閃きシステム
1.クランハウス-工房
今日も俺は斧の試作。
シルシルりんのレアアクセに触発された俺は、クラフトした斧を手に持ってぶんぶんと素振りする。
今まで俺は補正なんて付けばラッキーくらいに考えていたのだが、無口キャラがシルシルリングをとても気に入っているようなので、やつら戦闘職にとって補正は思ったよりも重要な要素であるらしいと考え直したのだ。
となると、俄然気になってくるのは今までウチの子たちに使わせてきた装備品の補正はどうなっているのかということだ。
思い立ったが吉日。斧のクラフトをそこそこで切り上げた俺は、近頃少しアクティブ化したサボテン女の部屋に向かった。
2.クランハウス-スズキの部屋
合鍵を使ってスズキの部屋に入る。
以前に不法侵入を問われて鉱山送りにされた俺だが、結局根本的には何も解決されていなかったため、こうして歴史は何度でも繰り返すことになる。
聞き耳を立てても室内から物音がしなかったので安心して部屋に入ったのだが、今まさにログアウトの真っ最中だったようで無口キャラがベッドに寝転がっている。おい危ねえな、危機一髪だったぜ。
このゲームはログアウトに多少の時間と安定した環境を要する。
運営からしてみれば、せっかく用意した地獄のようなイベントをログアウトで簡単に逃げられてしまっては面白くないのだろう。
プレイ中でも意識すればリアルの身体を動かすことはできるので、急な来客にも対応できるぞ。
ゲームのハード本体は血圧計と似ており、持ち運びも可能である。血圧計と間違えてとりあえず測定したなんて笑い話もあるくらいだ。
血圧計で言うところの腕を通すところに謎の発光物体が収まっていて、触るとぐにっとする。嫌がるそいつを握り締めればログインできるっつー寸法よ。ちなみに俺はコアゲーマーの証たるピンクバージョンだ。孤独なゲーマーを癒してくれるのはピンクだけだからな。
さてスズキの弓はどこだ? 寝ている女の横で俺は部屋の物色を始める。だが探すまでもなかったようだな……。
この無口キャラ、俺が精魂込めてクラフトした複合弓を抱き締めて眠ってやがる。いつも布団の中に隠れてるからそうじゃないかとは思っていたんだが、耐久度が削れるからマジでやめて欲しいぜ。
しかしこいつは厄介なことになったな。さすがに引っこ抜くとスズキが目を覚ますかもしれん。だが俺はひるまなかった。こう見えて、生死が懸かった場面でアクセルを踏み込む決断力には定評があるんだ。
「ん……」
俺はむずがるスズキを無視して複合弓を引っこ抜いた。
奪取した弓をその場で手に持ってしげしげと眺める。ここで慌てて部屋から脱出するのは素人よ。もしもログインした時に手元に置いていた武器がなくなっていたら誰だって不審に思うだろ? だが俺はそんなヘマはしない。俺はセミプロだからな。常に用心を忘れないのさ。
俺が弓の弦を引っ張ったりしていると、お待ちかねの事件があちらさんから歩いて来やがった。
「コタタマー! 釣り行こうぜー!」
もはや日常が事件かよ。とほほ……。
ウチの丸太小屋に乗り込んできて声を張り上げたのは俺の釣り仲間のリチェットだ。
このゲームのプレイヤーはささやきの仕様を嫌ってアポなしで突撃してくるやつが多い。
「んん……」
スズキが寝返りを打った。まずい。脱出するか? 俺は複合弓を布団の中に戻して撤退を始める。
だがリチェットは一直線に俺の部屋に向かっているようだった。勝手知ったるとばかりにどたどたと足音を立てて階段を登ってくる。部屋の位置関係からいって今スズキの部屋を出れば確実に目撃される。さしもの俺も寝ている女の部屋に勝手に入っているという現状にまったく疑問を覚えていない訳ではないのだ。この女は俺の可愛いサボテンさんだからいいんだと言い張ってもリチェットには通用しないだろう。どうする? 考えろ。
この時、俺は走馬灯を見た。一説によれば、走馬灯というのは死に直面した人間が過去の記憶から死を免れる手段を探っているのだという。
俺の、記憶……。
どくん、と心臓が跳ねる音がした。
3.???
ざっと前髪を掻き上げた男が机に本を置いて立ち上がる。
不遜な男だ。スーツを着ている。
その男はリア充の権化であるかのようだった。決して分かり合うことはない敵だと直感した。
男は心底下らないというように言った。
「そうか、そうした物の見方もあるのか。あまりにも低次元すぎて思いも寄らなかったよ。君は、もう、いい。喋るな」
そう言って男は気だるげにスラックスのポケットに片手を突っ込んだ。
「さて、諸君らには申し訳ないことをした。実に下らないことに巻き込んでしまったな」
ちっとも悪いとは思っていないことだけはよく分かった。
男は片手を持ち上げて、クラフト技能を発動した。粘土と酷似した発光体が手のひらに顕現し、四方八方に伸びていく。それらはたちまち形を成し、男が思い描くバトルフィールドを創造した。
複雑な紋様を刻み込まれた障害物が不規則に宙を行き来している。
その出来栄えを満足そうに眺めると、男は凄絶な微笑を浮かべて言った。
「玩具箱だ」
4.クランハウス-スズキの部屋
ガチリと俺の中で歯車が噛み合ったような気がした。
俺は鍛冶屋だ。けど武器って何だ? ずっと心の中に引っ掛かっていた疑問が解消されたような感覚がした。
俺は、いくらでも失敗できる。
「コタタマー! 居ないのかー?」
迫るリチェット。
「ん、誰……?」
目覚めるスズキ。
進退は窮まった。逃げ場は、ない。
この危機的状況に、俺は笑った。
クラフト技能を発動する。俺は、きっとどこかでプレイヤーの最高到達点を目にしていた。記憶を操作されていたのか? それは分からない。まぁそれは仕方ねえ。規約に同意しちまったからな。運営ディレクターのョ%レ氏によれば、このゲームは地球人の程度が低い脳に合わせて作ったが思ったよりも人間が猿だったため想定外の不具合が生じる可能性があるらしい。どこまでもユーザーを舐め切った態度だ。けど、こうまでブッ飛んだゲームを作られちゃあ何も言えないよな。
いかなる苦境にも屈さない力が武器であるなら、俺は武器そのものでいい。
俺はクラフトした着ぐるみを身に纏うと、壁に背を預けて座り込んで脱力した。
静と動の融合。俺は初めて使った技であるにも拘らず、これが俺の奥義だと確信した。
可愛らしいぬいぐるみとして部屋に溶け込んだ俺に、ベッドを降りたスズキさんがギョッとして瞠目した。バレたのか? いや、そんな筈がない。ブラフだ。
てくてくと歩み寄ってきた無口キャラが俺の腹を蹴った。
「おい。それ脱げ」
くそっ、何故俺だと分かった……。俺は悶絶しながら命乞いした。
これは、とあるVRMMOの物語。
絶望の淵に立たされた時、人は進化する。泣き叫び、恨み言を撒き散らしながらそれでも立ち上がれるなら。人は抗う。まるで、それが生まれ持った使命であるかのように。
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