リリララの未来
1.エッダ海岸
エンドフレーム同士の水際の攻防戦が始まった。
どうでもいいゴミの情報がアナウンスとなって目の前を乱舞する。っあ〜邪魔臭ぇ!
オムスビコロリンと先生と一緒に逃走している。サトゥ氏とリチェットは追って来なかった。……なんだ? 何かあるのか?
いや、そう言えば先生がリリララがどうとか……。
オムスビコロリンが短い手足をブン回しながら先生に尋ねる。
「先生! リリララを止めればヤツらも止まるのか? 根拠は!」
「リリララの精彩予測は暴走状態にある。精度が異常に高いと感じたことは?」
「ある! で!?」
「リチェットはリリララが率いるクランのメンバーだ。リリララの変化を身近で見て感じている筈だ。コタタマなら何とかできると思っているのかもしれない」
ええ? 俺ぇ?
先生はつぶらな瞳を俺に向けた。
「コタタマ。記憶の整合性で苦しんでいたサトゥをすくい上げたのは君だ。誰にでもできることじゃない。君は素晴らしいプレイヤーだよ。乱暴なようで、不思議な清々しさがある」
先生の教えの賜物ですよ。
「それは違うような気もするが……。コロリンさん。私はこちらの地形に詳しくない。追跡のアビリティを持っているが、今のリリララの精彩予測には敵わない。使えば察知される。君が頼りだ。どうか……」
「と言われてもな……。俺はリリララの性格を知らないし、ある程度は絞り込んでくれないことには……」
先生。リリララに何かあったんですか? あいつ、いつもぼーっとしてる感じですけど。
「彼女はね、繊細なんだよ。βテストの時から危うい子だと思ってはいたが……。モッニカさんに任せきりにしてしまった。リリララは、何か大きく心を揺さぶられる未来を見てしまったのだろう。リチェットやメガロッパをクランメンバーに迎え入れたことで……リリララの中の世界が広がったのかもしれない」
なるほど。俺は納得した。
メガロッパは少しお固い部分があるけど、リチェットはちょっと凄いやつだ。あれだけの腕があって誰とでも一緒に遊べるトコがある。トチ狂った新規ユーザーの扱いもお手の物だろう。
オンゲーでしばしば問題になるのが分をわきまえない空気を読めないプレイヤーなのだが、リチェットの場合は要らない子を殴り殺すことくらいは平気でやるだろう。文句を言われても一束幾らのチワワとは実力も実績も桁違いだ。さっぱりした気質が受けるのか、アイドル気取りどもにもやたらと懐かれていた。
そのリチェットを。リリララは手放したくないと強く感じたのかもしれない。罪作りな女だぜ。
そう、リリララが見た未来ってのは【敗残兵】が再建される未来だろう。十中八九間違いない。いつそうなってもおかしくない状況だ。【敗残兵】のネームバリューは俺の予想を上回って凄まじいものがあった。せっかく俺がメンバーをバラバラに売っ払ってやったのに、【敗残兵】に代わる大規模クランが台頭してくることはなかった。ネカマ六人衆が育て上げた廃人三連星はそれほどまでに国内サーバーではズバ抜けていたということだろう。何かイベントがあるたびに総指揮をサトゥ氏やリチェットに丸投げしてるようじゃ話にならねえ。ゴミどもめ。まぁ俺がクランを潰して回ってたのが原因かもしれないが。つまりネフィリアが悪い。おっぱいめ。
リリララもリリララだぜ。アイツは何だかんだで楽しようとするんだよな。自分が前に出てもろくなことにならないのが分かってたんだろう。だが、オンゲーの指揮官なんて叩かれて当たり前だ。昔から軍師と言えば仕切りたがりをバカにするネトゲー用語だからな。それでいて自分自身は責任を負うのを嫌がるのがネトゲーマーの基本的な習性だ。天才的な作戦で敵軍をやっつけて俺SUGEEEするくらいの妄想はするけどな。そんでリアル美少女にステキ!抱いて!的なね。いやドコの世界のリアル美少女がド深夜まで素材求めてダンジョン徘徊するんだよ。我ながら呆れるぜ。でも期待くらいはしていいだろ?ってのが俺の基本スタイルな訳だ。
だからよ……。リリララ。お前が悩んでるなら相談くらいには乗ってやるよ。お前のおっぱいに免じてな。もしもお前が男キャラだったらこうは行かねえ。俺に感謝しろよ?
