根源の眼
1.人間の里-【大黒屋】クランハウス
まとまった金が出来たので、店舗経営型のクラン【大黒屋】の屋敷を訪ねることにした。俺の可愛い暗たまが若さゆえの過ちで皆殺しにしちまったからな。弟子の不始末は師匠の監督責任だ。
とはいえ、別に暗たまが悪いことをした訳じゃない。大黒屋は転売の利ざやで儲ける悪徳商人だ。恨まれることをしたなら殺される。当たり前のことだ。俺が詫びを入れるのは、単純に大黒屋と友達だからである。赤の他人ならスルーしてる。
俺は紙で包んだ金色の饅頭をそっとテーブルの上に置いた。
「収めてくれ。ウチの若い衆が迷惑掛けたな」
大黒屋は太鼓腹を揺すって笑った。流れるような手さばきで饅頭を懐に収めて、
「構わんさ。構わん。悪縁も縁よ。お前の弟子とあらば無下にはできん。活きのいい若者たちではないか。やはり崖っぷちよ。お前には人を見る目がある」
そりゃまぁ俺はずっとネフィリアの下に居たからな。あいつの近くでイヤってほどゴミの末路を見てればバッドエンドの一つや二つは察しがつくさ。特別なことじゃない。経験だ。そして俺の経験は、こうも言ってるぜ。大黒屋。お前とは仲良くしておいたほうがいいってな。
「ふふふ。よしよし。私とお前の仲だ。一つ耳寄りの情報をくれてやろう」
ほう。気前がいいじゃねえか。聞こう。
「商会連合についてだ。お前が抜けた穴に上手いこと収まったが、ちと焦り過ぎたな。まぁ結果論でしかないが……。元を正せば半グレの寄せ集めだからな。屋台骨がグラついとる。ト金組とヌキエ組の抗争だよ」
ト金組。金ちゃんが頭を張ってる組だ。ヌキエ組ってのはト金組の対抗勢力だろう。
大黒屋は身を乗り出して声を潜めた。
「その抗争というのがな、どうも業者絡みだ」
また面倒臭えことになってんね。俺は嘆息した。
ネトゲーで業者と言えば、これはもうRMT業者のことだ。
リアルマネートレード。リアルの金の遣り取りでゲーム内通貨を売買したりすることだ。およそどのネトゲーでも禁じられている行為である。熟練者に初心者が短期間で追いついてしまうことも問題だが……。もっと単純に、運営側に儲けが出ない。いっそ損害ですらある。何しろゲームにリアルの金をブチ込むような上客が一発のRMTで本来ある筈の過程をスキップする訳だからな。
しかしこのゲームの場合は……。
「分かっとるだろう、崖っぷちよ……! このゲームにRMTを禁じる規約なんぞない。運営にとっては知ったことではないからだ」
そういう訳だ。ョ%レ氏は営利目的でこのゲームを作っちゃいない。別の何かを目的としている。
それでも、これまでRMT業者が大人しくしていたのは、プレイヤーがどこまで行ってもゴミだからだ。まずモンスターを一発で葬り去れるような武器が存在しない。モョ%モ氏と【NAi】が持ってる剣ですら怪しい。キャラクターの売買は不可能だ。このゲームは他人が育てたキャラクターでログインできる構造になってない。となると、残された手段はパワーレベリングとレアアイテムの移譲、ゲーム内通貨を渡すことくらいしかできない。だが、それにしたってリアルの金を出すほどか?と問われれば、いささか疑問だ。人足を雇うにしてもゴミはゴミだし、装備品は普通に壊れる。ついでに言うと養殖されたゴミは使い物にならない。いっそレベルが低いほうが将来有望ですらある。高レベルで動けないとか罰ゲームでしかないぞ。罵られて興奮するような特殊な性癖を持ってれば、まぁ。需要はなくはないだろうが、ごく限られた層に向けて商売を仕掛けるのはリスキーというか。もはや単なる慈善事業の域である。
しかしこれほどまでの悪条件が揃っていてもRMTがなくなることはない。どんなに実入りが少なかろうと、小遣い稼ぎにはなるからだ。ゲームは遊びである。別に苦行ではないのだ。遊ぶついでに小銭を稼いでやろうとするプレイヤーは確実に存在するだろう。
