温泉に行こう!
1.クランハウス-居間
クラン【ふれあい牧場】が所有するクランハウスの居間で、二人の少女が和気藹々と談笑している。
一人は炎が渦巻くような緋色の髪が特徴的な少女で、名前はジャムジェムといった。彼女は【ふれあい牧場】に所属するクランメンバーの一人である。
もう一人は客人のようだった。明るい茶髪を頭の後ろで一括りにしており、身じろぎするたびに馬の尻尾のように髪が左右に揺れる。名前はアンパン。【まんどらごら】という店舗経営型のクランを経営している。
ジャムジェムとアンパンは気が合うようで、二人の間には常に笑いが絶えないようだった。今は共通の友人について話している。
「前にペタさんがね、アンパンくんには近付くなって言ってましたよ〜。危ないやつだって。全然そんなことなくて安心しました」
「ああ、旦那はね。そういうトコあるよ。昔からそう。俺、あの人と付き合い長いからさ。腐れ縁ってやつだよ。あの人、自分のこと頭いいと思ってるでしょ? だからかな。基本的に他人を見下してて、自分の言う通りに動けば間違いないのにって考えなのね。まぁ実際? 頭はそこそこ回ると思うよ? けどね、自分から面倒ごとを背負い込むって言うかさ。しょせんゲームなんだから、もっと気楽に行こうよって俺なんかは思うな」
まさにそのことだとジャムジェムは力強く頷いた。
「そうなんですよ! ペタさん、いっつも経験値稼ぎしなくちゃって言ってるのにチョット目を離すとすぐに居なくなってて! ドコ行ってたの?って聞くと知らないやつと遊んでたとか言うんですよ! 知らない人と遊ぶっておかしくないですか!?」
「あー。ネフィリアんトコに居た時はそうでもなかったんだけどね。ほら、あの人、クラン潰しとか平気でやるでしょ。だから敵と話すよりは他人と話したほうが気が楽なんだろうね。ネフィリアが意外とそういうの苦手なんだよ。深読みしすぎるんだよね。その点、旦那は思い切りがいいから。一人で勝手にドンドン先に進むから、とにかく答えを出すのが早いんだよね。んで、真っ先に死ぬでしょ? それにみんな騙されるんだよね。あれね、本人は分の悪い賭けじゃないとか思ってるんだよ」
ジャムジェムは感心しきりだ。
「アンパンくんって本当にペタさんと仲がいいんですね」
アンパンは満更でもない様子だ。
「まぁね。俺、自分で言うのも何だけど、旦那と似た者同士って言うかさ。シンパシーって言うの? あの人が考えてるコト、なんとなく分かっちゃうんだよね。だから俺がフォローしてあげなくちゃって。けどお互い立場があるからさ。ジャムちゃんみたいな子が近くに居てくれて、俺は凄くホッとしてるよ。俺、やっぱり旦那と似たトコあるし。言ってみればプレーリードッグ仲間だからね」
自称プレーリードッグがいつになく楽しそうにお喋りしている。
その様子を、廊下に身を潜めた一機のプレーリードッグがじっと見つめていた。
「…………」
そう、俺である。
本日は生憎の空模様。
ゴロゴロと遠雷が鳴り響き、カッと雷光が走った……。
2.マールマール鉱山-山中
プレーリードッグはリス科のプレーリードッグ属の動物の総称である。
家族と抱き合ったりキスしてコミュニケーションを図る姿が有名だが、オスのプレーリードッグは縄張り意識が強く、他のオスを生き埋めにすることもあると言う。
それは家族を守りたいという強い意識の表れでもあるのだ……。
3.クランハウス-マイルーム
邪魔者が居なくなったので、ご主人様の赤カブトを部屋に引っ張り込んでスキンシップを図っている。
こいつめ。アンパンの野郎はヤバいから近付くなと言ったろう。おしおきだ。
ペットの立場を利用したセクハラもといスキンシップに赤カブトは申し訳程度に抵抗して、
「だ、ダメだよ!……私もペタさんのこと殺してあげたいけど、またプクリと戦うんでしょ? しばらく我慢しなくちゃ。ね?」
俺は別に殺されたくてセクハラしてる訳じゃないし、これはおしおきだから。俺というものがありながら他のプレーリードッグにうつつを抜かすなど言語道断だ。
アンパンめ。何が似た者同士だ。調子のいいこと言いやがって。この俺こそが真のプレーリードッグよ。
ベッドの上で赤カブトに覆い被さっていると、後ろから頭をべしっと叩かれた。
何だよ。邪魔すんな。振り返ると、トドマッが腕組みなどして立っていた。
「私の友達に何してるもる!」
おおっ、俺の可愛い許嫁じゃねーか! レアキャラとの再会に俺は一転して上機嫌になった。トドマッは日中にログインすることが多く、たまにしか一緒に遊べないのだ。
俺は銀髪褐色女にひしっと抱きついた。
赤カブトも俺に続く。いそいそと着衣の乱れを整えてから、ガッとトドマッに抱きつく。
「トーさん!」
トドマッは少し呆れながらも赤カブトの頭をヨシヨシと撫でた。
「ジャム、ついこの間も会ったけど……。もるるっ」
レアキャラは優遇されるのだ。
俺たちは居間に降りてメシを食うことにした。
冷蔵庫の残り物でちゃっちゃと調理を済ませてペタタマメシを振る舞う。おあがりよ!
