ギスギスオンライン
1.中国-ポポロンの森-人間の里
「《気》だよ、チェンユウ……!」
師父がニカッと笑った。
「ヤツら【ギルド】は《気》を打ち込まれるとダメになるんだ……!」
でも師父っ! 俺は吠えた。激しい修練でボロボロになった身体で四つん這いになって己の不甲斐なさにボロボロと涙を零す。
俺にゃーその《気》ってのが何なのかさっぱり分からんのですッ……!
しゃがみ込んだ師父が俺の肩にポンと手を置く。ハッとするような優しい手つきだった。
「つらいか? 苦しいか? チェンユウ……」
チェンユウとは俺のことだ。よく分からないが俺のキャラネを中国語で読むとそうなるらしい。
師父は服が汚れるのも構わず地べた座った。四つん這いになっている俺の横に並んで清々しい表情で空を眺める。
「お前はあまり出来のいい弟子とは言えんなぁ。飲み込みが悪いし不器用だ。でもな、チェンユウ……。不器用なお前だから分かってやれることもある。不器用なお前の拳でしか救えないものだって世の中にはあるのさ。だから、な? もう少しがんばってみようや」
師父……。
俺は……俺は……!
俺はガクガクと震える膝を叱咤して立ち上がった。 師父に教わった型を何度も繰り返す。自分でも分かっている。師父には遠く及ばない。華麗さなどまるでない不恰好な型だ。それでも俺には繰り返すことしかできない。
不器用な俺の拳でしか救えないもの……。正直、師父が何を言ってるのかは分からない。俺には才能がない。才能はあるに越したことはない筈だ。そう思う。けど、もしかしたら、とも思う。俺には師父が過去に取り零してしまった何かを救える力があるのかもしれない。そうでなければ、俺みたいな出来の悪い弟子なんかとうに見捨てているだろう。
まぁ金を払ってるんだから見捨てられても困るんだけどな。
拳法のインストラクターに訓練を付けて貰っている。
何故か俺だけハードモードだ。一緒に門を潜ったニジゲンは女性インストラクターときゃっきゃとお喋りしながら型を習っている。
「こうっスか?」
「そうそう! ニジゲンくん才能あるよ〜」
このゲームの翻訳機能はどうなってんだ。なんで俺だけ中国ネームなんだよ。
ニジゲンがチャラチャラしてる横で、俺は師父に腹をブン殴られていた。
ゲェー!?
吹っ飛んで血反吐を吐く俺に師父が言う。
「これが崩拳だ。全身がバラバラになるような痛苦だろう。チェンユウ。武を修めるというのはこういうことなのだ。その痛みを決して忘れるな……」
中国サーバーは修羅の国であった。
モブキャラのクォリティが高すぎる。
この国で女キャラとお近付きになるためには、まず自分の流派を答えることができねばお話にならない。
よって俺は軽い気持ちでからくりサーカスの鳴海兄ちゃんよろしく八極拳の門を叩いた。八極拳士とか強そうじゃんね。そしたらマジで修業時代の鳴海兄ちゃんみたいな目に遭っている。
おかしいな……。こんな筈じゃなかったんだが。もっとこう拳法エクササイズみたいなのを期待していた。ちょいとばかり金を積めば免許皆伝みたいな……。
まぁアットムくんも八極拳ベースっぽいしお揃いというのは悪くない。当たり前の話ではあるが、八極拳士の動きを一番よく理解しているのは同じ八極拳士なのだ。
訓練を終えた俺とニジゲンはレッスン料を支払って海上都市に繰り出した。
2.海上都市ニャンダム
中国拳法は徒手空拳のみにあらず。
多くの流派では武器術を取り入れている。
それは、もうどうしようもなく武器を持ったほうが有利だと認めているのだろう。
その開き直りにも似た拳風が俺は嫌いではない。
そして中国人は長物を好む。棍だの矛だのといった長物だな。日本人みたいに刀剣類に変な宗教を持たない。そこも気に入った。
つまり俺の可愛いニジゲンのクラフト技能は海外でも十分通用したのだ。
戦える鍛冶屋、ニジゲンは最前線でもやっていける生産職だ。国内でトップクラスの鍛冶屋が海外ではまったく通用しないってことはない。センスが高い。適応能力という言葉すら生温い。言われるまでもなく自分で考え、最適解を導き出すのがトップクラスの鍛冶屋だ。
