ガソリンスタンド
問題は起きる。
何をしてても。どんな商売だろうと。
1.山岳都市ニャンダム-冒険者ギルド斡旋所
ペタタマヒューマンパワーレンタル社は実体のない会社だ。
これという集合場所を設ける規模にはまだなく、どちらかと言えば襲撃を受けるリスクが勝っている。
だが、もしも本籍を上げろと言うなら今現在は冒険者ギルドのパーティー斡旋所がそれに一番近いのだろう。
コンビニのレジと同じで、忙しい時間帯には複数の受付に係員を配置して回す形態を取っている。
受付嬢はティナンだ。
プレイヤーにこの手の仕事を任せるのは無理だ。極端な話、ただ生きていくならプレイヤーは金を稼ぐ必要がない。腹が減ったら自害すればいいのだから。
走り始めたばかりの事業ということもあり、俺は定期的に斡旋所に顔を出すようにしている。
ドアをくぐって斡旋所に顔を出した俺に受付ティナンがてててと駆け寄ってくる。
「社長〜」
あいよ。どうした。またぞろ厄介ごとかい?
俺は受付ティナンを抱き上げて事情を聞く。
まぁ揉めている。新人イビリが起きたらしい。原因はお気に入りのパーティーメンバーをめぐる争いだ。軽く脅しつけるつもりだったが新人が思ったより強くてのされたようだ。
新人の主張はこうだ。
「あっちが勝手に絡んできた。俺は悪くねえ」
その通りだな。
だがお前はCランクだ。あっちはBランク。最初に説明を受けたろ? ウチはランクが高い冒険者を優遇する。だから、これからお前を袋叩きにしようと思う。何か言い残すことはあるか?
「おかしいだろ!」
おかしくない。
俺は最下層のゴミの肩にガッと腕を回した。
これも説明を受けたよな? 金だよ。ウチの冒険者ランクは貢献度で決まる。お前はそれなりに腕利きのようだが、そんなことは関係ない。金さ。
こう考えろ。あっちのBランはお前よりもウチに貢献している。今後もお前より多くの金を稼ぐだろう。なのにお前は、そんなBランとCランのお前を対等に扱えってのか? そりゃ無理筋だろ。
もちろんお前が今この場でポンと気前良く全財産を吐き出すなら、お前は晴れてBランに昇格できるだろう。本当は将来性とか色々とあるんだけどな。不足分は俺が色を付けてやるよ。この場限りのBランということにしてやる。どうだ?
「誰が……!」
だろ? まぁそんなもんだ。
ついでにもう少し詳しく説明してやるよ。ランク付けは全体の比率で決まる。Aランクは十人までとかそういった定員は特にない。比率だ。どういう意味か分かるか?
そうか。分からねえか。あのな、俺がランク制を導入したのはお前らを対等に扱うよりもBランAランを優遇したほうが実入りがいいからだ。見ろよ。お前に絡んできたBランがいい気味だとばかりに笑ってるだろ。あいつは今のお前みたいになるのが嫌だからBランにしがみ付いてくれる。定期的にウチに金を入れてくれる。
そう、金なんだ。全ては金だ。金が全てを決める。当たり前のことだよな。
悪評なんて関係ねえんだ。お前がウチをクソだと罵って二度と利用しねえってんならそれでもいい。お前は損をし続ける。俺は面倒臭ぇ客を切れる。そういうことなんだ。
悔しかったら金を稼げる男になりなよ。もしもお前が、そうだな……。サトゥ氏くらい活躍できる男になったら、そん時ゃ俺の負けだ。つば付けとけば良かったぜ〜ってなる。
で、言い残すことはねーのか?
俺はあるぜ。
死にたくねえ。
俺は命乞いした。
最下層のゴミが呆気に取られて俺を見る。
俺はニッと笑った。
なかなかのもんだろ? こうやるんだ。
俺はガッと膝を地に叩きつけて這いつくばる。
そして地べたに頭を擦り付けて懇願した。
殺さないでくれ〜!
