GumS Gems Online!
1.ポポロンの森
マジュンくんの全身から禍々しい光が立ち昇る。光そのものが凶暴な意思を持つかのようだった。蛇のようにマジュンくんの手足に巻き付く。二又に裂けた光体が凶悪なあぎとで威嚇するようにこちらを向く。
アナウンスが走る。
【GumS Gems Online】
ガムジェムの投入。
マジュンくんのトリオン切れを狙うという作戦は瓦解した。
そして、それ以上に中国サーバーは完全に本気なのだと分かった。
メガロッパは俺に逃げろと言うが、これは俺とマジュンくんの問題だ。俺はメガロッパを押しのけて前に出た。びくともしなかったので迂回することになったのだが、それはともかく。
俺はベロリと舌舐めずりして手のひらをそっと差し出す。
「ガムジェム? 本物か? ちょっと見せてくれよ」
俺は命を賭して海上都市を守った男だ。
マジュンくんの俺への感謝が「心からのもの」で「嘘偽りのないもの」なら俺の「お願い」を聞いてくれるよな? くくくっ……。なに、悪いようにはしない。さ、見せてくれよ。この金の雛鳥様になァ〜。
俺はガムジェムが欲しい。喉から手が出るほどに欲しい。そのガムジェムをマジュンが持ち込んだ。ティナンの手を離れたガムジェム。このチャンスは逃せない。
俺は目を使った。ギョロリと目玉を動かしてマジュンの表情を探る。オムスビコロリンの桜色の小さな唇が動く。
「面白い日本人だ」
俺は内心で呟く。お前とは話さんぞ。お前と損得の話はしない。俺が損をしそうだからな……。
俺が言った理屈は【英雄】のマジュンにしか通用しない。立ち居振る舞いにケチを付けられるとマズいマジュンだからこそ通用する言い分だ。気の利いた返しを期待してるぜ。
「マジュン」
「いや、コロリン」
何か言い掛けた金髪ロリをマジュンが制した。
「お前は賢い。お前の言うことを聞いていれば間違いない。そうだろうとも。しかし私は人間なのだ。私は国ではない」
戦争は続いている。
人間の怒号と悲鳴が聞こえてくる。
金属が軋む音がした。人間が立てる音が聞こえる。
それなのに、この場だけが戦争から隔離されて切り取られた一枚の絵のようだった。
李信馬准は言った。
「人間一人などちっぽけなものだ。ならば、チェンユウ。特別とは、期待に応えられるということだ」
……そういう考え方もあるだろうさ。
「もちろん構わないとも。チェンユウ」
そう言ってマジュンくんは俺へと手を差し伸べた。
俺の手のひらに小さなチョコレートが転がる。おお、これが……。芳醇な甘い香りがした。俺は素早くしゃがみ込んでチョコレートを貪り食った。犬歯で割って奥歯ですり潰して嚥下する。甘い。舌が痺れるような甘さだ。
おお、おお……。素晴らしい。力が……力が湧いてくる。俺の身体から禍々しい光が発散する。これがティナンの秘宝……! これがガムジェムか……!
俺は感動に打ち震えた。さっと立ち上がってマジュンくんを見つめる。もう用無しだ。地べたに転がってるサタウの姿が視界の端に映る。使えない男。いつもそうだ。口ほどにもない。
マジュンくんがパッと手を上げた。あ? 親指と人差し指の間にチョコレートが挟まっている。……! 俺の身体から光が消える。
マジュンくんはニコリと笑った。
「減らないチョコだ。もう一度言う。チェンユウ。私と共に来い。私は君に力を与えることができる」
俺の指先を細い稲妻が迸った。
無限に続く魔法などない。それが分かっていたから、俺はずっとゴミスキルを使い続けていた。つまり今、スキル完全停止の魔法環境が切れた。
魔法の時間は終わりを告げ、俺はようやくマジュンくんと対等の目線に立てた気がした。
……よう、マジュン。こんな話を知ってるか?
