フレンドの輪を広げて
生産職のプレイヤーがストライキを起こした。
直接的な引き金になったのは復刻版チュートリアルでの徴発権行使だが、そうした兆しはずっと前からあったのかもしれない。
元来、生産職は大人しいプレイヤーが多い。特に純生産職と呼ばれる戦闘参加しないプレイヤーは自然回帰派に近い考え方を持っている。相違点を挙げるとすれば、戦闘職のフォローに喜びを感じていることだろう。
だが、それにも限度がある。
種族人間の総戦力は間違いなく上がっている。しかしそれは飽くまでも数値上の話だ。実際のところはどうか。
正直言って今の俺たちはマールマールに勝てる気がまったくしない。理屈の上では勝てる筈なのだ。自機を中心に落雷を連続して浴びせる【重撃連打】は距離に応じたダメージボーナスが入る強力な攻撃魔法だ。補助魔法の【八ツ墓】で強化することで更なる追加ダメージを狙うこともできる。
それらのコンボが決まれば、マールマールが恒常的に展開している重力の衣を貫くこともできるだろう。種族人間が使う魔法はレイド級のクソ強力なスキルをコピーしたものだ。レイド級にも個体ごとの強弱はあるが、それは種族人間との相性だったりレベル差によるもので、ポテンシャルそのものに大きな開きがあるとは思えない。コンボ攻撃は有効だろう。
だが、そう上手く事は運ばない。
多種多様なバフとデバフを兼ねる【八ツ墓】はスキルの性質上、誰か一人でも気まぐれを起こせばレイド級に有利な魔法環境を敷くことができる。
誰か一人でも、だ。
仮にレイド戦の参加者を1000人としたなら、その内一人でも気まぐれを起こさず忠実に戦い続ける確率とは一体どれほどのものだろうか?
……ほぼ0%に近いというのが俺の見立てだ。
つまり、種族人間はスキルを解放するごとに実質的に弱体化しているのだ。圧倒的な個の力とのぶつかり合いになるレイド戦では、その差が顕著に表れる。勝敗を決定付ける境界線が目に見えてシンプルだから、嫌がらせが絶大な効果を生む。魔が差す。こればかりは理屈じゃない。
復刻版チュートリアルで……。
俺たちはポポロンに勝った。
勝因は色々とあるだろう。しかし、おそらくシルシルりんたちの目にはこう映ったのだ。
コラボ企画でスキルが封じられていたから俺たちはポポロンに勝てたのだと。
そして悲しいことに……その見方は多分正しい。
俺たちはスキルを封じられていたから、追い詰めたポポロンに【心身燃焼】を打ってやることができなかった。
俺たちはスキルを封じられていたから、必死こいて戦うゴミどもに効果的な嫌がらせをすることができなかった。
それがポポロン戦の真相だった。
残機を燃やし尽くして戦い、どんどん弱体化していく戦闘職どもの姿に。
街で彼らの帰りを待っていた生産職たちが何を思ったのかは想像に難くない。
そうして溜まりに溜まった不満が、身銭を切ってクラフトした武器を掻っ攫っていく脳筋どもの姿を目の当たりにした瞬間、ついに爆発したのだ。
武器を打つことをやめた彼らは声高に主張した。
せめて生きて帰ってこいと。
その声は悲痛ですらあった……。
1.マールマール鉱山-山中
正直ぐうの音も出なかった脳筋どもであったが、そんな彼らにも言い分はあった。
スキルの解放を諦めるものはゲーマーにあらず。目の前に宝箱があるのだ。中身がミミックだろうと関係ない。俺たちは開ける。
執念、であった……。
かくして交渉は決裂し……。
ティナンたちの不思議な生き物を見るような目にもめげず、座り込みを敢行した生産者連合と戦闘職連合は山岳都市を挟んで対峙した。
一方、戦力で勝る脳筋どもは山岳都市を包囲することで生産職連合を威圧。その目的は動揺を誘い、足並みが乱れた生産職連合に内部工作員を送り込むことにあった。
密命を帯びた脳筋小隊が人知れずマールマール鉱山の山中を進む……。
「この山を越えれば山岳都市はすぐそこだ! 気を緩めるなよ! 生産職連合はヤツのッ、崖っぷちの魔の手に落ちたッ……! 魔族め!」
小隊を率いる隊長は、その名をホシピーと言う。生産職連合を牛耳る人物が因縁の相手とあって、この任務に掛ける意気込みは尋常ならざるものがあった。
彼は自分が正しいと信じて疑わない。自分が巨悪に立ち向かう人間なのだと信じていた。客観的に見たなら、彼の主張を一方的に跳ね除けることは難しいだろう。
だから気付くのが遅れた。
真の敵とは常に味方の中に隠れ潜むものなのだ。
情報は漏れる。
極秘任務などというものは露見して当然という性質を帯びるものであり、彼らは捨て駒だった。いや、より正確に言うなら万事において幸運に恵まれたならば任務を達成できるかもしれないと期待された捨て駒の一つだった。
