決戦!エッダ水道
1.エッダ海岸
ひっくり返したバケツの上に乗ったリチェットが演説している。
「エッダを倒し」
もるるっ……。
「スキルを解放する」
【敗残兵】主催のユーザーイベントだ。
公式イベントではない。
プレイヤーのスキルはレイド級ボスモンスターを打ち倒すことで解放される。
なのに、これまで俺たちが公式イベントに乗っかる形でしかレイド級に喧嘩を売らなかったのはユーザーイベントでは人手が足りないからだ。人の集まりが悪い。
レイド級の打倒に絶対不可欠な要素の一つが「時間」だ。公式イベントなら最低でも24時間は必要だと言われている。ユーザーイベントなら36時間は要するだろう。それも優勢を維持することが条件となる。勝てるかもしれない、と思わせることができれば人は集まってくるだろうからだ。
つまり無理なのである。
強襲を受けたレイド級が俺たちに付き合って現場にとどまってくれる時間は、その日の気分で決まる。種族人間はゴミだ。弱すぎるので、縄張りを侵す相手とは見なされない。二、三時間は付き合ってくれるかもしれないが、それも運営側の帰巣命令によるものだろう。このゲームの運営はレイド級の行動をある程度コントロールできる。レイド級を長時間縛り付けることができるのは公式イベントの時だけで、それはおそらくョ%レ氏とレイド級の間で取り交わされた契約によるものだろう。
しかしリチェットは勝てると言った。【敗残兵】の生放送で、エッダを打ち負かす策はあるとキッパリ言った。
ユーザーイベントにしては多くのプレイヤーが駆け付けたのは【敗残兵】への期待値によるものだろう。
俺たちはもるもると鳴いてリチェットの演説を見守る。
「このイベントは、今の私にとって初めての大きな仕事だ。オマエたち、参加してくれてありがとう」
そう言ってリチェットは嬉しそうに笑った。
見てくれだけは美人なので、俺たちも悪い気はしない。
リチェットは黙って立っていれば清楚な感じの女キャラだ。
ヒーラーだからと安易な考えでシスターっぽいキャラクリをしていて、優しげな目元が特徴的である。
普段は丈の長い修道服の上に白い鎧を身に付けているのだが、今日は鎧を外していた。レイド戦や領地戦には軽装で参加するというのがネトゲーマーの嗜みだ。どうせブッ壊れるからな。
潮風がリチェットの修道服を肢体に張り付け、エロい身体の線を浮き上がらせている。風に巻き上がる長い髪を押さえつつ、リチェットは浜辺に打ち寄せる波に負けないよう声を張り上げた。
「エッダは強い! が、勝機はある! 生放送でも言ったが、米国サーバーにてエッダが打ち倒された!」
幾ばくかのゴミどもがざわついた。この場には生放送をチェックしていないゴミも居るのだろう。
鞘ごと剣を杖にしている宰相ちゃんが、鞘の先端でざんざんと砂浜を突く。
「静粛に! 静粛にー!」
【敗残兵】主催のユーザーイベントだ。当然【敗残兵】のメンバーは全員参加している……と言いたいところだが、ネカマ六人衆の姿が見えない。何か仕込んでいるのか? いや、単に無能だからお留守番しているのかもしれない。しかし仮にも幹部を連れて来ないというのは……。
俺の視線に気が付いた宰相ちゃんが、ぷいっとそっぽを向いた。何だってんだよ。
リチェットが大声を上げる。
「エッダを倒す方法はある! 我々は米国サーバーより情報を入手しー! 今日という日に備えてきた! 作戦の詳細をこの場で明かすことはできない! 何故ならー!」
リチェットはぴょんとバケツから飛び降りて、ざんざんと砂を踏んでこちらに近寄ってきた。俺の目の前でぴたりと立ち止まり、至近距離から抉るように俺の顔を覗き込んでくる。
「この中に裏切り者が潜んでいると確信しているからだ……。薄汚い裏切り者がな……」
いよいよ化けの皮が剥がれてきたな。俺を見つめるリチェットさんの瞳孔が開いている。
目を逸らしたら負けだ。俺はリチェットをじっと見つめ返す。
なるほど……あるいは確かに。俺は内心で呟く。このペタタマさんは、過去に多くの局面で裏切りを働いたかもしれない。それは動かしがたい事実だ。しかし、だから今回も裏切るというのはあまりに乱暴な理屈ではないか。俺は理由がなければ裏切らない。女の金で暮らす俺にとってプレイヤーの戦力向上は歓迎こそすれ厭う理由はない。やましいことなど何もないのだ。あったとしても顔には出さないしな。
真っ向から視線を受け止める俺に、リチェットは小さく鼻を鳴らした。
「ふん、まぁいいだろう」
上体を起こし、俺の頬をブッ叩く。
「査問会室長! この中にネズミが居ると仮定して、あぶり出すのにどれだけの時間を要するか!」
は……。権限を頂けるならば一日あれば十分かと。
「半日だ! できるな!」
いささか厳しいですが、やってみましょう。俺は恭しくお辞儀した。そして胸中でほくそ笑む。でっち上げればいい。簡単だ。理屈をこねて報告書を作成する。俺ならやれる。
しかしリチェット総統の方針にセブンがケチを付けてきた。
「リチェット。裏切り者をいったん排除したところで後から増える。時間の無駄だ」
貴様ぁ! リチェット総統の忠実な駒である俺はセブンに食って掛かる。この男は危険だ。ゴミどもの中には【敗残兵】のクランマスターをリチェットが継いだことを疑問視するやつも居る。この場で始末しておいたほうがいい。そして、この俺がモグラ共和国のNO.2の地位に収まるのだ。
「待て!」
総統! しかし……!
