キャラクターロスト
1.山岳都市ニャンダム-ティナン姫の屋敷前
怪盗%がリベンジが仕掛けてきた。
二度目の犯行予告である。
まぁ俺らゴミもバカじゃない。
武家屋敷をゴミで埋め立てる戦法には致命的な問題点があることは分かってる。魔法撃たれたら一網打尽にされるってコトだ。俺らは燃えるゴミなんでね。
チャンネル切り替えにプレイヤーの総意が関わるっつーことなら、初回の再現にはならないだろう。やはり最低限の動けるスペースは必須だ。
だが痴漢が満員電車に自分の居場所を見出すように、ゴミどもは人のぬくもりを欲していたらしい。
本日も武家屋敷は満員御礼。ここぞとばかりにRMTの宣伝が飛び交い、護衛対象の肉親からは帰宅を促されている。
俺は逆に楽しくなってきた。そうそう、ネトゲーってこんな感じだよな。
やっぱり俺はスマイルの旦那を嫌いになれない。RMTを肯定する訳じゃないが、このウゼー宣伝はリアルで言うセミの鳴き声だ。風物詩とでも言いますかね。ウザいにはウザいが、なければないで寂しく感じるのだ。心の中に語り掛けてくるのが難点ではあるが、ささやきと違ってエリアチャットは不思議と苦にならない。自分にマトを絞って放たれたモノじゃないと分かっているから、なのかな? 分からんが。ささやきとパーティーチャットに共通するスマホのパスを破られたかのような危機感は湧いてこない。
「崖っぷちぃ……」
「コタタマ、コタタマ。お祭りみたいで楽しいね!」
偶然にも一緒になったと主張するニジゲンに、ウチの子たちも加わっていた。
アットムくんは居ない。混乱に乗じて合法ロリに悪さをしようとするゴミどもを成敗しているのだ。俺の左手が空いてる。寂しいぜ。俺とアットムの利き手は逆だから、有事に備えて手を繋ぐ時は必ずアットムが俺の左隣に来る。俺の左手はアットムくんの指定席なのだ。けれど今ココにアットムくんは居ない。今頃は屋内にみっちりと詰め込まれたゴミどもの相手をしてやっているのだろう。寂しい。その寂しさを埋めるように、俺は半端ロリの細い腰に腕を回して少し浮かしてやる。文字通り足の踏み場がねえからな。こうすれば少しはマシだろう。
「こ、コタタマ。変なトコ触らないで。私、身体ちっちゃいし……。触っても、あんまり楽しくないでしょ?」
俺がセクハラ魔みたいな言い方するな。まぁセクハラ魔ではあるんだろうが。男なら誰だって潜在的にはセクハラ魔なんだよ。バレるバレないの違いだ。俺は時と場所を選べるセクハラ魔だから、広義に解釈したならセクハラ魔の分類には入らないんだ。触っても楽しくないだろって? そんな訳あるかよ。俺を誰だと思ってる。セクハラ躍進委員会バランス部門の代表取締役にしてコスプレ会々長のペタタマさんだぞ? この俺こそがセクハラのルールだ。巨乳派だの貧乳派だの程度の低い次元で言い争ってる連中と一緒にしないで欲しいね。女は脚だ。そしてバランス。総合力なんだよ。プラスもマイナスもねえ。調和なのさ。だろ……? ポチョよ!
