新たな冒険の始まり
1.チュートリアル空間
このゲームのスライムは葛饅頭と似ている。
核のようなものを半透明な外皮で覆った姿をしていて、外皮を引き伸ばした触手を手足のように操る。
しかし触手は万能ではない。伸縮自在のようだが同時に操れる触手はレベルに応じるらしい。
眷属は一本のみ。上位個体のタマは二本操った。
ポポロンは……20を越えると言われている。確かなことは言えない。しかし仮にレベル100ごとに触手が増えるとしたら……ポポロンのレベルは3511……ヤツは最大で35本の触手を生やせるということになる。
つまり俺たちは一度としてポポロンの本気を目にしたことがない。
俺たちが弱すぎるのか、それとも何らかのリスクを伴うのか。おそらくは両方だ。
ポポロンの外皮がボコボコと泡立ち、二本目の触手が生えた。
くねくねとうねる一本目の触手にョ%レ氏とGMマレが立っている。
たった一人の俺に対して随分と大盤振る舞いだナ? 俺はベロリと舌舐めずりした。ベムトロンを揉みほぐしながら言う。
レ氏。今のあんたはろくに戦えないんじゃないか? ラム子と競り合った後遺症で。
ョ%レ氏は俺の言葉を無視した。
「ガムジェムの生成に成功するとは。ヒューマンめ。その力の源は? なぜ体外に排出を?」
俺はョ%レ氏の言葉を無視した。
互いに互いの質問に優しく答えてあげる意義を見出せなかった。
……ベムトロンのレーザーは連射できない。俺はベムトロンを揉みほぐしてチャージしている。
ョ%レ氏は承知の上だろう。狙うならマレだ。まず足を奪う。殺しはしない。ョ%レ氏はマレに甘い。その甘さが命取りよ……。
俺はチッと舌打ちした。観念したふりをしてベムトロンの宿泊先になってる腕をおろし、射角を調整。ビッとレーザーを放った。
だが、俺がレーザーを撃つよりも早くョ%レ氏はマレを抱える腕をパッと離した。マレがョ%レ氏の肩を支点に倒立してレーザーを躱した。あっ、と思った時には遅かった。残像の尾を引いて急加速したマレに首根っこを掴まれて引きずり倒される。
カイワレ大根娘が酷薄な微笑を浮かべた。
「心外です。ョ%レ氏はダメでも私ならどうにでもなるだろうと……? メタタマ。あなたはいつから私よりも偉くなったのですか?」
俺は鼻を鳴らして強がった。
見くびってる訳じゃない。むしろ逆だ。認めてやってるのさ。GMは厳しけりゃいいってモンじゃないからな。
……ョ%レ氏は動かない。高みの見物を決め込んでいる。くそっ、舐めやがって。見てろよ……。
俺はマレの足首を掴もうとして失敗した。お見通しとばかりにひょいと足を上げたカイワレ大根娘が俺の手を踏み付けてぐりぐりと力を込めてくる。
くそっ、くそっ! 失敗した。手足の短さが災いした。そう、今の俺はバンシーモード。俺は大量ロスト事件の主犯と目されていて、チュートリアルを抜けるなりゴミどもに襲撃される可能性が高かった。サトゥ氏を生かしてやったのはゴミどもの抑え役を期待してのことだ。
何とかして手を引っこ抜こうとしている俺をマレがじっと見下している。冷ややかな目だった。つい先ほど一緒にぴょんぴょんと跳ねていたのが嘘みたいだ。
マレの唇が屈辱にわななく。
「ぎ、【ギルド】と結託して記憶を……。私の気持ちを裏切りましたね。私の心を」
知るかよ。お前が勝手に期待してただけじゃねえか。
俺は猫を被るのをやめた。もう今更だ。
マレが凄惨に笑う。
「あなたには失望しました」
アナウンスが走る。
【警告】
【強制執行】
【覇道の礎】
【思いは届かない】
【無数の墓標の一つでしかない】
【儀仗兵】【マレ】【Level-63】
クッ。俺は喉を鳴らして笑った。儀仗兵のままか。お前も頑固なやつだな。レ氏が君主に返り咲くと信じてるのか。
だが、いいぞ……。俺は胸中で付け足した。レベルが上がってる。レベル60から3レベル上げるのは並大抵のことじゃないだろう。
強制執行、思いは届かない。儀仗兵はささやき魔法を使えない。フレンドリスト破棄の【戒律】を持つ君主との相性が抜群だ。
マレが俺の手首を踏み砕いた。
「さあ、チュートリアルを始めましょう。いささか手荒になりそうですが」
GM直々に手解きしてくれるのかい? イイね。俺は歯列をギラつかせた。不敵に笑ってマレを挑むように見上げる。
ポポロンを従える%野郎が口出しをしてくる。
「マレ。その必要はない。【ギルド】をバックアップデータに不完全なロストを経たプレイヤーがどうなるのか。興味がある」
マレがさっと首を横に振る。
「平和ボケした日本人にはサポートが絶対不可欠。ナイの言葉です。チュートリアルは彼女の領分ですから。……ョ%レ氏。あなたの言葉であろうとも従えません。どうしてもと言うなら命令を。私はあなたの使徒です」
カイワレ大根さんの言葉に%野郎が深く頷く。
「それでいい」
俺はョ%レ氏を挑発する。
おいおい、いいのかよ? じゃああんたは何しに来たんだ? レイド級まで従えて、単なる見学か?
