机を買いに行こう!
1.ポポロンの森-クランハウス跡地
モグラさんぬいぐるみを横に置いて経験値稼ぎをしている。
……先生御殿の建立は却下されてしまった。悲しい。もるるっ……。
おや、ポチョがログインしてきたぞ。
プレイヤーはログイン時に無防備になるので、こうしてじっくりと誰かのログインを鑑賞できる機会はあまりない。
魔法少女モノの変身シーンみたいに裸になんねーかなとぼんやり思ったが、特にそういったことはなかった。キャラクターメイキングの模様を早送りでお伝えするように元騎士キャラが出現した。
ぱちっと目を開けた金髪が両手を広げてくるりと回った。
「ポチョだよ〜」
……コイツ、日本語が上達するにつれて頭悪くなってないか?
まぁいいや。俺はてくてくと近寄ってきた洋モノを捕獲して甘やかしてやった。人前だと恥ずかしがるので、二人きりの時くらいは俺の母性を満たしておかねえとな。
ポチョ子や。お前の哺乳瓶も焼けてなくなっちゃったから今度二人で新しいのを買いに行こうな。
「はぁい」
よしよし。いい子いい子。
しばし撫で回していると、ポチョがハッとした。俺からパッと離れて着衣の乱れを素早く直していく。
赤カブトさんがログインしたようだ。無防備に佇むウチのくまさんにポチョが手刀を首に当てる。
ぱちっと目を覚ました赤カブトに元騎士キャラが偉そうに言う。
「ジャム。私がその気だったならキミは三回は死んでいたぞ」
ええ? 全力で自分を棚上げし始めたぞ……。
とはいえポチョさんは一応ウチのサブマスターだ。言いたいことがあるなら言わせておこう。
「ログアウトは人目に付かないところで。これは基本だ」
赤カブトはじっとポチョを見つめている。
「ポチョさん。ペタさんと二人きりで何してたの?」
痛烈なカウンターが入った。
ポチョはしどろもどろになった。
「ふ、二人きりじゃない。モグラさんが。モグラさんが居るから。ななな、何も変なことはしてないもん」
「ホントかな〜?」
赤カブトは疑っている。ポチョの周りをぐるぐると回って金髪の身だしなみをチェックしてから、こっちに歩いてきてモグラさんぬいぐるみを抱きしめて俺の隣に座った。
「ペタさんはポチョさんに甘いし」
そいつは違うぜ、ジャムよ。
俺はぺらぺらと口を回した。
ポチョはウチのサブマスターだ。俺ら三等兵はポチョを盛り立てて行かにゃならん。一口にクランと言っても色々なタイプはあるが、ウチの場合はポチョが最大戦力だからな。構図は少し違うが【目抜き梟】に近いだろう。クランマスターを自由に動かすためにサブマスターがメンバーを仕切る形態だ。
しかし適材適所。ジャムジェムよ。俺は目がいい。先生が不在時に非常事態が起きたなら俺が後方で指示を飛ばしたほうがいいだろう。つまり俺とポチョの連携が大事なんだ。ポチョのアビリティは強力だからな。とはいえ限界はある。ポチョの腕は二本しかない。ジャム、お前とスズキは飽和状態を切り抜けるために動いて貰うことになる。
ネトゲーには伝統的にGVGっつーコンテンツがあるからな。ギルド戦。このゲームではクラン戦ということになるか。
俺はさりげなく赤カブトの手を握った。
ギルドで思い出したんだが、ラム子……最高指揮官はどうなった? クァトロくんは無事なのか?
「えっ。えっとぉ……」
知ってる範囲でいいぞ。
「んー。サトゥさんたちがクァトロくんをラム子?さんと二人きりで話せるように【ギルド】さんたちを引き受けてー。そのあとはどうなったか分からないけど、お花みたいな……」
迷宮か? 確か第三形態だったな。
「そう。それが崩れていったみたい。サトゥさんたちはクァトロくんを探してるよ。まだ見つかってないんだって」
あの勇者様、ちょくちょく消息を絶つなぁ。
サトゥ氏たちが探してもまだ見つからないってことは一筋縄じゃ行きそうにないな。
クァトロくんは君主だ。君主にはフレンドリストの破棄と思しき【戒律】がある。【王は一人】だったか。フレンドリストが機能しない以上、単純に考えたならささやきは使えない。しかしクァトロくんの【戒律】は【勇者】の称号で変質している。そうでなくともエリアチャットがある。意識があれば人伝てに生存報告くらいはできる筈だ。
……もしや俺と似た状況なのか? クァトロくんも力を使い果たして昏倒している?