ひゅうと風が吹いた。
開け放たれたドアの手前に一人の女が立っている。
女が呆れたように言う。
「コタタマ。お前は私を何だと思っているのですか……」
メガロッパさんだ。
片手に凶器をぶら下げ、斡旋所に入ってくる。
「少し用事があるだけです」
だったらどうして剣を手に持ってる?
「用心のためです」
そう言って宰相ちゃんはさっと頬を赤らめた。
「……何度か殺してあげたくらいで調子に乗らないでください」
言っている意味がまったく分からない。分からないが……。
何だ。ハッタリかよ。
俺は命乞いをやめてぴょこたんっと立ち上がった。
で、用事ってのは?
宰相ちゃんは用心深く斡旋所の内装を見渡している。
「冒険者ギルドですか」
そして俺を見る。
「お前は【ギルド】の指揮官なのでしょう?」
何を言っている? 俺はしらばっくれた。
両腕を広げて続ける。見ての通りさ。俺は人間だ。混じりっけなしのゴミさ。
「……クァトロを捜しています。彼の居場所に心当たりは?」
ない。と言いたいところだが……。
遺跡マップだろうな。
「根拠は?」
それ必要か? お前らも気付いているだろ。あのマップは異質だ。
「……何故それを私に教えるのですか?」
教えたらどうなる? お前らはクァトロを助けようとする。ラム子は苦労して手に入れた宝物を奪われることになるよな。
けど、それは人間の考え方だ。ラム子には当て嵌まらない。人間と同じ物差しで【ギルド】を測れるとは考えないほうがいいぞ。俺もそれで痛い目を見たことがある。
「遺跡マップが異質というのは……」
それ説明するの面倒臭ぇんだよなぁ。俺の憶測が正しいとも限んねえしよぉ。
まぁいいや。少し長くなるぞ。歩きながら話そう。
俺は宰相ちゃんを連れて斡旋所を出た。女神像を目指して歩きながら、ぺらぺらと口を回す。遺跡マップについてだ。
以前に先生が遺跡マップの気候は異常だと言ってたよな? 俺もそう思う。あのマップは人工的に気候を操作されてる。
多分な、大規模なエアコンだ。この星は本来もっと暑いんじゃないか。もしくは砂漠のように寒暖の差が大きい。
遺跡の至るところに銃撃戦の痕跡があったろ? あれはαテスターと【ギルド】が派手にやり合ったんだろうな。そして、こうも言える。だから鬼武者の群れは遺跡で眠ってるんだ。ガーディアンさ。だから常設ダンジョンと地下で繋がってるんだ。リビングアーマー、ホブゴブリン……ヤツらもガーディアンだ。重要な施設ってことだ。
宰相ちゃんは俺の小指をへし折った。
俺は一つ頷く。
さて、ここで少しレ氏の話をしようか。
あのタコ野郎は再三に渡ってこれはゲームだと言っていた。リアルじゃないとな。ヤツは嘘だけは吐かない。運営ディレクターの発言はプレイヤーの士気に大きく関わるからだろう。
けどよ、たとえ別の星だろうとモンスターやティナンが生きてて日々を暮らしてる世界をリアルじゃないなんて言うかね? 言わないだろ。それでもゲームだって言うなら、何のことはない、データなんだろう。
じゃあ何でエアコン機能なんて要るんだ? 気温なんざ自由に設定すればいい。俺はこう考えたよ。この星は何らかのネットワーク上に用意された【ギルド】のエサ場だ。
宰相ちゃんは俺の薬指をへし折った。
俺は続ける。
前に宇宙でドンパチやった時にな、考えたことがあるんだよ。VRMMOってのは恒星間移動に通じる技術だ。仮に電波を飛ばして仮想空間を構築できるなら、わざわざロケットに乗って別の星に行く必要なんざねえ。
つまり【ギルド】の正体がそれなんじゃないか。ハルヒの情報統合体みたいなものさ。だがハルヒと違うのは、情報は情報であってリアルに干渉することはないってことだ。だからゲームなのさ。
とはいえ、完全に無害ってことはないだろう。放っておいても問題ないならクァトロくんが戦う理由がない。
