アットム、死す
1.露店バザー
ポチョの剣が折れた。
スズキとアットムの奮闘により耐久度が限界に達したのだ。
という訳で、俺とポチョは連れ立ってバザーにやって来た。
正直、この金髪に凶器を持たせるとろくなことにならないというのはよく分かっていたのだが、クランメンバーの装備を管理する鍛冶屋としては沽券に関わる問題である。
丸腰の近接職を放置するのは俺のプライドが許さない。しかし素材がない。素材がなければ剣を打てない。そこでバザーで繋ぎの剣を買ってポチョをダンジョンに放り込み、素材を集めさせようと思い立ったのである。
俺と並んで歩くポチョはしょんぼりとしている。
なんだよ。らしくねえな。元気を出せよ。確かにお前は仲間を皆殺しにしたが、そんなの今に始まったことじゃないだろ。
「私は刃物を持たないとダメな女なんだ」
いや、少しは反省しろよ。ノルマを無視するなと何度言わせるつもりだ。というかお前、さては最初から粛清の【戒律】を選択してただろ。数が合わねえんだよ。四人殺した程度でノルマ達成ってのはあり得ない。どういうつもりだ。
「面倒臭いのは嫌いだ。粛清ならば、普通に遊んでいれば勝手にノルマを達成できると思った」
そうね。俺は頷いた。大いに納得の行く理由だった。
行動制限の【戒律】は本当にキツイ。何がキツイってゲームの中で仕事をしなくちゃならないってのがとにかく嫌だ。素材集めに専念したいのにノルマがあるからって街に戻らにゃならんのだぜ。俺なら耐えられんね。
このゲームは上位職だからってステータスの伸びが良くなる訳ではないので、【戒律】を嫌って基本職のまま過ごすプレイヤーも珍しくない。かく言う俺もその一人だ。
ポチョは足元に視線を落としたまま、とぼとぼと俺の横を歩いている。
「恐らく私は素手ではアットムには勝てない。今の私はアットムにも劣る存在なんだ。こういうのを何と言うのだったか……。そう、メス豚だ。しかも白い」
前々からそうじゃないかとは思ってたんだけど、コイツ絶対に国語の成績悪いだろ。詮索するつもりはないから口に出しては言わないけどよ。
しかしな、ポチョさんよ。そう自分を卑下するもんじゃないぜ。俺はメス豚を励ましてやった。
知ってるか? 聞いた話によると豚ってのは意外と綺麗好きで、しかも鼻が利く。世界三大珍味のトリュフを探し当てるのは豚の特技らしいぜ。
……どうして豚なんだろうな。犬でいいじゃねえか。お前自身はどう考えてるんだ?
「ん。トリュフ探しに用いられるのはメス豚だ。なんでもトリュフの香りはオス豚が発情期に発する匂いと似ているらしい」
そうなのか。なるほどな、出会いを求めてキノコを掘るんだな。
だったらお前も負けてらんねえな。そうだろ? ポチョさんよ。自慢の嗅覚で良品を探り当てるんだ。予算はこのくらいだぞ。
「もう少し勉強してくれないか?」
ダメだ。これ以上は足が出ちまう。スズキとアットムが先行して素材集めに出てるから場合によってはペイするかもしれんが、どうせ途中で仲間割れして全滅するのが関の山だ。当たればラッキーくらいの気持ちで丁度いいのさ。
「しかしっ、だからといってこの予算は無茶だろう。しかも小銭が多い。やたらと小銭が多い……! 生々しいぞっ」
うるせえな! 小銭はかさばるから早めに切り崩しておきたいんだよ! 騒ぐなっ、ちょっとヤバい金なんだよ。
俺はポチョの口を塞いでキョロキョロと周囲を確認した。
「むーっ、むーっ」
抵抗するポチョを物陰に引きずり込み、不審な人影がないか目を凝らす。
無論やましいことなど何一つとしてないのだが、最近の俺は少し神経質になっている。別に悪いことはしていないのに警官がパトロールしてたら避けるだろ? ああいう感じだ。
特に異常はないようなので、俺は物陰から身を起こして歩き出した。
