釣られちゃった!
1.エッダ海-洋上
リチェットさんと一緒に釣りをしている。
以前に嵐の中で釣りするなんてゲームでしか出来ないだろという言葉にまんまと釣られて溺死した俺だが、本日はお日柄も良く何とか生きて帰れそうである。
ちなみに俺から着ぐるみを剥ぎ取って没収した無口キャラはリアルの事情でログアウトした。今度人の寝顔を勝手に見たら殺すと脅されたが、そいつはお前次第だな。大人しく武器をクランの倉庫に放り込んでくれれば解決する問題であることを主張したものの、それはダメだと突っぱねられた。俺は頭をぺこぺこと下げながら、じゃあどうにもならねーなと内心で復讐を誓った。
「付き合ってくれてアリガトな! ウチの鍛冶師は死ぬのが嫌みたいでさ、付き合いが悪いんだ」
ボートから釣り糸を垂らしているリチェットさんの口から早くも不穏な発言が飛び出した。
えっ、死亡前提なの? このセカンドライフ……。そうと知ってれば俺も全力でお断りしたんですけど……。
リチェットはクラン【敗残兵】に所属する司祭さん。
司祭は刃物と鎧を装備できないという【戒律】を持つ上級職だ。
潮風にはためく修道服には豪快なスリットが入っていて、こうして見上げると健康的な太ももが嫌でも俺の視界に飛び込んでくる。なんて破廉恥なシスターさんなんだ。
分かっている。大切なのは寛容さだ。無断で俺を死地に連れて来たリチェットさんを俺は赦した。
静かな心持ちになって太ももを見つめる俺に、リチェットさんはようやく自分の手落ちに気が付いてくれたようだった。
「あれ? 私、オマエに説明したっけ?」
説明ですか。していませんね。俺は悟りを開いたかのように落ち着き払った声で答えた。何かあるのでしょうか、リチェットさん。
するとリチェットさんは少しも悪びれずに豪快に笑った。
「悪い悪い。要はフラグを立てようぜってコトだ。サトゥは他のプレイヤーが追いついてくるのを待ってるみたいだけど、私は細かいことが苦手なんだよ」
ええ、分かります。だって実際、何の説明にもなってないからね。神妙に頷いた俺は話の続きを促す。フラグとは? これ、単なる釣りですよね?
「ああ〜っと、私が前にちらっと米国版で遊んでたのは知ってるよな?」
いいえ、初耳ですねぇ。
「えっ、そうだったっけ? じゃあオマエ、何でココに居るんだ? 私の手伝いに来てくれたんだろ?」
それはね?
俺はゆっくりと立ち上がると、ずいっとリチェットに迫る。
「え? え?」
キョロキョロと目を泳がせているリチェットの手を俺はがしっと掴んだ。
「話は後だ! 引いてるぞっ」
強い引きだ。こいつは大物だぜ。
だが、俺はふと疑問に思った。俺はこのゲームでいわゆる普通の動物を見掛けたことがない。一見、動物に見えてもそいつは凶悪な戦闘能力を秘めたモンスターなのだ。
この世界の生態系はモンスターで構築されている。ならば、そんな世界に魚なんて居るのか?
俺の悪い予感は的中した。
海中から飛び出してきた生き物は、お魚さんとは似ても似つかないシルエットの未確認生物であった。
誇らしげに日の光を浴びて八脚の足を広げた蜘蛛のような姿。ゴツい装甲が鈍く輝き、赤く明滅するモノアイが俺たちを捉えた。
「クソ虫じゃねーか!」
2.リチェット号-船上戦
フレンドに誘われてのんびりとスローライフに身を委ねていたら謎の敵性体を釣り上げてしまった。フィッシングどころの騒ぎじゃねーぞ。
ティナンと敵対する悪玉NPC【ギルド】だ。もう【ギルド】という名称からして実は異世界人が操ってる尖兵なんじゃねーのとプレイヤーたちが軽く諦めの声を上げている正体不明の虫型ロボットである。
コイツっ、海底で一体何を……!