どんな商売も需要と供給だ。RMTの対象になるのは、やはりゲーム内通貨だろうな。
俺がそう零すと、大黒屋はコクリと頷いた。
「血湧き肉躍るぞ、崖っぷちよ。年甲斐もなく。愉快だ。よもや業者と商圏を争える時が来るとはな……!」
本来であれば、プレイヤーとRMT業者は土俵が違う。いや、正確に言えば勝負にならない。RMTを止める手段などないからだ。しかしこのゲームで本気でRMTをやろうとするなら、PKに走るしかない。ゴミの装備を剥ぎ取って売り飛ばす。それこそがこのゲームにおける最速最短の金策だ。
そして、大黒屋は最後にこう付け加えた。
「それとな、崖っぷちよ。ここだけの話なのだが、スマイルが戻って来たという噂がある。真相は分からん。だがヤツはβ組だ。気を付けることだな」
ちっ、マジかよ。
スマイル。サトウシリーズの盟主のことだ。いつもニコニコと笑っていたことからそう呼ばれる。あるいはワンピースの人造悪魔の実のことである。人工的に悪魔の実を作れるとはな……。
俺は大黒屋に礼を述べてクランハウスを辞去した。
そもそも悪魔の実ってのは一体何なんだ? 頭の中はワンピースのことでいっぱいだった……。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
俺も能力者になりてえわ。うっかり悪魔の実を安値で売ってたりしねえかなぁ。
一縷の希望に縋って俺は露店バザーをぶらぶらすることにした。理想を言えば自然系だな。武装色の覇気を使わねえとダメージ通らないってのはやっぱデカいわ。敵の消耗を誘えるってことだもんよ。
お目当てのブツは残念ながら見つからなかったが、ウチの子たちを発見したぞ。何かと俺を殺そうとしてくる三人娘だ。俺は物陰に身を潜めて尾行を開始する。こうやって外でばったり会うのは珍しい。普段どんな感じなのかなぁと気になったのである。狩りしてる時は金切り声を上げて殺し合っているらしく、何故か俺が悪いと各方面からクレームが上がっている。けどウチの丸太小屋じゃそんな様子は見られないし、さすがに露店バザーでおっぱじめることはなかろう。
ほうほう。ふんふん。なんて言うか、普通だな。
サブマスターの金髪は与えられている権限を何か勘違いしているようで、迷子にならないようちんちくりん一号に手を引かれている。まぁ想定の範囲内だ。いつの頃からか、ウチの長女役には小せえのが居座るようになってしまった。三女の赤毛はポチョとスズキの隣を行ったり来たり。忙しなくぱたぱたと歩き回っては、あちこちに好奇心を引かれてふらふらと吸い寄せられていく。その後に金髪ロリが続く。
ふうん。三人揃って歩いてる時に行き先を決めるのは赤カブトなのか。ちょっと意外だ。
何か当てがあって露店バザーに来た訳じゃないらしいな。きゃっきゃとお喋りしながら予算内で買う買わないを吟味している。
「ジャム。これは? これ可愛くない? このコケシ」
「えっ。可愛くない……」
「スズキの可愛いはちょっとズレてる」
センス全般ズレてると俺は思う。
「む〜っ。じゃあこれは? トトロだよ。トトロは間違いない」
「あ、知ってる。キャメルさんが見せてくれた子だ。でもトトロって売ってていいんですか?」
「ニセトトロだから大丈夫だ。ほら、こん棒持ってる」
どうして待たせた? むしろ原版のトロル寄りになってるじゃねえか。
おやおや? 何やら知らないゴミがウチの三人娘に近付いていく。着ぐるみ部隊の出来損ないみたいな女を連れて。猫の獣人かな? いいえ、違います。ヘソ出し女です。
ヘソ出し女がゴミに尋ねる。
「もるるっ。コタタマの知り合い、こいつら?」
ゴミはへらへらと笑っている。
「ええ。それはもう。崖っぷちさんのね。お知り合いですよ。深ぁ〜い仲のね。へへっ。じゃ、あっしはこれで……」
ゴミはそれだけ言って上機嫌でその場を後にする。何か悪巧みをしているようなので、俺はゴミを物陰に引きずり込んで首を刎ねた。オンドレぁ!