いずれにせよ、俺にしてやれることは何もないな。
よし、バザーにでも行くか。
俺はポチョと赤カブトに声を掛けた。
俺はパイセンが仕事しやすいよう手頃な机でも買いに行く。お前らはどうする?
「一緒に行く〜」
そういうことになった。
2.山岳都市ニャンダム
バザー目指して三人で山岳都市の通りを歩いていると、足元から黒い金属片が隆起して俺だけ隔離された。
金属片が白く染まり通路を形成していく。その中を俺は慌てず騒がずにカツカツと歩いていく。
どこからともなく合流してきたゴミどもが俺の横に並ぶ。
俺はストレッチャーの上に横たわっているゴミを無感動に眺める。
これが今度の実験体かね?
俺の横を歩くゴミが手に持つカルテに視線を落として言う。
「はい。資料では元攻略組だとか」
俺は皮肉げに笑った。
なるほど。例のルートか。
「負債は相当な額だったそうですよ」
夢破れたり、か……。
だがこの実験で生まれ変わるさ。
「生きていれば、ですが」
まぁそういうことだ。
スイングドアを開けて俺たちは手術室に入る。手術台に横たわる元攻略組のゴミを見下ろして俺は宣言した。
「では、始めよう」
天井に備え付けられた無影灯が点灯した。
俺は人差し指を立てた。爪の隙間からじわりと黒い液体がにじみ出す……。
ペタタマヒューマンパワーレンタル社の事業は順調だ。
手術を終えた俺は手術室を出てカツカツと通路を戻っていく。
通路を構成していた金属片がしゅんしゅんと音を立てて地面に引っ込んでいく。
山岳都市の路地裏から出てきた俺に、赤カブトとポチョが駆け寄ってくる。
「ペタさん! どこ行ってたの!?」
ポチョが俺の手をぎゅっと握る。
「急に居なくなっちゃダメ」
おお、悪ぃな。急患だよ。ほら、俺ラム子に洗脳されてるからさ。たまにふらっと呼ばれるんだよ。でも、むしろ安全かもな? 何しろレ氏ですらラム子には下手に手出しできねえ。
赤カブトは俺の指先を摘んで俺の爪を剥いだ。
「そう? ならいいんだけど……。洗脳ってそういうものだったかなぁ?」
ラム子は本気じゃないってことだろうさ。
そもそもアイツは別にこの星を征服するとか、そういう目的では動いてねえ気がする。
バレンタインの時も自分の兵は動かさなかった。あのテントウ虫は直属の兵じゃないだろう。弱すぎる。
というか、なんで俺の爪を剥いだ?
すると赤カブトさんは真っ赤になって俯いた。
「な、なんでって。分かるでしょ? 今更なに言ってるの。もうっ」
いや分かんねえな。言えよ。おら。
俺が赤カブトを小突いていると、生まれたままの姿をしている俺の指先ちゃんをポチョがちらちらと見てもじもじしている。
「ひ、人前で何してるのっ」
……殺されないだけマシな筈だ。俺は前進している。その筈なのに、心の距離を遠く感じた。この先、俺は一体どうなってしまうのだろう。見通しが一気に立たなくなって愕然とした。
おや、ゴミどもがざわついている。何だろう。
スマイルの旦那だった。側近のアオミドリを引き連れたサトウシリーズ御大がこちらに向かって歩いてくる。人混みが割れる。ゴミどもは三人に道を譲って見学モードに入ったようだ。
俺は胸中で舌打ちする。
ちっ、不甲斐ねえ。スマイルは君主だぞ。何をぼさっとしてる。殺せよ。大金星だろ。どんなに強かろうが、これだけ頭数が居ればどうにでもなるだろうに。
だが、その最初の一歩を誰も踏み出そうとしない。
君主の継承によるフレンドリストの破棄を躊躇っているのか。いや、それだけじゃないな。気圧されてやがる。
……これがβ組か。俺なんかとはモノが違う。
スマイルの旦那がニコニコと笑いながら親しげに俺の肩を叩いてくる。
「やあ。コタタマくん。思ったよりも元気そうだ。安心したよ」
……旦那。あんた少し無防備すぎやしないか?
「こう見えて私はトレーダーの顔役だからね。今の内に顔を売っておくのさ。エッダ戦の影響は根深い。ロストを警戒して彼らはとても慎重になっている。もちろん全員ではないだろうが、絶対の保証なんて言い出したら何もできないからね」
そうかい。
時に、旦那。君主には【逆臣の処刑】っつー【戒律】があったよな? あんたは正気を保っているように見えるが、何かコツでもあるのかな?
