集え、ムキダシサモナー!
1.クランハウス-居間
「ミダシナミー!」
「ミダシナミー!」
……なんてことだ。ウチの子たちの間でクソコラボが好評だ。
特に赤カブトはゾンビ犬みたいなのが可愛いと言って譲らない。
俺は嫉妬した。俺というものがありながら他のペットにうつつを抜かすとは。確かにプレーリードッグ化していた俺がひと山幾らのゴミに逆戻りしたり軽くロストしたりで主従関係が有耶無耶になってしまった感はあるが……。
くそっ、納得行かねえ。俺は、俺をじっと見つめているムキダシメイトをじろりと睨んだ。ゾンビ犬にも色々と性格があるらしく、俺のゾンビ犬はどことなく太々しい面構えをしている。
よそのゲームをディスるようで心苦しいが、ちっとも可愛くねえ。こんなのキモ可愛いの領域を飛び越えて単なるグロ画像じゃねーか。俺は認めねえぞ……。
なお、ウチ以外のプレイヤーもムキダシさんはおおむね好評であるらしい。頼んでもいないのに勝手にウチの丸太小屋に上がり込んでくるゴミどもが勝手に情報を落としていくのだ。
まぁゴミはゴミなりに空気を読めるらしく、そいつらはウチの子たちがログインしてくるなり丸太小屋から去っていった。捨て台詞に「お前はいずれ殺す」だのと俺に言ってから。はん、上等じゃねえか。やれるもんならやってみやがれ。
さて、ポチョにメシでも食わせてやるか。俺はムキダシさんと戯れている金髪をちょいちょいと手招きして一緒にソファに座った。
この金髪はウチのサブマスターなので、面倒なことは俺が済ませてやるのだ。よしよし。美味いか? ん?
ポチョは俺の箸さばきにメロメロだ。愛いやつよ。俺としても海外産のエロい身体に密着できて悪い気はしない。
俺が金髪に構ってやっていると横から口を挟んでくるのは大抵いつも劣化ティナンのスズキだ。
元祖ちんちくりんは一人で勝手にぱくぱくと朝メシを食いながら、
「コタタマは今回のイベントどうするの?」
それな。いっぺん顔を出すつもりだよ。
俺の前向きな発言を意外に思ったのかスズキは首を傾げる。
「そうなんだ。珍しいね。いつもは家でダラダラしてて誰かに連れてかれるのに。サトゥさんとか」
普通に興味あるからな。強制参加については、あれだ。前までの俺にはよく見える目があった。サトゥ氏は俺の身体が目当てだったんだからもう大丈夫だろう。
俺は勝手にウチの丸太小屋に上がり込んできたサトゥ氏によいしょと肩に担がれながら続けた。
そもそも今の俺はメタタマくんだ。記憶を失えば縁も切れる。俺はサトゥ氏なんて人は知らないし今後は付き合いを減らしていきたいと思ってる。無闇に相関図を更新するのは控えたい。
俺はサトゥ氏の上でジタバタと暴れるが、文字通りレベルの桁が違った。レベル差で押し切られる。
サトゥ氏はウチの子たちに「じゃ」と軽く手を上げて俺を攫っていく。赤カブトさんがクソ廃人の暴挙に立ち上がってくれた。
「サトゥさん! ペタさんをどうするの!」
サトゥ氏が振り返って言う。
「先生の代わりだよ。今日は先生が居ない日だからな。それじゃあ困るってんで代理にコタタマ氏を借りてく。それに……」
そう言ってサトゥ氏は俺を見た。あんだよ。
「お前自身が俺に言ったことだ。記憶のあるなしは関係ない。だったら一緒に行こうぜ。エンディングまで」