……俺には勝算があった。この窮地を脱するにはポポロンとョ%レ氏、マレをまとめて倒すしかない。
隕石だ。と言いたいところだが……レイド級を隕石一発で沈めるのは難しいかもしれない。ならば……。
タイムマシンだ。
技術的にタイムトラベラーは不可能じゃないと聞いたことがある。この先、人類の歴史がどれだけ続くのかは知らないが、未来人がタイムマシンを開発すれば、それ以降に生まれる人間は潜在的に俺の味方ということになる。数十億、いや数十兆の人間の内たった一人でもこのメタタマさんを助けてやろうと考えるやつが居ればいい。それは限りなく100%に近いんじゃないか? ただ、分かりやすい目印は必要かもしれない。
俺は舌舐めずりをした。低く呟く。
レ氏……。
俺たちを……人間を舐めるなよ。
四次元殺法。名付けてディメンションアタックだ。
俺は人類の可能性を信じるぜ。今の俺たちでは敵わないかもしれないが、未来人ならョ%レ氏に勝てる……!
俺は目印になればいい。マレに踏み砕かれた手をバンと地面に叩き付けて吠えた。
「俺はお前らを乗り越えて先へ行く」
マレの戸惑うような声。
「何を……」
俺の肌をゾゾゾと黒い紋様が這い上がる。
俺はベムトロンの助けを借りてロストを克服した。もう残機を気にする必要はない。何度でも完全変身できるということだ。
俺という存在を構成する【戒律】に力を込めていく。
だが、変身はできなかった。あの感覚がやって来ない。な、なんだ……?
戸惑う俺にョ%レ氏が笑う。
「冒険者メタタマ。君のキャラクターデータは失われた。今の君は何者でもない。卵に戻り、今や赤子に等しいレプリカを制御するのは不可能だ。それは無限の可能性に挑むということなのだからな」
……いいだろう。今回は俺の負けだ。潔く認めるさ。
だったら精々足掻くとしようかぁー!
俺は奇声を上げてマレに突進した。
カイワレ大根娘にマウントを取られてボコボコに殴られている俺は、夢うつつにョ%レ氏の言葉を聞く……。
「ヒューマンめ。この私の予想を上回った点は気に入らないが……いいぞ。認めよう。諸君らは戦士だ。2nd.シーズンの開幕をここに宣言する!」
【Misson-Clear!】
【GumS Gems Online】
【該当条件の合否】
【達成条件:世代の更新】
【戦績発表】
【Bury-Creepの発見】【Clear】
【Bury-Creepの討伐】【Failed】
【α-Jewelの発見】【Failed】
【α-Jewelの討伐】【Failed】
【Mare-Mareの討伐】【Failed】
【Eight-Orderの討伐】【Clear】
【Naggy-Doomの討伐】【Failed】
【Spit-Durkの討伐】【Failed】
【♭集積回路の収集】【Clear】
【♯集積回路の奪還】【…Failed】
【Guildsの上位個体の発見】【Clear】
【Guildsの上位個体の撃破】【Clear】
【Eggの謎に迫る】【Clear】
【Eggの進化を解放する】【Failed】
【GumS Gemsの謎に迫る】【Clear】
【GumS Gemsの探索と発見】【Failed】
【GumS Gemsの生成】【Clear】
【国外サーバーに進出する】【Clear】
【国外サーバーと戦争する】【Failed】
【ティナン姫の救出】【Clear】
【ティナン王子の発見】【Failed】
【ティナン前王の助けになる】【Failed】
【曜日ダンジョンを制覇する】【Failed】
【常設ダンジョンを制覇する】【Failed】
【称号-英雄の獲得】【Clear】
【称号-傾国の獲得】【Failed】
【称号-賢者の獲得】【Clear】
【浪士の解放】【Failed】
【ヴァルキリーの解放】【Clear】
【クルセイダーの解放】【Clear】
【ボランティアの解放】【Clear】
【ダークプリーストの解放】【Failed】
【黒魔術師の解放】【Failed】
【召喚術師の解放】【Clear】
【カーディナルの解放】【Clear】
【君主の解放】【Clear】
……召喚術師?
なるほど。以前の先生と同じだ。
誰かがやらかしたようだな。
こっそりとクラスチェンジして秘匿してやがる。
こいつは、荒れる……ぜ。
チュートリアル空間を放り出された俺は、地べたに転がってコテリと死んだ。
次元の狭間からひょいと顔を出したマレがべーっと舌を出してぴしゃっと次元の狭間を閉じた。
ふわっと幽体離脱した俺は腕組みなどして遠い目をする。
ポポロンの眷属が見慣れたロン毛を触手で串刺しにして高々と掲げていた。リチェットが悲鳴を上げる。
「せ、セブン〜!」
徒党を組んで森をうろついているゴミどもが何やら吠えている。
「崖っぷちはどこだ! 探せぇ!」
「疑わしいやつは殺せッ!」
「いや全員殺せッ! ザコは要らねえッ! 使えるヤツは生かしといていいッ!」
もちろん俺は崖っぷちなんて人は知らない。
そうさ。俺はピュアタマくん。俺は生まれ変わったんだ。転生戦士じゃあるまいし前世の因縁なんざ知ったことじゃねえな。
俺はゴミどもから焦点を外して代わり映えしない森の風景を見つめる。
そして、俺のボディを置き去りにゆっくりと歩いていく。
柔らかく降り注ぐ木漏れ日が俺の前途を祝福してくれている。
この世界は美しい。木々は息づき、鮮やかに色づく緑が目に優しく心が洗われるかのようだ。
さあ、行こう。人間は何度だってやり直せる。またイチから再スタートだ。
俺の新しい冒険が始まる。
これは、とあるVRMMOの物語。
血の海もる……。
GunS Guilds Online