ペタタマ、最後の戦い
1.マールマール鉱山-山中
天地が震えるかのようだった。
雨足は強くなるばかりだ。
発達した暗雲を雷がうねり、合体巨大化した狙撃兵の輪郭を照らす。
叩きつけるような風に木々がざわめいている。
豪雨の中、俺とベムトロンの視線が交錯する。
切り裂かれ、無残に転がるゴミどもの機体が自壊していく。舞い上がった無数の赤い光がまるで炎のように森を照らしている。
ベムトロンのエンドフレームはレイド級と比べて強力というほどじゃない。おそらくあのレーザーでレイド級の防御を貫くのは無理だろう。
だが格下に対しては有効だ。射程が広く、多人数をまとめて切り裂ける。
生き残ったゴミどもは単に運が良かっただけだ。何か心境の変化でもあったのか俺の元に集まって堅陣を組む。……何だよ? 寄るなや、暑苦しい。
【なに、最後にひと華咲かせるのも悪くねぇさ】
【何か考えがあるんだろ? 崖っぷち〜。お前はろくでもねえ野郎だが、悪知恵だけは働く】
【どの道、俺らは助からねえ。最後に誰かを守って死ぬのも悪くねえかもな】
【敗残兵の連中にゃ迷惑ばっか掛けちまったからな】
【……リチェット。晒しスレのテンプレにお前を載せてゴメンな。崖っぷちの言う通りだ。お前は悪くねえ】
死の間際になってゴミどもが改心した。
リチェットが感極まってわんわんと泣きじゃくる。
「お、オマエら〜!」
サトゥ氏が声を張り上げて俺に変身阻害を解くよう言ってくる。
「コタタマ氏! 俺も戦う!」
ばか。最後くらいカッコ付けさせろ。
俺は生まれながらにして改心している男だ。優しい声音でサトゥ氏に言い聞かせる。
俺たちはロストする。しばらく留守にするぜ。戻ってきた時によ、お帰りって言ってくれるヤツが居ねえと寂しいじゃねえか。
……サトゥ氏よ。俺ぁこのゲームが好きだよ。民度最悪だし運営ディレクターは性格悪ぃしMOBはクソ強ぇし全体的に胡散臭ぇし何かと面倒臭ぇ。レベル全然上がらねぇしよ……。でも、何故かな。今はそう悪くねえ気分だ。
ギスギスオンラインだのと色々と言われてるけどよ。言いたいヤツには言わせておけばいい。自分でその世界に飛び込まなきゃ分からないことってのは絶対にあるんだ。
楽しかったぜ。あばよ。
……なんだ? 俺の中のゴミスキルがゴミどもと引き合う。
それは不思議な感覚だった。
俺の目に映像がチラつく。
無人のプライベートルームに死出の門が咲く。
母体が常駐するプライベートルームは【扉】を潜った先にある。【扉】というのは感覚的な話だ。意識が切り替わる境目というか、学校マップに登校する時の感覚に近い。
その【扉】の奥に、もう一つの【扉】が見えた。いや見えたというのは変なのだが、とにかくハッキリと境界線を越えたという実感があった。
身体を探られるような、身体が作り変えられていくような感覚。これは、チュートリアル空間の……。
2.GGO-ョレ支社-月面基地
「バカな。早すぎる」
ワイン飲んでんじゃねえ。
3.マールマール鉱山-山中
ゴミスキルとゴミスキルが共鳴している。
奇妙な確信だけがあった。
俺たちは、もっと強くなれる。
俺はゴミどもの肩にガガガッと触手を回した。
俺の【目口】ボディが変形していく。デカい口が凶悪に裂けて、これ以上は無理でしょっていうところからドンドン開いていく。
とてもお腹が空いていた。
ゴミどもの戸惑う声。
【えっ……】
俺は嫌がるゴミどもをぱくりと食った。
うえ、マズっ……。エグい風味してやがる。
どくん、と心臓が跳ねた。
いや、心臓じゃない。この機械の身体に心臓なんてものはないだろう。それは「核」とでも言うべきものだったのかもしれない。
俺の核にゴミどもの力が流れ込んでくる。
しかしあまりにも不味かったので、俺は核を吐き出した。コロン、と地面に核が転がる。俺の核ということだからさぞや綺麗な石コロなんだろうと思って見てみれば、なんかグロい。心霊写真みたいにボヤっと人面が浮かんでる。これはアレだな。俺の核はゴミどもに汚染されたのだろう。
ゴミどもに汚染された俺の核が禍々しい光を発する。ああ、これはガムジェムですねぇ……。いや、ゴミジェムですわ。
アナウンスが走る。
【Gum's Gems Online】
【限界突破……】
俺は素早くゴミジェムを拾って高々と掲げた。さすがにゴミどもを食い殺したなんてのは外聞が悪すぎる。飛ぶ鳥跡を濁さず。有終の美を飾りたい。
俺は言った。
【アイツらが、戦えと言っている】
おっと、そうでもないようだ。
ゴミジェムから立ち昇った禍々しい光がゴミどもの輪郭を描いた。ゴミどもは恨めしそうに俺をじっと見つめている。完全に心霊現象だ。ええいっ、悪霊退散!
