ポポロン
1.クランハウス
【ふれあい牧場】のクランハウスは丸太組みの木造二階建て。結成メンバーで少しずつ素材を集めて建てた立派なおうちだ。
その当時のメンバーは【ふれあい牧場】を巣立ち、その内何名かは自分のクランを作り立派にマスターをやっているらしい。
元々、先生はクランマスターを育てるためにクランを作ったのだと聞いたことがある。
マスターとしてのノウハウ、世界の歩き方、様々なことを一緒に遊びながら伝えて、もう一人でもやって行けると判断したクランメンバーに、先生は卒業を言い渡す。
だからはっきり言うと、現在【ふれあい牧場】に残留しているメンバーは卒業できなかった残念な子らなのだ。
「残念だなぁ、残念だなぁ」
俺は、経験値稼ぎに呪いの藁人形をクラフトしながら残念残念と呟いた。
…ん? 上が何やら騒がしいな。二階で何をドタバタしてるんだ。
「コタタマー!」
無口キャラが吠えた。
俺は逃げた。
スズキさんの気分を害した覚えはまったくなかったのだが、事情はどうあれ捕まったら殺されると思ったのである。
2.ポポロンの森
俺は大木のうろに身を隠し、膝を抱えてがたがたと震えていた。
俺の特技はMPK。
狙撃を得意とするスズキとの相性は最悪だし、彼女の人間性が信用に値しないこともよく知っている。
PKが得意なフレンドにSOSは送っておいたけど、まったく納得していなかったポチョさんに落とし前を要求されてひどいことをされていたから、彼はもうダメかもしれない。
そう、俺から鉱石を強奪してクラン【野良犬】を追放された彼だよ。友達になったんだ。
俺はPK行為を憎み正義を愛する善良なプレイヤーだけど、よくよく考えたら俺も相当数のプレイヤーをMPKで葬っているし、何よりも口論の末に味方と揉め合って公開処刑する人よりは全然マシだと思ったのである。
「ポポロン、ポポロン……」
俺は震える手で藁人形を編みながら、一心不乱にポポロン、ポポロンと呟いた。
ポポロンは魔法の言葉。
この森を支配するレイド級ボスモンスターの名前だ。
モンスターというよりは、土地神という考え方のほうが近いだろう。
人智を超える強大なモンスターは、しばしば現地民の信仰の対象とされる。
ポポロンさま、頭のおかしい女に追われる俺をどうかお守りください……。
あ、でも厳しいかもしれない。イベントで何回かぶっ殺してるからなぁ。
3.十分後
落ち着いた。
スズキは潔癖性の気があるから森の中で長時間潜伏することはないだろう。今頃は諦めてクランハウスに戻っているかもしれない。
まったく、何なんだあの女は……。
キャラ付けの一環なのか、ですます調で喋るけど使いこなせていない感があるし、しかもロリコン。
スズキさんもどうせネカマだろうから、あの半端にロリっぽい見た目は中の人の性癖の表れに違いないと俺は見ている。いや、俺だけってことはないだろう。そういう目で見られるんだぜ。女キャラを使うネトゲーマーはメイキングでネタに走らないからな。
外見を自由にいじれるんだから、せっかくなら絶世の美少女にでもすればいいのによ。そうでもないってところに半端さ、照れを感じるぜ。そういうところが甘いんだよ。素人なんだよな。
ロールプレイにしたって無口キャラなら無口を貫いてくれよと思う。需要があると見越してのキャラ設定だろうに、今更になって出し惜しみするのは筋が通らないだろ。
俺は愚痴った。
小心者だが安全圏を確保するなり大口を叩く。それが俺だ。
ぶつぶつと文句を垂れていると、俺は何をあんなに怯えていたんだと気が大きくなってくる。
あの無口キャラの作り込みの甘さやロールプレイの未熟さばかりが目に付き、しょせんは素人なのだと失望を隠しきれない。
その点、俺はセミプロだ。さすがに先生の域には遠く及ばないが、このモブキャラっぷりを見てくれ。戦争の最前線で槍を構えて突っ込んで敵兵の槍で真っ先に串刺しにされててもまったく違和感がないぜ。これがセミプロの仕事ぶりよ。
半端ロリなど恐るるに足らず!
