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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
29/964

コタタマ先生の初心者講習会

 1.クランハウス


【コタタマゲージ】

【MIN炎炎           MAX】


 小鳥の囀りに目を覚ました。正確にはちょっとした大型肉食獣サイズの雀なのだが。朝っぱらからぢょんぢょんとうるせえな。焼き鳥にして喰うぞ。いや無理か。火を噴くからなあの雀。

 ともあれ。世界が輝いて見える。大司教様の導きにより俺は生まれ変わったんだ。

 言うなれば新生コタタマ。シンコタタマってトコかな。


 俺は自分がそれほど高尚な人物ではないことを自覚している。

 だけど今の俺なら。人間的に大きく成長したコタタマVer-2.01さんならば、これまでとはまた違った新しい可能性ってやつに挑戦してもいいかもしれない。

 具体的には昨日の夜からずっとそう考えていたので、準備は万端だ。俺は枕元に置いておいたトマホークを手に取り、スズキとポチョが縁日で買ってきてくれたニャンダムお面を顔につけた。いやお面はダメだな。置いていこう。言うほど欲しくもなかったし。でも割れたら嫌だしな。壁に飾っておこう。



 2.山岳都市ニャンダム


【MIN炎炎炎          MAX】


 物陰に身を潜めた俺は、先生にたかるハエどもをじっと観察していた。

 一言で言い表すならばイケメンホスト集団である。

 装備の質からいって初心者に毛が生えたような連中だ。


 道を歩いていて人からよく道を尋ねられるタイプの人間っているよな。先生はまさしくそれだ。身振り一つとっても人格者のオーラが溢れているし、神業の領域に達したキャラクタークリエイトが加味されつつも親しみやすさを醸し出している、もはや神だ。

 よって先生が一人で散歩などしていると、右も左も分からない新規ユーザーがちょこちょこと寄ってきて先生に啓示を求める。何をしたらいいですかだの、次はどこへ行けばいいですかだのといった下らねえ質問だ。ggrksとはまさにこのことだぜ。どこへ行っても何をやっても地獄だから好きに死ねとキッチリ書いてあるだろうが。

 もちろん先生は、初心者の心をへし折りかねないそんなことは一切口にしない。とはいえ、先生にも先生の都合というものがある。手取り足取りとは行かないし、そもそも初心者に何でもかんでも教えてしまうのは良くないと考えておられるようだ。

 従って先生は、迷えるハエどもにまず一定の期間を与える。日時を指定し、もしも都合が合うようなら顔を出しなさいと仰る。つまり講習会だな。

 そして今日がその講習会の当日という訳だ。


 のそりと身を起こした俺は、ひたりひたりと先生の背後に忍び寄る。ぬっと隣に立った俺に、先生がびくっとした。


「コタタマ。何故ここに」


 何故? 愚問ですね。いや、愚問ということはない。先生の口から放たれる言葉は、その全てが神の啓示に等しい。

 俺は答えた。

 俺は将来的に先生の第一秘書になるつもりなので、先生のスケジュールは脳内でおおよそ把握している。

 曜日別のログインは大体何時でログアウトは大体何時頃。定期的に先生が参加、もしくは開催しているイベントについても同様だ。区切りの時間が読めない、あるいはスケジュールを組んでも進行が遅れる可能性が高い講習会に関しては余裕を持って長めに時間をとれる曜日に開催していることはとっくのとうに調査済みだ。


