再会
俺とサトゥ氏は等しくキャラデリ食らった身ではあるが、それにより置かれた状況には大きく隔たりがある。
まず俺。俺は身バレに繋がる情報は一切出さない。ドコ住みだの家の近くにどんな店があるだの最近ドコで何を買っただの旅行でドコヘ行っただの過去に地元でこんなことがあっただの、そういった情報を一切漏らさない。ログイン傾向から生活リズムを読まれることはあるだろうが、その先の特定に繋がる個人情報は一切出さない。俺は不特定多数のゴミどもから恨みを買っているという自覚があるからだ。出していい情報とそうでない情報を明確に区別している。
その辺りはサトゥ氏も同じだろう。だがヤツはイナゴである。そしてトップクラスの廃人集団に属している。リアルでの遣り取りなくしてトップを取れるほどオンゲーは甘くない。ボイスチャット、メール交換は必須だ。【敗残兵】は仲間内でのオフ会を禁じているが、それは男女間のいざこざで貴重な戦力に抜けられると困るからだろう。逆に言うと、ゲームに出会いを求める甘ったれた連中、リアルに未練を残しているような輩に用はないということなのだ。
つまりこうだ。
サトゥ氏は捨てアカを使って仲間とメールの遣り取りをしていた。
メールの履歴は残る。
キャラデリに至るまでの猶予もあった。
あのサトゥ氏のことだ。ゲーム内の情報を残してウィザードへの道を閉ざすようなヘマはしないだろう。万全の状態に仕上げてくる。
おそらくは記憶が飛ぶ前に何らかの指示を自分自身に下している。遣り方は何でもいい。メモを残すなりスマホに時限アプリを仕込むなりして自分自身を操る。メール履歴の閲覧まで行けば、自分自身の正体を疑う余地は一切なくなる。確信を持って再スタートするだろう。
だから俺は、リチェット経由でサトゥ氏がキャラデリしたその日の内にこのゲームに舞い戻ったと聞かされてもまったく驚かなかった。
それでも一ヶ月という歳月を費やしたのは、再スタートを切ったサトゥ氏に近付こうとする害虫を始末するためであり、また俺自身を鍛え込むためだ。
もはや性向値がどうのと言っていられる場合ではなかった。
サトゥ氏が命を燃やし尽くしてまでモョ%モ氏に立ち向かったのは、俺が弱かった所為だ。俺さえ殺られなければ、別の展開に持って行くことができた。あの場には俺の母体【目口】が居たし、モョ%モ氏に対するセクハラ射撃は一定の成果を期待できた筈だ。
でも、できなかった。俺は死んでたから。俺は弱かったから。
もうあんな思いはしたくない。
この一ヶ月、俺はありとあらゆる手段で自分自身を追い込み、魔物をブッ倒しゴミどもをブッ殺した。
気付けば俺は、レベル4になっていた。
1.マールマール鉱山-山中
ダッシュで死に戻りした俺は、颯爽と立ち……ニコッと笑った。
「新規さんかな?」
新生サトゥ氏を擁する野良パーティーは死力を尽くしてモグラさんを撃退したようだ。地面に座り込んで休憩している。
……今の俺ならばサシでモグラさんを下せると確信していたのだが、それは勘違いだった。よって路線変更する。新生サトゥ氏の師匠ポジは諦めよう。
そう、俺は新生サトゥ氏を手駒に加えるつもりだ。理由など言わずもがなだろう。
キョトンとした様子で俺を見上げるサトゥ氏に、俺は舌なめずりをした。
穢れを知らない無垢な目をしてやがる。堪んねえ。くくくっ……。うまい具合に手懐けて俺好みの男に育て上げてやるぜ。
本日の俺はバンシーモード。全てはサトゥ氏を手懐け、俺専属の魔石狩りマシーンに仕立て上げるためだ。
たまに勘違いしてる輩を見掛けるが、初対面の野郎同士は心証マイナスからスタートする。赤の他人の同じ男を可愛いと思える機能は種族人間には備わっていない。それは祖先を同じくする動物たちを見ていればよく分かる。ハッキリ言って、世に言う友情ってのは錯覚だ。愛情はある。別に錯覚だからって全否定するつもりはないがね。人間は錯覚に生きている。
ともあれ、野郎の関心を引くなら女を用意するのが一番だ。よって俺が女になる。
へへへっ……。歯列をギラつかせて歩み寄っていく俺であったが、女の邪魔をするのはやはり同じ女である。
「コタタマー!」
残像の尾を引いて急速に接近してきた【敗残兵】幹部のメガロッパさんが俺にガッと体当たりしてきて俺の腹に剣をブッ刺した。
「ゲェー!?」
宰相ちゃんがぐいぐいと剣を押し込んで俺ごと森を突っ切る。木の幹に縫い付けられてぐったりした俺に、宰相ちゃんがぐいっと弁当箱を押し付けてくる。
「渡し忘れていました。お弁当です。お昼に食べてください」
あ、あのさ。ごほっ。俺は吐血した。
あのな、メガロッパ……。弁当はありがたい。お前らには、この一ヶ月、世話になった……。げほっ、げほっ。血が止まらない。
か、感謝してる。けど、特に理由なく俺を殺すのはやめろ。い、一体……何の意味がある……?