すっかり調子に乗った俺は、「あー」とも「うー」とも付かない奇声を上げながら木のうろを飛び出して木陰で待機していたスズキさんにヘッドショットされ一発で仕留められた。
ポポロン……。
4.サブマスターの事情聴取
「嘆かわしい……」
クラン内のいざこざで死人が出たことに、サブマスターのポチョさんが遺憾の意を示した。
およそ思いつく限り不満しかなかったが、犠牲者の俺は幽体のまま事情聴取を受けている。
俺の本体は森に放置してきた。あまりにも綺麗に頭を撃ち抜かれていたので、フレンドに見せてやりたかったのだ。
なお、クランマスターの先生は不在。高名なプレイヤーである先生は、付き合いのある他のクランに招かれて留守にしていることが多い。
俺を余裕でワンキルしたスズキさんは、小さな唇を尖らせて凶器の複合弓を布で磨いている。
「キルペナ付いた……」
自業自得の極みだろ。
プレイヤーとは金の詰まった袋である。やたら脆いくせに高額のドロップを期待できる。だからPKは、金稼ぎの手段として最高効率を叩き出す可能性を強く秘めている。
それゆえにリスクも大きい。
キルペナルティと呼ばれる、隠しパラメーターの変動だ。
大量のキルペナを抱えたプレイヤーは、PK依存症になる。つまり人を殺したくなり、それ以外のことに興味を持てなくなる。
そこまで行ったら、もはや手遅れだ。キャラクターをデリートして作り直すしかない。
仮想空間のアバターとリンクするということは、心の数値化に同意するということだ。
数値化された心を第三者が操作することも可能になる。このゲームでは当然のことだ。
聖別を受け教会に仕える聖騎士ポチョが俺の死を嘆いている。
「クランでの私闘は禁じられている筈だぞ」
俺はしゅんとした。
サブマスターがクラン規約を把握していないことが明らかになったからだ。
私闘禁止などという規約はウチにはない。
そのようなルールを設けてしまうと、人前でおっぱじめたクランメンバーを先生が成敗できなくなる。
先生は、自分が守れない決まり事を他者に強要したりはしない。
奇しくも反省していると取れなくもない態度を示した俺に、ポチョさんは貫禄らしきものが自身に備わっていると勘違いしたらしい。仕方のないやつだと言わんばかりに溜息を吐いて、加害者の無口キャラに標的を絞った。
「で、どういうことなんだ? 動機は何だ」
無口キャラは俺を指差した。
「こいつが私の武器を勝手に改造した」
改造? したよ。
俺は認めた。
俺はクラン唯一の鍛冶屋だ。クランメンバーの武具を改造する権利と義務がある。
本人に無断で手を加えることはあまりしないが、狩人のスズキは指先の微妙な感覚がどうたらと面倒臭いのでいつも勝手に改造している。
でも、それ三日前の話だぞ。
お前、最近調子いいとか言ってたじゃん。俺、気を遣って何も言わなかったけど俺の功績じゃん。
ちなみに先生には話を通しておいた。もしかしたら先生経由でポチョにも話が伝わっていたのかもしれない。
サブマスターであり、クランきっての武闘派を率いるパーティーリーダーのポチョさんは、言われて今思い出したかのように俺を見た。
俺がカッと目に力を込めると、騎士キャラは目を逸らした。
「うむ。しかしそれはだな……」
俺は当てにならない弁護士を手に入れた。
だが、コミュ障確定のキャラをしている癖に人の機微には聡いスズキさんは、俺と騎士キャラが水面下で結託したことを嗅ぎ取ったらしい。すかさず切り口を変え、俺のネガキャンを始めた。
「私はいつも武器を部屋に置いてる。こいつは無断で私の部屋に入った」
無断で部屋に? 入ったよ。
俺は認めた。
装備品というものは、とにかくかさばる。重いし場所を取る。だから普通、武器防具はクランの倉庫に放り込んでおくのが常識だ。
けれどスズキさんは自分の部屋に持ち帰る。
だったら無断で部屋に入って無断で持ち出すしか方法はないだろ。他に遣りようがないんだからファイナルアンサーじゃねえか。合鍵なんかチョチョイで作れるしよ。
ポチョさんの沙汰が下った。
「有罪」
俺は鉱山送りになった。
これは、とあるVRMMOの物語。
人が人らしく生きるためには互いに譲り合う気持ちが大事だ。それでも譲れない一線というものはあるから、時としてぶつかり合って妥協点を探っていくしかない。
GunS Guilds Online