ナナタマ
知らなかったよ。強いってのは気持ちイイんだな。
俺は巨体を引きずるように進み、逃げ惑うゴミを叩き潰してやった。
イイ気分だ。
ゴミの仲間が悲鳴を上げて尻もちを付いている。んん? その怯え方は少し不自然じゃないか? どこか演技臭い。
俺はべろりと舌舐めずりしてぎょろりと目を動かす。
今の俺の身体はセブンがベースになっている。身体の頑健さは以前の比ではない。それは目にも同じことが言える。特別な鍛え方をしてないから視神経のほうはイマイチ心許ないが。
懐かしいな。そうそう、キャラデリ食らう前はこんな感じだった。俺やネフィリアは目を使っている時に見たものを忘れない。引っ張り出した記憶をリアルタイムで参照できる。
ほら、さっきはもっと自然に怯えてたぞ。人間の習慣は癖になって染み付くから、演技臭い怯え方をするやつだって居ない訳じゃない。けど、この短時間で差異が表れるならどちらかが「嘘」ってことだよなァ?
罠か。何を用意した? ああ、地面に掘り返した痕跡がある。これか。俺は不自然に盛られた草を引っぺがした。文字? セブン、これは? 俺は胸中でセブンに問い掛けた。今の俺とセブンは二つで一つ。文字通り一心同体だ。セブンの声が身体のどこかで響く。
(発火の式だ。魔石に刻まれてる紋様を解析したものだな。実用の域には至ってないが……まぁ罠に使うくらいだ)
紋様を刻むだけで火が出るのか?
(魔石が埋まっている。クズ石を使ったんだろう)
なるほど。ネトゲーマーには暇人が多い。俺の知らないことを知ってるやつはたくさん居る。
いや、そうか。以前にタンクのヴォルフさんがスピンを巣穴から引きずり出すために地面に何かゴソゴソやってたな。式とやらを刻んでいたのか。
俺を罠に嵌めようとした女が怯えた表情で後ずさる。
「や、やめて……」
おいおい、今更になって命乞いかよ? 俺は状態2のサスケみたいになった顔面を嗜虐的に黒光りさせた。こんなバレバレの罠に俺を嵌めようとしておきながらよぉ。お前は弱いんだから、もっと努力しなきゃダメだろ?
おっと音忍ムーブしてる場合じゃねえな。さっさと殺して取り込んでしまおう。そうすれば俺はもっと強くなれる。
無論……。俺は理解している。さすがにこうも毎回と続けばいい加減に自覚もするさ。どうせ今回も最後には俺が悪いみたいになってひどい目に遭うんだ。いつものパターンさ。予定調和ってやつだな。何しろ俺とセブンがフュージョンしちまってるからな。ブーンに攫われて踊り食いされるパターンかな? だがよ。くくくくっ……。
ここは特別マップだ。どうもブーンが上空を行き来している様子はない。ブーンに攫われる心配はねえってことだ。
じゃあ赤カブトか? 調子に乗ってたら赤カブトさんにブン殴られて恒例の命乞いパートに入る……。ありそうなパターンだ。しかしそれもどうかな? 今回の俺は飽くまでもイベントの趣旨に沿って巻物を集めてるだけだ。まして今の俺はセブンと融合している。赤カブトは全力を出せまい。あのAI娘が全力で殺しに掛かるのはこの俺だけだからな。ヤツにセブンは殺せない。
おいおい。するってえと何か? 今回の俺には死ぬ要素がねえってことになる。まさに無敵だ。しかし念のために女キャラを取り込むのはやめておこう。俺の危機管理は完璧だった。
こうして俺の快進撃が始まったのである。
哀れに泣き叫ぶ野郎どもを次から次へと取り込んで糧にしていく。中にはこの俺から主導権を奪おうとしたゴミも居たが、一人残さずねじ伏せてやった。どいつもこいつもぬるいんだよ。怒りが足りねえ。怒りだよ。そう、例えるならば仕事にかまけてクリスマスプレゼントをすっかり忘れたママンに遣り切れない怒りをぶつけるようにな。俺は別に相手がママンでも何でもなくてもジョナサンばりのボルテージを知らない人にぶつけることができる。クリスマスプレゼントだろ!ってな具合よ。
蘇生魔法を使える司祭の女キャラは生け捕りにした。俺は加速度的に強くなっている。リチェット一人じゃ回らなくなるのは目に見えてたからな。
種族人間同士で融合するとジョブがあいまいになるからなのか何なのか、スキルの類いは使えなくなるようだが、この巨体があれば圧倒できる。ゆくゆくはサトゥ氏も取り込んでやるさ。ここはとても居心地がいい。友達だからな。ずっと一緒だ。
そうだよな。俺は不意に気が付いた。俺に歯向かうゴミどもが居なくなれば、争いはなくなる。巻物を独り占めする訳じゃない。融合してるんだから。みんなで一緒にゴールテープを切るんだ。俺は先生の夢を叶えるんだ。
夢想する。先生を頭の上に乗せて、広い世界を見に行くんだ。それは争いを根絶した優しい世界だ。
俺は夢のために戦った。
俺はどんどん強くなっていった。サトゥ氏も取り込んだ。ネフィリアは俺を自慢の弟子だと褒めてくれる。あとは先生さえ居れば。先生。ウチの子たちはどこだろう。アットム。ポチョ。スズキ。ジャム。俺は強くなったよ。誰よりも強くなったよ。もう俺に逆らえるやつは誰も居ない。
ところが俺の天下は長続きしなかった。
俺は気付いてしまった。
何か妙だ。こんないびつに膨れた身体で、俺はどうやってゴミどもに勝ち続けたんだ?