宰相ちゃんは微笑んだ。
「コタタマ。私もお前には感謝しています」
この一ヶ月で宰相ちゃんは俺を呼び捨てにするようになった。【敗残兵】幹部に昇格したコイツに、無駄にへり下るのはヤメロと俺が忠告したのである。丁寧語の癖は抜けなかったが……。代わりに用事のついでに俺を殺す癖が付いた。意味がまったく分からない。ひとまず弁当を受け取っておく。そろそろ死にそうなので所有権を俺に移しておくためだ。
宰相ちゃんは少し悔しそうな顔をした。
「認めたくはありませんが、お前はこの一ヶ月がんばりました。まぁミドル層にしては、ですが。……ですから、これは私なりの感謝のしるしです」
そ、それは弁当の話だろ……? い、今はどうして俺を殺すのかという話をだな……。
限界だった。俺はガクリと項垂れて死んだ。ダッシュで死に戻りした俺は、自分が出遅れたことを悟った。
新生サトゥ氏の争奪戦はとうに幕を開けている。
ちょうど休憩を終えてそろそろ出発しようかというサトゥ氏たちの行く手に、お犬様が佇んでいる。着ぐるみ部隊の一員であらせられる犬種マルチーズだ……!
お犬様は、着ぐるみ部隊の調整役だ。
愛らしい着ぐるみ部隊の皆様は浮世離れした方々が多く、遠巻きにプレイヤーたちを見守っておられる。積極的にイベントには参加なされない。すると、ガラの悪いゴミどもは着ぐるみ部隊の皆様が攻略に非協力的だとイチャモンを付け始めるのだ。
そうした面倒臭いあれこれを仲介し、平和的に解決してきたのがお犬様なのである。とても偉い方なのだ。短気な俺と違ってゴミどもを皆殺しにしたりしない。
だが皆殺しにしたりしないので、どうしても勝敗があいまいになる。損をする人間を作ろうとしないので、自分自身が貧乏くじを引いてしまう。
着ぐるみ部隊のトラブルバスターは、それゆえに今日も回らない首を回すのだ。
お犬様は強力なサポートを欲している。
さしもの俺もお犬様を殺処分することはできない。いや、したくない。このタイミングでお犬様が動いたということは、俺が動くまで待っていたということだ。順番を守ったのだ。それは、多分……俺がサトゥ氏と親しかったから。喉から手が出るほどサトゥ氏が欲しかったろうに。ぐっと我慢して待っていてくれたのだ。もうその時点で、俺がこれまで駆除してきた害虫どもとはまったく異なる。大好きだ。
俺は、お犬様の為されようを見守ることにした。木陰に身を潜めて両者の邂逅をじっと見つめる。
着ぐるみ部隊の皆様は有名人だ。一目でそれと分かるフォルムに、サトゥ氏たちがハッとして立ち止まる。
「あなたは……着ぐるみ部隊の」
お犬様が舌を出してハッハッと浅く呼吸する。
着ぐるみ部隊は動物をベースとしているため、表情が乏しい。人間みたいに気持ち悪く笑ったりしない。だが、お犬様は優しい瞳をしていた。再スタートを切ったサトゥ氏を目にしたのはこれが初めてだったのかもしれない。しかし言葉は用意している筈だ。ありとあらゆるリアクションを想定して前準備を整えるのは交渉の基本である。
お犬様は、言った。
「散歩、するか?」
される側なのに……!
