友よ
現在のサトゥ氏は無所属である。
【敗残兵】入隊の最低ラインはレベル10で、サトゥ氏はレベル上げに対して慎重だ。いわゆるパワーレベリング……熟練者の助けを借りた促成栽培に利はないと分かっている。このゲームの戦闘は、敵と味方に分かれて順番に殴り合うターン制ではないからだ。レベルだけ高くても、他職と連携できない間合いの取り方が分からないでは話にならない。どんなにレベル上げたところでモンスターにブン殴られたら一発で死ぬしな。
俺は、新生サトゥ氏を【敗残兵】がどう扱おうと口出しするつもりはない。廃人には廃人の理屈があるだろうし、元マスターだからと言って特別扱いしないというのもアリだろう。ルールを守るってのは一番文句が出ない遣り方だからな。
だが、廃人どもの都合に俺まで付き合わされるのはゴメンだね。俺はサトゥ氏を籠絡して俺専属の魔石狩りマシーンに仕立て上げたい。純粋な気持ちでサトゥ氏に接するつもりでいた。それなのに、実は記憶喪失なんて嘘でしたじゃ話にならねえ。前提が崩れる。ハッキリさせようや。
1.人間の里-居酒屋【火の車】
さしもの俺も野良パを解散させてまでコッチの話を優先するつもりはない。お前を疑っているぞという態度を見せたのはサトゥ氏の興味を引くためだ。
再会の翌日、俺はサトゥ氏と【火の車】で落ち合った。逃げるかなとも思ったが、ちゃんと来たな。俺と縁を切るつもりはないってことか。
【火の車】に現れたサトゥ氏は知らないショタを連れていた。誰だ? いや、何度か見掛けた顔だ。昨日も野良パに混じってたな。また新キャラかよ。処理しきれねんだからこれ以上増やすなや。
俺は内心そう思ったが口には出さず、代わりにこう言った。
「そっちのは?」
「クァトロ。僧侶だ。見込みがありそうだから、ここしばらくは一緒に行動してる」
ふうん……。要は青田刈りか。【敗残兵】メンバー候補ってことだろう。サトゥ氏が目を付けるくらいだから将来有望なんだろうな。
俺はニカッと笑って手を差し出した。
ペタタマだ。仲良くしてやってくれや。
だが小生意気なショタはサトゥ氏の陰に隠れて怯えた表情を俺に向けてくる。
「……あの、お金は持ってないです」
誰がいつ金の話をしたよ?
ちっ、アットムくんが喜びそうなビジュアルしやがって。ヤツはもう男女の見境がないからな。ハイレベルな変態だよ。まぁアットムのことはいい。
クァトロとか言ったな。まぁ座れ。心配すんな。ここの払いは俺が持つ。俺はお前らの先輩だからな。敬え。
リチェット辺りが同席するケースも想定していたから座席を取ってある。サトゥ氏とクァトロは俺の向かいに並んで座った。
……無関係なやつを連れて来るとはな。突っ込んだ話がしづらくなってしまった。それを見越してのことだとすれば、やはりサトゥ氏は侮れない。仕方ねえ。少し遠回りするか。俺はひとまずサトゥ氏とクァトロの関係から洗っていくことにした。
「クァトロ。いいキャラネだな。察するに元ネタはクワトロ・バジーナか? シャアね」
小生意気なショタはサトゥ氏をそっと見上げた。サトゥ氏が答える。
「元ネタは特にないらしい。金色にも特別反応しないから多分嘘じゃない。何度か試した」
そんなことをされていたのかと、クァトロが小さく目を見張った。
そうか。ネタじゃないのか。でもクァトロってキャラネをこの先も通すなら、いずれ演説させられるぞ。心の準備だけはしておいたほうがいい。
クァトロは目を丸くした。
「え……。な、名前変えたほうがいいのかな? サトゥさん」
「いいよ。演説はして貰うかもしれないけど、原稿はこっちで用意するから」
クァトロ……。コイツ珍しいタイプの廃人だな。割かし物腰が柔らかいタイプの宰相ちゃんですら、ミドル層やライト層とは違うのだという自負心を持っていた。そりゃそうだ。実際に違う。廃人は凄まじいスピードで成長していく。まったり派と馴れ合ったところで意味がない。無理に一緒に行動しても互いに不幸になるだけだ。
