とあるティナンの依頼
1.スピンドック平原
遠乗りに出る合法ロリことティナン姫の供をしている。
遠乗りと言っても騎乗しているのは馬じゃない。スピンだ。繊細な動物たちがこの世界の過酷な生存競争に巻き込まれて生き残れるとはとても思えないからな。馬という生き物が最初から居ないか、居たとしてもマッハで走る衝撃波で人間は死ぬといったところだろう。
手綱を器用に操ってスピンをその場で旋回させた合法ロリが、人を小馬鹿にしたかのような目で地べたを歩く俺を見下した。
「コタタマとか言ったか。いずれにせよ、先日はご苦労だったな。お前たちがスピンドックを足留めしてくれたおかげで私の民は安全に避難することができた。礼を言うぞ」
言葉とは裏腹に完全に俺を下等生物と見なしておられるご様子。まぁスピンに乗せて貰って五秒でギブした身としてはあまり大きなことは言えねえな。いや、だって試しに乗ってみるかって言われたからさ。大きな兎さんに乗って草原を駆けるとか凄いワクワクするじゃんね。乗り心地は最悪を通り越して単なるショッキング映像だったけどな。誇張でも何でもなしに高速道路を走るトランポリンだぞ。落馬、というのもおかしいが、とにかくスピンから転げ落ちた俺は一時的に心肺が停止していたらしいし絶対に二度と乗らねえ。
合法ロリにお誉めの言葉を頂いた俺は勿体無いお言葉ですとか何とか聞きかじっただけの無難な返事をして適当にハイハイと頷いた。
よく分からんが、山岳都市を治めるのは未婚の王族とティナンたちの風習で決まっているらしい。まぁぶっちゃけゲームとしては正しいと思うよ。おっさんに誉められてもまったく嬉しくないし、何か大きなイベントがあるたびにおっさんが出しゃばっても誰も得しねえからな。
それよか気になるのは、合法ロリに護衛よろしく付き従っている仮面の男だ。どう見てもティナンじゃないよな? プレイヤーなのか? ティナンの姫さんとプレイヤーが何故行動を共にしているのか……。
つーかあれアットムじゃね?
これといった根拠はないのだが、あの変態は少し目を離した隙にティナン社会で怪しい地位を築き上げてそうな凄みがある。
試しに声を掛けてみるか? しかし確証がない。考えてみれば俺はアットムについて性癖くらいしか知らない。自分で思っておいて何だが、ろくに知らないやつなのに性癖だけは分かってるって凄いな。もういっそ壮絶ですらあるわ。
よし、カマを掛けてみるか。俺は合法ロリの言葉に適当にハイハイと頷きながら、ぼそりと呟く。
「ブイヨンベース……」
おっ、ぴくりと反応したぞ。というか何でブイヨンベースに反応した?
とっさに思い浮かんだワードがブイヨンベースだった俺も俺だが、反応するほうも反応するほうだぞ。
俺が半目でじっと見つめていると、仮面の男が苦笑らしきものを浮かべた。
「やれやれ。やっぱり君には敵わないな、コタタマ」
やはりお前か。仮面を外して素顔を晒したアットムに合法ロリが怪訝な顔をする。
「む。セシル、知り合いか?」
え? もう実名で活動できないレベルまで行っちゃったの?
