大司教様の憂鬱
1.クランハウス-客間
先生がウチの丸太小屋に一人のティナンを連れて来た。
先生に顔を出すよう仰せつかった俺は一も二もなく客間に駆けつけた次第である。
テーブルを挟んで俺とティナンが向かい合っている。先生は俺の隣に座ろうとしたのだが、
「あなたはこちらへ」
と、客ティナンに言われて特に断る理由もなかったため彼女の隣に座った。……彼女、だと思う。ティナンの容姿を簡単に説明するとロリエルフ。成人しても小学生か中学生にしか見えず、性差も微妙な違いにとどまる。
ティナン男子は身体の線が細く、ティナン女子はぺったんこと来れば、これはもうはっきり言って服装と仕草でしか男女を見分けるすべがない。
つまり物腰が柔らかく男女共通の衣装を身につける神官ティナンの性別を見分けるのは困難を極める。そして俺は目の前に座っているティナンを多分女子であろうと推測した訳だ。
ティナン女子は隣に座った先生のもこもこした毛皮を手のひらで撫でた。大変だ。先生がセクハラされている。しかし下手には動けないぞ。
ティナンは見た目に反して逞しい種族であり、小学生にしか見えないこの女にとって同じ部屋にいる俺と先生を肉塊にすることなど造作もないのだ。
客ティナンが何も言わないので、仕方なく先生が橋渡しを買って出た。
「コタタマ、こちらは迎神教の大司教様だ。くれぐれも失礼のないように。大司教様、彼がコタタマです」
大司教とな。それが教会でどれくらい偉いのかは分からないが、大って付くくらいだから偉いんだろうなぁ。
妙な風向きになってきたな。その大司教様が俺に何の用事があるってんだ? もしくは本当に顔合わせだけで俺はもう部屋に戻っても良かったりするのだろうか。先生の手前、大人しくしているが普段の俺だったら「じゃ」とか言って立ち去っていることだろう。
大司教様はじっと俺を見つめている。
「そうですか、彼が。ではセンセイ、彼はあなたの弟子に当たるのですね?」
彼女に限らずティナンは先生をセンセイと片言っぽく呼ぶ。よく分からないが、このゲームの設定上、俺たちは日本語で会話している訳ではないらしい。
落ち着き払った声だ。相当若作りしていると見たぜ。俺は早くも内心で大司教様をこき下ろした。
背中のチャックに伸ばされた若作りの手を先生はやんわりと払いのけながら、
「いいえ、彼は私の弟子という訳ではありません。どちらかと言えば友人のようなものです」
どこの馬の骨とも知れないティナンに俺と先生を結ぶ深い絆など分かろう筈もない。
案の定、若作りは不可解そうに眉をひそめた。
「家族でも師弟でもない、クランというものですか。なるほど。コタタマと言いましたね」
「コタタマっす」
はっきり言って気に入らないな。先生のチャックに触れるのは同じβ組に許された特権のようなものだ。この俺ですらおいそれと手出しすることができない聖域なのだ。それを、教会の偉い人だか何だか知らないが、キャバクラ嬢にタッチするくらいの感覚で……。
出会って僅か三分足らずでぞんざいな口を利き始めた俺を、先生がきつく見る。
あ〜あ、傷付いたなぁ。先生は俺よりもそんなぽっと出の女を取るんですか? けど、その女が先生のために何ができるって言うんです? 何もできやしませんよ。しょせんビジネスの関係なんでしょう? でも俺は違いますよ。俺は先生のためとあらば誰であろうと殺せるし、どんな薄汚れたことだってやれる自信がある。
俺の殺意を感じ取ったか、俺から先生を奪おうとしている泥棒猫が剣呑に目を細めた。
「なるほど、噂に違わぬ人物のようですね」
「い、いえ、大司教様。彼はいつもはもっと大人しい子なのですが……」
取り成そうとする先生を泥棒猫が片手を上げて制した。
「申し分ない人選であると言ったのです」
けっ、お高く止まりやがって。すっかりやさぐれた俺はソファで踏ん反り返った。
「で? 俺に一体何の用ですか?」
「コタタマ!」
「先生。これは俺とその女の問題ですよ。違いますか?」
神に等しい存在であらせられる先生だが、たまにこうやって先生のお人好しな部分に付け込んで勘違いした輩が現れる。そうしたクズを始末するのも俺の務めだ。
クズ女が不敵に笑う。挑戦的な眼差しを俺に向けて言った。
「非行に走るあなたたち人間を姫は憂えておられる。姫は仰せになりました。あなたたちには心の拠り所がないのだと。冒険者コタタマよ、私は迎神教の教えをあなたに授けるために遣わされたのです」
え? 非行に走るプレイヤーの代表が俺なの? それおかしくね?
