鬼さんこちら
「あばばばばばーッ!」
俺は挨拶代わりに死んだ。
特攻してきたモブが自爆したのだ。
問答無用のPKであった。
そう。それでいいんだよ。死に戻りした俺はとても楽しい気分になって査問会を招集。俺も少し本気を出すとしよう。草の根を掻き分けてでも探し出してやるぜ……!
俺は目がいい。刺客の顔は覚えた。このゲームのフレンド仕様はクソなのでキャラデリしない限り繋がりが切れることはない。自爆したのはルート権をこちらに与えないためだろう。動機は復讐か? リスク管理をしている割には感情的だ。他に依頼主が居るな。つまり俺を殺したのはPKerだ。
蛇の道は蛇。
俺は見つけ出した刺客を見せしめに公開処刑してやった。
くくくっ、ふはははははははははは!
1.ポポロンの森-クランハウス手前
さて、決闘の件だったな。
丸太小屋を出るなり特攻自爆されたのでカッとなって色んなものを置き去りにしちまったぜ。もう終わってるかもな。
いや始まってすらいなかった。
ウチの丸太小屋の手前にウチの子たちと【提灯あんこう】の小娘どもが集まっている。先生とネフィリアも。アットムは居ない。
決闘と言うよりはクラン対抗なのか。
先生は小娘どもをあやしてやっているようで、バレーボールでトス回しをしている。その様子を腕組みなどして眺めているのはネフィリアだ。
俺はひとまずネフィリアに声を掛けた。一応客だからな。
よう、ネフィリア。相変わらずイイ女だな。弟子として鼻が高ぇーぜ。
「遅い! ドコへ行ってた!」
そう頭ごなしに怒鳴りなさんなよ。俺はやれやれと地べたに正座した。俺にだって事情ってもんがあるんだぜ? いつでもお前と遊べる訳じゃねえんだ。
ネフィリアが俺を指差してゴミスキルで嫌がらせをしてくる。
「またどうせ見ず知らずの男にホイホイついて行ったんだろ!」
見ず知らずじゃねーよ。さっき公開処刑するついでにフレンド登録したぜ。魔法使いは貴重だからな。ソシャゲーみたいにフレンドを召喚して使い捨てにできればいいんだが、まぁフレンドの使い道がそれだけってのも寂しい話だ。ネトゲーマーらしいっちゃらしいけどよ。このゲームはフレンドの登録数に上限がないらしいが、普通は使い物にならねえフレンドはバシバシ切り捨てるもんだからな。ひでぇ話だよ。
「……手当たり次第にフレンド登録するのはヤメロ。フレンドリストは悪用できる」
あ? ささやき攻勢のことか? そう堅苦しく考えるなよ。俺ぁ作業の片手間にゴミどものプロフィールを眺めるのが好きなんだよ。理想を言えば証明写真みたいなのじゃなくてキャラの立体画像をグリグリ動かして色んな角度から鑑賞したいんだが、それはパンツ見れるからダメなんだろうな。このゲームは本当にその辺が徹底してるよ。ネフィリア。お前は今日何色のパンツ履いてるんだ?
俺は朗らかにセクハラした。
そしてグーで殴られた。
よし、じゃあ本題に入るとするか。地面に転がった俺は、トコトコと近寄ってきたスズキの腰に腕を回して決闘とやらのルール説明を求めた。
ふいっと顔を逸らしたネフィリアが憮然として言う。
「隠れんぼだ」
マジかよ。俺は耳を疑った。
隠れんぼはユーザーイベントの定番だ。
ユーザーイベントには人が集まらないかもしれないという恐れがあり、それゆえに少人数でも実施できる隠れんぼ、もしくは宝探しは間違いのないイベントだった。ヒントを出すなりすれば長時間探し回っても見つからないなんてことはないからな。つまり……裏を返せばクソつまらないイベントの代名詞ということになる。
そんな安全策に出るとは、魔女も堕ちたもんだな。小娘どもに絆されたか。何が決闘だ。下らねえ。
「言い出したのはGoatだ。私じゃない」
だが、小娘どもの中にはユーザーイベントは初めてというやつも居るだろう。あまり複雑なイベントにしても付いてこれないかもしれない。そういう意味ではド定番の隠れんぼはアリだ。いや、これしかない。
さすがは先生だ。まさに神の采配よ。
俺はころっと手のひらを返した。ユーザーイベントの本質は何をやるかじゃない。誰がやるかだ。
バレーボールを脇を抱えた先生がトコトコと近寄ってくる。
「場所はどこまでも。期限はいつまでもだ。鬼はネフィリアたちが。コタタマ、それでもいいかな? 君は不利だ。君はどこに行っても目立つからね」
それは困りますね。やるからには勝ちたい。
……賞品は何を?