だが詮索している暇はなかった。空中で姿勢制御したクソ虫が胴から生えている銃身を突き出す。リチェットの反応が遅れている。俺は彼女の細い腰に腕を回してボートの上を転がる。
クソ虫の斉射。かろうじて被弾は免れたようだ。【ギルド】の連中は異形の銃器で武装した変な機械だ。現時点で突撃兵と狙撃手の二機種が確認されているが、その両者の武装は同一であり、おそらくは区別がない。狭い船上での遭遇を不幸中の幸いと取るか否か。
俺は念の為に持ってきた試作品の斧を投げつけた。巧みに脚を操ったクソ虫が斧を跳ね除けてボートの上に降り立つ。
船内を振り返った俺は悲鳴を上げた。
「浸水してるぅ!」
「塞げ! 生け捕りにする!」
無理でしょ!
しかし言い争っている場合ではない。俺はクラフトした木の板を釘でガンガンと船底に打ち付ける。
リチェットは襲撃の際にメイスを取り落としてしまったようだ。素早く船上を転がってメイスを回収する。クソ虫の射撃。脚をやられたか? リチェットの動きが鈍る。まずい。魔法職と生産職は【スライドリード】の二段階目を使えない。魔物の大群を女神像の周辺に放ってリスキルを繰り返してみたが誰も覚醒しなかったので多分間違いない。
俺は作業を途中で放り出して運良く船底に突き刺さった斧に飛び付いた。
足を引きずりながら物陰に身を潜めたリチェット隊長が叫んだ。
「突撃する!」
「イエス、マム!」
俺は斧を振り上げて奇声を上げながら突っ込んだ。
俺に銃口を向けたクソ虫のモノアイが連続してカシャカシャと音を立てる。何だ? スクショを撮られた? いや違う。照合したのか!? 素早く船内を飛び回るクソ虫がリチェットに照準を合わせた。先に厄介なヒーラーを撃ち殺すつもりだ。
けど、そいつは悪手じゃねーかな。
知らねえのか? 雑魚から片付けるのがRPGの鉄則なんだぜ。雑魚には雑魚なりの仕事ってやつがあるのさ。
俺は【スライドリード】を連続で小出しにして射線を塞いだ。吐き出された銃弾が俺の腹に叩き込まれる。
「上出来だ」
俺の背後でリチェットがにやっと笑った気がした。
「んっやぁっ……!」
嬌声を上げたリチェットの全身が燃え上がるような赤い光を放つ。
司祭だけが使える蘇生魔法【心身燃焼】だ。いや正確には回復魔法【心身燃焼】の二段階目ということになるのだろう。魔法やスキルに二段階目があることが判明するまでは、三つ目に解放されたと思われていた魔法だ。
銃弾を浴びて崩れ落ちた俺の損傷が復元していく。【心身燃焼】は不吉すぎる名称もさることながら、擬似的に【女神の加護】を再現する強力な魔法だ。それだけに術者に大きな負担を強いる。
「んっ、くっ……!」
苦しげに喘ぐリチェットさんが俺を追い抜いてクソ虫の装甲をメイスで叩き割った。
「チップを抜けっ!」
チップ? よく分からないが、俺は暴れるクソ虫の脱落した装甲の中を覗き込む。いや、グロいっすねぇ。え? ここに手を突っ込むの? それ一体どんな経緯を辿って成し遂げた偉業なの?
とはいえ隊長の命とあらば仕方ない。俺はえいやっとクソ虫の大切なところに手を差し込む。あったかいナリぃ……。
つーかチップなんてねーし!
えっ、とリチェットさんは目を丸くし、
「何か条件があるのかなぁ……」
マジかっ。俺、骨折り損! 色々と失ったよ? 何か大切なものをたくさん失ったよ?
そうこうしている内に、クソ虫さんが自壊を始めた。【ギルド】の皆さんは致命的な損傷を負うか、あるいは行動不能に陥った時点で自壊する。自爆しないだけマシだよなと思っていたんだが、
「違う。転送だ。同じ戦場で、倒した筈の同一個体が確認されてる」
余裕でもっと最悪だった。
やたらと詳しいネと俺が首をひねっていると、リチェットさんは立ち上がって大きく伸びをした。水平線の向こうを眺めるように遠くを見つめて、彼女はこう言った。
「国内版の仕様はヌルいんだ。あっちは全然ひどい。ゲリライベントなんて当たり前だし、プレイヤーの考え方だって全然違う」
マジかよ。全然情報入ってこないから、てっきりポケモン集めてるのかと思ってたわ。
これは、とあるVRMMOの物語。
戦いに終わりなどない。そんなことは身を以て知っている筈の人間たちがエンディングを期待するのか。だから愚かだと言うのだ。
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