「…………」


 むっ、先生が耳をぴこぴこと動かしている。

 これは先生が困っている時、苦しい戦況の打開を周囲の情報に頼っている時に見られる仕草だ。

 つまり先生は、俺にこの新入りどもの調教を委ねようとしている。俺としては願ったり叶ったりの展開だ。元より本日は先生の助手として講習会に参加する予定であった。

 先生が俺に期待をしてくれている。ならば俺は、群れなすチワワを一人前の猟犬に仕立て上げてご覧に入れるしかあるまい。

 そのためには、まず立場をはっきりしなくてはならない。どちらがより上等なゴミであるかを知らしめるのだ。

 俺は休めの姿勢を取ると胸を張り、チワワどもを眼光鋭く睨み付けた。


「俺はコタタマだ。本日は先生に代わり諸君らの教官を務めることになった」


 おお〜とチワワどもが拍手する。

 ふん、なかなか可愛いチワワどもだ。まぁコイツらもゲーマーの端くれだからな。降って湧いた俺というイベントに心動かされるものがあったのだろう。

 そんな中、一匹のチワワがギョッとして、


「えっ、コタタマ……? なんか晒しスレの筆頭に名前が挙がっていたような……」

「人違いだ」


 俺は即答した。ニカッと笑う。


「しかし悪くない質問だな。レッスンその1。成りすましを目的とした重複ネームに注意しろ。ま、俺もそこそこ名が売れたってことか。先生の下で働くようになってそこそこ経つからな」


「なるほど……。コタタマさん、今日はよろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げた耳敏いチワワを皮切りに、チワワどもが一斉に頭を下げた。

 礼には礼を。俺も会釈で答える。


「ああ。こちらこそよろしく。厳しいことも言うだろうが、後悔だけはさせないつもりだ」


 パーティー申請が飛んできた。

 ちぃっ! 瞬転、俺は先生は抱えて横っ飛びした。先生を背中に庇い、トマホークを構える。刺客か? 迂闊っ、接敵を許したか。

 ……しかし何も起こらない。

 俺は唖然としているチワワどもを見る。……嘘だろ? 俺は愕然とした。この程度のことも知らないのか? 一般常識レベルだぞ……。

 俺は先生を助け起こしてから、こほんと咳払いして言った。


「レッスンその2だ。無言申請はするな。無言申請は完全な敵対行為を示唆しており、お前を殺すという意味で用いられる」


 俺だから良かったものの、これがポチョだったなら今頃チワワどもは血の海に沈んでいたことだろう。それは間違いない。何しろ俺が先生に出会う前、不覚にもあの女に絡んで零式牙突を叩き込まれたみたいになったからな。

 俺が頭のおかしい女との最悪の出会いに思いを馳せていると、チワワの一人が恐る恐る手を挙げる。

 質問か? 言ってみろ。


「あの、ごめんなさい。知りませんでした……。パーティーは、えっと、じゃあ組まないんですか?」


「ああ。パーティーチャットは便利だが、距離が制限されている上にチャットを受ける側が非常に不快な思いをする。おっと、レッスン3だな。パーティーチャットはやむを得ない場合、緊急時や暗殺チームを組織する時以外は使うな。一瞬でパーティーが崩壊するぞ。簡単に言うとな、スマホのパスを他人に破られた感覚に似てる」


 俺の分かりやすいたとえに、チワワどもがおお〜と感嘆の声を上げた。ふっ、可愛いヤツらよ。俺って案外教師とか向いてるのかもしれんな。

 一方、可愛くないチワワは何やら先生とコソコソ内緒話などしている。


「せ、先生。今、さらっと暗殺という単語が飛び出しましたがっ」

「はははは……」

「先生っ。笑って誤魔化してませんか? あの人、本当に大丈夫なんですかっ」


 アイツ、邪魔だな。消すか? いや、俺は今先生の代わりに教壇に立っているんだ。先生は腐ったミカンを潰して捨てたりはしない。我慢するんだ、俺……!


【MIN炎炎炎炎         MAX】



 3.露店バザー


 生徒の心をグッと掴むには、何はともあれ威厳を示すことが大切だ。

 鍛冶屋の俺が粗大ゴミを鋭く見抜く鑑定眼をちょいと披露してやれば、可愛くないチワワもきっと心を開いてくれるに違いない。

 まぁ鑑定眼を披露するといっても相手も海千山千の商売人だ。チワワどもが見守る中、俺にやり込められるのは面白くないだろう。徹底抗戦されたらもはや殺し合いは避けられない。そこは予め金を掴ませておけば万事解決よ。くくくっ、ここらでニクい演出でもしておくか? レッスン4はあえて飛ばすぜ。チワワどもに聞かれたら俺はこう答えるのさ。レッスン4? 既に終わったぜ、ってな。よっしゃ、バシッと決めたるぜ〜。