2.山岳都市ニャンダム-教会
迎神。
あまみ、と読むらしい。
迎神教はティナンたちが広く信仰している怪しい宗教だ。
ティナンは逞しい子たちではあるが、さすがにレイド級ボスモンスターの前では無力に等しい。
眷属のモンスターとはそれなりに戦えるものの、最後にはレイド級に蹴散らされ、各地を転々としてきた。
そんな暮らしを何十年、何百年と続ける内、ティナンたちにとある感情が根付いていた。
それは羨ましいという気持ち。妬みだ。
レイド級という絶対的な主を持つモンスターたちを、ティナンは羨ましいと思った。
そしてこうも思った。自分たちにも絶対的な主が欲しい。守ってくれとは言わない。圧倒的で、気高く、傲慢な魔物の王。そんな存在に仕えたいと思ったのだという。
何故、自分たちにはレイド級が居ないのだろう……。
そうした願いから自然と生まれたのが迎神教だ。
原始の記憶に残る、天翔ける船に乗るタコっぽい何か。それをティナンはゲストと呼び崇めた。
つーかそれョ%レ氏でしょ。ゲストって言っちゃってるじゃん。
なんて言うかな、もうさー……ぶっちゃけ宇宙人なんでしょ? 隠す気まったくねえんだよな。政府は何してるんだよ。マスコミは。ジャーナリズムは屈さないんじゃなかったの? とっとと捕まえて解剖しちまえよ。
まぁリアルの話をNPCにしても仕方ない。
山岳都市の教会に連れて来られた俺は大司教様のありがたいお説教を黙って拝聴していた。
「いつの日か齎される救いに私たちは備えなければなりません。思えば【ギルド】の出現も私たちに課せられた試練なのでしょう。神は私たちを常に見守っておられる。冒険者コタタマよ、子供たちと触れ合いなさい。人は神々のおわす天上より孵り、死して天上に還るのです。ならば子らは私などよりもずっと神に近しい尊い存在と言えるでしょう」
大司教様、その尊い存在とやらが俺の指を無邪気にへし折っているのですが。
こら、やめなさい。俺の指はポッキーじゃないんだ。簡単にへし折れるからってスナック感覚で弄ぶのはやめて。お願いだからもっと優しく扱って。俺を優しく扱って!
