勇者よ
思えば、ウチの百式と劣化ティナンが本格的におかしくなったのは俺がキャラデリ食らってからのような気がする。
リチェットも同じなのか? だとすれば、これはチャンスかもしれない。リチェットの標的はサトゥ氏という話だから、俺は安全なところからじっくりと観察できる。大きな手掛かりになるだろう。
俺たちはリチェット観察隊を結成し、【敗残兵】のクランハウスにお邪魔することにした。
1.マールマール鉱山-【敗残兵】前線基地
問題の人物、リチェットは買い物に出ているらしい。
俺とサトゥ氏は廃人どもの巣でソファに並んで座る。サトゥ氏はお守り代わりにクァトロを抱っこして膝に乗せている。
クァトロが控えめに不平を述べた。
「あの……。サトゥさん。僕、こう見えてイイ歳した大人なんですけど……」
だろうな。小学生にしか見えないレッサーティナン二号であるが、クァトロはサトゥ氏が見込みありと太鼓判を押すほどの逸材だ。見た目ほど幼くはあるまい。リアル小学生が混ざれるほどトップ集団は甘くない。
遠回しに野郎に抱かれる趣味はないと告げたショタ型廃人にサトゥ氏が内心を吐露した。
「心細いんだ」
「…………」
クァトロは無言でそっとサトゥ氏の手を押しのけた。サトゥ氏の膝から降りて隣に腰掛ける。にこっと微笑んでサトゥ氏を励ます。
「大丈夫ですよ。リチェットさんはそんな人じゃありません」
面識があるのか?
俺がそう尋ねると、クァトロはコクリと頷いた。
「はい。何度かお会いしたことがあります。カッコいいですよね、リチェットさん」
まぁね。俺は認めた。
ヴァルキリーにクラスチェンジしたことで、リチェットは鎧を身に付けるようになった。ヴァルキリーは戦士系の三次職だ。司祭と違って装備制限の【戒律】がない。俺も何度か見たことがあるのだが、修道服の上に白い鎧を重ねて前線で指揮を執るリチェットはなかなかどうしてサマになっていた。まぁ元々モグラ共和国のトップだしな。
そのリチェットがねぇ……。
サトゥ氏。やっぱりお前の勘違いなんじゃないか? 俺も聞きかじっただけだが、ヴァルキリーは系譜で言えば聖騎士の上位職だ。【戒律】も聖騎士のそれをひどくしたもんだと聞いてるぞ。
「強制執行か。……いや、それだったら俺を殺そうとするのはおかしいだろ」
バルキリーと言えばマクロスだが、その元ネタになったヴァルキリーは北欧神話に出てくる戦乙女のことだ。戦死した勇士の魂を天国に招き、来たるべき終末戦争に向けて鍛え上げる役割を担っていたのだとか。
ヴァルキリーの【戒律】はそうした神話をベースとしており、期限内にレベル10以上のプレイヤーを複数人殺害せねばならない。正確には死を看取ることが条件なのだが、そんなに都合良く死体が転がっている訳がないので、結局は自分で死体を作ったほうが早いし確実だ。
まぁリチェットの場合はセブンが居るので、毎回一人分のノルマは浮く計算になる。ノルマを達成できなかった場合は強制執行のヴァルキリーモードに突入するぞ。要するに不死身になって殺戮に走る。放っておいたら燃料切れてキャラロストしそうだな。はっはっは。
サトゥ氏はヴァルキリーに強い可能性を感じているようだ。
「おお、それな。凄いよな。モンスターには見向きもしないのが難点だけど、永続リジェネは強力だ。ヴァルキリー部隊を用意してさ、今度運営に絡まれたら何人か暴走させたらもう絶対に負けないだろ」