 チワワどもを引き連れた俺は、粗大ゴミを求めてバザーに足を踏み入れた。

 おっといきなり掴み合いの喧嘩と遭遇したぜ。


「んだァー! らァー!」

「だァー! おっるるるるァァァ!」


 日本語を喋れ日本語を。

 いいぞ、もっとやれ。じゃなくて、朝っぱらから何を盛ってやがる。

 ちっ、クズどもが。読め、空気を。俺の空気を読め。俺の可愛いチワワどもが怯えるだろうが。

 仕方ねえ。予定変更だ。


「レッスン4。バザーはいつもこんな感じだ。虚仮威しだから気にするな。殴られようが刺されようが痛くも痒くもないから大丈夫だ。いや、痛いが痛くない。キャラクターの脳みそ弄られてるから気にならないんじゃないかって言われてるな。たまに粘着してくるアホも居るが、粘着されたら殺せ。上級者だろうが何だろうが人間は刺せば死ぬ。動く宝箱だと思えば気も楽だろ」


 あれ、チワワどもがドン引きしてる。

 いけないっ。俺、ポチョさんの影響を受けてるっ。殺すなんてはしたないことを言ってしまった。

 俺は、慌てず騒がず冗談めかして笑った。


「なんてなっ。つまり、それだけ若葉マークを狙うのはリスクを伴うってことだ。そうそうあることじゃないから安心してくれ。しかし人間のやることだ。絶対はねえ。困ったら俺か先生に言え。相談に乗ってやるよ」


 その場合、最悪ウチの核弾頭を送り込む手筈になるな。あんまりキルペナ付けて欲しくないんだが、あの女は不意打ちに異常に強いからな。殺してから殺したことに気が付くんだぜ。たまに気が付かないことすらあるからな。殺気とか感知してるのかなぁ。そんなもん漫画でしか見たことねえよ……。


 俺の心強い言葉にチワワどもはホッとしたようだ。

 本当に大丈夫か、コイツら。ちょいとばかり心配になってきたぜ。

 若葉マーク狩りは普通にある。リスクなんてほとんど関係ねえんだ。人間ってのは他人の不幸が大好きだからな。特に徒党を組んだ人間は途端にアホになる。

 まぁ本当にヤバいやつは正義の味方になるから表面上はあんまり出て来ないんだけどな。悪人を殺して感謝されるっつー最高のポジションを見出した連中だよ。あれは頭おかしいわ。そこすら突き抜けると、ウチのサブマスターみたいになる。なんであの女は一人だけ既に究極進化を終えてるんだよ。実は正気を保ったままキルペナカンストしてるんじゃねえか? 疑わしいったらありゃしないぜ。