妙だぞ。どうして誰も【全身強打】を撃たなかった? ゴミはしょせんゴミ。それはこのゲームにおける絶対不変の真実だ。どれだけゴミが寄り集まろうと、ゴミは宝石に化けたりしない。俺は無敵なんかじゃない。むしろ弱体化してる。こんなクソ重い身体でクソ強力な攻撃魔法を躱せる訳がない。
何かがおかしい。何かが……。
セブン……。お前、俺に何をした?
(もういいのか?)
良かぁねえな。
(ふん……。やはりお前にとっての鍵は先生なのか。これ以上は無理か)
うっ。何やらミノムシみたいなのが俺を取り囲んでいる。ミノムシでありながら自然界に溶け込むするつもりが一切なさそうだ。大砲なんぞ生やしてからに。何のつもりだ。機械の身体と六門の砲身。そいつが七体。とても気持ち悪い。
くそっ、直感的に分かったぞ。こいつ。こいつら、セブンの母体だ。そうじゃねえかとは思ってたが、プレイヤーの母体は【ギルド】と無関係じゃない。雰囲気が似すぎてる。
お前っ、セブン! 俺をアビリティで嵌めやがったな!?
(俺の死をトリガーに認識阻害のジャマーを散布する。それが能力)
ずりーぞっ! 一人だけスタンド能力みたいになってるじゃねーか!
くそっ、くそっ。そういうことか。ああ、くそっ。やられた。そうかよ。
俺とセブンは、とっくのとうに死んでたんだ。
1.ギスギス学園-死の森
気付けば俺は幽体離脱していて、串刺しにされた土くれセブンwith俺の亡骸を見下ろしていた。
セブンのアビリティに絡め取られてしまい何も覚えていないが、初戦で惨敗を喫したらしい。まぁね。スキルを使えない鈍重ボディ。強い訳がない。見事に耕されている。
サトゥ氏が悲しげに鳴いた。
「もるるっ……。ゴーレム案は没かぁ。雪だるまのほうがランク上なのかなぁ?」
俺のチームメイトのピエッタさんがサトゥ氏に食って掛かる。
「テメェっ、サトゥ! 仮にも仲間だろ! どうしてこんなひでぇことするんだよ! 崖っぷちを返しやがれ!」
しかしサトゥ氏はちっとも悪びれた様子がない。
「試せることは試しておきたいんだよぉ。セブンの可能性をだな。俺は追求してやりたい」
リチェットはしゃがみ込んで俺とセブンの亡骸を指でつんつんと突付いている。
「コタタマと混ぜたのが良くなかったのかも。なんか自信満々に死んでった」
アンパンくんがおいおいと俺の死を嘆いている。
「旦那〜! 旦那はどうしていつも俺を残して先に死んじゃうんだよ〜!」
くそがっ、そんなのお前を殺し損ねたからに決まってんだろ!
おのれ、どうしてくれよう。こんなのほとんど脱落最速記録だろ。ネフィリアだ。ネフィリアが悪い。か弱い俺に無茶な仕事させやがって。
これ、マジでどうするんだよ。仮にリチェットがもう一回蘇生してくれても動く畑のままだろ。いっそ野菜でも植えるか。草食系男子どころか土地系男子だぜ。
その時であった!
俺とセブンに奇跡が舞い降りた……。
この森マップは、一応学校の敷地内であるらしい。ばっさばっさと舞い降りた養護教師のワッフル先生が、俺とセブンの亡骸を火葬してくれたのである。正直俺は何してくれてんだこのトリ公と思ったのだが、ワッフルは【心身燃焼】のオリジナルである。種族人間とは比べ物にならないほど引き出しが多い。
サトゥ氏たちが感嘆の声を上げた。
業火の中、合体事故を起こした俺とセブンの身体が分離していく。
それは、とても感動的な光景だった。かつて養子として雛たちとくちばしを並べた俺とセブンを、ワッフルは慈しむように見つめている。
へへっ。むくりと身を起こした俺は、照れ隠しに鼻をこすった。いつものようにつまらなそうに鼻を鳴らすセブンもどこか嬉しげだ。
俺は、目を赤くしたアンパンの頭を乱暴に撫でてやった。
「……よぉ。ケガはねーかよ? ビビリ君」
これは、とあるVRMMOの物語。
このあと、改めて焼いて食われた。
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