いや、そいつはどうかな。モモ氏のあの剣、正しくは【律理の羽】って言うらしいが、あの剣は厄介だ。磔にされて放置されるかもしれん。だが試してみる価値はあるな。
「だよな!」
ヴァルキリー談義で盛り上がる俺とサトゥ氏に、クァトロがおずおずと意見を述べてくる。
「あの〜。キャラクターがロストするってマズくないですか? そこまで行かなくともキャラクターの寿命が減るってことですよね……?」
いや、俺ら実際にロストしてるから。サトゥ氏に至ってはモモ氏のスキルを解放するのと引き換えにおっ死んでるからね。クソの役にも立たないゴミは灰になればいい。資源ゴミの有効活用。エコだよ。
俺は環境に優しい男なのである。
おっとリチェット隊長殿が帰ってきたようだ。買い物袋を提げた隊長殿が、ソファに座って寄り添う俺らを見つけて「あっ」と声を上げた。
「オマエら仲直りしたんだな!」
はん? 何のこっちゃ。いや、そうか。俺が一ヶ月もの間サトゥ氏に会いに行かなかったのをそういうふうに解釈してたのか。俺も細かくは説明してなかったしな。サトゥ氏に近付くゴミを始末するなんて言ったら邪魔されそうだし。
嬉しそうに駆け寄ってきたリチェットが俺とサトゥ氏の肩をばんばんと叩く。
「オマエらは仲良かったんだぞ。ホモなんじゃないかって疑われるくらい。私は今でも疑ってるしなっ」
朗らかにホモ疑惑を語るな。
サトゥ氏は表向きにこやかだ。
「お帰り、りっちゃん」
リチェットはデレた。
「た、ただいま、さのすけ」
……んん?
何だ、コイツら。りっちゃん、さのすけって呼び合ってるのか? それ、確か他のゲームで使ってたキャラネだよな……。
リチェットはもじもじしている。誰も聞いてないのに勝手に一人で弁解を始めた。
「い、いや、違うんだ。サトゥは、ほら、記憶があれだろ? 私たちは最初に会った頃はずっとそんな感じだったから。逆に私も合わせたほうがいいのかなって。逆に……!」
ああ、そういう……? 俺は察した。
【敗残兵】の連中が新生サトゥ氏に対して妙に消極的というか、放任主義を取っているのはリチェットが原因だったのか。サトゥ氏のキャラデリがよほど堪えたらしい。この女、記憶を失ったサトゥ氏に母性を拗らせてやがる。
俺が察したことをリチェットが察した。ふっと微笑を漏らし、俺たちに背を向けて言う。
「……思えば私たちはサトゥに頼りすぎた。あるいは、そうでなくてはモモ氏を倒すことはできなかったかもしれない。だが、一人のプレイヤーに負担をしいる体制が正しいと言えるだろうか? 私はそう思わない。サトゥは十分によくやってくれた。ならば今度は私たちの番だ。さ、サトゥにはしばらくのんびりと過ごして貰ってだな……」
別にいいじゃねえか。記憶の一つや二つ。どうせ人間なんて一週間前の記憶すらあやふやなんだからよ。
俺がそう言うと、リチェットに睨まれた。
「お、オマエは頭がおかしいっ。サトゥはオマエのことだって忘れちゃったんだぞ! あんなに仲良かったのにっ……」
そんなこと言ったって今更だろ。いや、誤解すんなよ? 俺だって悲しくは思ってるぜ。どうやら俺は俺が思う以上に心優しい男だったようでな。サトゥ氏との再会には感じ入るものがあったよ。だが、それとこれは話が別だ。失ったモンに拘っても仕方ねえ。次の段階に進もう。
サトゥ氏にしたってよ、覚えてもいねえのに前の自分のことをああだこうだ言われても困るだろ。βテスト始める前までは記憶あるんだっけか?