ん? ポチョが座り込んだままぼーっとしている。おい、行くぞ。何をぼさっとしてるんだ。
「説明をしろぉ!」
むっ、そうか。そういえば、お前にはまだ話していなかったな。来いよ。歩きながら話そう。
俺は説明した。
まったく話は変わるんだが、実は生産職の相互組合で新しい商売について話が持ち上がっていてな。
ティナンからスピンを買い取って競争させてみようという話だ。これは俺も確認済みなんだが、ティナンが躾をしたスピンは少し心にゆとりが生まれるらしく、人間を見ても殴り掛かってこないんだ。
ただ、競争させるにしても真っ直ぐ走ってるだけじゃつまらないだろ? コースを一周させればスタートからゴールまで応援できて楽しそうだという意見が出ていてな。となると、騎手が居ないと厳しいらしい。
俺の話にポチョは強い興味を引かれたようだ。青い瞳をきらきらと輝かせている。
「運動会みたいだな! 楽しそう!」
だろ? 俺は内心でほくそ笑んだ。
とはいえ、だ。俺もスピンに乗せて貰ったことがあるんだが、ありゃあ単にワクワクする自殺だぜ。なあ、ポチョさんよ。近接職の見立てとしてはどうなんだ? お前、スピンに乗ったことあるか?
「あるっ。スピンの騎乗には最低でも五段階のシフトチェンジが必要なんだけど、私なら問題ないぞ!」
シフトチェンジ? ああ、【スライドリード】の多段階調整のことか。
なるほどな。だが、お前一人じゃ競争にならねえ。他に心当たりは居ねえか?
「そうだな……。数名ほど、少し鍛えればモノになりそうな連中は居る。特にサトゥだ。チュートリアルで既に頭角を現していたとは聞き及んでいたが、確かにあの男は抜きん出ている。モノが違うな」
いいねぇ。しかしそう焦る必要はない。まだ計画段階だからな。ひとまずティナンと商談が成立したらサトゥ氏に試運転を持ち掛けてみるか。
「えっ。わ、私じゃダメなのか?」
お前も乗せてやるよ。ただ、先生に立ち会って貰った方が良さそうだな。俺から話を通しておくよ。
俺がそう言うと、ポチョは嬉しそうにこくこくと頷いた。
この女は普段実力を隠している。なんとなく以前からそんな気はしていたが、強制執行の件で確信した。どうしてそんなまだるっこしいことをしているのかは知らないが、ポチョの性格からいって、そうするよう命じたのは先生だ。ならば俺は口出しはしない。
そもそも人のことを言えた義理じゃねえんだ。俺たち生産職がやろうとしてるのは運動会じゃなくて競馬だからな。
にこにこと笑うポチョに手を引っ張られて、俺は苦笑した。おいおい、そう焦るなよ。剣は逃げやしねぇよ。いや逃げるわ。つーか買われる。早い者勝ちは商売の原則だ。
俺はダッシュでポチョを追い抜いた。おい、どっちだ!? 掘り出し物はどこにある! のろのろ走ってんじゃねえっ、このメス豚がっ! 急げ!
2.露店バザー-シルシル商店
ポチョの嗅覚はまったく当てにならなかった。
くそがっ、無駄に走り回された。
俺は使えない女にポカリを飲ませてやりながら、シルシルさんの露店の横にどかっと腰を下ろした。
あ〜しんど。
普通に寛ぎ始めた俺たちに、シルシルさんがびっくりして声を上げた。
「ちょっ、え!? いきなり現れて何イチャイチャしてるんですか!?」
え? いや、イチャイチャしてないよ。このポカリは俺が自腹で買ったんだ。俺の物なんだよ。喉が渇いたっつーから飲ませてやってるが、俺の物を他のやつが我が物顔で飲むのは気に入らねえ。だから飲ませてやってる。手渡すと所有権が移るからな。
「言ってることおかしくないですか!? い、いえ、ごめんなさい。少し取り乱しました。私としたことが。コタタマりんが少し残念な人であることはよく分かっているつもりです……」
シルシルりん、何てことを言うんだ。
横殴りとルート権、この二つがどれだけネトゲーマーを苦しめて来たのかシルシルりんは知らないのかい?
