内政チートの悲劇
1.山岳都市ニャンダム-教会
「コタタマー!」
大司教様が吠えた。
なんなんだよ。俺の周りにいるクール系目指して失敗したキャラは吠えなきゃ気が済まねえのか?
先生の密命を帯びて迎神教に潜入した俺は、大司教様の下で非効率的な暮らしに甘んじていた。
ネットで調べてみたところ、大司教というのは上から三番目に偉いらしい。普通の会社で言うところの副社長くらいか。思ったよりも偉かった。
その副社長様が物凄い剣幕で礼拝堂に怒鳴り込んできた。俺と一緒に木の札を彫刻刀で彫っていた子供たちがキャッキャと喜んでいる。何でも普段はおっとりしている大司教様がバタバタしてるのが見ていて面白いそうだ。
決まった時間にお祈りをしたり街をぶらぶらとうろついてティナンの暮らしぶりを眺めたり代わり映えのしないメニューをもそもそ食べたりと、目的すら定かではない縛りプレイを強要されている身の俺にとって、子供たちと一緒に木工作業に励んでいるこの瞬間は心休まる一時だ。
ガサ入れを敢行した大司教様は犯行現場を押さえたとばかりに俺が彫っている木札を指差し、顔色を失って口をぱくぱくさせた。
「そっ、それっ、こどっ、子供たちに一体何をさせてっ……!」
なんだよ、知らないのか? 俺はにっこりと笑って大司教様に告げた。
「これは免罪符ですよ」
正確にはその原板ということになる。こいつに墨を塗りたくって紙に押し付けてシリアルナンバーを入れれば免罪符の一丁上がりだ。今作っているのはブロンズ免罪符だが、ゆくゆくはシルバー、ゴールド、プラチナと計四種類の免罪符を発行するつもりでいる。
大司教様は免罪符と言われてもまったくぴんと来なかったようで、口をぽかんと開けたまま首を傾げている。
「め、免罪符? それは、一体……」
もう少し後戻りできなくなってから話そうと思っていたんだが、現場を押さえられたからには仕方ねえ。俺は大司教様に免罪符の概要を説明した。
俺っちの故郷にはこれと同じものがあったんだが、免罪符ってのはつまり教会にこれだけ貢献しましたよと示す証文だ。
要はティナンが待望している救いの日とやらに神さんの負担を少しでも軽減してやろうっつー俺の気遣いよ。
いくら神さんでも異教徒まで一緒くたに救ってやる道理はないだろ? だからこっちで予め救われてしかるべきやつと、そうでもないやつを仕分けしておいてやるのさ。
「は? そんなことが許される訳……」
確かにな。大司教様の言葉に俺は頷いた。
仰る通り、信仰心ってのは本人にしか量れねえ部分がある。敬虔な信徒に見えても腹の底では何を考えてるのか知れたもんじゃねえ。
そこでこの免罪符の出番だ。
俺が今作っている免罪符には四つのグレードがあって、寄付の額に応じてグレードが上がっていく仕組みにするつもりだ。
信仰心は量れねえ。だがな、貢献ってのは目に見えるもんなのさ。
本当に重要なのは心構えなんてあいまいなものであっちゃいけねえ。肝心なのは実際に何をしたかだ。恵まれない子供たちのために多額の寄付をしてくれた連中が馬鹿を見るようなことがあっちゃいけねえよ。俺はそう思うね。
大司教様は間抜け面を晒したまま天井を眺める。ややあってから俺に目線を戻し、ぽつりと言った。
「お布施は見返りを求めない心の有り様が大切なのであって……」
あんたの考え方を否定するつもりはないよ、大司教様。俺は食い気味に言った。
でもな、救われたいってのも一つの欲だぜ。人から欲は切り離せねえよ。生きるってのはそういうことなんだからな。
本当にいざって時。いよいよこれまでかって時によ。あんたらの言う試練に立ち向かえるだけの動機付けをしてやるのは、救いなんつーあるかないかも分かんねえ人参をぶら下げたあんたらが為すべき最低限の責任なんじゃねえのか? 違うかい? 俺の言ってることは何か間違ってるか?
