トドマッ
1.クランハウス-マイルーム
最初は小さな違和感だった。
買った覚えのない小物が机の上に置かれている。その程度の。
まぁそういうこともあるだろう。酔っ払って昨晩の記憶があいまいになったことは一度や二度じゃない。ログインしたら知らないゴミと一緒に寝てたなんてこともあるくらいだ。小物が増えている程度で騒ぎ立てる俺じゃない。
クローゼットを開けると女物の服が勝手に増えていることに関しても同じことが言えるだろう。俺はバンシーに身を扮して出掛けることもあるから女物の服を数点ほど所持しているし、面白がったウチの子たちから服をプレゼントされることもある。サイズが合わない服が増えているのは少し気になるが、大抵の服屋は平均サイズの服を作る。気に入った服にピッタリ合うサイズがなければ多少の裾余りには目を瞑って買ってくることもあるだろう。着れないこともないしな。
そう、このゲームのプレイヤーは平均サイズのキャラクターが多い。他のネトゲならロリキャラが圧倒的多数を誇るのだが、議論の余地なくロリコン認定が下されるのと単純に不利だからだろう。燃費がいい、的が小さくなる等のメリットはあるが、リーチはともかく足が短くなって走るのが遅くなるのは致命的だ。つまり同じレベルのゴミに追われたら逃げ切れない。まぁPKerはあまりショタロリを標的にしないっていうデータはあるんだけどな。絵面がヤバすぎるからだろう。人間のクズ扱いされることを恐れない連中ではあるが、女キャラに嫌われたくないという気持ちは一応あるらしい。名前と姿を変えて逃亡したところで、本気で追跡したら特定するのは難しくないからな。つーか名前を変えたらフレンドリストに載ってる名前が変わるから何かやったんだなと一発で分かる。本気で過去を清算したいならキャラデリするしかない。特に俺のフレンドリストに載ってるゴミはな。俺は目がいい。そうでなくとも行動パターンや話し方、身体に染み付いた癖を変えずに逃げ切ろうってのは甘い。甘すぎる。
ともあれ、俺の部屋に誰かが勝手に出入りしているのは確かなようだ。蝶番に仕込んだシャーペンの芯は毎日のように折れてるしな。でもウチの子かもしれない。勝手に部屋に出入りしたくらいで目くじらを立てるほど俺は狭量な男ではないつもりだ。
俺に無断で部屋の模様替えをするのは少し目に余るものがあるけど、気分転換にもなるし広い心で見過ごしてきた。
しかしここで犯人は決定的なミスを犯した。
ベッドが二つに増えていたのだ。
なるほどね。さしもの俺もこれには参った。マジかよと思った。何か妙だとは思っていたんだ。謎は全て解けたぜ。
間違いない。
俺の部屋に俺以外の誰かが住んでいる!