そんな野郎が十把一絡げの生産職に混じって露店など広げていれば当然目立つ。
例えば、こんなことがあった。
「お兄さんら、ここら辺じゃ見ない顔だね」
華僑。チァイニーズマフィアってやつだ。
数は力だ。中国人ってのは利益にどこまでも従順になれる。他の国の人間はアホだと見下している。そして、それは正しい。商売に美学を持ち出すのはどう考えても悪手だ。
しかし、だからこそ与しやすい。美学は自浄作用の一種と見なすこともできる。唯一無二の正答などというものはないのだ。
手下を引き連れてニヤニヤとしながらニジゲン手製の武器を手に取った男がギョッとした。
「誰に断って俺らのシマで……ッ。おい、これを作ったのはお前か?」
目の色を変えた男に、俺はニヤッと笑った。
ようやく釣れたな。物の価値ってのが分かるヤツを。
デカい組織ほど競争は激しい。そこでのし上がるようなヤツが無能ってのは、まぁ皆無って訳じゃないだろうが確率は低い。
ニジゲンの武器をまじまじと眺めていた男が呆然とした様子で言う。
「……お前ら、今までドコに隠れてた? こんなのは、あり得ねえぞ……。い、幾らだ? 武器の話じゃねえ。お前らは幾らで俺に付く?」
謙虚なんだナ? 旦那。あんたは、それでいいのかい? だとしたら期待外れだが……。
こうなることを想定していた俺のほうが読みは深い。そんなのは当たり前のことだから、男は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……何が言いたい?」
商売だよ。旦那。あんたは偶然にも運良く俺らを見つけた。それでいいのかと言っている。
男は片手を突き出して待ったを掛けた。
「待て。待て……。少し考えさせろ」
いいや結論は変わらねえさ。
俺はこう言ってる。
ここに居る俺の可愛い娘を取り込めばあんたは間違いなく出世できる。だが、そいつを快く思わない連中は居るよな? 居ない訳がねえ。そいつらはこう言う。あんたは、たまたま運が良かっただけだってな。
けど今ならまだ間に合うぜ? あんたは以前から使える鍛冶屋を欲していた。情報網を広げて獲物が網に掛かるのを待ってた。そういう筋書きだ。
まぁな。バレないってことはない。だが、少なくともあんたはそういう演出ができる男ってことになる。どの道、あんたに今すぐ俺らをどうこうしようっていうプランはないだろう。あんたに今一番必要なのは時間だ。その時間を有効利用できるヤツってのは、あんたらの組織で重用されたりはしないのかい?
時は金なりってな。世界中のどんなお偉いさんも言ってることだぜ。結果を出したヤツが偉いんだ。そして時間ってのは結果に直結する数少ない要素だ。何しろ金じゃ買えねえからな。
そのためには……。邪魔が人間が居るな。
俺は、男の手下に視線を振った。
お前らの上司からは面と向かっては言いにくいだろう。だから俺がハッキリと言ってやる。お前ら、ここに居る旦那のためにロストできるか?
口が軽いだの固いだのといった問題じゃねえんだ。そんなことは説明されるまでもなく分かるよな?
動揺する手下どもに、男がぽつりと言った。
「復帰してきたお前らの面倒は俺が見る。お前らはこの日を境に俺に最も忠義を尽くした男になる。俺は、俺のためにロストしたお前らを疑わねえ」
ある一定以上の水準に達したサーバーにとってキャラクターロストは手段の一つだ。意図的にロストすることができる。
簡単なことだ。エンドフレームに化けてレイド級に喧嘩を売ればいい。それは何も難しいことじゃない。遣り方が分からないってんなら教えてやるさ。俺のゴミスキルは同じゴミに最も強く作用する。
歯列をギラつかせる俺の袖をニジゲンがちょいちょいと引っ張っている。
「ま、ママ。俺だけでいいよ……。俺は、お前に幸せになって欲しい。俺が悪いんだ。お前は平穏に暮らしたいっていつも言ってるのに……」
あん? 眠たいこと言ってんじゃねえよ。知らなかったのか? 俺の言う平穏ってのは俺が気持ち良く生きるってことだ。知ったかぶってんじゃねえ。物分かりのいいふりをするんじゃねえよ。JK。お前は俺のモンだ。誰にも譲るつもりはねえ、よ……!