戦慄する俺をよそにアットムは優雅に微笑み合法ロリの言葉を肯定した。
「ええ、殿下。彼とは少し因縁がありましてね」
因縁っつーか、俺の記憶が正しければお前はウチのクランメンバーだけどな。
おっとアットムくんからブロックサインが飛んで来ましたよ。口止め料ですね、分かります。え、二本? 二本じゃちょっとなぁ。これ先生にも内緒にしてるんだろ? 黙ってるってことは俺も少なくないリスクを背負う訳で……二本ぽっちじゃねえ? え? 五本ですか? 何だか催促したみたいですみませんねぇ。
もちろん俺は友人を売ったりはしない。俺は口裏を合わせた。
「お前……セシルか。こんなところで会うとはな」
「コタタマ、君もいい加減しつこいな。しかし腐れ縁もここまで来れば定め、か」
ん? コイツ、俺を何か厄介ごとに巻き込もうとしてるな。待て待て。もう少し設定を煮詰めようぜ。突っ込まれたらボロが出るからな。俺は憤懣遣る方ないといった様子で叫んだ。
「セシル、貴様っ……俺の村に何をしたか忘れたとは言わさんぞ!」
「任務だった。必要なことだったんだよ。過ぎたことさ」
俺の村に何があったのかは知らないが、これは俺の一族が全滅して唯一の生き残りである俺が帝国を脅かしかねない危険な力を秘めてるパターンだな。
不仲フラグが立ったし、こんなものでいいか。何か都合が悪くなったらアットムと殴り合いすれば誤魔化せるだろ。
頷き合った俺とアットムは、揃って合法ロリに目を向ける。待たせたな。イベントを進めてくれていいぞ。
すると姫さんはびくっとして、
「えっ。い、今の遣り取りのどこに同意に至る要素があったんだ?」
ゲーマーは無駄を嫌うんだよ。効率さえ良ければ前後の因果律すら無視するからな。ネトゲーに至っては期間限定のイベントマップに行ったらまだ出会ってない筈の仲間が何食わぬ顔でパーティーに混ざってたりするんだぜ。
2.エッダ海岸
案の定、厄介ごとじゃねえか。
俺とアットムは、ダイバースーツにガスマスクという職質食らったらちょっと言い訳が思い付かない大胆な装いで岩陰に身を潜めていた。
合法ロリの依頼というのは、簡単に言うと【ギルド】の調査だ。ここエッダ海岸でクソ虫が目撃されたという情報があり、しかし可愛いティナンに危ないことは任せられない。そこでゴギブリのような生命力を持ち、しかも可愛くない俺たちプレイヤーに白羽の矢が立ったという訳だ。クソッタレだぜ。
なお、俺とアットムが不審者という域を優に飛び越え既に留置場に片足を突っ込んでるような格好をしているのはイベントの内容とは関係ない。正体を隠すためであり、一身上の都合というやつだ。いや、ひょっとしたらこのゲームはプレイヤーを最悪のシチュに放り込む仕組みになってるのかもしれねえな。
今、俺たちが置かれた状況を端的に説明すると波打ち際でキャッキャしてるポチョとスズキを遠くから監視している。二人とも薄着だ。くそがっ、せめて水着だろ。サービスがなってねえ。
俺が一人憤っていると、アットムがしゅこー……しゅこー……と呼吸音を立てた。何か言いたいらしい。どうした?
「あのさ、どうして隠れたの? 二人にも手伝って貰えばいいんじゃないかな?」
こいつ何も分かってねえな。
俺は説明した。
アットムよ、あのな。今朝のことだ。俺はあの二人に海に遊びに行こうっつって誘われたんだよ。で、断った。人間、誰だって一人になりたい時ってあるだろ? ちょうど俺はそういう気分だったんだよ。さり気なく探りを入れたら水着なんて持ってないとか二人が言ってたのもある。いや、むしろそっちがメインかもしれねえよ。
とにかく、俺は二人の誘いを断った。だが俺はセミプロだからな。気分が乗らないなんて正直に言ったりはしねえ。はっきり言うと仮病を使ったんだ。今日は少し体調が優れないから遠慮する、二人で楽しんでおいでってな具合だ。
その俺がだよ。心配してくれる二人に後で土産話を聞かせてくれとかイイ笑顔で言い放ったこのコタタマさんがピンシャンしてクソ虫を追ってバタフライなんぞしてたらマズイだろ。控えめに言ってもコタタマさんがコタタマと呼ばれていたものになっちまうぜ。
「……僕、一人で行っていいかな?」
ダメに決まってるだろ。俺たちはチームなんだからな。チームってのは言ってみれば家族のようなもんだ。俺を見捨てるという選択肢はお前のコマンド表にはないんだよ。