俺は言った。
「二人とも俺に掴まって。飛びます」
俺の背中を突き破って妖精の羽が生える。ウッディさ。コレもうちょっと穏便にならない? 血ぃドバドバ出っし、いちいち服がダメになるんだよ。
(そうは言うが、シンイチ。重量と利便性から言って……尻か背中の二択だぞ。どちらかと言えば背中が望ましいのだが……お前が望むなら尻でも私は構わ)
羽生やすたびにパンツ脱げってか。それは別の意味でトンでるな。どういうルートを辿ろうが行き先はブタ箱になりそうだ。今まで通り背中でオネシャス。
ブンと羽を震わせる俺に先生とオムスビコロリンが掴まってくる。浮上。
上空の強風に負けじとオムスビコロリンが叫ぶ。
「闇雲に飛んでも仕方ねーぞ! 目星は付いてるのか!?」
多分な。リリララが隠れ潜んでるのはスピンドック平原のどこかだ。リリララと言うよりは一緒に居るモッニカ女史だな。あの女は厄介ごとが起きると俺を巻き込もうとする。いつもそうだ。都合のいい時ばかり俺を頼りやがる。リリララにしたって意外とワガママで自己主張が強い面がある。人懐こくて、甘えたがりで……。リリララがモッニカ女史を切ることはない。あの二人はリア友だ。リアルの関係は断ち切れねえ。
「……そんなデータはないぞ。なんでそう言い切れる?」
見てれば分かる。片や才能あふれる不思議ちゃん、片や正義感が強いお嬢様キャラだ。リリララは先生の仰る通り危ういキャラしてるよ。ハッキリ言って人付き合いが苦手なタイプだ。一方でモッニカはリリララの才能に惚れ込んでるふしがある。親の財力ってのはデカい。普通は立場が逆になるが……。あの二人の間にはネトゲーマー同士の浅い付き合い特有の「表向きの感謝」ってやつがないんだよ。モッニカがリリララを立てる関係性が、あの二人にとっては自然なことなんだろう。要するに慣れだな。素直っつーか単純っつーか。変にひねくれた部分もない。ほらな。二人の関係がなんとなく見えてきたろ? リリララはモッニカの庇護下にあるんだよ。そうじゃなくちゃあんな天然さんにはならない。悪意に晒されたことがないんだろう。そんなやつがどうしてネトゲーなんてやってるんだ? モッニカに誘われたからだろう。モッニカはリリララの才能を世に知らしめたくて【目抜き梟】を結成したんだ。
ま、しょせん推測だが……。当たらずも遠からずってトコだと思うぜ。
おや、オムスビコロリンがドン引きしている。
「なに、この人。怖い……。リアル女子ハンターなの?」
知りたくて知ったんじゃねーよ! セキュリティ甘くて勝手に情報落としてくるんだから仕方ねーだろ!
あ、先生。違いますからね? 誤解ですから。そんな、どうしてお耳を畳んでいるのですか?
先生は義憤を燃やした。ぐっとひづめに力を込めて、
「ネフィリアめ。ウチのコタタマになんということを……!」
そう。そうなんですよ。全てはネフィリアが。ネフィリアが悪いのです。許せんよなァー!
俺も義憤を燃やした。
正義に燃える心が俺の羽を強く震わせる。
だがブーンの猛追を振り切ることはできなかった。ひょっ!? 俺は二度見してキョドッた。何故俺を追ってくる……!?
このノンアクティブがッ! 俺は吠えた。うおお! ウッディー!
俺の腕からにょきっと生えたウッディがビビビッとレーザー光線を放つ。空中でロールしたクソ鳥が華麗に回避した。はわわ……。
大きく旋回して俺の進路に割り込んできたクソ鳥がガチガチとくちばしを打ち鳴らす。くそっ、すでに調理工程に入っている。もはやこれまでかと思われた、まさにその時である。青い波がブーンの火を吹き散らした。
【消えゆく定め、命の灯火……】
見れば、地上に仙人サマが立っている。
ステキ!抱いて!
俺は降下してスィシーさんに駆け寄った。
歯車を浮かべたスィシーが上空を旋回しているブーンをキッと見上げる。
「ここは退け。どうしてもやるというなら無事には済まさん」
カッケー!
さしものクソ鳥も分が悪いと悟ってか、退散していった。
振り返ったスィシーが俺に手を差し出してくる。
「チェンユウ。貸した金を返してくれないか」
えっ。借りた覚えはないんだが……。
「そうだな。貸した覚えもない。だが、お前に預けた金はある。そうだな?」
そうだな?ってあんた……。い、いや、助けて貰ったし、金は渡す。渡すが……。
スィシーは俺が差し出した金を手のひらの上でジャラジャラと鳴らして愛しげに見つめた。
オムスビコロリンがぽつりと言う。
「……酒か?」
「私は更なる高みを目指す。それだけだ」
クールに言い切ったスィシーがザッときびすを返して去っていく。
……よく分からんが、仙人サマが目指す高みとやらは料金制なのか。お、俺の所為じゃないよな?