トドマッの反応は上々だ。
「むっ、美味しい……」
旧ネフィリアチームは三人体制だったからな。
アンパンは危なっかしくて料理なんて任せられねーし、ネフィリアはちょっとしたメシ屋くらいの腕前は持ってるんだが気が乗った時くらいしかメシを作らねーんだ。結局はいつも俺がメシを作ってた。ネフィリアのレシピを再現したいっつーのもチョットあった。
食後。
食器洗いを終えて居間で思い思いに寛いでいると、トドマッが俺と赤カブトに声を掛けた。
はいよ。どうした。お前の頼みならよっぽどのことじゃなきゃ相談に乗るぜ?
「攻略組が動いてる。プクリ再戦、近い。コタタマ、家に残る。もるっ!」
うん? 俺に参加するなって言ってるのか? 元よりそのつもりだが。
「エッダ戦のこと忘れたとは言わせない! コタタマ、ロストしてもおかしくなかった! 無茶はダメ! 絶対! もるるっ……!」
ああ、ロストの心配をしてるのか。大丈夫だよ。プクリにエンフレ大量投下の作戦は通じねえ。通じねえっつーか不可能なんだ。場所が悪すぎる。地下だからな。デカブツが暴れ回れるほどのスペースがねえ。
それに……。目的はクァトロくんの奪還だ。プクリを倒すことじゃない。むしろ倒すとヤバい。プクリの魔法は種族人間の手には余る。エッダの【八ツ墓】もそうだった。ヤツを倒したのは早計だったな。俺たちは確実に弱体化している。そこにプクリの地雷魔法が加わったら、もはや戦いにならねえ。足の引っ張り合戦になることは目に見えてる。
いずれにせよ、俺は温泉でのんびりするつもりだ。知ってるか? 今な、【目抜き梟】が人間の里に銭湯を建ててるんだぜ。近々オープン予定らしいし、今度みんなで一緒に遊びに行こうな。
「温泉……」
俯いたトドマッが上目遣いにちらっと俺を見た。
「……覗かない?」
覗かないよ。俺は嘘を吐いた。
そもそも温泉計画の言い出しっぺはサトゥ氏だ。覗き対策は万全に仕上げてくるだろう。じゃなきゃ集客を望めない。男湯、女湯の他にネカマ湯もあるらしいぞ。ネナベ湯は絶対数が少ないから断念したんだとか。まぁ男が女に裸を見られたからってどうなるもんでもねーしな。
赤カブトは両手を叩いて大喜びだ。
「お風呂! わあ! 楽しそう! トーさんっ、一緒に行こうね!」
しかしマナー厨のトドマッは懐疑的だった。
「……ジャム。温泉に行くなら私と一緒。一人で勝手に行っちゃダメ。守れる?」
「うんっ、分かった! 楽しみだね!」
それでいい。俺は胸中でほくそ笑んだ。
俺は人並みに独占欲を持ち合わせているので、身内の女の裸を他の野郎どもに見せてやるつもりなど毛頭ないのだ。温泉対策会議はその一環である。
水着は魔石の流通を絞って市場から姿を消した。
元々あったぶんは紅蓮の天秤ガチャ事件により消失。
ティナン観光客を人間の里に呼び込む計画は順調に進んでいる。
露天風呂ポポロンの女湯は難攻不落の要塞と化すだろう。
大量の魔石が要るという話だったが、何らかのメドは立ったようだ。
機は熟した。
勝負はオープン当日。
この日、俺はトドマッ赤カブトと一緒にひとしきり遊んでから、リアルが忙しいと適当に言って早々にログアウトした。
そして草木も寝静まる丑三つ時にログイン。温泉対策会議の面々と合流し、もるもると鳴き声を上げる。
「崖っぷち。お前は天才だよ」
よせやぁい。照れるだろ。へへっ、まぁ今回ばっかりはな。自分でも出来すぎだとは思ってるけどよ。
さて、そんじゃ行くか。