一度は完全ロストを体験したサトゥ氏の割り切り方は尋常ではなかった。
理外の住人と化したサトゥ氏に赤カブトは気圧される。
「か、関係なくないよ。そんなの、だって、嫌だもん……」
サトゥ氏は赤カブトに笑いかけた。
「ジャム。お前も来るか? お前は人間じゃない。AIだ。お前の言葉を無視できるヤツは少ない」
おい。何をズケズケと……。
文句を言う俺にサトゥ氏は見透かしたかのような目を向ける。
「だろ? だから結局お前が行くしかないんだよ。誤魔化したって仕方ない。放っておいたら先生は自分を犠牲にするぞ。その前に。コタタマ氏。お前が犠牲になれ」
サトゥ氏はあえて言葉をボカした。俺には分かった。
赤カブトはこのゲームの中でしか生きられない。
だから先生が今後ずっと赤カブトの面倒を見ていくならばリアルを捨てるしかない。いずれはそうなる。ゴミどもの悪意には底がないからだ。
……いいだろう。俺にはサトゥ氏とはまた違った考えがあるが、赤カブトを傷付けないよう言葉を選んだ点は気に入った。付き合ってやるよ。ただし乗るなら途中下車の列車だ。エンディング特急にはお前一人で乗れ。行き先が一緒なら途中で同行することもあらぁな。
サトゥ氏はニヤリと笑った。
「よし、それで手を打とう。今はな」
そういうことになった。
2.スキル投票会議
取らぬ狸の皮算用とはまさにこのことだ。
攻略組のゴミどもが雁首を揃えて、まだ戦ってすらいないのにポポロンに勝利を収めた後のことを相談している。
つまり、どんなスキルをョ%レ氏に要求するかだ。
そういうのはせめて勝ってから言えよと思ったが……しかし正しい。そう認めざるを得なかった。
あのタコ野郎は投票制にすると言ったが、それが具体的にどういう形式でいつやるのかまでは教えてくれなかった。
ポポロンに勝ってからでは遅いかもしれないのだ。
あらかじめ意見を統一しておけば、面白がったゴミどもが組織票をゴミスキルに投じることは防げなくとも本命のスキルに票を集めることはできる。
俺を伴って会場に参じたサトゥ氏が小声で解説してくれる。
「既存のスキルにマトを絞るつもりだ。もちろんエターナルフォースブリザードが理想だが、そんなスキルが作れるならとうに【ギルド】は一掃されてるだろう。現実的じゃない」
はん? そんなもんプクリのスキル一択じゃねえのか? あれにゃどうも勝てる気がしねえ。
「レ氏はスキルの解放には段階があると認めたよな。あのタイミングでそれを言うってことは、クラフト技能の制限を解除するのもアリってことだ」
……そういう物の見方もあるのか。
火器、銃器の類いは作れない、だったな。しかし……。
「ああ。クラフト技能の制限は単なる嫌がらせじゃない。下手をすれば俺たちは核兵器が通用するかどうか分からない相手に核戦争を仕掛ける羽目になる」
【ギルド】の最高指揮官は第一段階で敵のスキルをコピーする。ニャンダムの口ぶりから、それはラム子に限った話ではないのだろう。
大量殺戮兵器の撃ち合いになったら俺たちに勝ち目はない。俺たちが知る兵器群は人間と戦争して勝つために作られたものだからだ。知らないものは作れない。そして【ギルド】に死という概念はない。
……サトゥ氏。お前はどのスキルが欲しいんだ?
「マールマールの超重力。【四ツ落下】だ」
プクリのスキルじゃねえのか?
