ハッピートリガー
1.マールマール鉱山
女神像から女神像への転移はプレイヤーに与えられた特典の一つだ。
いつも女神像にお祈りを捧げている黒尽くめの集団に見送られて俺は新天地へと旅立つ。扉から這い出てきた無数の手に引きずり込まれる華麗なエフェクトが入る訳だけど、この演出は本当に必要でしたかね? あと、さり気なくデスペナが付いてる点も見逃せない要素だ。
さくっとワープして問題の鉱山へと足を踏み入れると、そこは既に戦場であった。
強制労働の舞台となるここマールマール鉱山は、今現在最もホットな領地戦の最前線だ。
あちこちでプレイヤーの怒号が飛び交い、一人また一人と狙撃に倒れていく。最寄りの女神像からダッシュで戦線に復帰する彼らにとって、もはやデスペナなど些細な問題でしかないのだろう。
当たり前のようにゾンビアタックが行われる地獄のような光景を俺が遠い目でぼんやりと見つめていると、偉そうな人に見つかって一方的な質問を浴びせられた。所属は。職業は。何が出来る。ログアウトの予定は。ろくに現状の説明もないまま斧を手渡されて決死隊に放り込まれた。俺は典型的な日本人だから、みんながゾンビアタックするなら俺もゾンビアタックするんだ。戦争超楽しい。戦場最高。
人間爆弾もとい貴重な魔法使いさんを背負って敵陣に突貫する栄誉に預かった時は興奮した。俺なんかで本当にいいんですか。いいんだと戦友のおっさんは笑ってくれた。
ゴミのような火力しか持たない種族人間だが、魔法使いだけは別格だ。レイド級ボスモンスターを討伐することでプレイヤーの魔法は解放されていく。火の玉を撃ち込んで敵兵を粉砕するような気の利いた魔法は現時点で解放されていないし、存在するかどうかも疑わしい。
つまり今、人類が持つ最高の手札は【全身強打】と呼ばれる術者中心に放たれる無差別攻撃なのである。
意気揚々と魔法使いさんを背負った俺は、肉壁の皆さんと一緒に決死の突撃を敢行した。魔法使いさんは震えていた。死ぬのが怖いのではない。魔法を使うのが怖いのだ。脳みそを絞り出す感じと言えば少しは分かりやすいだろうか。つらいよな。分かるよ。でもやるしかないんだ。よし行こう。どんどん行こう。
肉壁の皆さんが凶弾に倒れていく。大丈夫、みんな一緒だ。待っててくれ、すぐに俺も逝く。
「んあああああああああっ!」
魔法使いさんが色っぽい嬌声を上げて発光した。放たれる光の輪。レイド級ボスモンスターを討伐し解放された【全身強打】の魔法――【ポポロン】。
至近距離で繰り出された天使の輪は、違えようもなく俺を八つ裂きにし、周辺一帯の生物を余すことなく粉砕した。
魔法使いさんは生き残れただろうか。虚脱した様子で座り込み、一人取り残されてしまった彼女は。それだけが気掛かりだった。
2.三日後
泥沼のような戦いが続いている。
殺しても殺しても敵兵はウジ虫のように湧いて出る。
このゲームの領地戦はプレイヤー同士が土地をめぐって争うものではなく、可愛いNPCと可愛くないNPCの戦争だ。可愛くないほうのNPCを【ギルド】と言う。彼らは可愛いほうのNPCの日常を脅かす侵略者であり、銃器で武装した変な機械だ。一応、中身はあるらしいが。可愛くないし、世界観を完全に無視している点も気に入らない。だから大半のプレイヤーは可愛いほうのNPCの味方をしている。よそ者のプレイヤーは両勢力の生存競争に首を突っ込み、活躍に応じた報奨金を頂戴するというのが基本的な流れである。
要は参加するもしないも個人の自由なのだが、放っておいたら可愛いほうのNPCが全滅してあれよあれよという間にプレイヤーが奴隷落ちする未来が俺たちを待ってる……待っていてもおかしくないと思われる程度には悪意に満ちた仕様になっているため、いわゆる「攻略組」と呼ばれるトッププレイヤーが所属するクランは領地戦への参加を推奨している。
そして今回も運営はやらかした。
健気に殺し合う俺たちを嘲笑うかのように地面が大きく揺れ、真っ赤に染まった視界にけたたましいサイレンが鳴り響く。
【レイド級ボスモンスター出現!】
ええ? 今ぁ?
――悪いことには悪いことが重なる。戦場はどこまでも混沌としていく。
だが、そんな俺たちにも朗報が一つ。
後方でプレイヤーの指揮をとっている偉そうな人が叫んだ。
「【加護】が降りるぞ! 全軍突撃!」
プレイヤーに与えられた特典の一つ、【女神の加護】だ。
俺たちがこの世界でどういった位置付けに居るのかは未だ不明な点も多いが、はっきりしていることも幾つかある。その内の一つが、俺たちはレイド級ボスモンスターの打倒を期待されているということ。
【女神の加護】は、レイド戦が勃発した際に発現するパッシブスキルだ。その効果は、デスペナルティの免除と死に戻りの簡易化。銃弾を浴びて地に伏していた戦友たちが続々と蘇り戦列に復帰していく。
視界を塗り潰す赤色灯とサイレンが否が応にもプレイヤーの危機感を煽り立てる。
心臓に悪いからやめろと数多くのユーザーが要望を送り、鉄壁のテンプレ回答を寄越されて今なお改善の見込みがない運営渾身の目潰しだ。
【警告! レイド級ボスモンスター接近!】
一際大きく足元が揺れる。
……来る。
レイド級ボスモンスターと遭遇した時、まず真っ先に試されるのはその日の運勢だ。
普段よりも星座を気にしてもいい。ラッキーカラーを意識してもいいだろう。
ただ、これより降りかかるのは、英雄にも凡人にも等しく訪れる死という現実だ。
運悪くボスモンスターの出現ポイントに立っていたプレイヤーたちが足元の地面ごと突き上げられて宙を舞った。彼らは例外なく天井に叩き付けられて死んだ。彼らは単純に運が悪かっただけだ。不可避の死だった。恨み言の一つや二つはあるだろう。そんな彼らの遺言ですら、大音量のサイレンが洗い去ってしまう。
【勝利条件が追加されます】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:79.89…88…87…】
【目標……】
【神獣】【Mare-Mare】【Level-3024】
Zooooooooooooooooooooooooooo
地面を突き破って現れた巨大モグラが咆哮を上げた。
俺の鼓膜が破れた。
何も聞こえない。静かだ。
静謐な空間を、神獣マールマールの巨躯がゆっくりと横切っていく。マールマールという名称が正しいのかどうかは分からないが、少なくとも可愛いほうのNPCはそう呼んでいる。
ちなみに俺のレベルは2だ。二桁に届けば一人前と言われる昨今。
分かりやすく一言にまとめると、これは負けイベントだ。
制限時間内に倒すのは無理だろう。領地戦に出没するレイド級ボスモンスターの門限は早い。時間になればマールマールさんは脆すぎる玩具に飽きて巣穴に戻る。
これは、とあるVRMMOの物語。
あまりにも強大な存在と出会った時、人は祈ることしかできない。だが真に必要を迫られたならば、彼らは自らの命を犠牲にすることさえ厭わないだろう。では、死という制限を取り払われた時、彼らは一体何者になれるのか。
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