怪盗%の挑戦状!
1.ちびナイ劇場
怪盗%。犯行予告。ガムジェムが危ない。
それらのキーワードだけで大体の予測は付いたのだが、念のためにちびマレの解説に耳を傾けておく。
大体予想通りだった。
予告された犯行日時にガムジェムを狙う怪盗%がティナン姫の屋敷に現れる。プレイヤーはティナンと協力して怪盗%の魔の手からガムジェムを守るというのが今回のイベントの趣旨だ。
驚きの余りステージの上をころころと転がったちびナイが過剰リアクション気味に事の深刻さを語る。
【大変! ガムジェムが奪われたら何が起こっても不思議じゃないんだから!】
ちびマレが身体ごと首を傾げて疑問に思ったことを口にする。
【でもお姉ちゃん。怪盗%がガムジェムを使いこなすのは無理なんじゃないかな?】
ガムジェムは無限の魔力を秘めると言うが、一度に発揮できるパワーは所持者次第のようだ。マレの言うことも分かる。
だが、怪盗%とガムジェムの組み合わせはマズい。あの%女は電撃を操る。電子を制御してシステム干渉までやってのけた。電撃魔法【重撃連打】は、この世界を支配しうるスキルだ。ただ、おそらく種族人間ではモョ%モ氏の真似事はできないだろう。膨大な量の演算を要することは間違いないだろうし、魔力の操作に関して俺たちは先天的な素養を一切持っていない。リアルに魔法なんてないんだから当たり前だ。
しかし怪盗%の正体は謎という方向性で行くらしく、ちびナイは【重撃連打】のヤバさに関しては触れなかった。代わりに具体的な事例を挙げてプレイヤーを焚きつけようとする。バタバタと両手を振って、
【ガムジェムがなくなったら出撃画面も使えなくなっちゃうよ!】
それは地味に嫌だな。
何かと出しゃばってくる運営ディレクターの立ち絵が表示される出撃画面は何かと便利で、キャラクター図鑑を眺めているだけで暇を潰せる優れものだ。
現在ガムジェムを所持するマーマレードは迎神教を否定するナイ教信徒だ。それは政治的な理由のように思えるが、少なくともマーマレードに仕えるオレっ娘のラムレーズンの信仰心は本物だった。
ならばマーマレードがガムジェムを所持している現状は【NAi】にとって都合がいいに違いない。
ちびナイが祈るように両手を組んで懇願する。
【プレイヤーのみんな! お願い! ガムジェムを守って!】
ちびマレが指を振ってバチっとウィンクする。
【防衛に参加してくれたプレイヤーには貢献度に応じて報酬も用意してるよ!】
ちび姉妹がぴょんとジャンプしてハイタッチした。
【ふるって参加!】
【お待ちしてま〜す!】
ひとしきり遣り切ったちび姉妹は満足そうに舞台を去っていく。
「……ナイ。例の件は」
「いざとなれば私が出ます」
「ですが、あなたの羽は……」
おい。意味ありげな会話は楽屋でやれ。俺は普通に読唇術を身に付けてるんだよ。例の件って何だよ。……いや、見なかったことにしよう。俺はゲームをしたい。
ちび姉妹が去っても俺たちは解放されなかった。何だろう。しばし待っていると、舞台袖からトコトコとョ%レ氏が出てきた。久しぶりの登場だ。今回のイベントについて同じ%として思うところがあるらしい。
【まぁ……油断はしないことだね。あれはあれで便利な女性なのだよ】
それだけ言ってョ%レ氏は去っていった。
……モョ%モ氏がサトゥ氏にやっつけられたことで何かあったのかもしれない。この一ヶ月、音沙汰がなかったからな。
ョ%レ氏が姿を消したあと、犬小屋からプッチョとムッチョが這い出てきた。漫才でもやってくれるのだろうか。
黒服二人は気まずそうにしている。くいっとサングラスを押し上げて、
【……あのモョ%モ氏がなぁ】
【……学園のマドンナだったんだけどな】
ああ、会長さんの孫娘って話だったもんな。社長令嬢ってやつだ。会長ってのは上皇みたいなもんだ。ハッキリ言って社長より偉い。【重撃連打】が会長さんの血族に発現するスキルだって言うなら、現社長は会長の子供つまりモョ%モ氏の親御さんなのかもしれない。
プッチョムッチョは腕組みなどして深々と溜息を吐いた。
【……俺、実は憧れてたんだよ】
【……俺もだ。今日は飲もう】
一つの恋が終わりを告げたようだ。
二人は肩を組んで舞台を去っていく。
2.マールマール鉱山-【敗残兵】前線基地
「さあ、召し上がれ」