たとえそれがどんな結果に結びつこうとも、務めを投げ出すべきじゃない。為すべきことを為そうや、大司教様。
俺の言葉に大司教様は唖然とした。
「き、詭弁だ……こんな……」
大司教様は孤立無援の我が身を悲しむように抱きすくめ、縋るような眼差しで子供たちを見た。
「あ、あなたたち、このような神をも恐れぬ所業に加担などしてっ」
おっと。俺は大司教様の視線を遮ると、哀れな女を見下してにっこりと笑った。
神に身を捧げたやつらってのは本当に世間を知らねえんだな。仕方ねえ。俺が教えてやるよ。
「子供ってのはな、悪巧みが大好きなのさ」
悪貨は良貨を駆逐する。
純粋なものほど容易く染まる。
白地の布に、墨汁を垂らすように。
俺の穢れなき眼に、大司教様は総毛立って喚き散らした。
「さっ、裁判だ! あなたは許されざる大罪を犯そうとしている! わ、私は神に仕える信徒の一人として、その危険な思想を捨て置く訳には行きません!」
裁判沙汰になった。
2.山岳都市ニャンダム-刑務所
そして現在、俺は刑務所の中庭でタップダンスを踊っている。
結論から言うと、俺は裁判に勝った。
ティナンってのは甘っちょろい種族だ。生まれながらにして人を陥れる感情が欠落しているとしか思えない。不正を嫌い、不当を正そうとする。それを当たり前のことだと思っているから、彼らの裁判は公正明大に則り執り行われる。
最初から俺には勝算があった。
免罪符の発行を思ったよりも早く大司教様に嗅ぎつけられたため、いささか仕込みが不十分であったことは否めない。あるいは、俺に焼き付いたゲーマー魂が不必要としか思えない節制に悲鳴を上げていたのか。
今となっては定かではないが、裁きの場に引っ張り出された俺は涙ながらに訴えた。
かつて俺が魔王容疑でお縄を頂戴したこと。それが心ないプレイヤーによって張り巡らされた狡猾な罠であったこと。冤罪を着せられたこと。公正な調査の結果、罪を免れたこと。ティナンの捜査力に敬服を示すと共に、信仰を疑われたことで心休まらぬ日々を送ってきたこと。憎むべきは冤罪であり、もしも免罪符があれば俺の信仰に一点の陰りも落とさずに済んだのではないかと考えたこと。
プレゼンの場と化した裁判場は、まさしく俺の独壇場だった。
俺の危険思想を弾劾した大司教様ですら、最後には俺の罪を軽くするよう嘆願する始末だ。
甘い甘い。甘すぎる。口では何とでも言える。そんなことは俺たち人間にとって当たり前のことなんだがな。
かくして俺は無罪放免となり、それどころか迎神教の上層部は俺が提案した免罪符の発行に大いに興味を示してくれた。
俺の人となりを知る大司教様とは事情が異なる。彼らにとって俺はティナンの社会に未知なる概念を持ち込もうとして過剰反応した大司教様に訴えられた少し頭の足りない間抜けなヒューマンの一人でしかなかった。
彼らは自分たちならば免罪符を正しく使えるのではないかと思った。俺たち人間ですら使いこなすことができなかった悪魔の契約状をだ。
……そうそう、言い忘れていたな。うっかりしてたよ(白目)。
免罪符ってのは、リアルじゃ史上稀に見るほどの大惨事を引き起こした悪法だったのさ。
こうして教会主導で発行されることとなった免罪符だが、そうそう俺の思い通りに事が運ぶほど世の中は甘くはなかった。
ティナンたちは免罪符にあまり興味を示さなかったのだ。
彼らは免罪符に頼る必要はないと思っており、むしろそのようなものに頼るのは後ろめたいことがある証であると主張した。
これには俺も参った。マジかよと思った。マジ天使じゃねーかとびびった。
しかし俺はここで驚異の粘りを発揮。自らを道化に貶め、ティナンの信仰の篤さを誉め称えた。人を疑うことを知らないティナンたちは、おだてにも免疫がなかった。人間という種族への微かな不信もまた俺の背を後押しした。
自分たちとは比較にならない、ティナン最高と謳う俺は、いつしか免罪符などというまったく意味がないものに心血を注いだアホな人間として一躍脚光を浴び、きらびやかな舞踏会にお呼ばれしては間抜けなエピソードを若干の脚色を交えつつ面白おかしく語ってあげた。