俺の中でニジゲンの株は上がりっぱなしだ。中国のゲーム市場は世界二位の規模だと言われている。やはり俺は間違っていなかった。ニジゲンは極上の金づるだ。コイツを上回る鍛冶屋が居たとしても関係ない。ニジゲンは俺に惚れてる。コイツのこれまでの行動を俺は信じる。それは、不本意ながら名前が売れちまった俺には今後二度と手に入らない財産なのだ。
俺がネフィリアの下を飛び出したのは、あの女がそういう考え方をできなかったからだ。アンパンの野郎をいつまでも下に見ている態度が気に入らなかった。
俺とアンパンは担当部署が違ったから。俺がアンパンを下に見るのはいい。だが、少なくともネフィリアにとって俺とアンパンは同格であらねばならなかった。頭を張るってのはそういうことだろう。綺麗事であることは分かっているが、トップに理想を求めずにどうしろってんだ。人間はどんなに長生きしても百年かそこらでくたばる。趣味でゲームやってるのに妥協して何になる。空気が読めねえだの何だのと言われてるキッズのほうがよほど理解してるぜ。間違ってるのは、なあなあで済ませようとする賢いふりしたプレイヤーのほうなんだ。
空気を読めなんてアホな話はない。そりゃマイナールールだろう。
もっとも俺の空気は読んで貰うがね。それもまた真理だ。
ネトゲーマーはもっと自由であるべきだ。
俺の烈しい主張にニジゲンは急にしおらしくなった。真っ赤な顔をしてコクリと頷く。
「は、はい」
かくして俺とニジゲンは中国サーバーで後ろ盾を得た。
中国版の人間の里で女神像の登録はとうに済ませている。
それが良くなかったのかもしれない……。
ロストの決意を固めたゴミどもが気に入ったので最後の晩餐だっつって浴びるほど酒を飲んだ俺は路上に寝転んでばんばんと地面を手のひらでブッ叩きながら叫んだ、らしい。のちにニジゲンさんに聞いた話だ。制止するニジゲンの肩にガッと腕を回して一緒に寝転んだ俺は吠えに吠えた。
こんばんはー! 日本鬼子のコタタマでーっす!
ぶっちゃけよー!
領土問題なんざ知ったこっちゃねんだよなー!
どうでもいいわ!
関係ねーし! 俺ら政治家でも何でもねーし!
大事なことなんだなってのは分かるけどさー!
だって俺、お前らのこと何も知らねーから!
でもさー! 極端な話すっと第三次世界大戦起こって死ぬのは俺ら下っ端なんだよなー! 家族がやべえってなったら命張るしかねー訳じゃん!? かと言って偉いやつらに率先して死なれたら負けっから!
俺らっトコのお犬様がよー! 言ってたぜ! そんな時代は終わったんだとよ!
そりゃそうだよな! 俺らはスマホっつー携帯パソコン持ってんだ! 陣地挟んでドンパチしてる相手と掲示板でレスバトルできるんだぜ!? アホらしいったらねーよ!
俺は日本人だ! 正直お前ら中国人を見下してる! だからお前らも俺を見下していい! そういうのをよー! 俺らっトコじゃこう言うんだ!
ギスギスオンラインってな。
すやぁ……。
3.海上都市ニャンダム-某所
その翌日の出来事である。
俺とニジゲンは知らない中国サーバートッププレイヤーと会食をする羽目になっていた。
「李信だ」
ニコリと笑った長髪の男には雰囲気があった。
世界最強のプレイヤー、ジョンですら危ういと思わせる何かがその男にはあった。
つーか……。
李信? キングダムじゃん。
似ても似つかないけど、チョットるぁぁぁぁ!って吠えてみて?
二日酔いで頭がうまく回ってない。
俺の無茶なお願いに李信とやらは快く頷いてくれた。
「るぁぁぁぁ!」
ヤバい。正直、中国人を舐めてた。
俺の思い違いを正すようにアナウンスが走る。
【アビリティ:鼓舞】
【英雄は人心を奮い立たせる】
【アビリティ発動!】
【制限時間:08.88…87…86…】
称号、英雄の固有スキル……。
手の内を自ら晒した李信に何ら臆するところはない。
「チェンユウと言ったな。我々のサーバーには称号持ちが三人居る。私はその一人だ」
かつてクソ運営は称号持ちは世界に二人のみと言った。俺たちが思うよりもずっと大きな恩恵なのだと。
そのョ%レ氏との決戦から一年余。
……俺たち日本産のゴミがロストだ何だと騒いでいた間に、大陸の人たちはドンドン先に進んでいたのだ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ここが変だよ日本人。何かあるとすぐにエンフレ大量投下する。
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