天使【NAi】
1.ギスギス学園-死の森
もう勝手にやってくれとしか言いようがねえぜ。
以前にプッチョムッチョがやらかしたように、モョ%モ氏はプレイヤーの母体を召喚して【NAi】を誘き出すつもりであるらしい。その目的はガムジェムを手に入れること。つまり、あの鬼畜ナビゲーターはやはりガムジェムを隠し持っているのだ。【刺しビン】を圧倒した強大な魔力の源がそうなのだろう。
アナウンスが走る。
【エラー!】
【不正なアカウントによるシステム介入を確認しました】
リリース前から【NAi】はョ%レ氏以外の%の介入を予測していたのだろう。システムへの侵入を感知した際には直接排除できるよう仕込んである。女神の加護はそのためのパッシブスキルだ。それは、おそらく大義名分を得るためでもある。
命の火が燃える……。
おい、モモ氏。もういいだろ。【目口】さんを帰してやれよ。ヤツがブッ殺されたら俺がヤバい。ゴミどもが駆け付けてくる前にさっさと帰してあげなさい。
%女は寄り集まっていく命の火をじっと見つめている。
「君のレプリカにはプレイヤーたちの相手をして貰う。邪魔をされたくないのでね」
いや……。だったらせめて場所を移さないか? モモ氏。あんたちょっとおかしいぞ。余裕がない。あんたには気分転換が必要だ。俺はそう思う。
すると%女は人差し指を立ててこう言った。
「ペタタマ。少し黙るんだ。余裕がないのは当然だ。ョレの目的が見えない。あの男は何かをしようとしている。それは何だろうかと、ずっと考えている。それはひょっとしたら今まさに成就しようとしているかもしれないし、そうではないのかもしれない。天使……ナイと会えば、何かが分かるかもしれない。彼女はョレにとって最大の理解者である筈だ」
んん? いや、【NAi】はレ氏と敵対してる筈だぞ。女神の加護を使って俺たちにレ氏を倒させようとしていた。それは失敗に終わったが……。
「……それはプライベートルームでの話か?」
うっ。い、嫌な感じだ。俺は胸中で呻いた。……モョ%モ氏は職務に忠実なタイプの女だ。プッチョムッチョのように前準備を怠ることはないのだろう。そのモョ%モ氏が、俺たちとョ%レ氏の遣り取りを完全には把握していない。情報が封鎖されている。あの部屋にはそういう効果もあるのか。
命の火が徐々に人の輪郭を描いていく。モョ%モ氏は麦わら帽を指で押し上げ、片手を閃かせた。地面に転がっていた大剣が分解し、モョ%モ氏の手中で再構築される。
ゴミどもが駆け付けてきた。くそっ、思ったより早かったな。
「【目口】……!」
お、俺のプレーリードッグが殺される……!
レイド級を倒すことでプレイヤーのスキルは解放されていく。レイド級の名を冠するレプリカを倒しても同様であると考えるのが自然だ。
だがゴミどもはプレーリードッグにあまり興味を示さなかった。
「……あの人のスキルってあれだろ? ハードラックとかいう……」
「……仮にもスキルなんだから、あるに越したことはないんじゃ?」
「でもレイド級にピタゴラオーバーキル食らってるの見たことあるぞ……」
そして議論の結果。
「ないよりはマシだろう。そんなことより俺は崖っぷちを泣かせたい」
損得は抜きにして【目口】さんをやっつけるという方向でまとまったようだ。ゴミめ。
ゴミどもは雄叫びを上げて【目口】に突っ込んで行く。煌めく白刃が日の光を浴びて鈍く輝き、ゴミどもは全滅した。
触手を一閃した【目口】さんが杭みたいな歯の隙間から寒々しい呼気を漏らす。……おぅ。強ぇな。強いっていうよりデケェ。デカさは強さだ。
%女が何やら【目口】さんと交信している。
「……ノンアクティブにしては好戦的だな。何か不穏なものを感じる。もしかして君は異常個体なのか?」
【目口】さんは、そんなことは決してないと頭を横に振った。というかノンアクティブなのね。まぁ俺の母体なら当然か。
森の奥からゴミどもがわらわらと湧いてくる。ノンアクティブの【目口】さんが素早く触手を伸ばし、男性型のゴミを狙い澄ましたかのように斧で引き潰した。なるほど。野郎は見ているだけで不快なので問答無用なのか。その存在自体がヘイトを稼いだ、ということだろう。