 おっと、いかんいかん。さっきから俺の頭の中でポチョりんがオチ担当みたいになってる。俺の中でオチを待ち構えてるポチョさんとか最高に嫌だ。あの女のことは忘れよう。

 俺は溜息を吐いて何やら揉めている露店の横を通過した。


「テメェっ……あ!? おいっ、崖っぷちじゃねえか!」

「崖っぷちぃ……! 免罪符の件じゃ随分とヨロシクしてくれたよなぁ! オウこるぁッ! すっとぼけてんじゃっ」


 知らない人にいきなり絡まれて、俺はにっこりと笑った。


「殺すぞゴミが」


【MIN炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎MAX-怒!】


 俺は穏やかな声で知らない人に勘違いであることを優しく説明した。


「人違いじゃねえのか? なあ? テメェ、先生の前で俺に絡むってのがどういう意味か分かってやってんだろうな……」


 知らない人たちはチワワの集団の中に先生を見つけてギョッとした。そして慌てて先生に近寄ると、その場で潔く土下座した。


「先生。崖っぷちを頼みます。あなたが最後に残された良心だ」

「いや、むしろ残らなかった。崖っぷちの良心が外に飛び出したのがあなただ。コイツを見捨てないでやってください。ほら、何してる。お前も頭下げろ」


 俺も土下座した。


「どうか俺を見捨てないでください」


 人間、話せば分かってくれる。レッスン5だぜ。


「先生っ。殺すぞゴミがって言いましたよっ。あんなのヤンキー漫画でしか見たことないですっ」

「はははは……」

「先生……!」


 くそっ、可愛くないチワワめ。一体どうしてくれよう。



 4.山岳都市ニャンダム-住宅地


【MIN炎炎           MAX】


 バザーはダメだ。俺の心証を著しく損なう恐れがある。

 見ろ。あんなに俺を慕っていてくれたチワワどもが俺から一定の距離を置きつつある。

 この状況を打開してくれるのはティナンしかいない。ティナンの持って生まれたあざとさで頑なになった生徒たちの心を解きほぐすんだ。


「テメェっ、崖っぷち! よくもおめおめとツラぁ出せたな!」


 おっとこれは可愛らしいティナンだ。俺は猛り狂うティナン女子との距離を素早く詰めた。


「やあやあやあやあやあ。これはこれはピエッタさんじゃないですか。奇遇ですねお早うございまーす」


 ほーら、高い高ーい。


「離せっ……あ。先生と一緒かよ。ちっ、命拾いしたな!」


 そうなの。先生と一緒なの。ピエッタさんはお利口さんだね。いい子いい子。

 よしよしと頭を撫でてあげると、ピエッタさんは俺の脚をがしがしと蹴った。

 俺のライフを地味に削る狡猾な手段であったが、何をしてても可愛いのがティナンだ。

 それでいてメディアへの露出が極端に少ない。特に運営ディレクターが広告バナーに載っているのは狂気の沙汰としか思えない。いや、もう金なんて腐るほど稼いでるだろうから広告なんてどうでもいいのか。

 ピエッタさんに絆されてじりじりと寄ってくるチワワどもに俺は愛想笑いを振り撒いた。


「レッスン6。ティナンだ。見ての通り、小さくて可愛らしい。俺の母性をくすぐる子たちだが、とても力持ちだ。NPCだからと舐めて掛かると痛い目に遭うぞ。何人かアホなプレイヤーが監禁されて自白を強要されたこともある」


 いよいよとなったらプレイヤーは自害して死骸をお取り寄せして貰うという最終手段もあるのだが、割と初期の段階で監禁されたアホが粗方ゲロったので、もうその手段は通用しない。

 しかし皮肉にも彼らが解放されたのはアホだったおかげだ。ティナン姫との交渉のテーブルについた先生がアホの間違って覚えていた知識を訂正したことで、合法ロリはアホを尋問しても意味がないことに気が付いてくれたらしい。

 よし、これ以上ボロが出る前に先生の偉大さを知らしめてお開きにしよう。俺はそう決意してピエッタさんをブレーンバスターでやっつけようとしたのだが、


「その手を離すんだ、コタタマ」


 どうやら補習があるらしいな。

 レッスン7。科目は変態だ。


「アットム……!」



 5.アットム


 いつになく険しい表情をしたアットムがゆっくりと歩み寄ってくる。

 からくも俺の手から逃れたピエッタが怒声を張り上げた。


「テメェっ、アットム! 今更のこのこと現れやがって……!」


 アットムはピエッタに目線を移すと、ニコッと笑った。


「ごめんよ、僕のお姫様。どうしても外せない用事があったんだ」


 用事だと? アットムがピエッタよりも優先する用事なんて……いや、違う。そうか、祭り当日の話か。大は小を兼ねるという訳だな。

 その辺りの事情はピエッタにも予測が付いていたらしく、あまり深くは突っ込まなかった。


「まぁいいっ。アットム、崖っぷちを畳んじまいな! 同じクランメンバーだろうがやるんだよ!」


 おいおい、そいつは無理な注文だろ。いくらアットムが変態だからって仲間意識がまったくない訳じゃないんだぜ?

