Gun's Guilds Online
チョコさえ貰えれば満足だった。
ただそれだけで良かったんだ……。
1.山岳都市ニャンダム
種族人間ゴミすぎない?
鼓膜脆すぎんよ。パンパンパンパン……こんなの構造的な欠陥だろ。鍛えてどうにかなるとも思えんし。
久方ぶりに破れたので少し戸惑った。自害を……。いや、違う。バカか俺は。残機がヤバいんだ。以前とは状況が違う。このまま行くしかない。
しかしマズいぞ。多かれ少なかれ人間は音の反響に頼ってる部分がある。聴覚を失うということはパフォーマンスの低下を意味する。
俺は振り落とされないよう化け猫様の首にしがみついた。ニャンダムが動く。現存するレイド級で唯一の近接タイプ。言われてみれば当たり前のことだった。【全身強打】に【重撃連打】、【心身燃焼】と【八ツ墓】、それとゴミスキル。どれもが魔法職のスキルだ。【スライドリード】だけが例外で、それはニャンダムがユーザーに与えた力だった。
ニャンダムには眷属が居ない。それは多分ニャンダムの獣王という称号が関わっている。
そして、おそらくは……レイド級にとって地上戦は狭すぎるのだ。魔法タイプのポポロンやスピンドックらにとって、真価を発揮できるのは宇宙空間のように距離的な制限がない環境なのだろう。
そう、レイド級もまた【ギルド】との決戦を想定した存在なのだ。
俺は以前に何故プレイヤーなのか、レイド級ではいけないのかと考えたことがある。そうじゃない。考え方が違う。
レイド級でいいんだ。
このゲームにおけるプレイヤーとはレイド級を育てるためのエサだ。
ニャンダムが身をたわめて跳躍した。群れを成して襲い掛かってくるテントウ虫を足場に猛スピードで宙を駆けて黒薔薇に迫る。体重差を無視するこの動きはまさしく【スライドリード】のそれだ。
化け猫様が獰猛な雄叫びを上げた。鼓膜が破れてて聞こえないけど音の衝撃波がちっぽけな俺の身体をバンバン叩いてくる。
やだー! やだー! おうち帰るー! ママ〜!
おっと幼児退行してる場合じゃねえな。
ニャンダム様! 【ギルド】の首魁は攻撃手段を持たない様子。これは何かありますぞ。
【分かっておるわ。スキルコピーだ。アレは第一段階で敵の攻撃を学習する】
おや、鼓膜は破れても化け猫様の声は聞こえる模様。なるほどな。共振ってやつか。
……スキルコピーだと。ああ、だからか。だからョ%レ氏は俺らのクラフト技能に制限を掛けたのか。腑に落ちたぜ。俺らの宇宙は剣や槍で銃に勝てるようには出来てないからな。ミサイルなんぞコピーされた日には勝ち目なんざ万に一つもなくなる。
だが化け猫様は知ったことではないとばかりに黒薔薇の花弁を爪で切り裂いた。ええ? やっちゃったよ。
テントウ虫の相手をしていた【NAi】が化け猫様に近寄ってきて非難の声を浴びせてくる。
【ニャンダム! 軽率な真似は慎みなさい!】
【お前が天使か】
化け猫様はじろじろと【NAi】を見る。にゃっと底意地が悪そうに笑う。
【こんなところで何をしている。その姿は何だ。ははァ、神とやらに見捨てられたか?】
【そんなことありません〜っ!】
鬼畜ナビゲーターはぷんすかと怒った。
ん? クァトロくんが俺に何か言っている。俺は耳に手を当ててとぼけた。あんだって? 聞こえねーっつの。
俺の鼓膜がイッてるのを察してくれたらしく、クァトロくんはささやきに切り替えた。エリアチャットかもしれない。区別が付かない。
【ラムダを説得したい! ペタタマさんっ、お願いだ! 彼女はあなたに興味を抱いていた!】
説得って言ってもお前よぉ。俺はちらりと黒薔薇を見た。デカすぎる。レイド級をガンダムサイズとするなら、こちらはサイコガンダム級だ。もっとかもしれない。
これは説得とか無理じゃねえか?