どこからともなく差し込んだ光が俺を照らす。赤い光だ。血のように赤い。
【条件を満たしました】
【イベント】【壊れた蝶番】【Clear!】
【Class Change!】
【カーディナル】【ペタタマ】【Level-1005】
俺は承諾してねーぞ。くそがっ、強制クラスチェンジかよ。
カーディナル? 枢機卿のことだ。ヒーラーの上位職か? 俺は生産職だぞ。いきなりヒーラーやれって言われても困るぜ。
……ゴミどもが俺を見てる。
【限界突破!】
【カーディナル】【ペタタマ】【Level-1207】
ええ? 大して強くなってねえ……。
よく分かんないけど限界突破してこの程度なの?
まぁいい。まぁいいさ。
俺は気を取り直して怨念渦巻くゴミジェムを上空の狙撃兵に突き付けた。
【アイツらが、与えてくれた力だ】
そうさ。俺は一人じゃねえ。それは単なる感傷じゃねえ。ビジュアル的にも憑かれてる。
俺を呼ぶ声が聞こえた。
「コタタマっ……!」
みんな。
着ぐるみ部隊が。ウチの子たちが。パイセンらが。シルシルりんが。ヴォルフさんが。その他大勢の、俺がこのゲームで出会ったプレイヤーたちが駆け付けてくれた。
いや、プレイヤーだけじゃない。ティナンたちも居る。クソ虫さんたちも居る。
俺は杭みたいな歯列を打ち鳴らして喜びの感情を表現した。
小娘どもを連れたネフィリアが少し離れたところに立っている。俺と目が合うと、つまらなそうに鼻を鳴らしてふいっと顔を逸らした。
みんな居る。
まるで奇跡のような光景だ。
いや、まさしく【奇跡】なのだろう。
おコアラ様が言っていたことだ。
小さな偶然が積み重なれば奇跡になる。
ョ%レ氏がこのゲームで何をしようとしているのかは分からない。だが【奇跡】というスキルを持つ天使NAiをチュートリアルナビゲーターに据え、ゴミのような種族人間をプレイヤーに選んだ。
それは【奇跡】の再現を目論んでのことなのではないか。
……そろそろ時間のようだ。
ベムトロンがチャージを終えた。
俺はゴミを一つに束ねることでガムジェムの抽出に成功したらしいが、どこまで行ってもゴミはしょせんゴミ。俺の枯渇したエネルギーを補充してくれるような効果はないらしい。
俺の身体は自壊し始めている。
返す返すも種族人間は使えねえ。ゴミのようなガムジェムだ。モバイルバッテリーのほうが全然役に立つぜ。
【Gum's Gem……】
【それは無限の魔力を秘める大いなるお菓子である。溶けない飴、復元するガム……。様々な種類がある。美味】
【しかし何事にも例外というものはある】
NAiもこう言っている。
だが……。
俺はゴミジェムを触手でぐっと強く握りしめる。
奇跡ってのは起こるもんじゃない。起こすもんだ。
胸中でゴミどもに語り掛ける。
行こうぜ。お前ら。
俺は咆哮を上げた。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
ゴミジェムを包んだ触手を真横に引く。
漏れ出た光が降りしきる雨にけぶり、莫大な魔力が三つのランダムオブジェクトを生成した。
パンドラボックス。玩具箱だ。
ボロボロと崩れていく身体を叱咤して俺は身をたわめた。
触手を大地に叩き付けて飛び上がる。
ランダムオブジェクトを従えた俺の瞬間的なパワーは今やレイド級に迫る。いや、それは言い過ぎだった。
ベムトロンが溜め込んだエネルギーをブッ放した。だが不発。砲身の一部が破損した。ベムトロンが激しく動揺したのが分かった。そんな筈はないって? そうだな。壊れちゃいねえよ。そう見えたってだけさ。
認識阻害。セブンの置き土産だ。
ジャスト一分。いい悪夢見れたかよ?
俺はバッと触手を広げた。
ベムトロンが分離した。合体を解いて俺の突進を遣り過ごそうとする。
無駄だ。俺は触手を枝のように広げる。ゴミジェムが一際強い輝きを放つ。
これで、もう……。
俺は目に力を込めた。三対の目にビキっと不吉な感触が走る。ゴミジェムに亀裂が走る。
空を駆け、ハエの群れの中を突っ切る。
俺に残された最後の命の火が燃え上がる。
エンドフレームが砕け散った。
「な、に?」
ベムトロンの呆然とした声。
全裸だ。
ヤツのエンドフレームを俺が剥ぎ取った。
変換された魔石がバラバラと降っていく。
全てを見届けたゴミジェムが満足そうに輝きを失い、やがて砕け散った。解き放たれたゴミどもの魂が天に昇っていく。
雨はいつしかやんでいた。
雲の切れ間から差し込んだ日の光が、戦士たちの魂を安寧の地へと導いていくかのようだった。
そして、俺もまた……。
身体がほろほろと崩れていく。
風に散った命の灯火が弱々しく明滅し……。
俺は……。
…………。
……。
おっぱい。
【Game Over】
これは、とあるVRMMOの物語。
学び得た力、持てる才覚、残された時間。それら全てを尽くして女の服を剥いだ。