スマイルはニコリと笑って誤魔化した。
「コタタマくん。君が眠っている間に状況がいささか変わってね。ロストするプレイヤーが定期的に現れるようになった。こうなることを君は予感していたようだが」
さて、どうかな。俺はしらばっくれた。
アオとミドリが一瞬だけ目線を交わした。ポチョを警戒している。国内サーバーのトップクラスがマークにつく。ウチの金髪はそういうレベルのプレイヤーだ。
スマイルは俺をじっと見つめている。ちらりと赤カブトを見て、すぐに俺へと視線を戻した。
「私にとってプレイヤーは等しく客であり、また……金の卵を産むニワトリでもある」
俺も答えた。
ゴミどもは気が付いたのさ。俺やサトゥ氏は何も特別なことはしていない。エッダ戦はきっかけだった。自分自身にメッセージを残すことができれば、俺たちはロストさえ利用できる。
アビリティガチャさ。
情報交換を終えて、俺は即座に仕掛けた。君主のジョブは俺が貰う。俺なら【逆臣の処刑】を制御できる。その自信があった。スマイルの首めがけて斧を跳ね上げる。アオが割って入る。俺の斧を逸らし、返す刃で俺の首を狙ってくる。ポチョがアオの斧を剣で押さえた。ポチョはオートカウンターを使わなかった。意図的に停止ができるようになっていた。ミドリが虚を突かれたような顔をした。100%来ると分かっている反撃なら逆に利用できると考えていたのだろう。
赤カブトが動く。標的はミドリだ。リーチでは槍使いのミドリが勝る。ミドリの刺突を赤カブトは身を沈めて躱した。俺は目を見張った。赤カブトが沈む動きに【スライドリード】を合わせた。
ジャム……。お前、強くなったな。
【スライドリード】は使い慣れれば色々なことができるようになる。慣性制御や部位別使用がそうだ。今ジャムがやったことは、それら二つの合わせ技だ。
ジャムの四肢が連動する。【スライドリード】特有の残像エフェクトが処理を越えたように放電エフェクトに変化した。
身を屈めるということは、倒れないよう身体を支える力が余分に要るということだ。ジャムはそれをキャンセルした。人間には経験則というものがあるから、それを上回るジャムの動きは傍目には不自然に映る。
しかしミドリはトップクラスの近接職だ。即座に身を引いてくるりと回って石突きでジャムの剣を受ける。
「マジだ」
マジシャン、魔法使いのことだ。一度の遣り取りでミドリはジャムのジョブを看破した。シフトチェンジを使うべき場面で使わなかったからだろう。魔法使いに【スライドリード(速い)】は使えない。
スマイルがアオの身体を押しのけて前に出る。
「残念だよ」
標的は俺だ。剣を突き出してくる。
俺はニッと笑った。黒い金属片を組み上げて片腕をガドリングガンに換装する。死ね。
俺とスマイルが互いに互いの喉元に武器を突き付けてぴたりと動きを止めたのは、多分俺たちが共に戦いに関して消極的な姿勢を引きずっているからだろう。
俺は残機がヤバいしスマイルは君主だ。死ねないという気持ちが戦闘への没頭を許さない。だから視界を塗り潰すアナウンスに気を取られてしまう。
スマイルがニヤリと笑った。
「始まったな」
山岳都市が揺れる。
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【警告】
【レイド級クラン出現……】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級クランの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【ヴァルキリー】【イマリン】【Level-1020】
合法ロリ姉妹が住まう武家屋敷の方角に、巨大なゴミが湧いた。
レイド級ボスモンスターに匹敵する巨体。エンドフレームだ。
女キャラのエンドフレームは男キャラのそれほどド派手に人の道を踏み外さないという特徴がある。それは多分、個人の資質とはまた別に他者の認識が作用した結果なのだろう。そのぶん精神的にクる姿をしていることが多い。
山岳都市に出現した女型のエンドフレームは、まるで火あぶりにされる魔女のようだった。一部脱落した皮膚の下からフレームが覗いている。髪は長い。本体は浮遊しており両腕を拘束されている。足元に雑然と積まれた砲身の山が薪を彷彿とさせた。
項垂れる粗大ゴミがゆっくりと顔を上げた。剥き出しになった眼球から漏れ出た光が赤い尾を引く。甲高い咆哮を上げた。
Kyyyyyyyyaaaaaaaaaaaaaaaaaa
スマイルは楽しそうだ。ニコニコしながら言う。
「コタタマくん。君の言う通りだ。我々は新しいステージに突入した。手段として確立したなら、キャラクターロストですらプレイヤーが立ち止まる理由にはならない。これはゲームなのだから」
粗大ゴミが悲しげに呟いた。
【コニャックさん。コニャックさん。コニャックさん……】
怖っ。
これは、とあるVRMMOの物語。
いい天気だなぁ。
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