 な、アットムよ。声を掛けようとした俺は、アットムの真剣な表情に気圧された。なんだってんだ……。


「コタタマ」


 静かな声。


「君は随分とピエッタさんと仲がいいんだね。知らなかったよ。それに、大司教様とも……とても。仲良しになったみたいだ」


 どうやらやるしかないようだな。

 俺は覚悟を決めた。お前とはいつかこうなる予感がしてたぜ。


「能書きはいい。掛かって来いよ、アットム。俺に遠慮なんかしなくていいんだ。槍なんて捨てっちまえよ」


 アットムは僧侶だ。基本職の僧侶には【戒律】なんてないから何でも装備できる。

 アットムはふっと笑い、携帯している短槍を放り捨てた。


「僕は君のそういうところが嫌いじゃない。いや、むしろ……分からないな。生まれて初めての感情に戸惑っている。これが友情ってものなのか? 君はどう思う……コタタマ」


 俺か? そうだな。友情であることを祈るぜ。

 

 そう、いつかこうなる予感はしていた。

 アットムはロリコンで、俺はノーマルだ。

 性癖の違いってやつは摩擦を生む。

 ちょっとしたボタンの掛け違いが大きなズレになっちまう。

 俺とアットムは、きっと心のどこかじゃ互いに互いを憐れんでるんだ。

 生きる世界が違うんだな。

 本当なら縁がなかったで済む話なんだが、どうやら俺たちはそう簡単には行かないらしい。

 俺たちは、それがごく自然なことであるかのように宣戦していた。


「俺は脚フェチだ。すらっとした脚を見るとむしゃぶりつきたくなる」


「僕はロリコンだ。純真無垢な心の有り様に惹かれる。それは当たり前のことだと思っている」


「女の胸が好きだ。生物学上、それは男として正しい在り方だと証明されている。ツルペタなんて何の意味があるのかと……疑っている」


「人の本質は内面にある。外見に左右されるものが真の愛情とは思えない。それでは獣と何ら変わりない。人の尊厳を失いたくない」


 どこまで行っても平行線だ。

 そんなことはお互い分かり切っていたのにな。未練、か。


 始めよう。

 俺とアットムは同時に地を蹴った。怪鳥のように飛び上がった俺が着地する。迫るアットム。俺は裂帛の気合を込めてトマホークを跳ね上げた。これをアットムは半身になって避ける。だが甘い。俺は【スライドリード】を発動する。慣性を殺し、トマホークの軌道を捻じ曲げた。切断されたアットムの片腕が宙を舞う。しかしアットムは止まらない。俺に肉薄したアットムの拳がうなる。

 俺とアットムが交錯した。


「アットム、お前は……」


 俺の口元から、つ、と血がしたたる。

 俺は片膝を付いて、【スライドリード】を発動した。内臓が押し潰されるかのような圧迫感があった。

 まだだ。もう少し待ってくれ。


 もう少し……。

 俺を倒した男の顔をまぶたに焼き付けておきたいんだ。

 俺は、うまく笑えていただろうか。少し自信がない。


「強く、なったな……」


「コタタマ」


 アットムの頬を一筋の涙が伝った。

 馬鹿野郎。泣くやつがあるか。

 俺は嬉しいぜ。この野郎。アットムよ。

 何回死んだ? 千回か? 二千回か? いや、そんなもんじゃねえな。もっとか。

 この野郎。アットムめ。この野郎。お前は一体どれだけ馬鹿なんだ。人間がまともにモンスターと戦って勝てる訳ねえじゃねえか。無理なんだよ。ティナンだってな、その辺のことは分かってるんだよ。だからガキの遣いみてえな依頼しか寄越さねえし、何なら自分で行ったほうが早いくらいなんだ。

 それをこの野郎。嬉しいぜ、畜生め。


「やはり……俺は間違っていなかった……が……ま……」


 意識が薄れていく。【スライドリード】でとどめるのもここらが限界か。

 ああ、もう声が出ねえや。

 アットム。お前、本当に強くなったなぁ……。

 よく分かったよ。お前はロリコンでいい。どこまでも昇って行け。お前なら……きっと……ヤツを……

 

「げぼろぁっ!」


 俺は全身の穴という穴から血を吹いて死んだ。


「コタタマー!」



【MIN             MAX】




 これは、とあるVRMMOの物語。

 言っておくが、これはそういうゲームではない。



 GunS Guilds Online

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