イ号案件
1.クランハウス-居間
ポチョ〜スズキ〜焼きもろこしとお面を買ってきておくれよ〜。
俺はお面を被らないと祭りを楽しめない男なんだよ〜。
おいおいと泣いて懇願する俺に、スズキがカッと目を見開いた。何よ。何なのよ。
簀巻きにされた上に手錠を嵌められて身動きが取れない俺に、無口キャラがいつになく俊敏な動きで近寄ってきて早口にまくし立てた。
「焼きもろこしとお面ね! 分かった! 任せて!」
何なん。何なんよ。怖いよ。お前、頼むからもうちょっとキャラ固めてくれ。もう俺はお前が何を目指していてどこに向かおうとしているのかさっぱり分からない。
俺の頼みを了承したスズキがポチョを引っ張ってバタバタと廊下を走っていく。
……行ったな。
俺はぴたりと泣き止んでコキコキと首を鳴らした。何よりクランメンバーの人間性が悲しくてゲームの中では自由に涙腺を操れるようになってしまったぜ。
いや〜素人だなぁ。普通にゲームしてればプレイヤーを倉庫に閉じ込めることが一度や二度はあるだろうに。見張りも立てないなんてあり得ないでしょ。
けけけけっ、甘いっつーんだよ。普段からクランハウスで経験値稼ぎしてる俺が切り札の一つも用意してないと思ったのかね。
俺は柱の裏に回り込むと、ぐっと肩を押し付けて脛の高さに仕込んだ蓋を開いた。たちまち柱の中に隠しておいたクラフト用の素材が転がり落ちてくる。
魔石と呼ばれる半透明の球体だ。大きさは鶏の卵くらい。中には複雑に絡まった紋様らしきものが透けて見える。
このゲームにはインベントリなんて気の利いたシステムは存在しない。巨大な魔物の皮を剥いで持ち歩くなんて無理だ。その代案として採用されたのがこの魔石なのだろう。もっとも俺たちプレイヤーは運営の日本語訳を信用していない。これは卵だ。だってアナウンスでEggって言っちゃってるからね。どうせ何かエグい設定でもあるのだろう。
俺は兎飛びの要領で身体の向きを調整すると、魔石をゲットしてクラフト技能を発動した。粘土こねこね……お? 何かいい感じだ。やっぱ人間、追い詰められると普段は眠っている力が目覚めるものなのかね。
完成した斧を、俺はしげしげと眺める。
いかんせん後ろ手で作成したので少し、いやかなり歪な形状になってしまった。どちらかと言えばトマホークに近い。どう見ても雑魚キャラの武器である。だが生憎と主役は張れそうもない俺にはお似合いのブツかもしれねえな。
よし、こいつをコタタマMk-IIと名付けよう。
俺は新たな相棒でえいやっとして脱出を果たした。トマホークを手に、無用心にも開けっ放しになっていた居間のドアから廊下に出る。俺は自由だ。
俺をこんな目に遭わせた頭のおかしい女どもに復讐をせねばなるまい……いや待て。そうじゃねえ。危うく目的を見失うところだった。
大司教様。復讐は何も生まない。そうですよね。
さあ、戦争を始めよう。
戦場が俺を呼んでいる。
目的地はマールマール鉱山。ウチの子たちがキャッキャとはしゃいでいるであろう山岳都市ニャンダムとはまったくの別方向だ。
そう、俺に主役は張れそうもない。何しろこれまでに散々祭りだ出店だと煽っておいて俺自身はお祭りを完全スルーという体たらくよ。
けどな、人間には通さなきゃならない筋ってもんがある。為すべきことは為さにゃならんのよ。
2.マールマール鉱山-山中
案の定おっぱじめやがったなゴミどもが。
茂みに身を潜めた俺は、山中を蠢く怪しい人影の群れをじっと観察する。
後ろ暗い人間が眩い光に包まれた光景から目を背け、闇へ闇へと落ちて行くかのようだ。
情けないったらありゃしないぜ。虫けらだって誘蛾灯に惹かれて焼かれるってのによ。あいつらはお天道様に焦がれて精一杯生きてるぞ。
ところがお偉い人間様と来たらどうだ。人目を盗んでこんなところでこそこそと穴なんぞ掘りやがってよぉ。涙が出てくるぜ。
つい先日の出来事だ。免罪符の不法取引の現場を押さえられた俺は、ブチ込まれた監獄でティナンに司法取引を持ち掛けた。
そして合法ロリの御前に引きずり出され、ちょっとした手品を披露した。あまりにもヤバすぎるネタだったんでな、ちょいと小粋なジョークを交えて場を温めようとも努力した。ミュージックなんかも口ずさんだりしてな。ちゃらららら〜ってな具合よ。
はい万国旗〜。じゃん。
鳩は居なかったから木彫り熊〜。じゃん。
凄く冷たい目で見られたが、俺はめげなかった。
さて取り出しましたるは何の変哲もない魔石でございます。じゃん。俺は街で使われている貨幣をクラフトした。
空気が死んだ。
イ号案件。