俺は家族会議を発令した。
2.クランハウス-居間
俺が招集したメンバーはウチの三人娘だ。
小物類や衣装の増え方からいって、犯人は少なくない頻度で俺の部屋に出入りしている。
まず内部犯だろう。最低でも手引きしたヤツが居る。
先生とアットムは犯人ではあるまい。先生は言わずもがな、アットムにはベッドを増やす動機がない。あいつが俺の部屋に泊まる時は俺と一緒にベッドで寝るからな。男同士、変に気を遣うほうが気持ち悪い。床で寝るとか言い出したら逆に警戒するわ。
ウチの三人娘は呼び出しを食らった心当たりがないらしく、揃ってキョトンとして俺を見つめている。しかしベッドを増やすという大胆な犯行だ。最初から隠す気などないのだろう。犯人が別に居たとしても重要な証言を期待できる筈だ。
さて……。どう料理してやろうか。俺がベロリと舌舐めずりしていると、ウチの小せえのが何やら妙なことを言い出した。
「コタタマ。トーちゃんもすぐに来るって」
父ちゃん? いや、トーちゃんか? 誰だろう。俺は疑問に思ったが、口には出さなかった。容疑者の疑いが濃かったからだ。
そして俺の予想は正しかった。
「ただいまもる〜」
ヘソ出し女であった。いや、ヘソは出してない。ぶかぶかのTシャツにホットパンツという出で立ちでポシェットなど提げて何ら臆した様子もなく堂々とウチの居間に入ってきた。
……この女だ。俺は確信した。あのTシャツとホットパンツは見覚えがある。俺の部屋にあったものだ。
しばらく会わない間にすっかり人里での暮らしに適応したらしい。オシャレになっている。しかし……。ど、どういうことなんだ? 俺は内心キョドった。ウチの子たちは当たり前のように元ヘソ出し女を受け入れている様子だ。俺の隣に腰掛けた自然回帰派の元締めと他愛もないお喋りを始めた。
「トーちゃん。そのポシェット可愛い。バザーで買ってきたの?」
「もるっ。前にスズがじっと見てた。誰かに買われる前に買ってきた。貸してもいい」
「いいの!? ありがとう!」
元ヘソ出し女はスズキにポシェットを手渡した。
ウチの赤カブトも元ヘソ出し女にすっかり懐いているようだった。
「トーさん! 今度、また斧の使い方を見て貰っていいですか?」
「もるっ。いいぞ。ジャムは筋がいい。ポチョはどうする? もるるっ」
「……でも私、また殺しちゃうかも」
「気にしない! ポチョは才能ある! アビリティをコントロールできたらもっともっと強くなる! 私、楽しみ! もるぁっ」
……ええ? なんか俺だけ蚊帳の外だぞ……。そんなことってある? 俺は両手を突き出し、上から下へ。いったん落ち着くようジェスチャーした。
ちょ、ちょっと待て。待ってくれ……。
三人娘と元ヘソ出し女が俺を見る。
あのな。お前ら仲良くなったんだな。それはいい。そういうこともあるだろう。しかしだな、ペタタマさんは戸惑っている。ログインしたら俺の部屋にベッドが増えてたんだ。小物類ならまだ分かる。しかしベッドだ。住んでいるのか。誰かが。俺の部屋に。そんなことがあるのかと思った。服も増えていたが……。それはいい。俺はべろんべろんに酔っ払って知らないゴミを連れ帰ったこともあるからな。お前らには多大な迷惑を掛けてしまったと思う。運命的な責任かもしれない……。だから俺の部屋に勝手に出入りすることは許す。だが住むのは許さないんだ。
スズキがくすっと笑った。
「ジョジョリオンだ」
田最環いいキャラしてたよな。あのシアーハートアタックを物ともしないんだぜ? あれにはシビれたぜ。
自己紹介をしよう。俺の名前はペタタマだ。こっちはトドマッ。……そういえばそんな名前だったな。俺は流れで元ヘソ出し女の名前を思い出した。また妙ちくりんな名前の女が増えた。何だよトドマッて。おそ松くんの末弟ですかコンニャロー。とどのつまりはトド松ですってか。
トドマツはいじけている。
「もる……。だってコタタマ、全然会いに来てくれないし……」
俺はろくな人間じゃない。マッちゃんを長らく放置していたと悟った俺はとっさにぺらぺらと口を回した。お前も俺の評判くらいは聞いてるだろ。俺は人間のクズだ。他人がどうなろうと知ったことじゃない。だが……お前のことは常に思っていた。俺に……会いに来てくれたのか?