【ギルドは滅びない! 戦って、勝っても一時しのぎにしかならない! だから僕はっ……!】
ああ、ハイハイ。そういうことね。そりゃそうか。これゲームだもんな。
小剣群を操る【NAi】がテントウ虫を撃墜しながら強い口調で言う。
【無駄だと言ったでしょう! 説得に応じるような相手ではない! それとも彼らヒューマンが何か特別な力を秘めているとでも? 面白くない冗談だ、クァトロ……】
【NAi】さんの様子がおかしい。
クァトロくんが悲鳴のような声を上げて反論する。
【僕はレ氏に期待してるんだ! もしも彼がそうなら、僕は、やっぱり、イレギュラーだったんじゃないか? その疑いがずっと消えないんだよ!】
……スキルは遺伝する。ョ%レ氏の創造魔法は親から受け継いだものだろう。
これは俺の勝手な思い込みかもしれないが、創造魔法というのは勇者のスキルとして相応しい。もしかしたらクァトロくんの電撃魔法よりもずっと。
この世界に召喚されたクァトロくんは召喚されたメンバーで唯一の大人だったから、小さな子供たちを守ってきた。大人の矜持という【戒律】がそうなのだろう。
だから、もしもクァトロくんが居なければ、ョ%レ氏たちの先祖に当たる子供たちは自力で生きていくしかなかった筈だ。つらく険しい旅になったろうが、人は苦境にあって成長する。
クァトロくんは、自分が余計なことをしたのではないかと思っているのだ。
俺はそうは思わないがね。
俺はベロリと舌舐めずりした。どうにも鼓膜が破れてて調子が出ねえが、まぁやるだけやってみますかね。
ニャンダム様、ニャンダム様。ちょっくらラム子に近寄れますかね? このデカい花のてっぺんに知り合いが居るんですわ。
【小僧、このワシに命令をするのか? 身の程を知れ。八つ裂きにされたいか】
いえいえ、滅相もありません。
俺は化け猫様の毛並みを整えながらぺらぺらと口を回した。
ニャンダム様は実にお強いですなぁ〜。いやはや、お見それ致しました。何しろあちらのレベルは計測不能ですから。さしものニャンダム様もご苦戦をなされるのでは?と思っていましたが……。ところがどうです? 蓋を開けてみればこの通り。苦戦。とんでもない。実のところ、少しばかり物足りないのでは? ええ、そうでしょう。ワタクシ、矮小なこの身なれど多少は口が回ります。そこでどうでしょう? ニャンダム様のご退屈をほんの少しでも癒して差し上げることができれば、と。ハイ。このちっぽけな人間に果たして何がやれるのか、と。余興をね。へへっ……。
渾身のヨイショであった。
すると化け猫様はころころと楽しげに笑い転げた。
【無様だ! そうか! ゲストめ。そういうことか。これは何の茶番なのかと思っていたが……。くくくっ、そういうことなのか!】
ややっ、何やらお気に召したご様子。
【いいだろう、小僧。よく分かった。お前はメインストーリーを進めようというのだな。そもそもココはワシの縄張りだ。首魁の顔を眺めておくのも悪くはない】
シュタッとお座りの姿勢に戻った化け猫様が巨体を細めるように四肢に力を込めていく。
【振り落とされるなよ?】
化け猫様が跳んだ。俺は振り落とされた。あー!
迫り来るテントウ虫の群れが破裂した。気付けば俺は化け猫様の牙に引っ掛かって宙ぶらりんしている。よく分からんが化け猫様が俺をリリースしてくれたようだ。
風景が一瞬単位で切り替わっていく。速すぎる。これがレイド級の前衛の見る景色なのか。こんなのどうにもならねえだろ。もしもティナンと敵対ルートを歩んでたら俺たちはこんな化け物と戦う羽目になっていたのか。
俺は目に力を込めてニャンダム無双の光景に振り落とされまいとしがみつく。
黒薔薇のてっぺんで両手を広げているラム子を視界に収めた。なんで半裸なんだよ? ちっ、アットムくんに見せてやりたかったぜ。
ラム子ー!
俺は叫んだ。
ラム子ー! 俺だー!
ラム子がちらりとこちらを見る。真っ赤な唇が半開きになる。俺はラム子の唇を読む。コタ、タマ? ああ、そうだ。俺だー!
ラム子ー! 俺はお前に洗脳されてるからお前に味方するぜ! お前は空っぽだ! 何にもねえ! そんなのつまんねえぜ! だからよー! こっちに来いよ!