モョ%モ氏が鋭く指摘した。
「どう見ても異常個体だね」
【目口】さんは、そんなことは決してないと頭を横に振った。その根拠を熱く交信しているようで、モョ%モ氏が「分かった分かった」とうんざりしたように手を振る。
……何だろう。あのデカブツからとても邪悪な気配を感じる。ヤツは本当に俺の母体なのか? 見た目もそうだが、仕草の端々にまるで自分が可愛らしい小動物なのだと言わんばかりのアピールを匂わせてくる。今もわざと転ぶ振りをしてちらっと女キャラの反応を窺ったぞ。俺は何か致命的な考え違いをしているのかもしれない。モョ%モ氏の言う異常個体ってやつがそうなんじゃないか? 俺と【目口】の間に実は因果関係はない……?
Pya…
ん!? 今、何か……。デカブツが咆哮を上げようとして途中で止めたぞ。ははん? そういうことか。コイツさてはタイミングを計ってやがるな。なかなかアナウンスが流れないもんだからフェイントを掛けたんだ。
【NAi】も【NAi】だぜ。やろうと思えばすぐにでも登場できそうなもんだが、焦らしてやがる。いや、ゴミどもが集まるのを待ってるのか。あの鬼畜ナビゲーターにはそういうところがある。演出を大事にしてるんだ。
つまりこうだ。
【目口】と【NAi】は水面下で互いに牽制している。アナウンスは先に動いたほうがどうしても前座っぽくなるからな……。
モョ%モ氏は見るからにイライラしている。腕組みなどしてサンダル履きのつま先で地面をトントンと踏み鳴らし始めた。
俺はピエッタと生き残った女どもに呼び掛けて慎重に鍋の準備をする。昼メシがまだだったからな。【目口】を刺激しないよう、それとなく鍋を火にかける。
ピエッタが俺の肩をちょんちょんと突付いて【目口】を指差した。
むむっ。【目口】の鋼鉄のまぶたがビキビキと音を立てて開け放たれていく。眼窩を黒い涙が伝い落ち……! だが、これはフェイント。【目口】さんはそっとまぶたを閉ざした。
これにはさしものモョ%モ氏も我慢ならなかったらしい。
「吠えるなら吠える! 出て来るなら出て来る! キビキビと動き給え!」
先手を取ったのは【NAi】。アナウンスが走る。
【条件を満たしました】
【パッシブスキルを発動します】
【女神の降臨】
加護発動シーンはティナンの認知度がイマイチ低い女神様の一世一代の見せ場。そこに【目口】さんが被せてきた。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
そういう手もあるのか……! 俺はぐっと身を乗り出した。【NAi】はどう出る?
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級????の討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【無職】【????】【Level-1002】
【目口】のアナウンスを優先した? そうか、一度は踏みとどまってそこから……!
【エラー!】
【不正なアカウントによるシステム介入を確認しました】
再発進。これは、まるで新型のデンプシーロールだ……!
【条件を満たしました!】
【パッシブスキルを発動します】
【女神の降臨】
命の火を踏み散らして前に出た【NAi】が、手に持つ大剣をモョ%モ氏に突き付ける。
「運営ディレクターが不正を働くとは。私は容赦しませんよ……?」
強い光沢を帯びるエメラルドグリーンの瞳が、キラリと輝いた。
【Death-Penalty-Cancel(死を乗り越えた先)】
【Stand-by-Me(彼らと共に)】
【Together…(私は歩むだろう)】
これは、とあるVRMMOの物語。
不正は許さない。相手が誰であろうとも。
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