ポチョはコクリと頷いた。よしよし。お前はイイ女だなぁ。エロい身体付きしやがって。
「え、エロいとか言うな」
まだ口調が安定しねえなぁ。もう普段はほとんど日本語で話してるんだろ? 焦るとやっぱ母国語が出るか。まぁそれは仕方ねえ。生まれ育った文化は人間の基礎だ。性癖は人それぞれだが、その根底にあるのはやはり文化なんだろう。世に言う変態は文化の多様さを示す最たるものだ。戦争がなくなることはないと言うが、俺はそうは思わない。エロスこそが生命の真実で、エロスだけが真の平和を実現しうるだろう。一つ問題があるとすれば……。性癖に果てはあるのか。そこだろうな。
俺は常識的な範疇に収まった女好きだ。独占欲だって相応に備わっている。よってウチの子たちに関しては彼氏ヅラをする。付き合っても居ないのに口出しするなとかよく言われるが、知ったこっちゃない。俺は人間らしい感情を失いながらも心の奥底に愛を秘める男。言うなればヒュンケルだ。夜があるから太陽は輝くんだ。この俺以上に優しいゴミはこの世には居ない。その俺からウチの子たちを取り上げたいなら価値を示すんだな。まず金を出せ。話はそこからだ。手間賃だよ。当たり前の配慮だろ。それすらできねーで、娘さんをくださいとは一体何事だ?
遺跡マップの中層域に顔を出すようになってからか。ウチの子たちは普通に可愛いしレベルもそこそことあって、ゴミどもが惚れた腫れただの言い出すようになった。俺は嫉妬した。中層域に巣食う種々様々なモンスターを手懐けて、理想のパーティーを結成。連帯責任でその場に居たゴミどもを皆殺しにしたことも一度や二度ではない。レベルを上げて目を鍛え直した俺は、そういうこともできるようになった。今やセクハラの魔眼も自由自在にコントロールできる。言わば武者修行を終えて一角の人物に成長した第二部の俺である。
ともあれ、俺は他の野郎どもがウチの子たちに密着するのが気に入らない。さわんなや。コレは俺んだ。ウチの子たちの背中に腕を回して肘でガードする。俺の肘にぐいぐいと身体を押し付けてきたゴミが文句を垂れる。
「押すなや! ったいんじゃボケぁ!」
オンドレぁ!
よし、一人分のスペースが空いたぞ。しかしすぐに他のゴミで埋まってしまう。俺はイラついた。コイツらマジで邪魔臭え。女だけ残して全員死ねばいいのに。俺と同じことを考えたゴミは多いようで、至る所で揉め事が頻発している。だが死者を上回る勢いでゴミは増え続けており、キレた人間爆弾さんたちが自爆を決行しても状況は依然として解消されなかった。いや、それどころか悪化した。自爆を警戒したヒーラーが辻ヒールを決行したことにより名実共に燃えるゴミと化したクズどもは復活したゴミどもに押し上げられ、ゴミの二段構造を構築。ゴミの波にゴミが乗って流れていく地獄のような光景が展開される。俺は心の底からマールマールの固有スキル【四ツ落下】が欲しいと思った。ゴミはプレスせねばならない。そうして初めて問題解決の糸口となるのだ。
「ぺ、ペタさん。あんまりくっ付かないで。わ、私、我慢できなくなっちゃう……」
赤カブトが何か言っている。
我慢できなくなるのは俺だよ。俺は反論した。脱いだら実は凄いんですみたいな身体しやがって。外ももカバーにしたってよぉ、いちいち目に付く。俺のチラリズムを刺激しやがる。しまいには剥がし取るぞ。おい、聞いてんのか。ジャムジェム。お前は本気で俺に気を付けろ。お前がウチで装備を外してる時、俺は常にお前を目で追ってるからな。俺の目から逃れられると思うな。お前には人並みの羞恥心も備わってるから俺の視界を外れて安心気分で着替えているようだが、そんなもんは何の保障にもならねえ。人間の視野角は200度。有効視野角はもっと狭いと言われてるが、俺の有効視野角は完全200度だ。それとなく用事があるふりをして横切れば死角なんざほぼ潰せる。俺はお前を常に見張ってるぞ。そして……何故こんな話をしたのか分かるか? 分からねえだろうな。俺はこう考えてる。お前はもっと俺を意識するべきなんだ。部屋にこもって着替えるもいいさ。仕切りを立てるもいい。ヌルゲーじゃダメなんだ。俺にもっと困難を。熱くさせてくれ。乗り越えてみせる。
俺の情熱的に眼差しに、赤カブトは目を逸らして頬を赤らめた。
「それって。こ、殺して欲しいって、コト?」
モモ氏、遅えなぁ。さっさと現れてゴミを撤去してくれねーかな。ああ、モモ氏じゃなくて怪盗%ね。やっぱ形式は大事よ。怪盗%は【四ツ落下】とやらを使わねーだろうが、【重撃連打】の応用技で何とかしてくれるに違いない。俺は怪盗%の登場を心待ちにする。
あちこちで嬌声が上がり、自爆が相次いでいる。エロスの円熟期を迎えるその日まで、種族人間は最後の一人が死に絶えるまで殺し合うだろう。エロスだけが他人の存在を肯定する唯一の救いなのだ。
地を穿つ落雷がゴミどもを打ち砕き、その度に途中駅に着いた満員電車のようにゴミが撹拌される。たまたま俺の隣に収まった知らないゴミが、俺の顔を見てキョトンとした。何だよ。
「あ、いや。二度目だな。俺、お前と縁があるのかな。へへっ。なんだか照れるぜ」
あ? 二度目?
