セブン殺害事件
1.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
ハチ調教の件で責任を取って宰相ちゃんの面接をすることになった。
要はアレだ。宰相ちゃんの口から「ちょうどギャルの相棒が欲しかったんですよ〜!きゃはっ☆」みたいな言質を取ればいいのである。大して難しくもない。俺は口が回るからな。
なお事件の片棒を担いだサトゥ氏は本日欠席。俺が提案した完全犯罪プランでリチェットさんに殺されるスケジュールになっているのだ。今頃は惨劇の館を舞台にセブンの刺殺死体を発見して第一の密室アリバイトリックを解き明かすべく奔走している頃だろう。それが悲劇の序章に過ぎないことを知る由もなく、な……。
まぁサトゥ氏が居なくともこちらに支障はない。この俺に掛かればメガロッパなんぞ多少目端が利く小娘よ。自分は賢いと思ってる人間ほど脆い。自分以外はバカだと思って見下してるからだ。
そら、おいでなすったぞ。
ドアを開けて入室してきた宰相ちゃんがサッと素早く室内に視線を走らせる。警戒心の強い女だ。そして時間が惜しいとばかりに早歩きで寄ってきて俺の隣に腰掛けた。
いや、なんで隣に座るんだよ? 向かいに座れよ。話しづらいだろが。
宰相ちゃんは俺の意見を無視した。
「遺跡マップじゃダメだったんですか? 私、レベル上げしてたんですけど」
ダメに決まってるだろ。あっこで面接なんぞやってたら他のゴミどもが絡んできて話にならねえよ。
しかしレベル上げね。中層域で狩りしてるのか? 効率悪くねえか? どうにもならねえ組み合わせとかもあるだろ。
遺跡マップの中層域は常設ダンジョンのモンスターが縄張りをめぐって争う激戦区だ。一芸に秀でたモンスターが多く、ローテーションを組むのが難しい。一番いいのは数で押し切ることだ。
宰相ちゃんの答えは素っ気ない。
「中層域は索敵の手間が省けますから。デスペナは避けられませんが、自分たちの限界を知るにはいい狩り場です」
……絶望的な戦況にあってプレイヤーは覚醒する。お前、アビリティを……?
「検証チームから聞いてないんですか? 今、プレイヤーたちが次々とアビリティに目覚めてますよ。いえ、それはずっと前から兆候は見られた。私たちは、ようやくどんなアビリティがあって、どういう組み合わせが有効なのか調べることができる段階に来ました。とはいえ、大半のプレイヤーはお前と似たようなアビリティなのですが……。アレは集団戦には適しています。たまに私が驚くような動きを見せる」
完全に同期したゴミどもは連携の次元が一つか二つ上がる。奇妙な一体感と得体の知れない確信。それは、スポーツ漫画で言うところの弱小チームが強豪チームに挑んでボロクソにやられながらも試合終盤になって一矢を報いる感覚に近い。
ハードラックとかいうゴミアビリティの真骨頂はジャイアントキリングにあるのだろう。
なるほどな。大体の事情は分かった。
だがメガロッパよ。お前は今や【目抜き梟】の一員だ。アイドル稼業のほうはどうなってるんだ? ん?
「私はリチェットさんと違ってあんまり人気ないですから」
いいや、それは違うな。
【目抜き梟】は魔法使いを主軸としたクランだ。国内サーバーでトップクラスの魔法使いリリララが率いるクランだからな。リリララに憧れてこのゲームを始めた女が多い。
メガロッパよ。その【目抜き梟】の中でお前は間違いなくトップクラスの近接職だよ。おそらく今となってはモッニカよりも上だろう。お前が本気で戦ってるトコでカメラを回せば人気を取るのは簡単だ。【敗残兵】の空中殺法には華があるからな。スマイルの旦那とサトゥ氏が作り上げたスタイルだ。旦那んトコにゃミドリっつーのが居るんだが……。くくくっ、あのサトウシリーズ御大は分かりやすいよ。メガロッパ。お前らの空中殺法とミドリのジャンプ殺法は親戚みたいなモンだ。そう、パンチラ戦闘術さ。
「怪しい名前を付けるな」
だが事実だ。お前らと戦う時、男キャラは地べたを這いずり回ることしかできない。一瞬が生死を分かつ戦場だからこそ無意識の内にローアングルを維持しようとしてしまう。恐ろしい戦法だ……。お前も分かってるんだろ? だからいつもスカートを履いてる。何も露出狂だと言ってる訳じゃあない。少し窮屈だろうとパンチラしないよう気遣って動いたほうが、ズボンを履いた時なんかよりも明らかに勝率が上がってる筈だ。何しろ敵が勝手に地べたに張り付いてくれるからな。