情報戦が当たり前のことと認知された現代戦において、戦闘行為とは犠牲の交換に他ならない。
要するに彼らは戦局の優位を維持するために捧げられた生贄だった。
ホシピーが異変に気付いた時には既に手遅れだった。
隊員たちが居ない。忽然と姿を消していた。この一瞬にか? バカな。あり得ない。一体何が……。
茂みから這い出した俺は、ホシピーの肩に親しげに腕を回した。
「なんだ、お前。俺の首を狙ってンのか?」
「ッ……!」
ホシピーは即応した。血の滲むような修練の為せる業だ。急旋回すると共に俺の手を弾いて腰の剣を抜き打ちする。
だが俺には届かなかった。
素早く割り込んだ俺の部下が機械化した腕でホシピーの斬撃を受け止めたのだ。両足に浸食した黒い金属片が爆発的な瞬発力を可能としていた。
ホシピーがギリッと奥歯を噛み鳴らす。
「こいつッ、【ギルド】の……!」
くくくっ……。俺は含み笑いを漏らしてホシピーをぐいっと抱き寄せた。低い声で囁くように言う。
よう、ホシピー。お前も懲りねえな。まだこの俺に勝てるつもりで居るのかい? そうそう、思い出したよ。お前、確か元服屋だったよな? 大人しく服を作ってりゃいいものを。俺を付け狙うのは結構だが、そのために好きでもねえチャンバラに時間を割くのは本末転倒ってモンじゃねえのか? お前にとって俺はそうするだけの価値があるヤツなのか? そりゃ矛盾だろ。理解に苦しむぜ。
「そッ……!」
「本気で俺を殺したいなら」
何か言い掛けるホシピーに俺は機先を制した。
本気で俺を殺したいなら。ホシピーよ。どうして気付かねえんだ? お前は競争相手を間違ってるんだよ。お前の知らないところでお前の知らないヤツが俺を殺しちまってお前は満足できるのかい? 良くやってくれたって心から祝福してやれるのかい?
そうじゃねえよな……?
そう言って俺はグッとホシピーの肩を掴む手に力を込めた。
お前が本気だってんなら、ホシピーよ。俺の側に付けよ。俺はお前を拒まない。お前は俺に従ったふりをすればいい。そのほうがずっと確率は高い。言っておくが、俺は誰にでもこんなことを言ってる訳じゃないぜ。お前には利用価値がある。お前の執念には頭が下がるよ。お前のお仲間も俺と同じことを考えているだろう。だからお前が裏切るとは夢にも思わない。
ホシピー。もう一度言うぜ。俺の側に付け。お前が俺の寝首を掻くにはそれしかねえ。無論、俺はお前に隙を見せたりはしねえ。細心の注意を払うさ。だが俺も人間だ。どうしても気が緩む瞬間ってのはあるだろう。それを差し引いてもお前を取り込む価値はあると判断した。
第一、お前に生産職の連中は切れねえだろ。この戦いに大義なんてもんはねえ。ホシピー。お前は何のために戦う? 俺が手を引けば満足なのか? お前が信じる……戦闘職の連中ってのは本当に信頼に足るのか? もしもそうなら……俺はどうしてここに居るんだろうな?
ホシピー。なあ、ホシピーよ。賭けてもいい。生産職の連中はかつての仲間であるお前を歓迎してくれるぜ? アイツらは自分たちの価値を戦闘職の連中が認めてくれてると信じてるんだ。だからストライキなんて発想が出てくる。信じるって素晴らしいよな。
さて、ここで質問だ。ホシピー。お前はここで何をしていた?
俺か? 分かるだろ。俺は汚れ仕事担当さ。俺がこんなことをやっていると知れたらアイツらは俺を止めようとするからな。情報は漏れる。だから俺自身が動くのが一番確実だった。
ホシピー。お前が本当に守りたいものは何だったんだ? そいつはお前が今ここで俺を殺して手に入るものなのか?
こんな口八丁でホシピーがこちらに転ぶとは俺は思っていない。だが、少しでも揺らいだなら……。
俺は胸中で呟いた。
【パンテッラ・ハードラック】
かつての俺が持っていたゴミスキルとエッダ戦でパンテッラが遺したハードラックは微妙に作用が異なる。俺のハードラックと比べて、特定の個人に強い効果を発揮するようだ。
ホシピーはパンテッラのフレンドだ。
条件は満たした。
俺の身体を這い上がった黒い紋様が俺の腕越しにホシピーの首に浸食していく。
掌握してやる……! 俺は顔面をギンギンに黒光りさせて舌を突き出した。その瞬間を今か今かと待ちわびて、最後のひと押しを弾丸のようにホシピーの脳髄に叩き込む。
「俺たちは仲間じゃないか」
だが、紋様がぴたりと動きを止めた。なに……?
ホシピーがハッとした。
「パンテッラ。お前なのか……?」
こっ、のっ……!