俺がじっと見つめると、トドマッは動揺した。俺から視線を逸らして、もじもじしながら言う。
「き、今日はたまたま。私、お昼にログインすることが多いから。う、自惚れるの良くない。もるぁっ」
へへっ。何だよ。可愛いトコあるじゃねえか。俺は元ヘソ出し女を上から下までじっくりと眺めた。
トドマッは銀髪の女キャラだ。ゆるくウェーブが掛かった長い髪はボリュームがある。カラーリングはジュエルキュリと同じ。褐色の肌に白いペイントを施している。スタイルはいいが、ちと胸は小振りだな。ホットパンツからにょきっと伸びる長い脚は健康的に日焼けしていて、ツヤのある肌はとても触り心地が良さそうだ。こいつは堪らねえ。垂涎ものだぜ。
しかし焦るな。俺は自分に言って聞かせた。俺はコイツら自然回帰派のプレイヤーを山に追いやった張本人だからな……。慎重に距離を詰めるんだ。茂みに身を潜めた肉食獣が本日の獲物をじっくりと吟味するようにな……。
俺は歯列をギラつかせて言った。
「だがお前はここに居る。少しくらいは自惚れてもいいんだろ?」
「し、知らない! もるぁっ!」
トドマッつぁんはパッと席を立って居間を飛び出していった。ドタバタと階段を駆け上がっていく。俺の部屋に逃げ込んだようだ。
ふっ、初々しいじゃねえの。可愛いやつよ。だが初々しさで言ったら俺も負けちゃいなかった。
いつの世も人間は自らの手で作り上げたルールに囚われて生きる。そして俺の知らないところで勝手に変貌を遂げていくルールに翻弄される俺は、まるでサバンナを呑気にうろつく草食動物のように無防備だった。
俺を倉庫に連れ込んだポチョさんが、いそいそと倉庫の鍵を内側から閉める。二人きりだ。何だろう。居間から連れ出された時点でぼんやりと殺されるのかなぁとは思ったのだが、スズキと赤カブトがポチョの後押しをしているようだったので何か真面目な話でもあるのかもしれない。
さしもの俺も一切の光源がない閉所では何も見えない。暗闇の中、金髪の息遣いだけがいやに艶かしく響く。
「……コタタマ。今日は大胆なんだね」
ポチョが俺に抱きついてきた。おおっ。俺は感動した。最近になって急に面倒臭くなった洋モノがこんなふうにまた甘えてくれるなんて。ペタタママはとても嬉しい。よしよし。ぎゅっと抱き締めて撫でくり回してやる。そうかそうか。人前じゃどうのと言っていたが、明かりを消してやれば恥ずかしくないんだな? 大発見だ。
ポチョは俺に身を委ねている。立ったままというのもつらいので、座り込んで金髪を目いっぱい甘やかしてやっていると、俺の可愛いポチョ子は手探りで倉庫の武器を漁っているようだった。息を荒げて俺の耳元で甘ったるい声を上げる。
「ど、どれがいい? コタタマのしたいこと全部してあげる」
う〜ん。やっぱり殺されるのかぁ。
俺は外部に助けを求めた。手放すには余りに惜しいのでポチョを抱き締めたまま。スズキー! ジャムー! 助けて! 俺を助けて! ぽ、ポチョが俺を独り占めしようとしてるぞっ!
俺の声が倉庫に虚しく響く。俺はポチョに押し倒された。
「ダメ。今日は私の日だから」
えっ。当番制なの?
でもポチョさん。俺にも俺の都合というものがあってですね。そちらのご期待に添えるかどうかいささか疑問なのですが。
「私たちのほうで合わせるから。コタタマは気にしなくていいの」
いや、気にするよ。今日は誰が殺しを仕掛けて来るとか完全に最重要事項じゃんね。なに? カレンダーとかにスケジュールを書き込んであるの? 可愛らしい感じでさぁ。リストはどこにあるんだよ! 言え!
俺はジタバタと暴れるが、俺に馬乗りになったポチョはびくともしない。レベル差が大きすぎる。もしかしたらレベル20を越えているかもしれない。ウチの三人娘は恥ずかしがってレベルを教えてくれないのだ。プロフィールのレベルの項目も閲覧不可になっている。そんな3サイズみたいなノリで隠されても困るのだが。
ポチョが俺の身体の上でくねくねと身悶えしている。
「も、もう。コタタマったら。選んでいいって言ってるのに。じゃあ……私が決めちゃうよ?」
くそっ、俺を生かして返すつもりはまったくないようだな。ならばせめて……! 俺はポチョの頭を抱き寄せて搔き抱いた。徹底的に甘やかしてやらぁ! オラぁ! もっとくっ付くんだよ!