漫画とかだとよ、お前らの国のことに触れるのはちょっとしたタブーなんだよ。
世界規模の話なのに、登場人物が不自然に日本人だけだったりな。クレームが入るから面倒なんだとよ。
「そういうこともあるかもな」
身内贔屓ってのもある。当たり前の話だが日本人は日本人の活躍を応援する。だから、わざわざ外国人を出すのは作者の自己満足でしかないっつー理屈だ。
「そうだな。分かるよ」
でもよ、お前らは今俺の目の前に居る。俺は、自分でもよく分かんねーが、それが楽しくて仕方ねえんだ。
……楽しいことは途中でやめられねえよ。
マジュンくんはニヤリと笑った。
「私もだ。ここからは力尽くで行こう」
スズキが俺の襟首を掴んで後ろに引っ張る。メガロッパが跳躍した。
「ふあっ、やっ……!」
エロい声を上げて空中でとんぼを切る。マジュンくんがクラフト技能を発動した。速い。繭から矛が羽化する。だがメガロッパの剣のほうが早い。マジュンくんが沈み込んで旋回した。作り出した矛は囮だ。嬌声を上げたマジュンくんが俺に突進してきた。スズキが俺ごと倒れ込んで避ける。
メガロッパが残像の尾を引いてマジュンくんを追う。すぐにたたらを踏んだ。君主というジョブの強みは何でもできるということにある。【スライドリード(射撃)】だ。複数の弾をバラ撒いたマジュンくんの意外そうな声。
「君主と戦ったことはないのかな?」
「ぐっ……!」
メガロッパに答えている余裕はない。
マジュンくんが青い光を二波立て続けに放つ。魔法環境の揺さぶり。【スライドリード(速い)】を解除したメガロッパが身を投げ出すように地面を転がってかろうじて被弾を免れる。
メガロッパは防戦一方に追い込まれた。マジュンくんがギアを上げた。ハチが参戦してきた。
「予定と違うしぃ! なんでもう始めてんのさ!」
矛を拾い上げたマジュンくんが踊るように旋回してメガロッパとハチに応戦する。
スズキが俺の手を引っ張って駆け出す。
ゴミどもが蜘蛛の子を散らすように森に逃げ込んできた。
「おいおいおいおい! とんでもねえのが居ンぞォー!」
ヴィザ翁こと仙人スィシーが迫っていた。俺は目に力を込めた。ゴリリと重い音を立てて歯車が回る。赤い爪のようなものが一瞬だけ見えた。俺は驚愕した。エンドフレームだと……!?
広範囲の木々がなぎ倒される。ゴミどもの身体がバラバラになって宙を舞った。
サトゥ氏とセブンとリチェットはどうなった? 負けたのか? ちっ、どいつもこいつも使えねえなぁ!
俺は親指の腹でスズキの小さい手をそっとなぞった。
「ひゃっ!? な、何するの!」
変な悲鳴を上げたスズキが顔を赤くして俺を睨んでくる。いいね。俺、ご満悦。
おっとセクハラしてる場合じゃねえな。
アオとミドリが参戦してきた。
アオのテンションがやたらと高い。
「仙人ってマジかぁ! ツイてる! いっぺんヤッてみたかったぁ!」
スィシーはにべもない。
「じゃれ合うつもりはない」
ミドリの急降下攻撃。頭上からの強襲をスィシーは独特な体さばきでいなした。重力を無視したかのような不可思議な力の流れがあった。素早く後退したミドリが首をひねる。
「あ〜。これ本物だね。勝てない、かも?」
入れ替わりに前に出たアオが気炎を吐く。
「そうでなくちゃな! おらっ、崖っぷち! さっさと逃げろ! 言っとくがリリララに言われて仕方なくだぞ! 俺はお前を認めちゃいねえ!」
ツンデレかよ。仕方ねえな。じゃあ俺もツンデレしとくか。
か、勘違いすんなよ! 別にお前に感謝なんかしてないんだからねっ!
