セブンの大冒険
1.【ヌキエ組】本部-広間
なんかね。サトゥ氏が主人公ムーブしてると途端に冷めるわ。
俺は俺なりにがんばってるつもりなんだけどなー……。
俺が殺せ殺せ言ってる間にもサトゥ氏は因縁に終止符を打つべく動いてたってことだろ? それってなんかさ〜……。
俺が言葉には言い表せない理不尽さを感じて腐っている一方、【敗残兵】ご一行様はRMT業者たちとしのぎを削っている。
「君主……! スマイルっ、オマエは【戒律】を……!?」
ヒロインポジのリチェットさんがそう問えば、今期新たにライバルポジに就任したスマイルの旦那が気前良く答える。
「リチェット。お前たちは実に優秀な駒だよ。コタタマくんやサトゥもね」
君主に備わる【戒律】の一つ、逆臣の処刑。強制執行……おそらくは思考制限だ。
ディープロウの【NAi】がそうだったように、ヒエラルキーの最上位に位置する上級職には【戒律】に人格が支配されるリスクがある。
だがョ%レ氏とモョ%モ氏は、そのリスクを克服しているように見えた。モョ%モ氏はともかくとして、ョ%レ氏はあの性格だ。プレイヤーが逆立ちしても再現できないことはやらないだろう。
君主の【戒律】に支配されたサトゥ氏という実例を知っていたから、スマイルは対策を立てることができた。
「ドラマは金になる。そして私は君たちに嫌われているようだからね。醜悪な敵役になれるかもしれない」
そう言ってスマイルは広間を後退していく。
「付いて来なさい、サトゥ。一対一で決着を付けよう。お前の腕を私は高く買っているが、流れ弾で死なれては困る。それではつまらない」
このゲームで金を稼ぐ手段など幾らでもあるのだ。RMTという手段に拘る必要はない。
国内サーバー最強の男、サトゥ氏との決闘を動画で配信すれば数字を取れる。視聴率が伸びれば多額の広告料を稼ぐこともできる。
一人の業者が【敗残兵】の堅陣を突破してサトゥ氏に背後から襲い掛かる。すかさずセブンがそいつを串刺しにした。メガロッパが複雑な空中機動を描いて業者を弾き飛ばす。再構築された堅陣の中心に立つリチェットが嬌声を上げて【心身燃焼】を補充した。
命の火を燃やしたサトゥ氏がスマイルを追って駆け出す。
じゃあ俺も行きますかね。攫われたニジゲンを連れてさっさと帰るとしよう。俺は頭の後ろで手を組んでトコトコと奥座敷に進む。JKやーい。適当に声を掛けてみるが返事はない。仕方ねえ。ささやきでも飛ばすか。んんっ……!
『今お前ドコに居んの? 攫われてんじゃねえよ。助けてやっから場所言え』
『さっき居た広間からずっと真っ直ぐ進んだ奥のトコ。待ってる』
なんで俺の居場所を把握してるんだよ。怖えわ。いや、俺の叫び声が聞こえてたのか。そうだな。ニジゲンは耳がいい。
広間から真っ直ぐ進んだトコってことはスマイルが逃げたほうか。まぁそうだろうな。あのサトウシリーズ御大がニジゲンを攫ったのは、ニジゲンが替えの利かない人材だからだろう。
RMT業者ってのは言ってみればプロの集団だ。これまで俺は副業としてRMTをやってる連中だと思っていたのだが、このゲームの場合は違うのかもしれない。マクロは使えねーからな。廃人をスカウトしたか。その中に混じっても遜色なく戦える、すなわち経験値を稼げる生産職というのはごく稀にしか居ない。レア度で言えばリチェットに匹敵するかもしれない。