イベント告知があったにも拘らず、リチェットさんは小揺るぎもしなかった。
俺たちの目の前に置かれたチャーハンに一見不審な点はない。だがアンパンの野郎は廃人でこそないが、かつては自由に人体実験できる環境に居た。無味無臭の毒薬を作るくらいは朝飯前だろう。
俺は急用を思い出そうとしたが、それよりも早くクァトロくんがイッた。
「わあ! 美味しそうですね! 頂きます!」
実験台に志願してくれたレッサーティナン二号の勇姿を俺とサトゥ氏はじっと見守る。
クァトロくんは毒チャーハンを綺麗に平らげ、ゆっくりとテーブルに沈んだ。
……遅効性か。かろうじて生きてはいるようだ。
サトゥ氏が覚悟を決めた。山盛りの毒チャーハンを綺麗に平らげ、静かに息を引き取った。
ふわっと肉体の縛めから解き放たれたサトゥ氏の幽体が物悲しげに俺を見つめてくる。
……分かったよ。
俺はちまちまと毒チャーハンを口に運びながら、リチェットさんに聞く。
「……どうして殺した?」
サトゥ氏の遺体をうっとりと眺めていたリチェットがびくっとした。
「わ、私はやってない」
分からないんだ。教えてくれ。キャラデリが原因なのか?
「なっ……!」
リチェットはカーッと顔を真っ赤にした。
「お、オマエと一緒にするな! あんなっ、三人となんて不潔だ!」
それが分からねーって言ってんだよォー!
俺は吠えた。
おかしいだろ! 俺らを殺したからって何になる!?
「セクハラだ! この件はポチョんに報告させて貰うからな!」
そう一方的に告げてリチェットは素早く食器を回収して居間を出て行った。去り際にあかんべーをしてくる。
このアマっ……! 俺は堪忍袋の緒が切れた。リチェットの腕を掴んで怒鳴りつける。
ウチの子たちには内緒にしてくれませんかねェー! お前らのことには口出ししないからさァー! 俺はサトゥ氏を売った。人間、やはり自分が可愛いのだ。
俺から目を逸らしたリチェットさんがポツリと言う。
「あ、アリバイトリック」
ん?
「わわ、私はこういう経験がないんだ。だ、だから。完全犯罪を目指してて……」
おお、そうか! 正直何を言ってんのかさっぱり分からねえが協力するぜ! 要はサトゥ氏の暗殺を手伝えばいいんだな? 任せとけよ! 俺の得意分野だ。
俺は頭がおかしくなったリチェットさんと手を結んだ。安全圏を確保したぞ。やったぁ。
3.山岳都市ニャンダム-ティナン姫の屋敷前
さて、イベントだ。
この一ヶ月で俺は【敗残兵】御用達のチャンネル操作を体得している。
このゲームのマップには人数制限がある。
しかし【敗残兵】の調べによれば、それはスペックの限界によるものではないらしい。
具体的には同じマップでも収容人数は日によって異なる。
また待ち合わせ場所を指定してもチャンネルが違うから会えなかったという事態は一度も起きていない。
よって押しも押されぬ廃人どもはこう考えた。
人数制限はプレイヤーの総意による。
言うなれば集合意識。
単純に混雑を避けるための措置だ。
そして屋内と屋外では扱いが違う。
例えば、屋外の狩り場を独占するのは無理だ。それは、おそらくョ%レ氏が思い描くネトゲーの在り方から離れるからだろう。
しかし区域が限られている特別マップや屋内ならば、ある程度こちらでコントロールできる。
コントロールの仕方にはコツがあって、母体を意識する必要がある。思えば俺のプレーリードッグも全チャンネルをまたぐ目を持ってるとか俺という存在の「結果」が自分なのだとか言ってたしな。
つまりチャンネル操作はプレイヤーの母体【クラン】に備わっている機能であり、それが必要とされる時がいつか来るということだ。不要な機能をわざわざ積まないだろう。
実際にやってみた感覚としては、従来のネトゲーの部屋立てに近い。こちらで条件を指定して不要なゴミを排除するあの感覚だ。
とはいえ、何から何まで思い通りになる訳ではない。仮に俺が部屋立てしても、ウチの子たちが俺の行き先を把握していて俺に用事があるなら普通に入室してくる。細かな優先順位は把握しきれていないが、鍵が有効に働くかどうかは母体が決定権を握っているようだ。自分自身を維持するために余計なルート分岐を潰してるのかもしれない。