メガロッパ。お前はスタアになれるよ。素材も悪くない。俺がプロデュースしてやってもいいんだが……。お前はアイドル稼業に興味がないんだろ? だがモッニカ辺りはお前に目を付けてるぞ。元【敗残兵】のメンバーだから古参メンバーに気遣って今は波風を立てないようにしてるってのが真相だろう。リチェットは……妙に人を惹きつける何かがあるからな。放っておけば良い方向に転ぶだろう。そいつをモッニカは待ってる。
メガロッパ。お前が自由に動けるのは今だけだ。そう遠くない将来、身動きが取れなくなる。だからお前には優秀な右腕が必要なんだ。
「……ハチのことですか? セブンさんのフォロワーという……。少し鍛えて様子を見るという話でしたが……」
宰相ちゃんは俺とサトゥ氏のハチにまつわる動向を把握していないようだ。所属クランが違えば情報も遠のく。しかしまったくの蚊帳の外という訳でもないようだ。
「そういえば、サトゥさんがイッチさんたちとメールでハチ強化月間とか何とか……」
ガチ勢はリアルでメールの遣り取りくらいは普通にする。
宰相ちゃんが俺をじっと見つめてくる。
「お前が絡んでるんですか?」
ええ。どうやらそのようで。俺は認めた。
いや、俺もハチと会ったんだよ。セブンが新人教育してるってんでそりゃ面白えと思ってさぁ。そしたらびっくりしたね。クソ生意気な新人じゃねえか。現場にウチのスズキもお呼ばれしててよ。俺の身内を「この女」呼ばわりだぜ? こりゃチョット性根を叩き直してやらにゃならんな、とね。
で、聞けばお前の相棒候補だって言うじゃねえか。サトゥ氏も張り切ってるし俺も本腰を入れて鍛えてやろうと思ってるんだが、お前の意見も聞いておきたいと思ってな。どんな感じの相棒が欲しいんだ? 騙されたと思って言ってみなよ。要望に添えるようできる限りのことはするぜ?
……まぁすでに終わった話なのだが。俺は心の中でぺろりと舌を出した。
宰相ちゃんは疑いの眼差しを俺に向けている。
「……私の要望を? らしくないですね。何を企んでるんですか?」
おいおい。何でもかんでも疑って掛かりゃイイってモンじゃないぜ?
俺はぺらぺらと口を回した。
俺ぁな、前にも言ったがお前のことを高く買ってるんだ。この俺を出し抜けるヤツなんざそうそう居ねえ。スマイルの旦那からちょろっと聞いたんだが、サトゥ氏とセブンは六人衆に拾われてそれからずっと一緒にやって来たんだってナ? お前とハチも唯一無二のコンビになれるかもしれねえ。その手伝いをできるってのはネトゲーマー冥利に尽きるよ。へへっ、ちょっと六人衆の気持ちが分かるぜ。俺ぁゲーマーとしちゃあ大した才能はないからな。露店バザーで小さな店でも持ってよ、今日は剣が二本売れただのと地味な暮らしが性に合ってる。時々は先生やウチの子たちが訪ねてきてくれて、以前の俺は無茶をやっただのと昔話に花を咲かせたりな。そんな時によ、今よりずっと強くなったお前とハチが最前線で活躍してるってな話を聞けたら少しは誇らしい気持ちになれるんじゃねえかって思ってる。
メガロッパよ。俺はその程度の男だ。俺を追うのはやめろ。お前にはお前に相応しいもっと華々しい舞台がある。俺はいつだってお前を見守ってるぞ。
得意のちょっとイイ話だ。俺は内心でほくそ笑んだ。
こうまで言ってやればあまり強くは言って来ないだろうという読みがあった。宰相ちゃんは潔癖なところがあるから、相棒は男キャラよりも同じ女キャラのほうが何かとやりやすいだろう。性格は真面目なほうがいいか? だが宰相ちゃんは【敗残兵】の最高幹部で言えばリチェット派だった。本人は気が付いてないが世話好きな一面がある。そういった点を引き合いに出せば本人の要望なんざこっちで自由にねじ曲げられる。くくくっ、チョロいもんよ。
宰相ちゃんはじっと俺を見つめている。
「……一度、本人に会わせて貰ってもいいですか?」
それはダメだな。
俺はキョドッた。
こ、この女……! 俺を一分たりとて信用してねえ……! ちょっとイイ話までしてやったのにっ……!
い、いや、落ち着け。俺は自分に言い聞かせた。まだバレた訳じゃない。冷静になるんだ。会わせない言い訳なんざ幾らでも思い付く。俺ならやれる。
俺は宰相ちゃんの説得に掛かる。
メガロッパよ。お前にとっては未来の相棒だ。一目会っておきてえっていう気持ちは分かる。だが先入観は邪魔になる。俺とサトゥ氏が二人掛かりでハチの面倒を見ることになる。俺とサトゥ氏だ。おそらくハチは別人のようになるだろう……。お前に余計な先入観を与えたくない。それは効率的じゃない。分かってくれるな?
