が濃くなるのではないかと思ったがダメそうだな。きっとろくでもない男を連れて来て結婚しますとか言い出すぞ。まだ見ぬ孫に早くも暗雲の兆しだ。弱った」
トコトコと歩いてきた先生が社長さんを諌める。
「生まれる子供に罪はない。祝福してあげなさい」
「できるだろうか……。僕は自分で言うのも何だけど悪者なんだよ。幼少期の経験により取り返しが付かないほど歪んでしまった。なにぶん自覚しているものだから正す気がまったくないという筋金入りだ……」
まさしくラスボスに相応しいイイ性格をしてやがる。
先生は懇々と人の道を説く。
「人は手と手を携えることで困難を乗り越えてきた。個人では難しいことも実現してきた。ならば幸福もそうあるべきだ。個という枠組みを越えた、もっと大きな幸せがあるのではないかな? そんなものはないと決め付けてしまうのは、あまりにも勿体ない」
先生。俺もそう思います。
「ようやく分かってくれたんだね」
もちろんです。しかし具体的には一体どうしたら?
「うん……。まずは小さいことから。家庭菜園などはどうだろうか」
社長さんがぽつりと言う。
「家庭菜園か……。それは……例えば強靭なる兵士のプラントでも構わないかな?」
先生はつぶらな目を悲しそうに細めてふりふりとかぶりを振った。
「生命に慈しみと尊敬を」
社長さんは自分の不甲斐なさを呪った。
「くそっ、なんてことだ……。まったく尊敬する気にならない」
なんと悲しい生き物だろうか。その点、俺はサボテン女ことスズキを愛でる心の余裕がある。まぁ一人で勝手に鉢植えを這い出て野生のサボテンになってしまった感はあるが。
先生がラスボスの説得を続ける。
「一日一善。できることから始めてみよう。そうすれば心持ちも変わってくる。少しずつ……。少しずつでいいんだよ。焦らなくてもいい」
ラスボスはコクリと頷いた。
「分かった。やってみよう」
サッと立ち上がった社長さんに俺は尋ねる。
どこへ?
すると社長さんはニコッと笑ってこう言った。
「他星系の話なんだが、収穫の時期が近くてね。こぞって私を討ちに来る手筈になっている。彼らはとてもよく働いてくれたよ」
そう言って社長さんはテーブルの角度を少し真っ直ぐにした。
これは、とあるVRMMOの物語。
一日一善、終了。
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