俺はクァトロを観察する。……演説という行為そのものを嫌がっているようだな。焦っているように見えるのは、冗談ではなく演説をやらされる羽目になるかもしれないと思っているからだ。こいつは今ここに居るサトゥ氏がトップクラン【敗残兵】の元マスターだと知っている。
……じゃあ別に俺が遠慮することはない、か。
サトゥ氏が察した。
「そんな気を遣わなくてもいいよ。クァトロには大体話してある。ここに連れて来たのは、先輩。あんたと会わせておきたかったからだ」
ほう。面通しって訳か。殊勝な心持ちじゃねえか。
「そうじゃない。案外察しが悪いんだな」
そう言ってサトゥ氏は笑った。
「先輩。あんたは国内サーバー屈指の悪党らしいが……。どんなに粋がろうと、この俺の前じゃ霞むってことさ。そいつを見せてやりたくてな」
青二才が。大きく出たな。
……記憶を失ったことで本性が剥き出しになっているのか? いや、人間ってのはそんなに単純じゃないよな。これもまたサトゥ氏の一面なのだろう。噛み付きやがって。
予定変更だ。今この場で屈服させてやる。俺はテーブルの上に身を乗り出すと、サトゥ氏を指差してこう言った。
「調子に乗るな。お前はサトゥ氏の抜け殻だ」
挑発だ。本気でそう考えている訳じゃない。
サトゥ氏の挑むような眼差し。いい目だ。
だが……。俺は指を引っ込めて手を組んだ。
「そう思っていた。実際にこうして会うまではな」
昨日の話の続きだ。
サトゥ氏。お前、どこまで覚えてる?
「どこまでって……。βテストの前までだよ。それ以降はあやふやで、スマホいじったりした記憶くらいしかない」
そうか。お前には俺が記憶飛んだ時にその話をしたからな。装うのは簡単か。
「……俺を疑ってるのか?」
ああ。疑ってる。俺はハッキリ言った。
サトゥ氏は俺を探るように見ている。
「母体が朽ちたら記憶は残らない。それは当たり前の認識だと思ったが……」
キャラクターデリートだよ。
「なに?」
母体が朽ちる前にキャラクターデリートすれば記憶は残る。
サトゥ氏は拍子抜けしたように苦笑した。
「そうかもな。で、俺がそれをやったって言うのか?」
いいや。俺も後になって気が付いたが……。それはないと思っていた。
母体が朽ちればバックアップデータも消えてなくなる。それはウィザード問題の特効薬たり得る。
サトゥ氏。お前は魔法戦士になりたいんだろう。リチェットの、ヴァルキリーの転職条件にはレベルが絡んでると読んだ。その通りだよ。この一ヶ月、俺たちも遊んでた訳じゃない。ヴァルキリーになれたのは最低でもレベル20以上の司祭だけだった。他にも色々と条件はあるようだが……。まぁ縛り付けて目の前で親しいヤツらを一人ずつ殺してやるのが一番手っ取り早い。何なら自らの手で皆殺しにしてもいいようだ。もっとも男キャラには別ルートが用意されているようだがね。
ヴァルキリーになれるのは女キャラだけだ。男キャラの場合は、おそらく聖騎士からの派生だろうと推測されてる。男と女でジョブ性能が異なるのは妙だからな。
それらを踏まえた上で言うと、魔法戦士はウィザードであることが前提かもしれない。その可能性は高いように思える。男女で三次職を分けるのは、可能性を絞るためだ。
クラスチェンジの可能性をな。
俺も段々分かってきたよ。このゲームは全てのユーザーに等しい可能性を与えることを前提としていない。大抵のキャラクターは「平民」で、一次職で満足する。目に見えるような【戒律】がないからだ。
最上級職の君主と一次職の戦士は本質的には等価値で、ただ役割が異なる。
「平民」のままでは居られない人間だけが次のステップに進む仕組みだ。
それは、例えばサトゥ氏。お前のように、いざとなれば全てを捨てることができるヤツなんだろう。
だが、本当にそうかな? 俺は疑ってる。記憶喪失のふりをすれば、お前は周りからチヤホヤされる。動機としては十分だろう。しかし俺はお前を高く買っている。