「そうね」
そっか。じゃあ損した気分だよなぁ。せっかく当選したのによ、置いてけぼり食らったようなもんだぜ。だが、こんな話を知ってるか? 運営ディレクターのレ氏は、このゲームのクリアに三世代を想定しているらしい。探るもの、戦うもの、進むものとか言ってたな。
サトゥ氏。もしかしたらお前は第二世代のプレイヤーってやつに当たるのかもな。モモ氏は言ってたぜ。お前のことを戦士だとな。
つまり、こうだ。
サトゥ氏。お前は図らずも最短の道を歩んでるのかもしれねえな。そういう意味じゃ俺が先駆者ってことになるんだろうが……。ま、悟空ふうに言うなら修行が足りなかったってことかね。
いや、あんまり期待しないでくれよな。そういう可能性があるってことだ。ハッキリしたことは言えねえよ。レ氏は、ジョンのキャラデリを阻止した。それは……第二世代に進むためには何らかの条件を満たす必要があるのかもしれねえ。だが、あん時のジョンになくて、サトゥ氏にあったものって何だ? ちょっと思い付かねえ。あるとすれば……君主のジョブか? 消えゆく定め、命の灯火……か。回復不可の【戒律】ってことは間違いなさそうなんだが……。それだけじゃないのか。スマイルの旦那は何か知ってるかもな。今、君主のジョブを持ってるのはヤツだ。
クァトロよ。お前さんはどう思うね?
「え、僕ですか?」
だよ。お前、サトゥ氏に見込まれるくらいだから頭が回るんだろ?
「えっと……。君主はレ氏が持ってたジョブで、レ氏を倒すことがクラスチェンジの条件でしたから……。もしもコタタマさんの言うことが正しいなら、レ氏はプレイヤーに倒されることを望んでいたってことに、なります」
そうなるよな。
あのタコ野郎はサトゥ氏に刺し殺された時にこう言ってたぜ。
(遅かったじゃないか、サトゥ……)
とな。
ああ、嫌だ嫌だ。あのタコ野郎は何を考えてるのかね。この場を借りてハッキリ言っとくけど、俺はラスボス戦に興味ねえんだよ。なのに、いちいち運営が絡んできやがる。次の機会があったらお前らだけでやってくれよな。頼むぜ。
俺は言いたいことを言ってスッキリした。
大きく伸びをして、席を立つ。さて、と。メシでも作るか。俺は、買い物袋を持っているリチェットに手を差し出した。寄越しな。何か適当に作ってやるよ。
……俺が長々と話をしたのはこのためだ。
今のリチェットは、トップクラン【敗残兵】を率いるマスターだ。どうしてわざわざ買い物に出る必要がある? 不自然だ。何を……買ってきた?
俺の長話に付き合って思考停止したリチェットが「あ、ああ」と頷いて買い物袋を差し出してくる。しかし俺が手を伸ばすと、ギクリとして引っ込めた。やはり何かある。俺は素早く買い物袋を引っ掴んだ。リチェットが抵抗する。中身が飛び出た。
ころりと……。何か得体の知れないブツが床に転がった。それは、ビン詰めにされている液体であり、ビンにはアンパンくんのマークが入っていた。
「…………」
俺は何も見なかったことにした。
ビンを拾ってそそくさと買い物袋に戻してやる。そして、ニコッと笑ってリチェットさんに言った。
「リチェット。チャーハン作ってくれよ。お前のチャーハンは絶品だぜ」
リチェットは買い物袋を両手で持ってもじもじしている。
「わ、分かった。チョット待ってろ」
そう言ってリチェットはキッチンに消えた。その姿を見送ってから、俺はリチェット観察隊に号令を掛けた。集合っ。
男三人、寄り集まってぼそぼそと相談する。
「ヤバいぞ」
何がヤバいって決定的な証拠が出たのに隠滅に走ろうともしないのが一番ヤバい。あの女はもう手遅れだ。
しかしサトゥ氏は手の施しようはあるのだと主張した。
「手遅れとか言うなっ。まだそうと決まった訳じゃないだろっ」
クァトロがサトゥ氏に同調を示す。
「そ、そうですよ。武器に塗るのかもしれない。モンスターに毒は効きませんけど、対人用とか……」
お前、分かってて言ってるだろ。リチェットくらいの腕があれば毒なんて無意味だ。人間は金棒で殴れば死ぬ。余分な金を掛ける必要がどこにある? コストと見合わない。
……そう、人間は金棒で殴れば死ぬ。リチェットはリチェットなりに色々と考えて、直接的な手段に訴えるのは避けているのだろう。理解し難いのだが、それはウチの三人娘に照らし合わせて考えると……。恥じらい、なのかもしれなかった。
俺はゾッとした。
お、俺は帰るぞ! 殺人鬼なんかと一緒に居られるか!