風は俺に何も教えてくれなかった……。
2.スピンドック平原-廃墟
先生と一緒にリリララを捜索している。
オムスビコロリンは海上都市に置いてきた。目ぼしい物件を幾つか教えて貰ったので、後はそう難しくない。
先生には追跡のアビリティ、スティンガーがあるからな。
ここまで距離を詰めれば逃げられることはないだろう。そもそもモッニカ女史は近接職だ。最初から本気で逃げるつもりなら、俺と先生ではどうにもならない。
人間ってのは言い訳を欲する生き物だ。
日本産の粗大ゴミが海上都市に攻め込んでいる。
モブキャラのクォリティは中国人のほうが上だが、エンフレ戦に籠城という選択肢はない。どうしても守る側は不利になる。攻める側からしてみると、東西南北どこから攻め上がってもいいのだ。エンフレ大量投下は止められない。市街戦に移行してからが本番ということになる。
なお、日本軍と中国軍は双方に少なくない被害を出しているようで、さっきからゴミスキルがドンドン解放されている。あーあ。やっちまったな。ハードラック、ハードラック、ハードラック、ゴミばっかりだ。たまに聞き慣れないアビリティが解放されているが、どうも高レアリティという感じはしない。これは、あれだ。ガッカリする感じの10連ガチャに限りなく近い。スクショ撮って掲示板で不幸自慢するアレですわ。せっかくの機会だしサトゥ氏辺りを軽くロストしてくれねーかな……。いや、適合する型があるんだっけか。俺はどうなんだ。肝心なのはそこよ。ゴミどもだけ強化されても困る。頼むぞ、サトゥ氏。俺はお前を信じてるからな。俺たち友達だよな?
俺は死を覚悟した友を引き止めるような無粋な真似はしないのだ。笑って見送ってやるのが男の友情ってもんなのさ。
……まぁお前らには分からないか。
俺は苦笑などして軽く手を上げた。
よう。リリララ。モッニカ。こんなところで奇遇だな。
スピンドック平原に点在する砦の一つで、俺と先生はリリララ、モッニカ女史と再会した。
悪くないロケーションだ。ここからなら、ちと遠いが崩れた壁の向こうに暴れ回る粗大ゴミどもが見える。
リリララが顔を上げて俺と先生を見る。
「……先生。コタタマくん」
地べたにとんび座りしているリリララの長い髪が床に広がっている。立っていてもくるぶしまで届く長さだ。人間の髪には寿命があるから、こうまで長い髪をリアルで見ることはない。
しっかし、すっかりやつれちまって。なんてザマだ。
そのリリララを背中に庇うように斧を構えたモッニカ女史が俺たちの前に立ち塞がる。
「マスターは少し疲れているのです。しばらくの間そっとしておいてくださいませ」
そう邪険にするなよ。それにしても大したもんだ。お前ら二人で海を渡ったのか? いや、そうか。精彩予測。海底にへばり付いてる【ギルド】を躱すのはお前らにとってはさして難しくなかったのか。羨ましいぜ。まったく。どうしてこうもアビリティってやつは不公平なんだ。
おい。リリララ。ちゃんと食ってるか? 肉を食え。肉を。
モッニカ女史の斧を持つ手がぶるぶると震えている。
「……どうしてあなたなのですか。先生ならばともかく」
俺は大仰に肩を竦めてズカズカと二人に歩み寄っていく。
攫われたんだよ。リリララ。お前の予知通りにな。先生から話は聞いてる。アビリティのコントロールができてねえのか。どこまで見えてる? 俺をどうするつもりだったんだ?
モッニカ女史が俺の首に斧を押し当てた。
「……コタタマさん。日本サーバーはプクリには勝てません。日本の、ユーザー人口の限界があそこなのです」
ほう。そうなのかい。
「私たちは袋小路に迷い込む。攻略は停滞し……。ぷ、プレイヤーたちはどんどん引退していく……。それが、リリララの見た未来です」
……?
いや、ネトゲーマーは引退するだろ。そんなの当たり前じゃねーか。今更何を言ってるんだ? お前らだって別のネトゲーを引退したからここに居るんじゃねえか。それがどうした?