宰相ちゃんがぽつりと独りごちた。
「魔族が二人……。もしや、すでに……?」
ぐっ、核心に迫って来やがった。なんて面倒臭ぇ女だ……!
宰相ちゃんがぐっと身を乗り出して至近距離から俺の目を見つめてくる。
「コタタマ。サトゥさんはどこに居るの?」
……なるほど。なるほどな。俺は両手を上げた。
コイツは俺の手には負えねえ。勘が良すぎる。お手上げだ。
だがっ……! 俺はギラリと眼光を鋭くした。バッと立ち上がって荒ぶる鷹のように両手を広げる。そして叫んだ。
ハチ! ハ〜ッチ!
こんなこともあろうかと隣室で待機していたハチがきゃるるんと飛び込んでくる。
「パイセ〜ン!」
俺とサトゥ氏で女にしてやった自慢のネカマだ。俺はハチを抱き上げてくるくると回った。ハチの細い腰に腕を回して繋いだ片手を高々と掲げる。ビシィッとポーズを決めた俺は威風堂々と宰相ちゃんに宣言した。
紹介するぜ! オメェの相棒のハチだよォー!
……もはや要望もクソもねえ。完成品を送り届けて、その上で認めさせる!
俺はパッとハチから手を離して高速でスピンした。ブンブンと回りながら宰相ちゃんに近付いてビタッと止まる。そして冷めた目でこちらを見ている宰相ちゃんの手を引っ張って立たせた。
「……何をどうすればこんな……」
細けぇこたぁいいんだよ!
俺は吠えた。
人間は見てくれじゃねえ! 中身でもねえ! 強けりゃあいいんだッ! 強さこそが正義ッッ!
俺は宰相ちゃんとハチの肩にガガッと腕を回した。
宰相ちゃんとハチの目が合う。
オタ女とギャルの邂逅だ。笑えるほど相性が悪そうだった。
ハチがニマッと笑って宰相ちゃんの前髪を上げる。
「カワイイじゃーん!」
宰相ちゃんがバシッとハチの手を払いのけた。
「そういうの、やめてくれます?」
俺は二人から離れてソファに座り直した。
藁人形をクラフトしながらやさぐれた声を出す。
オメェらよォ〜。仲良くしろとは言わねえが、キッチリ仕事はして貰うぜ?
「……仕事?」
宰相ちゃんが振り返って俺を見る。
ハチは俺に駆け寄ってきて、俺の腕にしがみ付いてくる。
「パイセ〜ン。あの人、怖いー。先輩風ガンガン吹かしてっし」
俺はハチの頭を撫でてやりながら続けた。
俺ぁな、オメェらの仲を取り持てってリチェットに言われてンだよ。
だから仕事だ。オメェら、リチェットに余計な気遣いをさせんな。人前じゃ仲イイふりしろ。そんくれーデキんだろ。猿じゃねーんだ。
おい、メガロッパ。言っとくがハチはデキるぜ? コイツには俺のワザも仕込んである。デキのイイやつでな……経験を積めばクラン潰しもやれるだろう。
メガロッパ……。オメェはどうなんだよ? オメェを育てたのは俺じゃねえからなァ〜。ちっとばかし知恵は回るようだが、俺を出し抜いたくらいで満足されちゃ困るぜ? 世の中、上には上が居る。ネフィリアは俺ほど甘かねえゾ。
うまく宰相ちゃんのプライドを刺激できたようだ。
「望むところです」
よしよし。ひとまずこの場しのぎだ。この場をしのぐ。俺はハチの性格も宰相ちゃんの性格も把握してる。第一印象は最悪でも時間さえあればどうにでもなる。リチェットも巻き込む。無理やり仲良しにさせてやるッ。どんな手を使ってでもなァ〜。
ひそかに意気込む俺に、宰相ちゃんが何やらもじもじしている。俺の手を取り、
「チョット。来て……」
あ? 何だよ。
ハチが不満の声を上げる。
「パイセンに何すんだよ〜」
まぁまぁハチよ。俺ぁお前らが仲良くしてくれンのが一番だ。メガロッパに何か言いたいことがあるってんなら聞いておきてえ。すぐに戻ってくるからイイ子にして待ってるんだぜ。
……だが、すぐには戻れなかった。
別室に連れ込まれた俺は、俺自身がリチェットに提供した完全犯罪プランの歯車の一つに組み込まれてしまったのだ。
リチェットとは異なる意図を持った宰相ちゃんの参加により事件はとめどもなく混迷していく……。
これは、とあるVRMMOの物語。
悲劇、再び……。
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