俺は内心でツッコんだ。
……お犬様はボケないと気が済まないみたいなトコがある。お笑いの血が流れているのだろう。
サトゥ氏は戸惑いながら頷いた。
「えっ。あ、はい……」
お犬様はサトゥ氏たちと合流し、トコトコと一緒に森を歩いていく。それとなく先導してモグラさんたちの生息域を避ける気遣いはさすがの一言だ。
しかし……。せっかくのチャンスなのに、お犬様は口を開こうとしない。何か考えがあるのか? 分からない。お犬様はサトゥ氏たちを女神像まで案内するつもりなのだろう。そこからが勝負ということか?
いや、そうではなかった。
お犬様は、女神像がある地下入り口の付近まで来ると、サトゥ氏たちに手を振って素っ気なくこう言った。
「じゃ。ワシはこの辺りで」
「あ、はい……」
お犬様っ……!
俺はどっと涙を流した。
俺には分かった。お犬様は、サトゥ氏を勧誘するつもりだった。それは間違いない。だが、葛藤もあったのだ。ゲームを始めて、一番楽しい時期を自分に付き合わせてしまって良いのかと。その葛藤は今日まで晴れることはなく、そしてついにお犬様は何も告げずに去ることに決めたのだ。
クソ忙しいだろうに……! 猫の手も借りたいだろうに……! 面倒ばかり背負い込んで……! あんたって人は……!
俺は木陰を飛び出してガッとお犬様に抱きついた。この人を一人にすることはできなかった。しがみ付いて嗚咽を漏らす俺を、お犬様がそっと撫でてくれた。
「ワシ、いかんなぁ。何も言えんかったわ。でも元気貰ったよ。帰ってきて良かったなぁ。うん、良かった」
俺は声を上げて泣いた。
俺は、サトゥ氏が居なくなって寂しかったのかもしれない。この時、初めてそう思った。
人間らしい感情など俺の中には残っていないと思っていた。でも、そうじゃなかった。こんな俺の中にも愛とか友情とか、そういうキラキラしたものは少しだけ残っていて。俺は、嬉しいんだ。サトゥ氏が、戻ってきたから。記憶はなくっていても、また会えたから。
「だ、大丈夫?」
俺が大声で泣き喚いたものだから、サトゥ氏が心配そうに声を掛けてきた。
代わり映えのしない姿だ。俺と同じで、好みで作ったビジュアルじゃないんだろう。トップに立つことを想定した姿だ。
ゲーマーの大半は男だから、反感を買うようなイケメンではない。しかし女がまったく居ない訳ではないから、ブサイクでもない。
体格を良くしてもメリットは少なく、的が大きくなるのは不利だから、身長は高くない。けど低すぎると、今度はリーチが短くなるという無視できないデメリットが生じる。170cmが男のボーダーラインで、話のタネになるからミリ単位で170cmには足りてない。
俺がサトゥ氏を知ってるからそう思うだけかもしれない。でも多分そう大きくは外れていないだろう。
自分というものがまったく見えないビジュアルだ。いつもプレイヤーの先頭に立って道を切り開いてきた男の姿だ。
俺はぴたりと涙を止めてサトゥ氏と向かい合う。腰に手を当てて、しばし地面を見つめる。……まぁいいか。聞いちゃおう。俺は溜息を吐いて、言った。
「で、どうしてお前は何も知らないふりをしてるんだ?」
正直、記憶がないってのも怪しく思えてきた。それが俺の本音だ。
これは、とあるVRMMOの物語。
闇は深い。
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