武闘大会
1.スピンドック闘技場
武闘大会である。
街の復興を終えたティナンたちは元気が有り余っていたらしく、スピンドック平原に闘技場を建設した。
形状はローマのコロッセウムに近い。かつて奴隷の剣闘士が自由と解放を求めて命懸けで戦ったアレだ。
ティナンの偉い人は俺たちプレイヤーがほとんど不死身の存在であることを理解しており、武闘大会など開催してみては如何かとバザーの治安を守る着ぐるみ部隊に持ち掛けたらしい。要は殺し合ってみてはどうかと提案された先生は難色を示したが、プレイヤーの犯罪が後を絶たないのはストレスを発散する場がないからだと言われては返す言葉がなかった。
一方、突然の提案にプレイヤーたちはまったくと言っていいほど混乱しなかった。彼らはゲームに脳を侵された悲しい人種であり、たとえ天が裂け地が割れようともイベントの一言で済ませてしまう度量の大きさを備えていた。
先生が陣頭指揮をとるまでもなくプレイヤーたちは学園祭のノリで殺し合いの舞台を自ら迅速に整えていき、ティナンに不思議な生き物を見るような目で見られた。
かくして本日ついに武闘大会の幕が開ける。
2.三回戦
一回戦と二回戦について俺は語る言葉を持たない。
野郎同士があんあん言いながら戦って弱いほうが負けた。それだけだ。それ以上に何か説明が必要か?
だが、ここからは違うぜ。
俺は食い入るように選手入場を見守る。
俺の隣に腰掛けて足をぶらぶらさせているポチョが何やら上擦った声で何か言っている。
「あー。なんだ、こうして二人で出掛けるというのは、今まであまりなかったな。私は、その、いや、えっと、ちょっと楽しいな」
「そうか」
血の気が多いこの女のことだ。てっきり大会に参加して血の雨を降らせるのかと思ったが、参加の許可が先生から降りなかったらしい。前座が終わるまでの間にそんなことを言っていた。
俺のもう片方の隣には知らないおっさんが座っている。こんなことならスズキを連れて来れば良かった。見てくれが女というだけで十分だったんだ。俺は大切なことに気が付いた。あとポチョさんが怖い。挙動不審にも程がある。そわそわと落ち着きなく身体を揺さぶっている上に目線はあちこち彷徨ってるし、いつ腰の凶器を抜くか気が気じゃない。
「あーットム、は、また依頼を受けて遠くに行ってるんだったな。あの男はいつもそうだ。困ったものだ。こんな時くらい、いや、それはいいか。うん。いいな」
「そうか」
正確には俺が殺して埋めた。ヤツばかりは当日の動きがまったく読めない。大会には参加するつもりだったようだが、動機が読めなかったので念の為だ。
この大会の進行を妨げる者は何人たりとて許さない。俺はその覚悟で観客席に座っている。
さて、いよいよだ。
俺は固唾を飲んだ。この三回戦が事実上の決勝戦になるだろう。
向き合った女性プレイヤー二人が互いに礼を交わす。
⚫︎REC
近接職同士のぶつかり合いだ。初手から【スライドリード】の応酬になると思ったが、俺の当ては外れたようだ。
異様に静まり返った闘技場に剣戟が響き渡る。
「な、なんだか会場の雰囲気が変じゃないか……?」
「そうか」
俺は、トーナメント表を頭に思い浮かべて素早く計算した。
……事実上の決勝戦は最大で五回か。ちっ、サトゥ氏も参加してるのか。空気が読めない最強プレイヤーだな。殺しておくべきだったか。
二人の女剣士は一進一退の攻防を繰り広げる。手傷を嫌ってか、踏み込みが甘い。相手のミスを待っているようだ。
このままでは埒が明かないと悟ってか、二人はいったん距離を取ると【スライドリード】を発動した。
「んああっ……!」
「ふっうんっ……!」
それだ! 俺は身を乗り出した。
大会は勝ち抜き式のトーナメント制。如何にして余力を残して勝ち上がるかが重要になる。つまり短期決戦だ。
残像を引いて高速で接近した女剣士たちの刃が噛み合う。無音。完全消音は【スライドリード】発動時に見られる特徴の一つだ。
しかし爆発的に上昇した運動能力に体重が見合っていない。互いに吹き飛んだ二人が転がりながら体勢を整える。慣性を膂力でねじ伏せた一人に対して、もう一人は【スライドリード】のギアを落として対応した。初動は遅れるが消耗を抑えるうまい遣り方だ。しかしこれが吉と出るか凶と出るかは終わってみないと分からない。
「はっあん……!」
そうだよ。これが見たかったんだ……!
手に汗握る俺。しかし運命はいつも俺の味方をしてくれない。
【動画撮影モードの容量が上限に達しました】
なんだと? どういうことだ?
いや、きっと俺は理解していた。理解した上で認めたくなかったのだと思う。
何が言いたい……! システム!