俺たちはぞろぞろと移動を開始した。
目的地は人間の里。オープン前のポポロン温泉だ。
正式サービス開始直後ならいざ知らず、この時間帯のネトゲーは静かなもんだ。まったくの無人ではないが、働くティナン見たさにゴミどものログインが日中から夕方にかけて集中している。そしてプレイヤーにはリアルの生活があるので、ログインを前倒しにしたならログアウトも早まる傾向がある。廃人は狩りに出掛け、夜明け前に作業するアホが居ないとは限らないが、夜の闇が俺たちの味方だ。
俺たちはオープン前の女湯に侵入して、そこでひっそりとログアウトした。
1.人間の里-女湯
俺の計画は完璧だった。
オープン前に女湯でログアウトする。それだけだ。
サトゥ氏とリリララは覗き対策を完璧に仕上げてくる。その確信があった。そうでなくては集客は見込めないからだ。だから仕上がる前に手を打つ。オープン前だからこそ可能な大胆な犯行だ。
ドキドキワクワクしながらログインする。
気付けば俺は磔にされていた。
血の海だ。
俺と同じように拘束されたゴミどもをセブンが刺して回っている。
ログイン直後、プレイヤーは完全に無防備になる……。
嵌められた。
……全て罠だったのか。……! 全て!
サトゥ氏〜!
サトゥ氏は答えない。
ゴミどもの血をすくい上げ、傍らに立つアンパンに問い掛ける。
「どうだ? アンパン」
アンパンは興奮していた。コクコクと頷いて早口でまくし立てるように言う。
「うん。使えるよ。凄い。人間からも魔石は採れるのか。要因はなんだろう。レベル? 量が要るのか? で、でもキルペナはどうする?」
血の池にぷかぷかと魔石が浮いている。
サトゥ氏はニヤリと笑った。
「一部のデサントは人間の血液から魔石を作れる。死に慣れ親しんだやつほど、その傾向が強い。命を削るセンスが高い。コタタマ氏もそのタイプだ」
俺が? 寝言は寝て言いやがれ。俺は心優しい男。そんな血生臭いセンスなんぞあって堪るか……!
「本人がそう言うならそうなのかもな。まぁどっちでもいいさ。肝心なのは、そういうことができるデサントが居るってことだ」
くそっ、コイツ……! 種族人間から採れた魔石を温泉の経営に充てるつもりだ!
「キルペナに関しては問題ない。過失致死は殺害点が低い。二、三人で回せば無視できる範囲に収まるだろう」
俺は吠えた。
弁護士を呼べ! こ、こんな非人道的な行いが赦される筈が……!
だが俺は理解していた。覗きに走った俺たちを擁護してくれるやつなど誰も居ない。情状酌量の余地など一切ないのだ。俺は喚き散らしながらクソ虫さんたちにSOSを飛ばした。こうなったらサトゥ氏を殺すしかない。
サトゥ氏がようやく俺を見た。
「さあ、コタタマ氏。始めようか。プクリとの……いや、おそらくはラムとの、最終決戦だ。もう【ギルド】は呼んでるんだろ?」
うう……! 読まれている。
俺は矛先を変えた。
アンパン! テメェ裏切りやがったな!
アンパンくんはぷくっと頬を膨らませた。
「だから忠告に行ったのに……。俺のこと生き埋めにした旦那が悪いんだよ! そんなに女の人の裸が見たいなら女キャラになればいいじゃん。ばーか、ばーか!」
くそがっ、くそがーっ!
これは、とあるVRMMOの物語。
もっと血を。もっと血を捧げなさい。その男の血が欲しい。私はその男の血が欲しい。早く。早く。
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