ポチョが鼻に掛かった甘ったるい声を上げる。
「ふあっ、んぅ……!」
【心身燃焼】だ。命の火が燃える。見える。チャンスだ。すかさず俺は目に力を込めた。
父尻太腿ッッッ!
解き放たれたセクハラ神の虚像が俺たちを包み込んだ。身内にしか使えないのが難点だが、父尻太腿は俺のセクハラ射撃で弾幕を形成する秘術だ。セクハラ神の形態をとるのは、それが俺にとって最も自然で無理のない形だからである。心眼による桁外れの攻撃回数をとくと味わえッ。
「ああっ、あっ、あっ……!」
俺にしがみ付いたポチョがびくびくと震える。俺の両目が切り裂かれた。くっ、オートカウンター? 俺の視線にまで反応しやがるのか? こいつ、強くなってる……!
だがセクハラは心の所作だ。父尻太腿は一度発動したなら目が潰れても動き続ける。身内にしか使えないのは、もはや目に頼る必要がないくらい日常的にセクハラをしているからだ。これまでの俺の全てが、セクハラの糧となり弾幕を支える礎となる。
命の火が激しく熱く燃え盛る。ありとあらゆる武器が俺の身体を貫く。死んでっ、堪るかぁぁぁっ! 俺は血を吐くような絶叫を上げた。俺の脳裏を兄貴の言葉が駆け抜ける。
(そのションベンみてーなレーザーはさ〜。とっくのとうに攻略されてンだろうがぁ!)
兄貴ッ!
俺は再生した目をカッと見開いた。
進化の地平線が見えたような気がした。
【心身燃焼】は母体のエネルギーを燃料化してプレイヤーに注ぎ込む魔法だ。
それは、あるいはデスペナルティの倍加という【戒律】を持つデサントだから成し遂げた奇跡だったのかもしれない。
俺の再生スピードがポチョの手数を圧倒していく。俺は、強く強くポチョを抱き締めた。心と身体が溶け合って一つになるかのようだった。命の火を汲み上げ、循環させていく。ポチョの白い肌は紅潮し、しっとりと汗で濡れている。
重く閉ざされた門扉がこじ開けられるような感触があった。歯車がガチリと噛み合ったような爽快感が身体の芯を貫く。
命と命。
ポチョは聖騎士だ。聖騎士は蘇生魔法を使えない。その筈だった。しかしこの時、回復魔法は蘇生魔法へと昇格を遂げたのだ。
「コタタマっ! 私っ、もう……!」
もう何も我慢する必要はなかった。
ポチョが【スライドリード(速い)】を発動した。ローギアからトップギアへ。
俺はポチョのマナがすっからかんになるまで殺され続けた。
3.クランハウス-マイルーム
いやダメじゃん。
デスペナが嵩んで使い物にならなくなった俺は、へろへろになってベッドに寝かせられている。
マナが枯渇したポチョも一緒だ。
「す、凄かった……」
へっ、骨抜きにしてやったぜ。俺にメロメロになった金髪が布団の中で身体を擦り寄せてくるが、生憎と指一本たりとて動かせねえ。
ベッド脇に腰掛けた元ヘソ出し女が俺とポチョの看病をしてくれている。こなれた包丁さばきでリンゴの皮を剥きながら、ポチョをお説教していた。
「もるるっ! どうしてお前たちはコタタマをいじめるんだ! 嫌ってる訳じゃないのに殺すなんて変だ! もるぁっ、もるあっ……!」
凄い。当たり前のことを言ってる。
いや、これは俺への好感度が低いってことなのか?
殺しちゃダメって言ってくれてるのに好感度は低いの?
じゃあ俺は悲しむべきなの?
……もう何も分からなかった。
これは、とあるVRMMOの物語。
無理に生き残った反動で歴代最高に死んだ。
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