まとめると、人数制限は絶対的な指標ではない。街中の混雑は解消できない。それは、多分俺らが過疎を恐れているからだ。ネトゲーはリアルと違ってログインするしないの自由があるから、数々のオンゲーで目にしてきたログイン画面の快適という表示にはマイナスの印象しかない。
ネトゲーのメインコンテンツは「人」だ。
重厚なストーリーや緻密に計算され尽くしたゲームバランスを堪能したいならオフゲーをやればいい。
しかしそうではない。俺たちネトゲーマーは他人に誉められたいし、認めて貰いたいのだ。超絶技巧を披露して俺TUEEEEしたいし、スーパー賢い自分をアピールして俺SUGEEEEしたいのだ。それが偽らざる本音だろう。そうした中で、身の丈に合った遊び方を見つけていくのが本来あるべきネトゲーの形だ。
廃人とまともに張り合っても仕方ないと思うなら、名脇役を目指せばいい。
誰かに必要とされたいと願うなら、誰もやりたがらない仕事をすればいい。
そうやって隙間を埋めていくように、ネトゲーの社会は回っていくのだ。
物語の主役になりたいのは誰だって一緒だ。
だからコソ泥を捕まえるなんていう、誰にでもワンチャンありそうなイベントで報酬をチラつかされると、こうなる。
ゴミ多すぎィ……。
ティナン姫の屋敷前は、ここぞとばかりに詰め寄ったゴミどもでひしめき合っていた。満員電車さながらである。
武家屋敷の屋根もびっしりとゴミが張り付き、端から漏れたゴミがポロポロと零れてゴミの群れに呑まれていく。
圧が。圧が凄い。そこには入らないでしょっていうところにドンドン入ってくる。今にも内臓が押し潰されてしまいそうだ。毎朝毎晩ラッシュを処理しているベテラン駅員ですら匙を投げそうな頭が悪すぎる光景であった……。
偶然にも一緒になったと主張するニジゲンが、気味の悪い薄ら笑いを浮かべながらぐいぐいと身体を押し付けてくる。
「うへへ……」
おい。おい、JK。なんか逆セクハラみたいになってるけど、仮にもお前は女の身体をしてるんだから慎みを持ちなさい。お前なぁ、こんなこと言いたかないが、逆セクハラっていう言葉自体からしてアレだぞ。それ法で取り締まる必要ありますかね?とすら俺は思ってるから。電車ン中で野郎が女にケツ揉まれたから何だってんだよ?っていうのが正直なところなのね。知らねーよっていう。俺が駅員なら徹底的に詰めるよ。本気で抵抗したんですかねぇ?みたいな。見知らぬ女性から痴漢されるくらいですからねぇ。これまでの人生で大分楽してきたんでしょうねぇ。みたいな。それはさ、もう言うけど、キレーなチャンネーがケツ揉まれるのとはまったく別次元の問題なのね。俺の女に何してくれてんの?くらいの勢いでキレる自信あるわ。これオフレコな。
でもやっぱり表向き?日本じゃ男女平等謳ってくれてんじゃん? となると俺もやっぱり表向き?お前にキレざるを得ない訳よ。
俺は表向きキレた。
さわんなや! まぁ表向きなので別に本気で抵抗したりはしない。ニジゲンはホモかもしれないが、そんなことは事実ここにあるおっぱいの前ではどうでもいいことなのだ。
俺はコアラの親子みたいにニジゲンと密着しながらイベント開始を待つ。
ゴミどもがざわつく。来たか。俺は無理やり首をねじって上空を見上げる。
「ほーっほっほ!」
あ、あれは怪盗%!
上空の強風に煽られてマントがバサバサと揺れている。いい感じの演出だ。
しかしゴミが多すぎたようで、眼下に広がる光景を目にした怪盗%はドン引きした。
「うっ……!」
怪盗%が小さく呻いた、その時である。ハニーメープルのエリアチャットが走った。
『……えー。プレイヤーの皆さん。お気持ちはありがたいのですが、一度帰ってくれませんか? あの、家が壊れちゃいそうなので』
俺たちゴミは護衛対象の肉親から帰宅を促された。
だが帰ろうにも帰れない。腕を上げることすら困難だ。まさに夢の島である。
野郎と野郎の厚い胸板に挟まれて、ニジゲンだけが俺の乾いた心に潤いを齎してくれる。俺は人のぬくもりに包まれて、穏やかな気持ちでそっとログアウトした。すやぁ……。
なお、怪盗%も気持ち悪くなって帰ったらしい。
勝負は後日に持ち越された。
これは、とあるVRMMOの物語。
圧巻の勝利……!
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