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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
229/964

カートリッジ

 1.クランハウス跡地


 チョコレートを作っている。

 バレンタインが近いからな。

 ぼっちだった頃の俺とは違う。現ボッチのゴミどもやバレンタインなんて下らねえと強がるゴミどもには申し訳ないが、俺はほぼ確実に女どもからチョコを貰える。

 女子供には優しくというのが俺のモットーだ。男女平等なんていうお題目に踊らされるほどアホではないつもりなので、まめに好感度を稼いできた。

 チョコは貰える。だが、もっと上を目指したい。俺は止まんねぇぞ。止まんねぇ限り、その先にオルガ団長が居る気がするからな。

 という訳で、美味いチョコを貰うために先手を打って美味いチョコを振る舞うつもりだ。豊かな料理は豊かな味を知ることでしか生まれない。

 とはいえ、冷蔵庫がない。赤カブトが居れば【風速零下】で冷やせそうだが……。

 ……誰だ? 何かが近付いてくる。【歩兵】じゃない。このレーダーがγ体を拾うことはない筈なんだが……。


「ペタタマサーン!」


 ジョン。そうか。俺は斧を掴んでにこやかにジョンを歓迎した。

 アンドレの言うこともあながち間違いじゃなかったのかもな。ジョ〜ン。俺は言った。


「異常個体だな。それも究極の域に達したγ体……。δ(デルタ)体に近い反応を示すこともあるか」


 危険な存在だ。排除する。

 俺は奇声を上げてジョンに襲い掛かった。

 まぁ勝てないよね。登場した新キャラにインパクトを与えるために作者の都合で急にイキッた旧キャラが突っ掛かったみたいな感じで俺は気付いたら負けていた。何をされたのかすら分からなかった。まるでジョジョのキングクリムゾンだ。

 俺を地面に引きずり倒して腕をひねり上げたジョンが普通に会話を続ける。


「ペタタマサーン……。誰もカミカゼしろなんて言ってないヨ! とてもトテモ驚いたネ。ジャパニーズぎょっヨ」


 ええ? でもお前、エッダの性格の悪さを利用しろって言ったじゃん。言ったじゃん!

 ジョンは溜息を吐いた。


「日本のみなさんは真面目すぎるネ。アンディから聞いてないノ? レ氏との戦いがヒントになったヨ。つまり玩具箱ネ」


 ジョンの言い分はこうだ。

 ョ%レ氏は玩具箱について【戒律】の極致であると自慢していた。

 では薬剤師の調合は玩具箱のドコに活用されていたのか、と考えたらしい。

 ジョンたちの結論はこうだ。

 調合スキルの正体は小さな繭を複数作るクラフト技能である。目には見えないほどの小さい繭だ。

 それゆえに生体といった複雑な造りの物体にも【戒律】を刻むことができる。

 簡単に言えば、細工師と薬剤師のクラフト技能の違いは、対象が非生物と生物の違いなのだという。

 そしてエッダは悲劇を好む。種族人間を人体改造して消耗品扱いしてやれば面白いように制限時間を延長してくれたそうな。

 消耗品というのは、まぁカートリッジである。メイドインアビスだな。無条件に寄せられる愛情や信頼を代償に捧げれば強力な【戒律】を刻むに足る。……そっちも大概だとは思うが、いずれにせよ米国サーバーの連中は悲劇を演出することでエッダ戦を乗り切ったらしい。

 ……いや、ウチのほうがマシじゃね? 信頼関係とかズタズタに引き裂かれてそうじゃんね。

 ジョンはニカッと笑った。


「ステイシーにフラれたヨ!」


 お前自分の恋人をカートリッジにしたんか!?


 しかしジョンはステイシーデバイスが完全に機能したことで彼女への愛をより確かなものにしたらしい。寄りを戻すために奮闘しているのだとか。

 まぁそれなら……。そう悪くはない結果、なのか?