「特にはないよ。私とネフィリアの勝負だからね。さしずめ……クランマスターとしてどちらが上か、だ」
なら、こうしましょう。俺とマゴットを一時的にトレードする。俺は鬼に。マゴットは隠れる側だ。手柄は自分のクランに行くようにすればいい。どうです?
そういうことになった。
2.古代遺跡-地下中層域
俺の提案は先生とネフィリアにとっては読み筋だろう。話がどういう流れになろうとそこに持って行ったに違いない。
これは単なるクラン対抗戦ではないということだ。
ネフィリア……。何を焦っている? 俺にクァトロくんを捜せと言うのか。
俺は遺跡マップの地下にやって来た。
つまるところ、俺がネフィリアよりも先に先生を見つけ出せばウチの勝ちは揺るがない。先生が隠れるとすれば、これまで誰も行ったことがない場所だ。
「コタタマ氏!」
クソ廃人どもを引き連れたサトゥ氏が俺の肩にガッと腕を回した。早足で歩きながら進捗状況を説明してくる。
「いいタイミングで現れたな。いや少し遅いか。ネフィリアか?」
そういうことだ。その口振り……。進展があったんだな?
「ああ。隠し通路を発見した。先遣部隊が消息を絶った。レイド級かもしれない。情報が欲しい。レイド戦勃発の条件を満たしてアナウンスを流す。混合チームでこれから潜る。俺が指揮をとる。お前も来い。お前は目がいい」
お前が指揮を? やめとけ。加護が降りたなら残機がすり減るぞ。まだ万全じゃない筈だ。
「死に戻りすればいい」
レイド級のスキルが未知数だ。先遣部隊と連絡が取れないってのは尋常じゃない。メガロッパから聞いたろ? このマップに巣食う使徒はレ氏の隠し球だ。
サトゥ氏は焦っている。
「時間がない。俺とセブンは大黒屋に無理を言ってここに居る。期限を切られてる。せめてクァトロの無事をこの目で見るまでは引き下がれない」
だからって……。いや、そうだな。大黒屋と連絡を取り合ってるならそれでいい。検証チームが動いてるのか。レイド級のスキルについておおよその予想は付いているのかもしれない。あいつらは個人では動かないから俺なんかが一人でああだこうだと理屈をこねるよりもずっと考察が鋭いし正確だ。それゆえに不確定な情報は出したがらない。大黒屋はツテが広いからな。検証チームから幾ばくかの情報を得ているのだろう。
セブン。お前はどう見る?
俺は肩越しに振り返って死に損ないに声を掛けた。
セブンは口をひん曲げて笑った。
「雑魚が群れたところでこの手の任務はこなせない。俺が単独で潜る。サトゥ。お前もだ。レベル10にも達してない半人前は引っ込んでろよ」
「ボランティアは強ジョブだ。【戒律】もそれ相応に厳しい筈。予想は付いてるんじゃないか? お前一人で本当に大丈夫か? 答えろ」
セブンは舌打ちして口をつぐんだ。
サトゥ氏は笑った。
「いつも言ってるだろ。私情は捨てろ。冷徹なマシーンになるんだ。マシーンに感情は必要ない」
人の皮を被った戦闘マシーンどもがザッザッと地を蹴立てて中層域を行く。
そこはすでに戦場であった。
戦線を構築したゴミどもが種々様々なモンスターと戦っている。
サトゥ氏が声を張り上げた。
「使えるクズを仕入れて来たぞ! 目のいいクズだ! これより最下層に潜る! ケツは頼む! 一匹たりとて通すな!」
その使えるクズとはよもや俺のことじゃあるまいね?