鍛冶師は魔石から金属を削り出し、思い描く形状に加工できる。
要は偽造だ。プレイヤーは無限に金を生み出せる。
日本人なら誰だって気が付く。
小銭を稼いだやつなんて山ほど居るだろうよ。そこまでは面倒見切れねえ。
だが巨額の金が動けば、必ず痕跡は残るんだ。不自然な金の動きを察知するために生産職の相互組合は日夜監視の目を光らせている。
だから俺は、俺がイ号案件をティナン姫にゲロったというホットなニュースを組合にリークした。
貨幣偽造で甘い汁を吸ってる連中のスパイが組合に紛れ込んでると確信してたからな。
後は簡単だ。連中は確かにアホだが、偽造した金を大っぴらに使うほどアホじゃない。たんまりと貯め込んでる筈だ。
じゃあどうする? 埋蔵金さ。本格的な捜査の手が伸びる前に山に埋める。手に取るように分かったぜ。何しろ俺もいざって時にはそうしようと思ってたからな。
よく分かるぜ。ここは何かを埋めるには最適だよな。
あとな、プロフィールに暗号文を仕込むのはよせって言っただろ。その暗号文の考案に一枚噛んだのは俺だろうがよ。アホどもめ。
本当に救いようがねえ。暗がりの中、コナンくんの犯人みたいになってるアホどもの大半は俺のフレンドです。涙も出るよ、マジで。
ひゅるるる〜……どん
山岳都市で花火が上がった。
祭りも佳境か。
んじゃ、こっちも始めっかね。
俺は颯爽と立ち上がって弾劾するつもりだったのだが、見知った顔ぶれに悲しくなってガサガサと茂みを揺らした。ここに居ますよアピールだ。
「誰だ!?」
アホどもが一斉に振り返った。悪いことをしてる自覚はあるんだな。反応速度が尋常じゃなかった。
アホどもと俺の目が合う。やあ。
「崖っぷち……!」
アホどもが騒然となった。
そんな中、華奢な肩をわなわなと震わせ、憤怒の形相で俺を睨み付けているのは穴掘りの陣頭指揮を執っていた小柄な少女だ。
長い耳と残念な胸囲。ティナンでありながらティナンではない。
ピエッタ。やはりお前か。
「テメェっ、ハメやがったな!?」
嵌めたのではない。お前たちが勝手に嵌まったのだよ。
ピエッタは地団駄を踏んだ。
「くそがっ、つくづく見下げ果てた野郎だ! 金か! 幾ら欲しいんだ! 言ってみやがれ!」
何言ってんだコイツ。
馬鹿じゃねえのか?
俺は呆れた。
「全額頂くに決まってるだろ」
ピエッタが吠えた。
「そう言うと思ったぜ! テメェら、掛かれ! 魔王退治だ!」
その魔王ってのやめろよな。俺は改心したんだよ。大司教様の導きによってな。
許されざる罪人よ。俺は告げた。
「いいや、お前らはここで死ぬんだ」
ざっとモグラさんたちが一斉に土壌を突き破って現れる。
ここら一帯を取り仕切るマールマールさんの眷属だ。モグラでありながら地上を走破する屈指のパワーファイターだぜ。
「おっ……」
ピエッタが蒼白になった。
俺も似たような顔色をしてるんだろうな。
「寂しくはないだろ? なぁに、俺もすぐに逝く」
モグラさんから逃げ切るのは無理だ。
視界が悪い。地形が悪い。相手が悪い。MPKは条件が揃わないと成立しない。どうしても不可能なケースってのもある。
だがモグラさんたちに関して言うなら、自爆までは持って行ける。
俺たちはここで死ぬ。
偽造した金は組合が回収し保管する。
言ったよな。俺なら金を山に埋める。そして組合に見つけさせる。
組合は俺の貯金箱だ。俺のフレンドが幹部に紛れ込んでるからな。
ヤバい金は法の下で管理するのが一番なのさ。誰も文句を言わねえからな。
俺は勝利を宣告した。
「ピエッタ、俺の勝ちだ」
地響きを立てて迫るモグラさんの群れが、俺たちを呑み込んだ。
大司教様、見ててくれたかい……?
俺は、悪に屈さなかったよ。
これで、少しくらいは……恩返しになったかな?
3.回想-刑務所前
司法取引を終えて出所した俺を、大司教様が出迎えてくれた。
俺は迎神教を破門された身だ。今更、大司教様にどのツラを提げて会いに行けようか。
深々と頭を下げる俺に、彼女は困ったように笑い、
「コタタマ。あなたは本当にどうしようもない人ですが、あなたと過ごした日々はとても刺激的で、少し楽しかった。少しだけですよ?」
そう言って、茶目っ気たっぷりに人差し指を立てる。ぱちりと片目を閉じて、彼女は言った。
「神様には内緒にしておいてくださいね」
これは、とあるVRMMOの物語。
反省の色はまったく見えなかった。改心とは一体何のことだったのか。
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