俺を押しのけたリチェット総統がセブンの前に立つ。ニヤッと笑い、
「いいだろう。そうまで言うからには、オマエには働いて貰うぞ。エッダとの決戦において誰よりも多くの武功を立てろ。どうだ? 自信がないならば……」
セブンは太々しく笑った。
「そんなことでいいのかよ? 普通にやってるだけでノルマ達成しちまうが」
「いいや、そうはならんさ。オマエを嫌うプレイヤーも居るからな。オマエは、オマエを嫌うプレイヤーを認めさせなければならない。オマエには無理だ」
無理だね。俺も同意した。ちょっと強いからってセブンは調子に乗ってる。社会の底辺が偉そうにしてるのが俺たちは気に入らない。
しかしセブンは意地になっていた。
「やってやるよ……!」
この時、セブンの処刑が確定したのだ。
俺たちは少し楽しい気分になった。もるもると嬉しげに鳴いて戦後の娯楽を提供してくれたリチェット総統への忠誠を確かなものとする。
そう、俺たちはまさしくゴミであった。他人の不幸は蜜の味。特に自分は強いと思っている上級のゴミの不幸は格別だ。
リチェット総統がニコッと笑う。
「よし! では状況を始める! 目指すはエッダ水道の最深部だ! 私に続けぇ!」
もるるぅ!
俺たちはエッダ水道に突入した。
2.エッダ水道-最深部
リチェット総統の麾下のもと、立ち塞がるタコさんを数にモノを言わせてボコにして突破した俺たちは難なく最深部に辿り着いた。
エッダ水道の最深部には海と繋がる大きな地底湖がある。この地底湖がエッダの寝ぐらだ。
人間爆弾さんたちを湖に放り込み、しばし待つ。
湖がピカッと光った。【重撃連打】だ。無事にエッダと遭遇し自爆できたようだ。
ややあって湖面が大きく盛り上がり、巨大なタコが姿を現す。エッダだ!
地底湖から溢れた大量の海水がゴミどもを押し流し、湖に引き込んでいく。俺もその一員だ。
俺は溺死した。
ゴミどもに混ざって俺の水死体が湖面にぷかっと浮かぶ。
アナウンスが流れる。
【冒険者たちがエッダ水道を強襲しました!】
全体チャットだ。
今現在この場に居ないプレイヤーにもアナウンスは届く。
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:01.39.89…88…87…】
【目標……】
【神獣】【Eight-Order】【Level-2810】
提示された制限時間は三時間。
普通に考えたならレイド級を倒すにはあまりに時間が足りない。
しかし勝ち目はある。
リチェットが具体的にどのような作戦を立てたのかは知らないが、エッダは神獣だ。
レイド級は運営ディレクターのョ%レ氏と契約を交わし、特権と引き換えに【戒律】を刻まれている。
使徒は絶対服従と引き換えに子を産み育む力を。
そして神獣は特定行動の禁止という【戒律】と引き換えに競争権という特権を与えられている。
そこには凶暴凶悪な自我を持つ神獣を納得させるだけのメリットがある。
競争権は、システムに抗う力だ。
エッダが甲高い咆哮を上げる。
Hoooooooooooooooo
薄暗い洞窟内にぽつぽつと命の火が灯っていく。
海水をたらふく飲んで生命活動が停止したちっぽけな人間たちが再生していく。
強大なるレイド級ボスモンスターに挑まんとした時、俺たちは無限の力を与えられる。
アナウンスが走る。
【女神の加護】
【Death-Penalty-Cancel(何も恐れることはない)】
【Stand-by-Me!(あなたたちは一人ではない)】
リチェットがエッダの正面に立つ。
リチェットの傍らに立つサトゥ氏が剣を抜き、セブンが水に濡れた黒コートをバサッと翻した。
リチェットがメイスをエッダに突き付けて吠える。
「ポポロンとワッフルは私たちに討たれたぞ。今回はオマエの番という訳だ。神獣、エッダ!」
これは、とあるVRMMOの物語。
何か以前にも似たような場面を見たような……。
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