怒りに打ち震える俺に【NAi】が無情に告げた。
【容量を追加する際には課金が必要です】
【課金しますか?】
そんなことが許されていいのか?
俺は半ば呆然とした。
そんな横暴が……! あって堪るか!
通らないだろう! 今更になって!
チッキショー!
課金だと?
くっ、しかし課金は……。
「迷うな」
隣の席に座るおっさんがぽつりと呟いた。
俺はハッとした。
おっさん、あんたもなのか?
いや、おっさんだけじゃない。声が、聴こえた……。
(……いか。へ……いか)
ささやきか? いや、違う。これは、そんな運営に用意されたモノじゃない。もっと崇高で……人が本来生まれ持つ可能性……。
俺は振り返って、金髪の頭越しに見た。
そこには俺を見つめる男たちのひたむきな眼差しがあった。ひどく純粋で、一切の穢れがない眼をしていた。
(あんたらしくもない。何を悩んでるんだ?)
(あんたは、そんなちっぽけな男じゃないだろ?)
見知らぬ男たちが俺の背を優しく押してくれる。
ああ……。俺は、一人じゃない。多分、気が付いていなかっただけなんだ。お前たちは、ずっとここに居たんだな。
言葉なんて不自由なものだ。けど、俺たちは生まれながらにしてその制約を解き放つ鍵を手にしていたんじゃないか。心のどこかに置き忘れた鍵を、今拾いに行こう。
(五回だ。お前たちも分かってるんだろ?)
(ああ。ずっとそのことを話し合っていたんだ)
(既に実行部隊が動いてる。問題はサトゥかな)
(頭おかしいからね、あの人。囲んでも突破されるかも)
「ふふん。まったくなってないな。あっちへころころ、こっちへころころと見苦しいことこの上ない。あれではスキルに振り回されているだけだ。わ、私ならもっとうまく戦える。もう頭の中で十回は殺した」
「そうか」
金髪が何か言っている。
(そうか。ヤツは俺が殺るよ。任せて欲しいんだ)
(陛下……。魔王陛下ならそう言ってくれると思ってたよ)
(魔王陛下万歳……)
(万歳……)
サトゥ氏なら分かってくれる。そんな確信があった。何故なら、俺たちは友達だから。
一体どれだけの時間そうしていたのか。短くも濃密な交信を終えた俺は、さっと席を立つ。突然アクションを起こした俺にポチョがびくっとした。
「き、急にどうした? どこか、行っちゃうのか……?」
俺はニコッと笑った。
「すぐに戻るさ」
そう、すぐにな……。
時間は限られている。俺は、あいつらの想いに応えなくちゃならない。
俺はポチョの頭を優しく撫でて、きびすを返した。
行こう。決戦の時だ。
俺という存在は何のために生まれたのか。
その答えが、きっとこの道を歩んだ先にある。
だが、宿命は……。
この時、まだ俺とサトゥ氏の対決を望んではいなかったようだ。
闘技場が揺れた。
【警告! レイド級ボスモンスター接近!】
ふん、レイド級か。来るか?
すっかり気が大きくなった俺は鼻を鳴らして踏ん反り返るが、次の瞬間には驚愕に眼を見張った。
「ちゅ、中止! 大会は中止だ! 急いで避難をっ」
そんなあり得ないことを叫んだのは、観覧席でスナック菓子を摘んでいた合法ロリだった。ティナンたちを束ねる王女であり、山岳都市で一番偉いNPCである。
中止だと? 何を言っているんだ?
俺は大きく息を吸うと、絶対の自信と共に腹の底から声をひねり出した。
「いいや、その必要はないな」
とうっ。観客席を蹴って跳躍し、【スライドリード】を発動。ゆっくりと闘技場に降り立つ。
後ろを見なくとも、男たちが俺の後に続いて闘技場に続々と降り立つ勇姿が見える気がした。
直後、大きな影が闘技場に落ちた。
地響きを立てて俺たちの眼前に降り立ったのは、巨大なウサギだ。
【勝利条件が追加されます】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:39.89…88…87…】
【目標……】
【公爵】【Spit-Duke】【Level-2112】
額から伸びる長大な角が雷光を帯びる。
巨大ウサギが咆哮を上げた。
Nuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu
俺たちの鼓膜が破れた。
だが、それすら俺たちにとっては何ら支障がない。俺たちは心で繋がってるんだからな。
俺はキッとレイド級を見据えて宣戦を布告した。
「来いッ」
レイド級ボスモンスターを前にした時、力は無限に湧いてくる。
加護が降る。この血潮を流れる不屈の魂が熱く燃え上がるかのようだ。
【条件を満たしました】
【パッシブスキルが発動します】
【女神の加護】
【Death-Penalty-Cancel(何度でも死ねる)】
【Stand-By-Me!(女神は共にある)】
俺たちの武闘大会は始まったばかりだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
人は戦う。まるで、それが定められた宿命であるかのように。人は抗う。まるで、それが生まれ持った使命であるかのように。
GunS Guilds Online