まぁインターネットを支配されるんじゃないか。原始時代ならいざ知らず、今の世の中でネットを支配されるってのはヤバいよな。リアルに干渉することはないと言ったが、【ギルド】がその気になれば分からん。支配されてからじゃ遅い。だからクァトロくんは戦うんだろう。
宰相ちゃんは俺の中指をへし折った。
話を戻そう。
【ギルド】はネット上の怪物だ。エサ場を用意するなら緻密なほど食いつきがいいだろう。膨大な履歴があったほうがいい。少しデータをいじればどうにでもなるようなモンじゃダメだ。どっかいじれば全体が狂うようなモンが望ましい。
一日が三十六時間。それは強靭なモンスターが生まれてもおかしくない絶対条件なんじゃないか。俺らの地球はさ、ほとんど理想の環境だろ。同じ条件じゃダメだったんだろう。要は説得力だな。
遺跡マップは異質だ。【ギルド】に占拠されたなら即ゲームオーバーになりかねない。備えは多いほうがいい。
どこかにきっと最終防衛ラインがある。
そう、レイド級だ。
役割からいって、これまでにないタイプのレイド級だろう。
そして、まず間違いなく使徒。
クァトロくんは、おそらくラム子の説得に失敗した。俺らの代に何か特別なことが起きると考えるのは自惚れだ。そうはならない。
メガロッパ。お前らがいくら捜しても見つからないのは、これまで行ったことがないところにクァトロくんが居るからだ。
クァトロくん本人の意思じゃないだろう。ラム子でもない。レ氏とモモ氏だ。ヤツらが使徒を動かした。ポポロンでもワッフルでもない。あいつらが動けばすぐに分かるからな。第三の使徒だ。プレイヤーの目を欺くに足る生態もしくはスキルを持っている。
危険だぞ。クァトロを見つけるということは、遺跡マップの最終防衛ラインを踏むということでもある。
どうする?
宰相ちゃんは俺の人差し指をへし折った。
「見つけ出しますよ。クァトロは私たちの仲間ですから」
下手をすればこの星が消し飛ぶ。それでもか?
宰相ちゃんは首を横に振った。
「レ氏は、遺跡マップを解放しました。ティナンに害を及ぼすような真似を彼はしません。【NAi】を作ったのは彼なのですから」
無意識の内に最善の仕事をこなす、か。
……いいだろう。そうまで言うなら、いいことを教えてやる。
俺はラム子に洗脳されてる。だから分かる。
ラム子との戦いは続いている。まだ終わっちゃいない。
俺たちは、フェーズ4の只中に居る。
大ヒントだぜ。精々上手くやりな。
俺の言葉に宰相ちゃんがハッとした。
「対策と強化……」
宰相ちゃんは俺の親指をへし折ってぺこりとお辞儀した。ダッと地を蹴って駆け出す。
俺はオシャカにされた手を振って宰相ちゃんを見送った。
そして胸中でラム子に語り掛ける。
……ラム子、これでいいんだな?
良くなかったらしい。
俺は得体の知れない部屋に隔離された。
2.???
黒い部屋だ。
小洒落た居酒屋みたいな店内をクソ虫さんたちが這い回っている。
俺はカウンター席に腰掛けており、隣には今となっては懐かしの【狙撃兵】さんが座っている。人型ロボットに寄生したウジ虫みたいな彼だ。人間サイズに縮んでいる。
参ったな。
ひとまず乾杯しとくか。
かんぱーい。
俺と【狙撃兵】さんはガソリンじみた黒い液体で満たされたグラスをチンと軽く打ち鳴らした。飲まなきゃやってられねえぜ。ゴッゴッと黒い何かを喉に流し込む。
俺は飲み干したグラスをタンッとカウンターに叩き付けて【狙撃兵】の肩にガッと腕を回した。
よう。俺ぁペタタマってーんだ。お前は【狙撃兵】だったよな? 最高指揮官殿の部下同士、精々仲良くしてやってくれや。
【狙撃兵】さんはじっと俺を見つめている。
喋れねーのか。まぁ仕方ねえか。考えようによってはチャンスだ。
まずは自己紹介と行こうか。軽く二時間ほどな。
これは、とあるVRMMOの物語。
攻略対象、一面ボス。
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