俺とスズキは森を駆けていく。さすがに弓使いのスズキに俺をおんぶしろとは言えない。メガロッパほどレベル高くないだろうし。人間ってのは普通に重いのだ。
「ど、どこに逃げたらいいの!?」
ウチの丸太小屋だよ。
リリララのサイドエフェクトがそう言ってる。
何しろジャムジェムと約束したからな。
五時には帰るってよ。
俺の帰りを待ってる女が居る。無視はできねーだろ。
つーか俺が千佳ちゃんポジなのはいいんだけどさ、オチだけメガネくんみたいになりそうで怖いんだよな。リリララめ。俺は千佳ちゃんポジなのに、最悪の場合俺が死ぬとか吹聴して回ってるんじゃねえだろうな。今回のケースだと俺はヒロインなんだからもっと大切に扱ってくれよ。
アオとミドリが突破された。やっぱり使えねえ。つーか、あの仙人サマはどうやったら止まるんだよ? マジュンくんめ。物騒な輩を連れ込んでからに。
とはいえ、仙人は俗世に疎いってのがお約束だからな。俺は肩越しに振り返ってハッと鼻で笑った。
「お前はハメられたんだよ。初戦でヤツに構ったのは失敗だったな」
俺たちを追ってくるスィシーの眉間にしわが寄る。
「しつこいな」
死に戻りで先回りしたサトゥ氏が満面の笑顔で待ち受けていた。
「勝ち逃げされても困るぜ。二本先取は格ゲーの基本だからな」
スィシーが吐き捨てるように言う。
「ならばこれで文句はないな?」
歯車がゴリリと回る。赤い爪と剣が交差してフッと消える。スィシーが軽く目を見張った。サトゥ氏が「なるほど」と呟く。
「こうやるのか。アビリティで母体に負荷を掛けて……。原理的にはラグワープに近いな」
スィシーが溜息を吐いて立ち止まった。
「マジュン殿は一目で看破したぞ。オムスビコロリンの入れ知恵はあったようだがな……」
俺はサトゥ氏の脇を通り過ぎざまにポンと肩を叩いた。
「足止めよろしく」
「リリララにはお前の死が見えてる」
いつものことさ。
……ここに来てワートリ祭りが仇となったか。
リリララが冗談で言ってるのかどうかが分からねえ。だが、いずれにせよ……。
そう簡単に俺は死なねえぞ。
俺の手を引いて走っている半端ロリが不穏な呟きを零していた。
「……男の人って、そんなに不意打ちされるのが好きなの……?」
別に不意打ちされたくて走ってる訳じゃないんだが。
……いや、結果的にはそういうことになるのか?
俺は赤カブトに不意打ちされたがってる?
そんなバカな……。いや、でも。
俺はもう自分自身がよく分からなかった。
だが、アイドル気取りどもにとって俺は度し難い変態ということになるらしかった。必死に足をブン回してる俺を見て、眉をしかめる。
「わっ、ホントに来た」
「やっぱり不意打ちされたいんだ」
「サイテー。ジャムちゃんが可哀相」
可哀相なのは俺だろが! どけ!
ウチの丸太小屋が見えた。
!? 先生……!?
買い物袋を提げた先生がウチの丸太小屋に玄関のドアにひづめを掛けている。
まさか!?
俺は母体の力を引きずり出した。スズキを追い抜いて一気に加速する。
ドン、と地面が大きく揺れる。【重撃連打】か?
禍々しい光を帯びたマジュンくんが俺とスズキを飛び越して行く手に立ち塞がる。片腕に引っ掛けたアイドル気取りの一人を地べたに放って血に濡れた矛先をこちらに向けてくる。マジュンくんの腕からぴょんと飛び降りた金髪ロリがベッと小さな舌を出した。
おいおい。ウチの丸太小屋は終着駅じゃねーぞ。日本ゴミと中国ゴミが凄い勢いで集まってくる。
マジュンくんが吠えた。
「ウオオオオオオオオッ!」
アナウンスが走る。
【アビリティ:鼓舞】
【英雄は人心を奮い立たせる】
【アビリティ発動!】
【制限時間:08.88…87…86…】
中国ゴミどもが一斉にレアリティを上げた。
俺は最後の切り札を切った。
「ギフターズ!」
ストーカー集団に頼るのは避けたかったが、そうも言っていられない。
雪だるまとリチェットのカットインが入った。セブンか? ドコでナニしてる?
マジュンくんが珍しく苛立ちも露わに舌打ちした。
「ちっ……! コロリン!」
アナウンスが走る。
【警告】
【強制執行】
【逆臣の処刑】
【消えゆく定め、命の灯火……】
【誰も救えない】
【王は一人】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:君主を守れ!】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【君主】【サトウnキ】【Level-24】
だがスマイルの姿はない。
いや、整形チケットを使ってゴミどもに紛れてるのか!
【王は一人】
君主は並び立たない。
マジュンくんが強制執行に駆られようとしている。制御できる類いの【戒律】ではないのだろう。
だが、スマイルの旦那にとっては不可能ではない。旦那はネフィリアと協力関係にある。【歩兵】の狙撃を利用すれば死に戻りできる。
大挙して押し寄せたゴミの集団に先生がびくっとして動きを止めた。
金髪碧眼のロリキャラ。オムスビコロリンは……ゆっくりと微笑んだ。
そして、マジュンくんに押し付けられた小さなチョコレートをパクリと頬張った。
これは、とあるVRMMOの物語。
未来の分岐点まで、あと7秒。
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