そう、俺はサトゥ氏やセブンよりもリチェットのほうを高く評価している。あのトリオは三人が三人とも世界に通用する器だが、中でも引っ張りだこになるのはリチェットだと思っている。それほどまでにヒーラーというのは割に合わないジョブなのだ。ヒールを当ててやれば感謝はされるだろうが、ミスったら全滅だからな。特にこのゲームの回復魔法は対象を指定できない。敵を回復してしまうリスクを常に孕んでいる。リチェットは当然のようにこなしているが、天秤が自陣に傾くようヒールを打つというのは恐ろしく高度な技術を要求される筈だ。リチェットがアタッカーを兼ねているのは、自ら盤面をコントロールする意味合いもあるのだろう。【心身燃焼】の効果範囲内に居座る敵をブン殴って追い出せば、選択肢が一気に広がる。
リチェットは敵味方が入り混じる乱戦でも活躍できるヒーラーなのだ。その希少さと来たら。普通はそんな難解なパズルをヒーラーに要求したりしない。
そのリチェットと同じくらいニジゲンはレア度が高い。リチェットと違うのは【敗残兵】というトップクラスの廃人集団に属していないこと。要は狙い目だったのだろう。ちなみに先生は神なのでトレード対象じゃないぞ。世界で一つのユニーク装備みたいなものだ。俺だけの先生。誰にも渡さないぜ。
さて、サトゥ氏とスマイルは激しく移動しながら戦っているようだ。ふすま越しに金属がぶつかり合う音が聞こえる。俺はその音を頼りに二人を避けながら迂回して進むが、どうにも振り切ることができない。スマイルもまたニジゲンの元に向かっているのだろう。
おぅ、行き止まりだ。くそっ、結局合流するしかねえのか。やむなし。俺は来た道を戻ると、すぱっとふすまを開いてサトゥ氏と合流した。
座敷のあちこちに武器が散乱していた。スマイルがクラフトしたのだろう。君主は何でもできる。
サトゥ氏が片膝を屈して苦しげに呻いている。野郎。負けやがった。
両手に剣を持って佇むスマイルが傲然とサトゥ氏を見下して言う。
「サトゥ。お前、弱くなったか?」
手足を縛られて転がされているニジゲンが俺を見て涙を零した。
「崖っぷち……逃げろ!」
ちっ。くそっ、仕方ねえな。これだけは使いたくなかったぜ。おい、サトゥ氏。一つ貸しだぞ。俺は目を使った。
スマイルが瞠目する。足元から伸びてきた触手に全身を拘束され、その感触に慄いているようだ。
「これは……? コタタマくん。君か?」
ああ。そうだよ。
スマイルの旦那。退きな。俺はあんたのことが別に嫌いじゃないが、JKは俺のモンだ。誰にも渡すつもりはねえ。
スマイルはにっこりと笑った。
「嫌だと言ったら?」
あんたにセクハラする。
俺は宣言した。
なあ、スマイルの旦那。本当に嫌なんだよ。俺の目は男に使うことを想定してねえんだ。だからこういう使い方もできる。
楽しい時間はすぐに過ぎ去るって言うだろ? こいつはその逆さ。あんたが首を縦に振らない限り、これから俺たちは延々と続く苦痛に悶絶することになるだろう……。
体感時間にしてどのくらいになるんだろうな。一時間か二時間か。もっとかもしれねえ。個人差があるようでな。あんたがホモじゃなければ長引くことになるだろう。
どうだ? この場は俺に免じて矛を収めちゃくれねえか?
「遠慮しておこう。ニジゲンさんには我々の武具を打って貰いたいのでね。そして付け加えるならば……。コタタマくん。君にも一緒に来て貰うつもりだ」
そうかい。最初から俺とJKをセットで攫うつもりだったのか。
交渉決裂だな。じゃあ我慢比べと行こう。俺は目に力を込めた。
セクハラの魔眼……
幻術・突ク読ッッ!
アッー!
……それは、思い出したくもない身の毛もよだつ時間の過ごし方だった。
俺は体感時間で二時間ほどスマイルの逞しい肉体を丹念に眺め、様々な角度から舐めるように見つめ続けた。
ぐっ……!