 ジョンは俺にのし掛かったまま「そういえば」と話題を変えた。


「ペタタマサン。さっきδ体って言ったネ。やっぱりλ(ラムダ)体はこっちにも来てるのデスカ?」


 ラムダ体? いや、知らねえなぁ。俺は省エネモードに移行した。

 そんなことよりお前、さっさとステイシーと寄りを戻せよな。お前から散々ノロケ話を聞かされてるもんだからもう他人事とは思えねんだよ。


「もちろんヨ! それでペタタマサーン。モノは相談ですガ、日本ではバレンタインにチョコレイトゥをプレゼントする風習があったよネ?」


 話が繋がった。

 なるほどな。チョコレイトゥをステイシーに贈るのか。男女の立場は逆だが、それは名案かもしれない。

 よっしゃ。ジョン。このペタタマサーンに任せとけ。お前に最高のバレンタインをプレゼントするぜ。手取り足取りな。

 カレンちゃんの証言によればジョンは下手の料理好きらしいが、料理のキモは分量と手順だ。メシマズキャラなんてのは現実的じゃない。仮に実在したとしても、そこには何らかのカラクリがある。俺は目に力を込めた。見極めてやる。


 美味しく作れたぞ。やったぁ。

 俺たちはきゃっきゃと手を打ち合わせて喜んだ。


「きっとステイシーも喜んでくれるヨ!」


 おう。ステイシーはお前には勿体ないくらいのイイ女だ。多少猟奇的な目に遭っても広い心で許してくれるさ。

 米国サーバーでは紋様の解析も進んでいるらしく、地面に式を刻んだジョンは俺のチョコも冷やして固めてくれた。

 ハート型のチョコを抱えたジョンが嬉しそうにぶんぶんと手を振って去って行く。


 そしてジョンと入れ違いに現れたのが饅頭屋だ。


「陛下〜!」


 去年のバレンタインでやりたい放題に暴れたモグラっ鼻の代表格である。

 饅頭屋は地に突っ伏して肩を震わせると、ボロボロと涙を零して強い調子で内心を吐露した。


「拙者、リアル女子とお近付きになってエッチなことをしたいでござるッ……!」


 ど ん !


 相変わらずオープンな直結野郎だな。

 しかしこの直結厨は生憎と出来のいい変態なので、俺としてもそう無碍にはできない。

 俺は相談に乗ってやることにした。

 やい、ゴザル。性欲を持て余してるならゲームなんてしてないで然るべき場所へ行けばいいんじゃねえか?


「お言葉ですが陛下っ……! 愛は金では買えないでござるよ! 拙者はラブエッチをしたいでござる……! より正確に言うならば合法的に何してもOKなパートナーを求める所存……!」


 同じ男としてその気持ちは分からんでもないが、どう考えてもその案件が両立することはねえだろ。

 とはいえ、だ。俺はじろじろと饅頭屋を眺めた。……コイツは少しばかり自分に正直なだけで普通にデキる男だからな。リアルはどうか知らんが、ゲームの中でお相手を見つけるのはそう難しくはないかもしれない。

 おっと赤カブトさんが木陰からじっとこちらを見つめている。


「……ペタさん。またサトゥさんたちにひどいことを」


 俺は素早く土下座した。

 そしてぺらぺらと口を回して誤解である旨を告げる。

 待ってくれ。そうじゃねえんだ。俺はサトゥ氏たちのためを思ってだな。そう、ヤツらを救うにはああするしかなかったんだよ。俺だってツラかったんだ。分かってくれるだろ?

 だが赤カブトさんは俺の話を聞いちゃいなかった。何やらもじもじとして、


「そんなに私に殺されたいの……? だ、ダメだよ。しばらくは我慢しなくちゃ。元気になったらいっぱいしてあげるから。それじゃ、ダメ……?」


 それでお願いします!

 俺は地面に頭を擦り付けて懇願した。

 そして内心ではほくそ笑んでいた。

 ……なるほどな。どうやら俺は図らずも頭のおかしい女どもの魔手から逃れることに成功したようだ。そうさ、今の俺は残機がヤバい。いくらウチの子たちが俺を殺したがっても今の俺には手出しできない。つまり今の俺は無敵だ。

 そうと決まれば話は早い。俺は近寄ってきた赤カブトを素早く捕獲して抱っこした。


「あっ。だ、ダメだよ」


 消え入りそうな声で呟く赤カブトを無視して得意気に饅頭屋を見つめる。

 どうだ。俺もちょっとしたモンだろ?