ラム子は【ギルド】の最高指揮官だ。
初めて会った時から、反応が人間のそれじゃないと思った。
一見すると幼い子供のようではあったが、質がまったく違っていた。無垢な赤子のようだった。
ネトゲーに年齢制限なんてものはない。あったとしても無視できる。
だが、リアル赤ん坊がログインするなんてことは不可能なのだ。キャラクタークリエイトしなければ先に進むことはできないのだから。
ラム子は俺に興味を示した。それは俺が異常個体とやらだからなんだろう。クァトロくんに付いて回っていたのは、執着しているからだ。
クァトロくんは、この星に迫ってきた最高指揮官と強い因縁があると言っていた。互いに譲れない相手なのだと。
ラム子がそうなのだと思った。
俺は有りっ丈の声で叫んだ。
ウチの金髪がよー! ポチョっつーんだが! そいつがなー! 俺の知らない間に勝手に変な派閥みたいなの作ってるんだよ! 俺のダチ公のプッチョムッチョと知らねえ間に仲良くなってたりよー! ああ! そういえば前にポチョさんとか呼んでたなー! どういうことなんだよ! プッチョムッチョポッチョかよ! 語呂良すぎだろチクショウがー!
そのポチョと仲良しの小せえのがよー! スズキっつーんだが! 劣化ティナンって言ったほうが分かりやすいかー! 劣化ティナンさんがよー! なーんかリアルでポチョと連絡取り合ってるっぽいんだよなー! まー別に禁止してる訳じゃないからいいんだけどよー! 俺ぁ正直チョット怖えよー! 俺に内緒で事を進められてる感があってよー!
極め付けはジャムジェムだ! 赤カブトー! 俺はお前が思ってるほどアホじゃねえんだよー! ウチのピンクバージョンに何しやがったー! 行動パターンがまんまお前なんだよー! ヤサを押さえられたら俺ぁどうなっちゃうですかねー! 朝刊の一面を飾っちゃうんじゃないですかねー! 俺の命は風前の灯火だぜー!
ラム子ー! 俺ぁお前のことなんてさっぱり分かんねえ! なに考えてんのか分からねえしー! お前にとって何がイイコトなのかもさっぱり分かんねえよ!
だったら俺と一緒だ! 分かんないなんて当たり前だ! なーんも変わんねえ! 来いよ!
俺は宙ぶらりんになったままラム子に手を差し伸べた。
まぁそれほど甘かないわな。
ラム子が小さな両手を掲げて口をぽっかりと開けた。聞こえないけど何か叫んでいる。あーとか何かそんな感じだ。
つぼみが閉じていく。
黒薔薇の花弁が散っていく。
化け猫様がテントウ虫を踏みつけて上空に跳ぶ。
【デスペナルティだ】
デスペナルティ?
詳細を尋ねている暇などなかった。
黒薔薇の花弁が黒い粉を撒き散らして自壊していく。
これは……黒い雪だ。
黒い雪が山岳都市に降り注ぐ。
どんなことにも理由がある。
暫定エイリアンの一味が強力な戦力を欲しているというならば、プレイヤーに課せられたデスペナルティは戦力の低下を招く余計な機能だ。
だが、そうでないというなら。
デスペナルティが必要に迫られて実装せざるを得なかった機能だというならば。
それは多分、最高指揮官との戦闘を想定したものだった。
黒い雪に侵されたゴミどもが変貌していく。
鋼の身体。機械の手足。
遥か上空に死出の門が咲く。
前哨戦は終わりを告げた。
クァトロくんのお仲間たちが【門】をこじ開けて山岳都市の大地に降り立った。
ラム子が眠るつぼみに黒い金属片が結集し、巨大な獣の輪郭を組み上げていく。
それは、まるで黒いニャンダムのようだった。しかもオリジナルよりも強そうだ。四肢の付け根に生えている剣のようなパーツが稲妻を発して分離と合体を繰り返している。
ほ、ほう。第二形態という訳か。
【Gun's Guilds Online】
機械獣ニャンダムのひたいに生えたつぼみが花開く。
ラム子が小さな両手を平べったい胸の前に持ち上げた。何かを包み持つように指を丸く開く。
【Phase-2】
……すでに無理ゲー感が漂ってるんだが。
これ最終形態になったらどうなっちゃうの?
これは、とあるVRMMOの物語。
ペタタマ、諦めなければ夢は叶うのですよ。
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