俺の左目が潰れた。俺とスマイルは地に片膝を付いて呼吸を荒げる。
さしものスマイルも疲弊を隠せないようだ。
「くっ……。こんな目の使い方があるとは。しかし、これほどの効果。連発はできない。そうだろう?」
そいつはどうかな? 俺は強がった。はったりだ。スマイルの言う通り、連発はできない。一歩間違えば俺がホモになってしまうかもしれないからだ。俺がノンケであると確信するに足る長いインターバルを要する。
そうした切実な事情をスマイルはお見通しのようだった。
「アオ! ミドリ!」
ふすまがすぱっと開いて二人組の男女が入ってくる。サトゥ氏が肩越しに振り返る。
「お前らは……」
スマイルが言う。
「サトゥ。見覚えがあるだろう? 最初の三人の二人だ。もしかしたらお前と同等の資質を持っているかもしれない」
最初の三人。ナウシカ事件で【スライドリード】の段階解放を達成した三人のことだ。一人はサトゥ氏。もう二人は生贄にされることを恐れて現場を逃走した。それきり表舞台から姿を消したが、まさかスマイルの手下になっていたとはな。
参ったな。こりゃ勝てねえ。スマイルめ。奥の手を用意してたのか。
だがサトゥ氏は諦めていなかった。ふらりと立ち上がり、ふらふらとアオとミドリに近付いていく。全身に裂傷を負っているらしく、手足を伝い落ちた血が畳に赤い染みを作る。
緩慢な動作で剣を担いだサトゥ氏を、アオとミドリがあざ笑った。サトゥ氏を一突きにするべく各々の武器を抜くが、思ったよりもサトゥ氏の動き出しが早かったので「意外な」という顔をして一応は武器で受けた。
サトゥ氏の剣はあっさりと止められた。今のサトゥ氏はまさに死に損ないだった。戦えるなら、スマイルが動きを止めた瞬間に襲い掛かっていただろう。それをしなかったということは、本当に限界ということだ。
それなのに、アオとミドリは一歩も動けなかった。最初に異変に気付いたのはどちらだったのか。段々と表情に余裕がなくなっていく。
サトゥ氏が嬌声を上げた。
「アアッー!」
サトゥ氏の全身を稲妻が迸った。アオとミドリが吹っ飛んだ。千切れ飛んだ上半身がふすまを突き破って座敷に転がる。
腕の力だけで剣を振り切ったサトゥ氏が、ゆっくりと振り返る。俺はぞっとした。冷たい瞳。普段のサトゥ氏とは何かが違う。温かみのカケラすら見当たらない表情でスマイルを見据えている。
サトゥ氏は言った。
「どうして、あんたは俺の邪魔をするんだ?」
スマイルがサトゥ氏を指差した。
「なんだ。やればできるじゃないか」
魔法を撃つつもりだ。位置関係からいってニジゲンも巻き添えになるだろうが、君主は死ねない。死ねば君主のジョブは剥奪される。間に合うか? 俺は駆け出してニジゲンを引っ掴んだ。少しでもスマイルから遠ざかるべく足を回す。
「アッー!」
サトゥ氏が跳躍して光の輪を飛び越えた。あの至近距離で【全身強打】を避けた? そんなことが人間に可能なのか……?
俺とニジゲンはかろうじて無事だ。スマイルは杖を持っていなかった。射程距離がデフォルトで固定されていたから、逃げ切ることができた。
サトゥ氏は動かない。ただひたすら透徹な瞳でスマイルを見据えている。もう腕を上げる力も残されていないのだろう。
……しかしその身体でサトゥ氏はアオとミドリを退け、【全身強打】を躱した。とうに限界は超えている。その筈だ。
スマイルは、サトゥ氏の限界がどこにあるのか見定めようとしているようだった。その瞳が驚愕に見開かれる。
スマイルの額に穿たれた弾痕から血があふれる。クソ虫の狙撃だ。いつの間にか屋内に侵入したクソ虫どもが迫ってくる。ついでに俺たちを皆殺しにするつもりらしい。
くそっ、やられた。ネフィリアだ。クソ虫にジョブチェンジも何もない。スマイルに逃げられた……!
クソ虫どもがジャキッと銃を構える。俺はとっさにニジゲンを抱きしめて庇った。助かりそうもないし最後にセクハラでもしておこうかと思ったのである。気の迷いだった。それに無意味な行動だった。
跳躍してクソ虫どもを飛び越えた雪だるまが俺たちを凶弾から庇ってくれた。
命の火が燃えている。たちまち再生した雪だるまがクソ虫どもに体当たりして蹴散らしていく。俺たちはその勇姿をただ見守ることしかできなかった。
セブンなのか……?
種族人間の蘇生魔法は不完全なもので、状態異常をカバーすることはできないと判明している。
だから原型をとどめないような死に方をしたプレイヤーに蘇生魔法を当てると、嫌な感じに物体と融合して欠損を補ってしまう。
こ、この短時間でセブンの身に一体何が……?
クソ虫どもは雪だるまに追われて逃げて行った。もしかしたら着ぐるみ部隊には手出ししないよう命令されていたのかもしれない。
危機は去った。
「が、崖っぷち」
メスの顔をしたニジゲンが、そっと俺の背中に腕を回してくる。俺はニジゲンを横にどかしてサトゥ氏に駆け寄る。おい、大丈夫か?
サトゥ氏は俺の顔を見て、安堵したように脱力した。倒れ込んできたサトゥ氏を、俺はしっかりと抱きとめる。よくやった。今は少し休め。
「…………」
その姿を、リチェットがふすまの陰からじっと見つめていた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ホモじゃないって信じていいんですよね?
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