 饅頭屋はガッと地に両拳を叩きつけて勢い良く頭を下げた。


「普通の女子がいいでござるっ……!」


 あ!? 俺はキレた。ウチのジャムジェムは普通に可愛いだろが! 俺は赤カブトをぎゅっと抱きしめてぐりぐりと頬ずりした。ほれ見ろ。こんなに可愛いじゃねえか!

 赤カブトさんは俺の腕の中で身体を縮めて震えている。俺を殺したいという気持ちに必死に抗っているようだった。ピンク色の瞳がキラリと輝いてひょいと俺を見上げる。


「い、一回くらいなら……」


 残機を計測されている?

 俺はゆっくりと赤カブトを降ろしてやり、ダッと地を蹴って逃げた。

 しかし赤カブトさんに回り込まれた。赤い輝きが赤カブトの両手を瞬時に這い上がり、浮かび上がった紋様を書き換えていく。真紅の籠手を振り上げた赤カブトがぴたりと動きを止めた。


「……わ、私、我慢する! ポチョさんもスズキさんも我慢してるから……! 私も!」


 え、偉いぞ! 俺は感動した。ウチの子たちは我慢できるんだ……! 目先の快楽?に囚われたりなんかしないんだ……!

 どうだっ、饅頭屋ぁ! 羨ましいだろ! ウチの自慢の子たちだぜぇ!

 饅頭屋が平伏したままはらはらと落涙した。


「普通の女子がいいでござるッ……!」


 くそがっ! 俺だって分かってんだよッ、そんなことはよォー!

 俺は吠えた。



 2.【八ツ墓】調査報告


 赤カブトに俺手製のチョコを食わせてやりながら、俺は饅頭屋に尋ねた。

 それで、エッダの固有スキルについてはどこまで調査が進んでる?


「は……。やはり使えるのは純ヒーラーのみかと。君主に関しては未知数ですが、使えないということはまずありますまい」


 聖騎士やクルセイダーには無理か。

 俺は沈思した。

 ……薄々はそうじゃないかと思っていた。

 ことネトゲーにおいて、バフやデバフといった補助魔法はヒーラーのお家芸だ。

 つまり僧侶と司祭は、回復魔法を使えるジョブではなく、回復魔法と補助魔法を使えるジョブだった。

 これは……それほど単純な問題ではない。

 これまで俺たちは、プレイヤーの職業を構成する要素として四つの区分けを行なってきた。アクティブスキル、攻撃魔法と回復魔法、そしてクラフト技能だ。

 そこに補助魔法という新たな分類が加わったことになる。

 つまり補助魔法を使える生産職や近接職といった新しいジョブの可能性が出てきた。

 そうなると、ディープロウやペールロウ、儀仗兵といった上級職が四次職という見立ては一気に怪しくなる。

 饅頭屋が頷いた。


「それとリジェネ破壊に関して。デスペナルティの緩和を確認致しました。が……」


 使い分けはできない、か。

 エッダの固有スキル【八ツ墓】。ゴミどもが各自で調査に乗り出しているのだが、どうも使い方がよく分からないということが分かった。

 普通に使おうとするとリジェネ破壊の魔法環境になるのだが、切り替え方がよく分かっていない。偶発的にコストアップに切り替わることはあるようだが、その他の魔法環境に関しては音沙汰ナシだ。

 饅頭屋が続ける。


「そしてこちらは推測の域を出ませんが、八つ目の魔法環境。その正体は継続疲労を伴ったスキルの完全停止ではないかと」


 完全というのは?


「エッダの撃破が確認された時刻に、送った筈のささやきが届かなかったという証言が幾ばくか出ております。おそらくは……」


 エッダ自身の固有スキルも一時的に封じられる。だから最後の最後まで使わなかった、か。多分それで合ってるな。アナウンスの内容とも一致する。【声なく、枯れて、あの海、青く……遠く……】だったか。

 リジェネ破壊とデスペナ緩和。

 スキル完全停止と継続疲労。

 八つの魔法環境の全貌が見えたな。

 しかし回復魔法に補助魔法。ヒーラーの負担が大きすぎるのが気掛かりだ。


【消えゆく定め、命の灯火……】


 通りすがりのゴミが特に意味なく何を目的とするでもなく魔法環境を操作してくる俺たち種族人間に、エッダの魔法を使いこなすことはできるのか……?

 疑念は増すばかりだ。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 Q.エッダが強すぎます!

 A.別に無理して倒す必要はないのでは?



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