よってこんなものを用意した。
そう言って俺は、一枚の写真をテーブルに置いた。クズ女ことキャメルから課金アイテムのカメラを借りて撮ってきた写真だ。そこには深い眠りに就いている鬼武者の群れが写っている。
サトゥ氏は目を見張った。
「これは……。αテスターの巣を見つけたのか?」
そこからどんなことが読み取れる? 推理してみてくれ。
「そうだな……。米国サーバーのジェエルキュリの例もある。国内サーバーにも彼女と同じαテスターが紛れ込んでるかもしれないこと、と。そいつはあんたの身内かもしれない。それは、この情報がまったくと言っていいほど出回っていないことから推測できる。おそらくは厳重なロックが施されている。となると、場所は遺跡マップか」
不正解だ。
「なに?」
俺はもう一枚の写真を取り出した。
べろんべろんに酔っ払った俺とプッチョムッチョが肩を組んで熱唱している写真である。
俺は運営側の黒服に顔が利く。ヤツらに頼めば、αテスターの巣に連れて行って貰うこともできるのさ。
サトゥ氏は面白くなさそうな顔をしている。
「しかし一枚だけなら俺の推理で完璧じゃないか」
完璧じゃない。事実二枚あったんだから、そこまで推理して完璧だ。
お前は一枚しかないと決め付け二枚目を推理できなかった。これも事実だ。
第一、そのαテスターとやらが俺の元に派遣されるのは妙な話だ。そうは思わないか? お前はジュエルキュリを例に出したが、ジョンは米国サーバーのトッププレイヤーだろう。俺とジョンの間に共通点はない。
……しかし事実として赤カブトは俺の元に派遣された。αテスターの管理をしているのは【NAi】なのかもしれない。
いずれにせよ、ウチのAI娘に腹芸は無理だ。サトゥ氏は早い内に味方に引き込んでおく必要がある。写真を見せたのは、それとなく赤カブトの存在を知らせておくためでもある。
もっとも以前のサトゥ氏にとっては分かりきった話だ。二枚の写真は推理力ではなく反応を見るためのもの。以前のサトゥ氏なら、クァトロの前でこんな写真を出していいのかと慌てたことだろう。しかしそうした素振りは見られなかった。ならばと二枚目の写真を出しておちょくってみたのだが……。
サトゥ氏はしてやられたといった様子で頭を掻いた。
「うーん。そこまでは推理できなかったな。まぁどっちにしろαテスターの謎に迫れる写真ではないね。動き出す様子はなさそうだ」
だが赤カブトさんは今日も元気に動き回っているようだ。
「あっ。ペタさん居た!」
【火の車】店内に飛び込んできたミニスカローブが当たり前のように俺の隣に座った。
サトゥ氏は素早く写真を隠して懐に入れた。
「や、やあ。ジャムジェムさん」
サトゥ氏は一ヶ月前にはこのゲームに戻ってきていて、大抵の顔見知りとは再会を済ませている。
「サトゥさん。ジャムでいいですよ〜。まだ、そのぅ、記憶は戻りませんか?」
「……うん。ゴメンね」
雲行きが怪しくなってきた。
おい、ジャムジェム。俺を探してたのか? どうした。俺に何か用か? ん?
俺は赤カブトを抱っこしてよしよしと撫で回してやった。
ウチは【敗残兵】と違ってまったり派だ。一ヶ月やそこらで劇的に変化したりしない。
「ちょ、ちょっと来て……」
俺は赤カブトに外に連れ出されて、周りに誰も居ないことを確認してから刺し殺された。家まで我慢できなかったのか。仕方のないヤツだ。
ダッシュで死に戻りした俺を、サトゥ氏が呆然と見つめている。どうした?
「コタタマ……さん。あんたも、なのか?」
なに? どういうことだ?
サトゥ氏は思い詰めた表情をしている。そして意を決したようにこう言った。
「……最近、りっちゃんが変なんだ。俺の勘違いならいいんだが……。俺のことを殺そうとしてくる」
これは、とあるVRMMOの物語。
非情なる感染。
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