モッニカ女史が激昂した。
「このゲームはVRですわ! 従来のMMORPGとは違うのです! あなたに人の心はないのですか!」
なんつー言い草だ……。
ンなこと言われてもよぉ……。あ、先生。回り込んで移動した先生がリリララの隣にちょこんと座った。リリララが先生にひしっと抱きつく。くそっ、何なんだよ。俺の先生に気軽にタッチしやがって。ちょっと、モッニカさん。あれはいいの? 先生はスルー? 俺と対応がえらく違うじゃねーの。
先生のもこもこした毛皮に顔を埋めたリリララがか細い声を上げる。
「……モニカ。いいよ」
「リリララ……」
モッニカ女史が引き下がってくれた。よしよし。俺はモッニカ女史の腕を掴んでリリララの目の前にしゃがみ込んだ。髪を踏ん付けるのが怖くて何やらコンビニ前にたむろするチンピラみたいな感じになってしまったが、まぁこの際だ。とやかくは言うまい。
俺は繰り返し言った。
肉を食え。肉を。肉さえ食えばどうにかなるんだよ。人間ってのはァ〜。
リリララがチラリと俺を見る。
「コタタマくんの未来は見えないの。だから、わたし……」
おお、そういうことか。お前、俺をハメやがったな。なるほど。俺を誘き出せばお前の天下って訳か。やるじゃねーか。先生を出し抜くとは。少しばかりお前を見くびってたかもな。
それで? これからどうなる?
「……みんなロストすれば。強くてニューゲーム、できるから」
マジか。ここまでやっても俺らは負けるのか。でも俺は負けたくねーなぁ。どうしたらいい?
リリララはふるふると首を横に振った。
「分からない。でも、このままじゃダメだから。わたし。わたしは、コタタマくんならって。コタタマくんの未来は見えないから」
いいや、違うね。
リリララ。鍵になるのはお前なんだ。未来が見えると言ったな。お前自身の未来は見えないんだろう。お前はモッニカに頼ってばかりだから、お前自身の未来は見えなくても大した違いはなかった。でも、これからはそれだけじゃダメってことだな。
なあ、リリララ。俺はこう思う。
特別ってのは寂しいことだ。仲間が少ないってことだからな。俺はそうじゃない。俺はタフな男だ。だからな、俺はザコなんだよ。草食動物は群れを作って静かに暮らすんだ。それでいいと俺は思ってる。そりゃチートスキルとか貰えるなら貰っとくけどな。
俺は頬杖を突いてリリララの人形じみた美貌をじっと見つめる。
しかし引退ね。そんなに嫌なもんか? いや、俺だって仲間が引退したら凹むよ。そりゃ凹む。けど、そんなの今に始まった話じゃねーしなぁ。VRだから今までとは違うって? その理屈は分からんでもないけどさぁ〜。なんつーか……。そんなもんどうしようもなくねーか? どうしようもないことでうじうじ悩んでも意味ねーだろ。
「い、意味なくないよっ」
そうか?
……あのな、リリララ。お前の、そういう答えがない問い掛けってのは誰もが通る道なんだよ。無性に怖くなって夜眠れなくなったりな。お前は頭いいから他の連中よりもチョット遅かったのかもな。
俺は拳でちょんとリリララの頬を突付いた。
だったら、ブッ倒しちまえよ。気に入らねえもんはブン殴るんだ。まずは肉だな。肉を食え。パワーが足りてねんだよ。
つまりだ。リリララよ。お前はモッニカと一緒に、手を繋いでよ、もっと色んなものを見てやらなくちゃな。時々は俺も一緒に遊んでやるよ。そりゃ俺だって飽きたら引退するだろうが、ログイン率が落ちてきたらお前が俺を説得しに来いよ。待っててやるから。この件はそれでいいだろ。
「よ、良くない」
じゃあ約束だ。約束しよう。それでいいだろ。あん? ダメなんか? ちっ、ワガママな女だな。じゃあこうしよう。出血大サービスだぞ。俺はお前の味方になってやる。俺ぁ自分で言うのも何だけど、すぐに裏切るからな。なかなか居ねえぞ。無条件で俺を味方にできるやつは。約束な。おら。
俺は小指を突き出した。
ハッとしたリリララがおそるおそる小指を絡めてくる。
廃墟にリリララの透き通った歌声が切れ切れに響く。
うそ吐いたらー……。
はり千本ー……。
おや、粗大ゴミどもが動きを止めたぞ。何だろう。油の切れた人形みたいにギギ……と動かなくなった。
はて? 不思議に思ってじっと目を凝らすと、何やらゴミどもが肩を震わせて号泣し始めた。
【い、いい話じゃねえか〜。崖っぷち〜】
あ?
……ああ、モッニカ女史が撮影して放映してたのか。
相変わらずこの女のスネークぶりは空気を読むことを知らねえな。この雰囲気で普通カメラ回すか? 正気の沙汰とは思えねえ。
まぁいい。
引退するだのしないだのと訳の分からんことを言う女との会話イベントは終わった。次の段階へ進もう。
俺はリリララの手を引っ張って立たせてやると、歯列をギラつかせて言った。
「戦争しよう戦争。俺は今回中国側で参戦するつもりだ。お前は、リリララ?」
俺は針を千本飲まされることになった。
これは、とあるVRMMOの物語。
魔族は味方の定義が怪しい。
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