俺はぴんと来た。ゴミどもに分かりやすく叫ぶ。
「バカモーン! そいつがルパンだぁー!」
電子迷彩だ!
怪盗%は俺に化けてる。マズいぞ……! どうして俺に化けた? 簡単だ。俺は合法ロリ姉妹と面識がある。マーマレードを警護する面々もほぼ知り合いだ。難なくマーマレードの付近まで接近できるだろう。
マズいぞっ。マズいっ……!
暫定エイリアンが本気で演技すれば、変装を見破れるやつは居ない。複雑な作業を無意識にこなせる。ヤツらはそういう生き物だ。
この俺に罪をなすり付けることも可能だろう、ということ……!
くそっ、搦め手で来るとは。
先行された。怪盗%の演算能力はスパコンを越えてる。どこをどう突付けば屋敷のほうに近付けるかも把握してるだろう。そして怪盗%が俺に化けている以上、俺が本物だと確信を持って動けるのは俺しか居ない。理屈から言えば先着した俺が偽物ということになるが、俺なら口で誤魔化せる。どうにでも言える。怪盗%のトリックに気が付いて先手を打った、とかな。
俺は満員電車を途中駅で降りるようにゴミどもを掻き分けて屋敷のほうに進む。コツは思い遣りを捨て去ることだ。俺ら日本人は民度が高いだの何だの言われてるが、各駅停車で思い遣りを捨て去ることを推進される。満員電車は人が生きていける環境じゃない。
どけ! 殺すぞ! というか殺した。邪魔なゴミの首を刎ねて先に進むと、程なく俺の背中が見えた。屋敷の門まで到達している。くそがっ、モブ臭えビジュアルしやがって……!
俺は叫んだ。
「そいつがルパンだ! 殺せぇ!」
振り返った怪盗%が可愛げのねえ面してニヤリと笑った。
「そう来ると思ったぜ! まんまと引っ掛かったな!」
ゴミどもが俺に襲い掛かってくる。ちっ、根回しを終えていたのか。この場でどうこうじゃない。俺を装ってティナンに話を通したな。最初に俺の偽物を指摘した俺が怪盗%だとホラを吹いて回ったんだろう。
更に怪盗%は俺の上を行く。
「電子迷彩までやれるんだ! 別働隊が居るぞ! %は甘くねぇ……! そいつはデコイだ! 本物は屋内に侵入してる!」
怪盗%めぇ……!
怪盗%は別働隊の存在を匂わせると、率先して屋敷内に突入した。
くそっ、マズった。一ヶ月前にモョ%モ氏が俺のレプリカを召喚したのは、こうなることを見越してたからだ。俺を観察して成り済ますつもりだったのか。ティナンは生き物の気配を読める。種族人間のように簡単には騙されてくれないだろう。だが、あふれかえるほどのゴミが周りに居れば気配の違いは錯覚で済ませてしまうかもしれない。
ゴミを以ってゴミを制す……!