「俺たちは寄り道してる場合じゃない。戦歴発表に国外サーバーに関する項目があった。遠からずサーバー間戦争が始まる。蘇生潰しの解放は強国の絶対条件だ」
サトゥ氏と同じ意見のゴミは多いようだった。
だから本当に問題なのは【四ツ落下】の有用性をどうアピールするか。何しろネトゲーマーの多くはPKアレルギーなのだ。例えばシルシルりんなら物騒なことが嫌いだから平和のシンボルたるゴミスキルを推すだろう。鬼畜ナビゲーターの善意を信じてささやき魔法の段階解放を進めるという手もある。
だが、いつの時代も平和の背景には巨大な武力がある。
日本は戦争放棄を謳っちゃいるが、同盟国のアメリカさんがバックに控えてなければ成立しないことは子供でも分かる。
ジョンはともかく、アンドレは利が薄いと見れば平気で日本サーバーを切り捨てるだろう。そしてジョンは自国民を味方に付けたアンドレを突っぱねることはできない。
……現在の国内サーバーが置かれた状況を正直に伝えるか? いや、ダメだ。シルシルりんならばこう言うだろう。信じなければ信じられることはないと。シルシルりんは自分が特別な人間ではないと思っているのだ。自分のような人間はたくさん居ると信じている。
けど、そうじゃない。ハッキリ言って日本は変な国だ。島国で、海を越える以外に訪日の手段がない。他民族と接する機会が極端に少ないから外敵の侵略に対して鈍感だ。境界線があいまいでボヤけている。
偉そうに言ってる俺にしたってそうだ。心のどこかで同じ人間だろう、という気持ちがあることは否定しきれない。頭では分かってるつもりなのだが。同じ人間だからこそ脅威なのだと。俺自身、どこまで本当に理解できているか怪しい。
シルシルりんを説得できる要素が欲しい。
そのためには【四ツ落下】の平和利用を対外的にアピールするしかないだろう。
平和利用……。
俺の脳裏で凶獣と評判のマールマールさんが咆哮を上げてゴミどもをまとめて圧殺した一幕がまざまざと蘇る。
……えっ。これ無理じゃない?
「アメリカの連中を利用すればいい」
うお!? 誰かと思えばセブンじゃねえか。生きてたんかお前ぇ!
セミ野郎は相も変わらず偉そうだった。
「あ? 誰だテメー。馴れ馴れしいな」
俺は嬉しかった。コイツ、俺のことを忘れてる……! おいおい、マジかよ。上手くやれば骨までしゃぶり尽くせるじゃねえか。
俺はにこやかに新生セブンの肩にぽんと手を置いた。
俺ぁメタタマっつーモンだ。精々仲良くしてやってくれや。お前は忘れてるみたいだが、俺とお前は親友と言ってもいいくらい仲が良かったんだぜ?
「なんで嘘を吐く? 間抜けかテメー。お前のことは知ってる。崖っぷちだったか。大層な二つ名じゃねえか」
知ってるなら最初からそう言えや。一丁前に人様を試してんじゃねえよ。あ? 聞いてンのか? 上等だよオゥコラ。やってやっか?
やはり俺とセミ野郎は相容れない宿命にあるようだった。
額を突き合わせて超至近距離から「あ?」だの「ッぞ?」だのとメンチを切り合う。
リチェットと一緒に座っている宰相ちゃんが端的にコメントした。
「ロストしたてのチンピラが二人……」
誰がチンピラだ。
その一点に関してのみ俺とセブンの意見は一致しているようだった。
ちっ。まぁいい。おいセブン。アメリカ連中を利用するってのはどういうこったよ? 説明されんでも俺は大体察したが分かってねえ奴らにも分かりやすく教えてやれよ。言い出しっぺのお前がよォ〜。
「いちいちウゼぇな。分かってるならテメェが説明してやりゃあいいじゃねーか」
「ミダシナミー!」
ああ? レベル1がイキってんじゃねーよ。ザコの分際で態度がデケェな。どういう神経してんだ? 常識を疑うぜ。
「レベル1? そりゃあ、いつの話だ?」
「ミダシナミー!」
えっ。やだ……コイツ、レベル上がったの? この短期間で? 変態じゃん……。
俺はキレた。
あーあ! これだから廃人はよォー! レベル1は俺でしたねェー! ゴメンなさいねレベル1の分際でお偉い廃人様に舐めた口を利いてさァー!
「ミダシナミー!」
うっせーなさっきから! 誰だよ腐れメイトを連れ込んだのは!