かと言って日を改めるってのもな……。いや、そうしたいのは山々なんだが、クソ虫どもを放っておくと俺のユルい鍛冶屋ライフが根底から破壊されちまいそうで怖いんだよ。
あと、あの二人はアホだからここまで完全武装すればバレねえだろっつー読みもある。
さ、行こうぜ。アットム。なに、堂々としてれば案外イケるもんだぜ。ガスマスクですが何か?みたいな感じで行こう。
アットムがハッとした。
「確かに。半裸でもネクタイ付けてたら通報されなかったりするもんね」
知らねえよ。お前の武勇伝は俺の胸の内に仕舞っておくからさっさと行こうぜ。
そうと決まれば話は早い。セーフポイントを放棄した俺とアットムは浮き輪を持って砂浜を堂々と歩いていく。
エッダ海岸には俺たち以外にも多くのプレイヤーが海水浴に遊びに来ていて、けしからん格好をした姉ちゃんもたくさん居る。俺がガスマスクの奥で目を光らせていると、肩を並べて歩くアットムがはぁはぁと息を荒げた。
「凄い見られてる。僕、凄く見られてるよ……」
「気の所為だ」
お前が興奮してるのも気の所為であって欲しい。
さて、クソ虫はどこだ? この前、リチェットと一緒に釣ったみたいにボートを借りるべきか? しかし合法ロリの依頼は海岸線の調査だ。規定路線を外れるとフラグが立たないかもしれん。
照りつける太陽の下を、俺とアットムは独特の呼吸音を立てて歩いていく。念の為、ポチョとスズキがキャッキャしてる波打ち際は大きく迂回して避ける。しかしあの二人、意外と仲がいいんだな。何度か周りがドン引きする勢いで殺し合ってるんだが、クランハウスに戻るとケロッとしてたりする。理解に苦しむ間柄だ。
そんなことを考えていると、無口キャラと目が合った。ここで慌てて目を逸らすのはアマチュアだよな。だが俺は違う。俺はセミプロだ。あえてガン見する。
ポチョに駆け寄ったスズキが俺たちを指差した。あ、こりゃダメだ。逃げよう。
俺は恍惚としているアットムを引きずって逃げた。
矢を射掛けられた。俺は捕まった。スピード展開すぎんよ……。
なにぶん俺たちは儚い生産職と魔法職なのだ。【スライドリード】を駆使して迫る金髪を振り切れる筈もなかった。
だが、まだだ。まだ挽回できる。俺は命乞いしながら頭のおかしい女どもに些細なすれ違いがあったことを弁明した。
「俺はコタタマに頼まれて海岸の調査に来た者だ。訳あって正体は明かせないが、カインと呼んでくれ。こっちはセシルだ」
俺に紹介されたアットムがギョッとした目で俺を見る。分かってる。無理があるよな。けど俺は諦めたくないんだ。投げ出したくないんだよ。何より生きることから。
俺は天にお祈りした。
すると俺の祈りが天に通じたらしく、何やら内緒話をしていたアホ二人がまんまと騙されやがった。
「……そうなのか。では私たちも同行しよう」
「……うん。人数は多いほうがいいと思う」
思ったよりもアホなんだな。身構えて損したぜ。
俺は二人の申し出を固辞した。
「それには及ばない。俺たち二人で十分だ。な、セシル」
「……いや、彼女たちの言う通りだよ、カイン。戦力は多いに越したことはない」
なんだと? いや、そういうことか。アットムめ。悪知恵の働くやつだ。予想以上にアホだった二人にバレることはないと見切って、ならば利用しようということだな?
確かにクソ虫は侮れない。普通に考えれば、俺とリチェットの二人掛かりで一匹ブチ殺すのがやっとなのだ。そしてクソ虫が単独行動をしている可能性は低い。ヤツらの単体としての戦力は人間に匹敵するほどゴミなのだ。
「そうか。では、厚意に甘えるとしよう。よろしく頼む」
ポチョとスズキはにっこりと笑った。
俺もにっこりと笑った。
……ダメだな。これバレてるわ。先頭を切って歩き出した俺は、ここから如何にして生還するかを考え始めた。
先生……! 俺に力を……!
青空の向こうで先生が微笑んでくれた気がした。
これは、とあるVRMMOの物語。
危機が迫っている。彼は間に合うだろうか。間に合わなかったとしても事態は動くだろう。とうに忠告は終えた。どう受け取るかは彼の自由だ。
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