俺はホシピーを乱暴に突き飛ばした。下らねえ……! 極上の料理にハチミツをブチ撒けられたような気分だ。
くそっ、くそっ……! 祝福と呪詛。そういうことなのかよ。ゴミスキルはどこまで行ってもしょせんゴミってことだ。使い物にならねえ。
読み違えた。作用が微妙に異なるどころじゃねえ。まったくの別モンだ。
俺の部下に拘束されたホシピーが叫ぶ。
「崖っぷち! お前が下らねえと言ったスキルに俺は可能性を見た! 別物なんかじゃねえ! スキルには色んな面がある……。お前だって……!」
あ? 眠たいこと言ってんじゃねえよ。俺は救いようのねえクズだ。そんなことはお前が一番よく分かってるだろ。お前らは……。
いや。俺は考え直した。確かにホシピーの言う通りだ。俺は俺のことを誰よりも一番よく知っている。少し天邪鬼な一面はあるが、実は誰よりも心優しい男だ。その俺を象徴するスキルにも何か綺麗で光り輝くような一面が隠されている筈だ。
なるほどな。参考になったよ。
俺はチョイとホシピーを指差して部下どもに命じた。
「連行しろ」
ご褒美にVIPルームに案内してやるとしよう。洗いざらい吐いて貰うぜ。
部下どもが戸惑っている。ん? どうした?
「いえ、いいのですか?」
何が?
「つい先ほど仲間だと……」
んあ? あ、いや。そうか。お前らは俺の下に付いて日が浅いもんな。いい機会だから覚えとけ。仲間ってのは対等じゃなくちゃいけねえ。だからな、役立たずを仲間とは言わないのさ。
ね? ピエッタさん。
連行されていく役立たずと入れ違いに似非ティナンのピエッタさんがトコトコと歩いてきた。立ち止まるなり腕組みなどして悪態を吐いてくる。
「けっ、反吐が出るぜ。お前と一緒にすんなよ」
本業詐欺師で副業に服屋をやっているピエッタさんは俺にとって頼もしい味方だ。使用法は多岐に渡る。一番効果的なのはリチェット辺りに成り済まして全員死ねと自害を命じることなんだろうが、さすがにクソ廃人どもの目を欺くのは無理だ。ヤツらはリアルでメールの遣り取りをしている。だが、サトゥ氏に毒を盛ることはできるかもしれない。それなら自然だ。
俺は使える女が大好きだ。この似非ティナンには都合七度ほど騙されて身ぐるみを剥がされたけど、それは俺の目を欺けるやつが居る訳がないという過信によるものだ。世界は広い。世の中には俺の目を掻い潜るプレイヤーも居る。いい勉強になった。
なのにピエッタさんは七回連続でホイホイと騙された俺のことをアホだと思っているふしがある。
よし、ここらでいっちょう見返してやるとするか。俺は人差し指を立てて言った。
「1374人」
「あ?」
俺はニヤリと笑った。
「俺がこれまでに殺害したプレイヤーの人数だ」
もちろんハッタリだ。そんなのいちいち数えてられっかよ。しかし賢い感じは出せたろう。
ピエッタさんは深々と溜息を吐いた。
「……じゃ、行ってくる」
おや、貫禄のスルー。
待ってよ。ピエッタさん。待って? もっと俺に興味を持ってよ。殺した人数を覚えてるって凄くない? ちょっと分かりにくかったかな。俺にとってそいつらはどうでもいいモブじゃなかったってことなんだよ? 賢いだけじゃないのね。悪の美学っつーの? 罪を罪として受け入れてそれでも前に進むっていう気高さがあるのね。分かる?
追い縋る俺をピエッタさんはちらりと見てから、もう一度深々と溜息を吐いた。
ちょっ……! それ地味に傷付くんですけど……。
くそっ、仕方ねえ。この路線はダメか。俺は仕切り直した。
素早くピエッタの正面に回り込み、高い高いをしてやろうとしてガッと両手を掴まれた。がっぷり四つ組んで押し合う。ぐぬぬっ……! ぐああっ!
俺はレベル差で押し切られた。
……ふっ。俺はぶらーんってなった手をピエッタさんの肩にポンと置いた。その意気だ。頼りにしてるぜ。
「さわんな」
バシッと手を払いのけられた。おいおい、つれないな。
俺はにっこりと笑った。
「俺たちは仲間じゃないか」
ピエッタさんはじっと俺を見つめてから、深々と溜息を吐いた。俺を置き去りにてくてくと歩いていく。
遠ざかっていく小さな背中を俺がなんとなく見送っていると、突如としてピエッタがダッと地を蹴って駆け出した。
…………。
ハッ。脱走だ! あの詐欺師! 寝返るつもりか!
お、追え! 逃がすな! 手足の一本や二本は構わん!
だがヤツを捕らえることは叶わなかった。実に逃げ足の達者な似非ティナンである。
俺は地団駄を踏んだ。
おのれ〜! 何故だ! ピエッタ〜!
これは、とあるVRMMOの物語。
どうせ今回もろくなことにならないと察知して逃げた。
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