「ごめん。ワシ」
やだな、お犬様。別に責めた訳じゃないんですよ。
俺はコロっと手のひらを返した。
お犬様が同伴したムキダシさんの頭をよしよしと撫でてやる。さすがはお犬様のメイトだ。利発そうなムキダシ具合である。
お犬様は嬉しそうだった。そして爆弾発言を投下した。
「ワシ、貰えるスキル選べるならこの子の召喚がいいな」
会議は紛糾した。
着ぐるみ部隊の発言力は凄まじいものがある。先を見越しての発言だと訳もなく信じさせる力をお持ちなのだ。
俺たちは一丸となってお犬様に翻意を促さねばならなかった。
しかしお犬様は頑として首を縦に振らなかった。それどころかセブンの案を却下してくる。
「セブンくん。アメリカさんは関係ないな。巻き込むのはやめとき」
セブンの案とは、ジョンかカレンちゃんに生放送か何かに出演して貰い【四ツ落下】に投票するよう訴え掛けて貰うことだろう。
米国サーバーのプレイヤーは世界最強の精鋭だ。彼らの言うことなら大半のプレイヤーは従う。国際的なスーパースターの言葉にはスタンダードを作り出す力がある。
だが、それだけはやめろとお犬様は言う。
「ジョンくんは世界の宝じゃあ。目先の欲に目が眩んでやせんか? これワシらの問題じゃろ」
そう言ってお犬様は愛おしげにムキダシメイトの頭を撫でた。
「ワシはこの子の召喚がええな。でも君らはそれじゃイカン言う。戦争に勝ちたい言う。けど、それは少しズレてるな。自分を大きく見せようしてる。なあ、広告合戦しようや。楽しそうじゃろ?」
会議室の壁にもたれ掛かっているおコアラ様が声を立てて笑った。
「広告合戦か。これはいい。ヤマダさん。大きく出たな。しかし、レ氏がその猶予を与えてくれるかどうか……。技術が違う。一人一票。不正はまず無理だろう。おそらくはネット投票になる。専用サイトが設けられるとして……。開設と間を置かずに幾分かの票は動く。となれば、ヤマダさん。あなたの提案は取り戻しのつかない結果を呼ぶかもしれないぞ」
おコアラ様は検証チームのアドバイザーだ。精確な分析力をお持ちである。
しかしお犬様は怯まなかった。
「この子らは良くも悪くも大きな力を持っとる。人を動かす力じゃ。それはレ氏に歪められて持たされたモンじゃ。ワシはそれが不憫でならん」
お犬様はすっくと立ち上がって吠えた。
「若者たちよ! 立てぃ! 戦争じゃっと? そんなモンに躍らされる時代は終わったんじゃ……。悲観するな。前を向け」
お、お犬様……。そんなこと言ったって、あんた前にウィザード問題でとんでもないことに……。今回だって。
お犬様はニカッと笑った。
「コタタマくん。そン時はワシが真っ先にくたばっちゃるわ」
じ、実現しそうで嫌だ。
でも、まぁ……。俺は肩の力が抜けた。お犬様と一緒に三等兵になって特攻するのも悪くないかもな。
そう。お犬様の言う通りだ。俺は別に【四ツ落下】なんて欲しくない。俺はゴミスキルのほうが好きだ。ダチのスキルだからな。好きなモンを選んで後悔するなら仕方ねえ。
いずれにせよ、まずはポポロンを倒さにゃ話にならんよな。
おお、フツフツとやる気がみなぎってきたぜ。
その時である。
トコトコとひづめが床を叩く音がした。
せ、先生。今日はログインして来ない日なのに、どうして……。
会議室のドアを開けようとして失敗してドアの近くに立っていたゴミに内側からドアを開けて貰った先生の声には苦笑の響きがあった。
「話はまとまったようだね。しかし、ヤマダさん。ポポロンは安くないぞ」
近寄ってきた先生が俺の背中をぽんとひづめで叩く。ぱちりとウィンクして、
「知らなかったのかい? 実は私もこのゲームにハマったクチでね。少し無理してスケジュールを前倒しにするくらいはやるのさ」
お、おおおお!
会議室が沸騰するかのような興奮に包まれた。
か、完璧だ。
かつてこれほどまでに万全の態勢でレイド戦に挑んだことはない。
確信があった。
俺たちは、勝てる!
近くに居るゴミと肩を組んで気炎を上げるゴミどもに、先生の背中を見つめるサトゥ氏がフッと苦笑した。
「この人には敵わないな……」
これは、とあるVRMMOの物語。
来るか、ムキダシサモナーよ……!
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