ユーザーに良心を求めてはいけないんだよ。結局は運営側が折れて横殴りしても問題ないシステムに移行していったくらいだからね。
けど、このゲームは違う。ドロップアイテムを掠め取られたなんて運営に苦情を送ったところで「地球人って本当に下等生物だよね(意訳)」と丁寧に見下されるだけなんだよ。しかも即座に返信されるからテンプレ回答を自動送信していることは確実で、あのクソ運営はユーザーの貴重な意見に目を通してすらいないし、それを隠そうともしないんだ。
つまり、やったもの勝ちなんだよ!
俺は、荒ぶる鷹のように両腕を広げて強く主張した。
「…………」
シルシルりんは冷めた目で俺を見た後、溜息を吐いて、ぱっと満面の笑みを零した。
「ポチョりん!」
「むっ、シルシルりん!」
さっと身構えたポチョりんが、飛びついてきたシルシルりんをしっかりと受け止めた。
くそっ、何なんだ……。俺は自分の居場所を奪われたようで面白くない。
そう、ポチョは何故か生産職に人気がある。本当にどうしてなんだ? 俺はずっと気になっているのだが、余計な詮索はしないというのが俺のスタイルだ。
人間関係ってのは泥沼だからな。
例えば俺はポチョについて尋ねられた時、そいつがどんな情報を欲しているのか探りを入れるし、俺にとって有利な情報を流そうとする。大なり小なり誰だって似たようなことはするだろう。猜疑心が強いやつは保身を図って陰口は叩かないだろうし、個人的な確執を抱えているやつは平気で嘘を吐く。第三者の評価ってのはまったく当てにならない。
信用している、していないの問題ですらない。人間は良くも悪くも嘘を吐く。それが、多分コミュニケーションの本質だからだ。
キャッキャと手を打ち合ってぴょんぴょんと飛び跳ねている二人に、俺はずいと割り込んだ。
「俺が混ざっても構わないんだろう?」
解き放て、己を。殻を突き破るんだ。
人は嘘を吐く。だからこそ、正直であることが最も人間の意表を突く。
アットム。お前が教えてくれたんだ。
俺は、俺を庇う必要はないんだとな。
認めていいんだ。赦していいんだ。
俺もキャッキャしてえ……。
俺が近年稀に見るキメ顔で迫ると、シルシルりんはするすると後退した。
「ちょっとそれはきついです」
そうか。残念だが、それもまた一つの事実だろうな。
では、ポチョ。お前はどうだ? 俺とキャッキャしよう。さあ。
「私はキャッキャしているお前を見たくない」
俺は天を仰いだ。
アットム……。俺は一体どうしたらいい?
答えてくれ。アットム……。
しかし返ってきたのはスズキのささやきだった。アットムと一緒に自分を殺害した女の凶器の修復の為に素材を集めている奇特な半端ロリだ。
マゴットの登場でいよいよ半端ロリの座すら怪しくなってきた劣化ティナンは、果たして……。
『アットムが変態すぎてつらい』
アットム……。お前な、ティナントークをスズキに振るのはやめておけって言っただろ。いや、分かるよ? スズキは喋んないからね。お前が下ネタに走りたくなる気持ちは分かる。下ネタには絶対の信頼があるよな。けどさ、だからといってスズキにティナントークはマズイよ。本人からしてみたら、どうあってもバカにしてるようにしか聞こえないだろ。
「んっ……!」
俺は返信した。
『スズキ。あとで牛乳を奢るよ。でも誤解しないでくれよな。戻ったら俺とキャッキャしようぜ』
『変態は二人居た……』
それっきりスズキの音信は途絶えた。
失敗した……。途中で俺のキャッキャ欲が再燃してしまった。
正直に生きるってのは難しいな。
……アットム。生きろよ。生きて、俺の元に戻って来い。待ってるぜ。
これは、とあるVRMMOの物語。
何事もなく過ぎ去る一日があってもいい。しかしそれは束の間の平和に過ぎない。戦いの時は確実に迫っている。生きる意味を欲するか。ならば与えよう。戦え。足掻け。それがどんなに見苦しかろうとも。
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