くそっ、くそっ。これまでか。俺はゴミどもに応戦しながら悪態を吐いた。ゴミどもが吠える。
「終わりだ! 崖っぷち……!」
そうかい。なるほどな。
どうやら俺はゴミどもを甘く見ていたらしい。コイツらの狙いは、ここに居る本物の俺だ。怪盗%の策を看破し、その上で俺を殺そうとしてる。モブがはしゃぎやがって……!
悔しいが、俺に近接職とまともにやり合える力はない。ウチの子たちを置いてきてしまったことが悔やまれる。
迫り来る白刃を、しかし別の方向から伸びた斧が弾き返した。颯爽と現れた小柄な人影が、群がるゴミの肩に立って叫ぶ。
「コタタマさん! 僕はあなたを信じます!」
クァトロくん……!
さすがはサトゥ氏に見込まれただけのことはある。このショタ型廃人は賢い。信用できる。俺はすかさず言った。
「俺はいいっ。先行した俺を追ってくれ! ヤツがルパンだっ!」
「はい!」
いい返事だ。クァトロくんは残像の尾を引いてゴミからゴミへと飛び移って行く。小型で高性能。【敗残兵】候補は伊達じゃない。
……いや、待て。クァトロくんは僧侶って話じゃなかったか? どうして【スライドリード(速い)】を使える。……職業を偽っていたのか? 何のために? 無理があるぞ。野良パに参加しておいて実は僧侶というのは嘘なので回復魔法は使えませんじゃ話にならない。最低でも聖騎士ってことになる。それなら、まぁ……分からなくもないか? 聖騎士は厄介の元だし……。いや、しかし。
俺はここで死ぬつもりだった。怪盗%の捕縛は急務だ。俺が行くよりクァトロくんに行かせたほうがいい。そう考えてのことだ。
だが、俺は助かった。俺に群がるゴミどもが一掃されたのだ。ゴミが多すぎて何が起こったのか一瞬分からなかった。これだけの密集地帯で、剣を振れるのか。やっぱりお前は凄えな、サトゥ氏……。
ゴミどもの首を刎ねたサトゥ氏が、クァトロくんを追って駆け出した。
その時、俺の脳裏に電撃が走る。
本気で演技した%は、誰にも見破れない。
俺がキャラデリ食らってゲームに舞い戻った時、俺の隣には赤カブトが居た。
サトゥ氏の隣にはクァトロが。それって本当に偶然か?
俺は気付けば叫んでいた。
「待てっ! サトゥ氏! クァトロは……!」
ゴミの背を蹴って低く跳躍したサトゥ氏が、肩越しに振り返って俺を見た。ニヤリと笑う。
サトゥ氏の白目が青白く発光した。
サトゥ氏の唇が動く。声は聞こえない。しかし何を言っているのかは分かった。
「お前は勘が良すぎるんだよなぁ。コタタマ氏」
サトゥ氏が目線を少し下に動かした。つられて俺は足元を見る。
地面に、ごろりとセブンの首が転がっていた。俺に群がったゴミに混ざって……何をしていた? サトゥ氏。セブンのアビリティを。顔を上げた俺は、見た。
サトゥ氏の横に念獣みたいなのが浮かんでいた。サトゥ氏の耳元でボソボソと何やら呟いている。
あれは、アンドレと同じ。サトゥ氏。お前は……。
2.サトゥの回想
「ギスギスオンライン?」
クズ女ことキャメルがコクリと頷いた。
「ええ。色々と悩んだのですが、そのタイトルで行こうかと」
ここは……【敗残兵】のクランハウスの客間か。
キャメルと話しているのはサトゥ氏のようだ。俺の記憶にはない遣り取りだ。セブンのアビリティによるものだろう。サトゥ氏の視点で話は進む。
サトゥ氏が言う。
「レ氏には話を通してあるのか? 権利で揉めると面倒だぞ」
「はい。公式サイトにメールしたところ、自分に話を持って来るなら売れてからにし給えよって変な怒られ方しました……」
「レ氏らしいな」
サトゥ氏の声に苦笑が混ざる。