ゴミどものクズコールが渦を巻く。
「クーズ! クーズ!」
誰がクズだ。殺すぞ。
3.古代遺跡-最下層
案の定、最下層へと通じる隠し通路がこれまで見つからなかったのはカラクリがあった。
単純に十人や二十人でどうにかなる話ではなかったのだ。
中層域で激しい戦闘が起こっていること。それが隠し通路が開放される条件だったらしい。
つまり、こうだ。
一定以上の戦力が攻め込んで来た時にレイド級が出撃できる仕組みになっている。
ぽっかりと口を開けた、だだっ広い下り坂を俺たちはカツカツと歩いていく。
嫌だなぁ。これ、どう見てもレイド級の専用通路だぜ。
ダッと地を蹴って逃げ出した俺をガッとタックルして連れ戻したサトゥ氏が言う。
「場所を特定できたのは大きかった。コタタマ氏。お前の言う通りだったよ。ラム……最高指揮官との戦闘は終わってない。未踏の領域には違和感があった」
別に俺の手柄じゃない。簡単な推理だった。ラム子との戦い以降、黒い金属片が地面から迫り上がるようになった。俺らはラム子の腹ン中に居る。
フェーズ4は、この世界そのものだ。
だからプレイヤーが誰も知らない場所は再現しきれていないんじゃないかと踏んだ。
俺たちは間違い探しをするだけで良かった。
ゴミどもは以前からこの遺跡マップには何かがあると考えていて調査を進めていた。しらみ潰しに隠し部屋を探すなんてのは当たり前のことだ。
開閉する仕組みになっていた壁が、ただの壁になっていればどうしたって粗は出る。叩いた時の手応えが違うとかな。
何かあると確信できたなら人手を集めることもできるという訳だ。
情報提供してやった心優しい俺を死地へと誘うボトラーが軽薄な口を開いたり閉じたりしている。
「コタタマ氏。そろそろだ。この辺りで先遣部隊の報告が途絶えた」
死にたくねえな。くそっ。俺はギョロギョロと目ん玉を動かして隈なく精査していく。
今のところ異常はない。俺の目はマールマールの超重力ですら見落とさなかった。何かあれば分かる筈だ。
だが相手はレイド級である。俺程度のゴミを欺くことなど赤子の手をひねるようなものであったらしい。
俺の足が溶けた。おお。新手のスタンド使いかな? 俺の身体が下からどんどん溶けていく。サトゥ氏も足をやられたようだ。叫ぶ。
「罠だ! 跳べっ!」
罠。罠か。
サトゥ氏。それ大当たりかもしれねえぞ。
俺はグズグズに溶けながら呻き声を上げた。
設置型の攻撃魔法……!
しかも、おそらくはデバフを兼ねる。
こ、こいつは……。
レイド級の姿は見えない。何も居ないとしか言いようがない。
だが、例えば隠密行動に特化したレイド級が居たとしたら。そいつはプレイヤー個人でどうにかなるような生ぬるい相手ではない筈だ。
アナウンスが走る。
【冒険者たちがプクリ遺跡を強襲しました!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:01.39.89…88…87…】
【目標……】
【使徒】【Bury-Creep】【Level-4002】
何も居ない。
何も見えない。
だが何か居る。
セブンが棒手裏剣を当てずっぽうに投擲した。
何もない空間に棒手裏剣が弾かれた。
半身を溶け崩したサトゥ氏が目を見張る。
「騙し絵、か……!」
恐ろしく高度な擬態だ。
ここは地下通路じゃない。俺たちは、とうにレイド級の寝ぐらに足を踏み入れていた。
騙し絵が歪み、巨大な何かの輪郭が浮かび上がる。
それは怪獣みたいなカメレオンだった。
Bury-Creep。プクリと言うらしい。
プクリさんは舌をびゃっと伸ばして俺たちを捕食しようとしたが、種族人間はあまりにも脆かった。四散した俺たちに巨大カメレオンが不思議そうに首を傾げる。
俺たちは、もはや避けては通れない宿命のように全滅した。
これは、とあるVRMMOの物語。
せっかくがんばって目を鍛えたのにあんまり意味なかったですね。
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