そう宣言して帰ろうとする俺に、サトゥ氏がしがみ付いてくる。
「い、嫌だ! どこにも行かないでくれっ」
くそっ、コイツ……! 一ヶ月かそこらで俺のレベルを越えやがったのか? 振りほどけねえっ。
リチェットが中華鍋をガンガンと叩いて居間に戻ってきた。
「エサが出来たぞ〜!」
キャーッ!
俺とサトゥ氏は悲鳴を上げてひしっと抱き合う。こ、殺される! いやっ、毒を盛られるのはサトゥ氏だけなのか? 分からない。俺たちには何も分からないっ。確かなことは何も言えないっ。
リチェットが不思議そうに首を傾げて、チャーハンをお皿によそっていく。ちらりとサトゥ氏を見て、恥ずかしそうに。
「さ、さのすけには、チョットおまけだ」
サトゥ氏の皿に多めに盛った。
っ……致死量!?
俺は目眩がした。貧血だろうか。ふらつく俺をサトゥ氏がとっさに支えてくれた。しかしすぐにサトゥ氏も脱力して片膝を付く。これは……。
「強制、召喚……!」
2.ちびナイ劇場
今回ばかりは感謝してやってもいいかもしれない。
一時的に死地を脱した俺は、観客席でホッと一息吐いた。
イベントか……。
このまま何もかも有耶無耶になってくれねえかな。
俺が儚い希望に縋ってもるもる鳴いていると、ステージの上に立っているちびナイとちびマレがその場で足踏みを始めた。
横滑りしてきた犬小屋にちび姉妹が駆け寄っていく。
【プッチョ〜ムッチョ〜! 散歩行くよ〜!】
もはや完全に犬扱いである。
だが駄犬が顔を出すよりも早く、どこからともなく飛んできたカードがストッとステージの床に刺さる。ギョッとしたちび姉妹が足を止め、カードをまじまじと眺める。
【ややっ。こ、これは!?】
何だろう。拡大図が表示された。何かのマークが刻まれているようだが、目が滑って何も伝わって来ない。これ意味ある?
ちびマレが解説してくれた。
【怪盗%のマーク!】
誰だよ。そんな知ってて当然の有名人みたいに言われても困る。
だが本人が舞台袖から現れてくれた。
【ほーっほっほ!】
いかにも怪盗という感じの格好した女であった。覆面を付けている。髪は長い。
【そう! 私は怪盗%!】
この声。怪盗……%。
ああ、そういう……? 俺は察した。
なるほど。ョ%レ氏と被り気味のキャラをね。ポイして。なるほど。なりふり構ってられないと。ヨゴレに。なるほど……。
ゴミどもも察した。観客席からもるもると悲しげな鳴き声が上がる。
しかし怪盗%は怯まない。強い。さすがは勇者とやらの血を引く女だ。
怪盗%がバッとマントを翻した。びしっとポーズを決めて叫ぶ。
【天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ! 悪を正せと私を呼ぶ! そう! 私は怪盗%!】
自己主張が激しいコソ泥である。
勇者って凄いんだな。
俺は呆れを通り越して純粋に感心した。
ひとしきり自己紹介して満足したらしく、怪盗%は舞台袖に戻って行った。
ちびマレがカードをひっくり返して裏面を見る。
【こ、これは犯行予告! ガムジェムがっ……危ない!】
ちびナイが絶叫した。
【な、なんですとー!?】
何やら始まったようだぞ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ガムジェムをめぐる壮大な物語の幕が開く……!
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