「それで? この話はどこに向かってるんだ? キャメル。お前のブログを書籍化するなら主人公はコタタマ氏だろう。俺じゃない。脇役の俺に何をさせたい?」
サトゥ氏って察しが良すぎるんだよなぁ。俺は慣れてるからいいけど、キャメルは明らかにびびっている。
サトゥ氏がクズ女をちょいと軽く指差して続ける。
「当ててやろうか。お前、コタタマ氏を説得する自信がないんだろう。ヤツは身バレに繋がる情報を一切出さない。金を積まれても同じだろう。命あっての物種だと理解してる」
……これ数ヶ月前の話だな。
キャメルに書籍化の話が舞い込んだのは今年の六月だったと聞いてる。ポシャッたのは同年の九月だから、六月から九月までの三ヶ月間のどっかだ。
サトゥ氏の指摘は図星だったらしく、キャメルが開き直った。
「サトゥさんっ、私と一緒にコタタマさんを説得してくれませんか? あの人、めちゃくちゃ口が悪いじゃないですか。再現しようにも良心が咎めるし、ご本人の協力が絶対に必要なんですっ」
サトゥ氏は笑った、らしい。
「面白そうじゃないか。分かった。協力してやるよ」
「では!?」
「いいや。そうじゃない」
サトゥ氏は首を横に振った。
「キャメル。お前は分かってない。コタタマ氏はな、あいつは魔族だ何だと言われてるが、実は良心の敷居が低い訳じゃないんだ。敷居が……ジグザグなんだ」
「……それはまさしく魔族の特徴なのでは」
う〜ん、殺したい。
サトゥ氏がいい人ぶっている。朗らかに笑い、
「そうとも言う。まぁコタタマ氏に話を持ってくのはやめとけ。断られはしないと思うが、嘘で塗り固めて来るぞ。当てになるもんか。それよりも無断で話を進めたほうが面白いことになる」
クズ野郎がクズ女をそそのかしている。
なんてことだ。クズ女の裏で糸を引いていたのはサトゥ氏だったのか。あの野郎。
「俺が協力してやると言ったのはな、俺ならコタタマ氏の思考をある程度トレースできるってことさ。完全じゃないだろうが……。ああ、分け前については心配するな。俺にも思うところがあってな。お前の本が、いつか役立つかもしれない」
ここで場面が変わる。
客間であることは変わりないが、キャメルの服装に変化が見られる。
書籍化未遂後の話のようだ。
「キャメル。書籍化の件は残念だったな」
クズ女は素直に頷いた。
「ええ。その節は。正直ショックですが、仕方ありません。……それにコタタマさん、ワンピースとかナルトとか平気でバンバン口にしますし。会話の流れに組み込んでくるから外そうにも外せないですし。漫画の話を抜いたらストーリー変わるとかどうしようもなくありませんか!?」
なんで俺が書籍化前提で話をせにゃならんのだ。俺は異なる世界線を歩んできた人間じゃねえんだよ。ワンピ、ナルトの話くらい普通にするわ。
サトゥ氏が乾いた笑い声を上げる。
「ま、出たトコ勝負みたいなところはあったな。……なあ、キャメル。物は相談なんだが、お前の『ギスギスオンライン』を完成させてみないか?」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げるキャメルに、サトゥ氏が腕を差し出し袖をまくって見せる。
キャメルが小さく悲鳴を上げた。
……サトゥ氏の二の腕に複雑な紋様が走っていた。崩壊の兆候だ。
「少し気を抜くとこれだ。完全変身の後遺症らしい。俺の身体を分解し再構築しようとしてくる。どうやら俺は助からない」
キャメルが席を立った。
「サトゥさんっ。せ、先生に相談しましょう! 先生なら、きっと何とかしてくれます!」
サトゥ氏はどんな表情をしているのだろうか。出し抜けにこう言った。
「俺はチャンスだと思ってる」
キャメルがびくっとした。