ティナンの街では教会が保育園の役割を果たすようで、みなしごや鍵っ子を預かっているそうだ。
しかし、みなしごとは? モンスターはNPCを襲わないし、クソ虫との戦いでティナンに犠牲者が出たなんて聞いたことがない。プレイヤーが肉壁として前線に赴いているというのもあるんだろうが、まず根本的に生物としての格が違うんだ。ちょっとやそっと銃弾を浴びた程度ではティナンは倒れない。ナウシカ事件で撃たれてるの見たけどケロッとしてたからな。
まぁゲームだからな。設定にいちゃもんを付けても仕方ない。そういうものなんだと納得するしかないだろう。
俺でキャッチボールを始めた子供たちを大司教様は微笑ましそうに見つめている。
いや、大司教様よ。あんたにとっては心洗われる光景なのかもしれんが、今は救いを待つよりも俺を救ってみるというのはどうだろう? たまには積極的になってみるのもいいと思うんだ。
あと、これだけは言っておかなくちゃならんな。俺は大司教様に声を掛けた。
「大司教様、大司教様」
「どうしましたか、冒険者コタタマ」
どうかしてるのはあんたらの教育方針だよ。いや、それは置いておこう。話が先に進まねえ。
「先生からどんな風に聞いてるのかは知りませんけど、俺たちは無宗教と言うよりゆるい多神教ですよ」
「ゆるいとは?」
大司教様は俺の話に興味を惹かれたようだった。しめしめ。
「とりあえず降ろしてください。話しにくくて敵わねえ」
「仕方ありません。いいでしょう」
大司教様は軽く助走をつけて飛び上がると俺を空中でインターセプトした。身体能力という面で大人が子供を凌駕しているのは人間と同じだな。俺をお手玉のように軽く扱い、着地のアフターケアもばっちりだった。
俺という壊れても直る玩具を取り上げられた子供たちはまだ遊び足りないといった様子だったが、大司教様の言い付けには不満もなく従うようだ。お外で遊んで来なさいと言われ、はーいと元気良く教会を出て行った。
「あっ、変態だ! 変態が来たー!」
「そうさ、僕だよ。君たちだけの変態だ。ひとまず脱ぐけど構わないね?」
「きゃー!」
何やら変態を称える子供たちの歓声が聞こえたような気もするが、三半規管がヤバいことになってる俺の幻聴だろう。
大司教様が俺の裾を引っ張る。
「人間とは面白い生き物です。破滅的な願望を満たすために他者を害する者が居れば、あなたの友人のように我が身を顧みず子供たちに尽くす者も居る」
残念ながら幻聴ではなかったようだ。
やはりお前か。アットム。君たちだけの変態って何だよ。パワーワードを事もなげに使いこなすんじゃない。あと脱ぐな。着ろ。
「多様性に富み、驚くほど脆く、しかし優れた適応力を持った種族……。【ギルド】と時を同じくして何処より現れた者たち……やはりあなたたちが神が遣わした天の使者なのか……」
んん。その神とやらがョ%レ氏とするなら、あながち間違ってはいないんだが……。
俺は言い淀んだ。
天使と言えばナビゲーターの【NAi】だよな。あの女神、マジで総スルーされてるんだなぁ。あれだけティナンに執着してたのに、なんかいっそ哀れに思えてきたぜ。
俺が邪神様の境遇に思いを馳せていると、大司教様が俺の裾をくいくいと引っ張った。
「私は、あなたたちの信仰に興味があります。ゆるい多神教と仰いましたね。それは一体どのようなものなのです?」
おぅ、そうか。じゃあ手っ取り早く言うぜ。
俺は、日本人の宗教観を簡単に説明した。
大司教様よ。あんたらの迎神教にも何か楽しそうなイベントというかお祭りみたいなもんはあるんだろ? 祈るだけじゃ腹は膨らまねえからな。
そいつに俺らも混ぜさせて貰うぜ。ただし、しち面倒臭ぇ取り決めには従わねえし、多少の行き違いから地味なローカルルールは破っちまうかもしれねえが、そこは許せ。
すると大司教様は化け物でも見るかのように大きく目を見開き、ふらりと後ずさった。
そのままふらふらと祭壇まで歩いて行き、祀ってあるタコっぽい偶像に祈りを捧げた。
「おお、神よ……」
あと、これは言わなかったが……
宗教は儲かるからな。俺は舌なめずりした。
そしてハッとする。俺が不良債権どもの代表というのが腑に落ちなかったんだが、そういうことか。
先生は遠回しにこう言ってたんだ。
俺に、この女を骨までむしゃぶりつくせと。
先生。見ていてくれよな。俺、がんばる。
これは、とあるVRMMOの物語。
信じる者は救われる。ならば多少の誤解は許されるのだろうか。許されないならば、それは神の手落ちと言えはしないだろうか。完全な人間など居ない。そのように彼らを設計したのは神なのだから。
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