そして水面下では、俺に輪を掛けてアホなプレイヤーたちが着実にエサに食いついていた。
やつらは俺の真の意図に気が付いてくれたのだ。
免罪符は教会が正式に発行した天国への片道切符だ。別名を贖宥状という。
贖はあがなう。宥はゆるす。神の名において罪をそそいだ証である。
街で軽犯罪を犯して捕まったプレイヤーたちは、免罪符を突き出して口々にこう告げた。
神に赦された身である自分を、人の法で裁くのかと。
俺、この地に天国を築かん。
俺が憎む冤罪は遠からず地上から消え失せるだろう。
何しろ無罪は金で買えるのだから。
功罪を金銭で売買する時代がやって来たのだ。
教会が正式に認めてしまったのだから仕方ない。書類上、プレイヤーの犯罪は激減した。捕まっても免罪符を出せば無罪放免なのだから当然だ。
プレイヤーの犯罪撲滅を悲願に掲げていた迎神教の偉い人たちは、そうした内情を知ることもなく大いに喜んだ。
免罪符を持っていなかったアホどもにはティナンの貴族社会に食い込んだ俺が口利きしてやった。
彼らは口々に訴えた。自分たちは愚かだった。出所したなら免罪符を発行して貰いたい。それを拠り所に心安らかに静かな日々を過ごそう。シルバー会員が増えた。
その功績を讃えられて、俺は出世した。
いつの間にか教会に所属していたらしく、枢機卿とやらに任命された。
おそらく先生の身内ということで高く評価されたのと、一人くらいは人間で偉いやつが居たほうが何かと捗るという思惑があったのだろう。
そして今日も俺は「視察」に訪れた刑務所の中庭でダンスを踊る。
間抜けな貧乏人が冤罪を叫び、ただひたすらに赦しを請う。なに? 金がない? じゃあダメだな。諦めろ。絶叫が刑務所に響き渡る。最高のメロディーだ。
「くくくっ、ふははははは!」
また荒稼ぎしちまったなぁ、おい。これだからこの売はやめられねえ。
哄笑を上げる俺を、大司教様……いや、今は俺のほうが偉いんだったな。大司教のポプラが夢見る乙女のような瞳で見つめている。
「コタタマ、すっかり立派になって……」
「おいおい、枢機卿を呼び捨てにするのか?」
「う、すみません。つい……」
しゅんとするポプラの頭を俺は優しく撫でてやった。
「冗談ですよ。大司教様は、いつまでも俺にとっての大司教様ですから」
俺はにっこりと笑った。
3.山岳都市ニャンダム-牢獄
ところが俺の天下は長続きしなかった。
計画の初期段階で仕込みを怠ったツケが回ってきたのだ。
無罪の証拠をこれでもかと取り揃えたプレイヤーが裁判で冤罪を訴えて勝ちやがった。
くそがっ、俺が荒稼ぎしてるのを聞きつけて強請りに来やがったな。証拠隠滅を図る俺だが、大司教様に回り込まれた。
大司教様は可愛らしく小首を傾げてニコッと笑った。
「破門っ」
大司教様は、俺の怪しい動きを察知してずっと俺を監視していたのだ。これだから女は信用ならねえ。魔性とはよく言ったもんだぜ。
市街地で大立ち回りを演じた俺だが、健闘虚しくムショにブチ込まれてしまった。
冷たい牢屋の中、俺は鉄格子にしがみついて看守に赦しを請うた。
「ま、待ってくれ! 免罪符っ、免罪符なら腐るほど持ってるんだ! プラチナだぞっ! この俺は神のお膝元に仕えることを許されたプラチナ会員様だぞーッ! こんな扱いをしてお前らただで済まされるとっ」
看守さんはゴミを見るような目で俺を見た。
「免罪符? それは、ただの紙クズだ」
そう言って俺の手からプラチナ免罪符を取り上げ、足で踏みにじった。
「教会は正式に免罪符の停止を布告した。ここに居るお前は、ただのゴミだ」
「待てっ、待ってくれー!」
俺の慟哭が牢獄に響き渡る。
哀れな俺の訴えを無視して、看守さんが牢獄を去っていく。
脱獄を防ぐために設けられた重い扉が閉ざされ、硬い錠が無慈悲に落とされた。
ぎぃ……
どしん。がちゃっ
これは、とあるVRMMOの物語。
悪は滅んだ。
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