「キャメル。まぁ座れ。俺の話を聞いてくれ。お前にしか頼めないことなんだ」
サトゥ氏に促され、キャメルはおっかなびっくり座り直した。
サトゥ氏が続ける。淡々と。
「俺のアビリティな。直感とか言われてるが。あれはダメだ。発動条件が緩すぎる。ジョン・スミスにもハッキリ言われたよ。集団戦には向いてないってな。その通りだと思う。レイド戦の役には立たない。俺一人が生き残っても仕方ないからな」
だが、そのジョンの話からヒントを得たのだとサトゥ氏は言う。
「黒服の二人も言ってたぜ。プレイヤーに発現するアビリティってのは他者の認識も影響するってな。……つまり、だ。俺はもっと強力なアビリティを欲してる」
サトゥ氏の直感は汎用性が高いアビリティだ。しかし発動条件が緩すぎるため、絶大な効果を望むことはできない。
この頃のサトゥ氏は、既にほとんど意のままにアビリティを操ることができたらしい。それでは物足りないと思ったようだ。多少使い勝手が悪くなったとしても、レイド戦に照準を合わせたアビリティが欲しかった。
何故なら、サトゥ氏は運営との戦いに魅力を感じていなかったからだ。ョ%レ氏の固有スキル【ョレ】はゲーム開始時に解放されており、あのタコ野郎に勝ったところで何になるとさえ思っていた。
だが、そのョ%レ氏との戦いがサトゥ氏に天啓を齎した。
サトゥ氏の先を行く世界最強のプレイヤー、ジョンはョ%レ氏との戦いでレプリカを制御下に置いた。
あの力があれば、プレイヤーに絶大な印象を植え付けることができる。だからサトゥ氏にとってジョンの技術を盗むことは最優先事項だった。またョ%レ氏とジュエルキュリの発言から、完全変身がおそらくキャラクターロストに繋がることも予測していた。
全ては計算尽くだったのだ。
あるいはサトゥ氏がスマイルを追っていたのも、劇的な最期を演出するための布石だったのかもしれない。
サトゥ氏の語る計画に、キャメルは頭が追い付いていないようだった。この男は何を言っているのだろうという顔をしている。
しかし、この書籍化未遂作家こそがサトゥ氏の計画を完成させる最後のピースだった。
サトゥ氏は言った。
「キャメル。俺は記憶を失うことになるだろう。だがセブンのアビリティとお前の『ギスギスオンライン』があれば、俺は大部分の記憶を取り戻せる。俺の新しいアビリティがあれば、もっと……。いや、コタタマ氏さえ居れば。この前、あいつと本気で殴り合ってハッキリと分かった。あいつのアビリティは心に作用する。あいつなら周りのプレイヤーを引っ張れる。バックアップデータなんて要らない。ヤツが。コタタマ氏が俺の目だッ!」
リアルで得た情報はクラスチェンジの妨げになる。だが、それすらサトゥ氏の足枷にはならない。状態2のスマホはデータをゲーム内に持ち込める。ゲームの中で読めば文句ないだろという理屈だ。
サトゥ氏は席を立って高らかに笑った。
「キャメル! 『ギスギスオンライン』を完成させろ! 今の俺ならアビリティを最大解放できるッ。この俺がコタタマ氏の述懐を完璧に仕上げてやるッ。俺とコタタマ氏は心で繋がれるんだからなァ!」
悪魔の計画だ。
加担することは悪魔の誘惑に乗るに等しい。
共犯者になれと、そうサトゥ氏は言っている。
キャメルは……。
指で輪っかを作った。
「お幾らほど頂けるのでしょうか?」
クズ女め。
二人のクズがガッと固く握手を交わした。
それは悪魔の取引が成立した瞬間だった。
これは、とあるVRMMOの物語。
みんなのサトゥが帰ってきたよ。念獣みたいになって。
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