だが、まぁ……。くくくっ。俺は歯列をギラつかせた。どうやら運命の女神様とやらはようやく俺に振り向いてくれたらしいな。
従来の人間関係では、俺の知り合いは俺の知らないところで勝手に相関図を更新していくが、今回は違うようだ。くくくくっ。おいおい、最近の俺は一体どうしちまったんだ? 随分と幸運が続くナ? そうかい、そうかい。ついに来たか。俺の時代。俺の波が。
キッチリと見届けてやるぜ……! 俺は三人娘とヘソ出し女の邂逅をじっと見守る。
三人娘は首を傾げている。ヘソ出し女の口から俺の名前が出たのを聞いていたのだろう。
腰に手を当てて踏ん反り返ったヘソ出し女が言った。
「私はコタタマの許嫁だ」
許嫁? まぁそう言えなくもないか。俺の嫁になるとか言ってたしな。正直、俺は使える女なら誰でもいい。いや別に男でも構わない。要は金だ。そういう意味では、やはりニジゲンの野郎が筆頭候補ということになる。アットムやアンパンも捨て難いが……。稼ぎの安定性で言うなら、やはりニジゲンが群を抜いている。あのセンスは真似できるものじゃない。
おっとポチョさんが無言で腰の凶器を抜いたぞ。どうした? 急に血が見たくなったのか? もはや病気だな。
不治の病に心を蝕まれている元騎士キャラを赤カブトが制止する。
「ぽ、ポチョさん! ダメ! 話し合おうよっ。ねっ?」
話し合いだと!? 俺は驚愕した。赤カブト、あいつ……。人殺しはいけないことだって知ってたのか……。じゃあどうして俺を殺そうとするんだ? フシギ。
ちんちくりん一号が笑った。とろけるような微笑だった。
「もう。コタタマったら。少し目を離すとすぐにこれなんだから……」
それは、アレか。一応嫉妬みたいなもんを感じてくれてるのか。ふん、嬉しいぜ。スズキは何かと俺をダメ人間に仕立て上げようとする危険な女だが、結婚イベントの仕様次第ではペアになるのも悪くない。
そう、結婚イベントの仕様。それはとても大切な要素だ。例えば、このゲームではまずないとは思うが、ペアになったキャラの元に一瞬でワープすることができるとしたら、俺はアットムを選ぶだろう。いついかなる状況においてもリジェネを貰えるとしたら、それは途轍もなく強力な武器になる。それと同様に、後衛のスズキを選ぶと有利になる仕様ということもあり得るのだ。まぁゲームとあって見た目は全員可愛いしな。ビジュアルで選り好みする必要はない。
ん? スズキが何かに反応した。キョロキョロと周りを見渡している。俺は素早く顔を引っ込めた。
ちっ、そういうことか。ささやきだ。スズキシリーズめ。俺を監視してやがるな。盟主のスズキに俺の存在を知らせたんだろう。だが、逆に言えばこれはチャンスだ。俺は以前からウチの子の周りをチョロチョロしているスズキシリーズの連中が気に入らなかった。この場で決着を付けてやる。
俺は可愛い部下どもにささやきを飛ばした。んんっ……!
『各位へ。スズキシリーズを炙り出す。優先度は中。動けるようなら動け。こちらは露店バザー。既に現場に居るなら目を使え。ブーンを使って撹乱せよ。以上』
反応はすぐにあった。
山岳都市の上空を行き来していたブーンの群れが次々と露店バザー各所へと降下していく。
よし。いいぞ。俺の分身、コタタマシリーズは査問会の一面に過ぎない。ネトゲーのキャラクリは楽しみ方の一つだ。それを奪うような真似を俺はしない。査問会の連中は、普段から俺の姿をしている訳ではないのだ。しかし強化した目ならば、いつでも使うことができる。突発的な事態にも対応できる。
スズキシリーズ。悪質なストーカーどもめ。プレッシャーを掛けて追い込んでやる。
俺は目に力を込めた。査問会の連中は視覚の強化こそ成功したが、誰一人として俺と同じ目が備わることはなかった。何故かは分からない。適正の問題かもしれない。だが極端にレベルが上がりにくくなるということであれば、結果的には正解だったのかもな。レベルが上がらないってのは致命的な欠点だ。俺はいつまで経っても雑魚なままなのだろう。
だが、雑魚でいい。この目は俺に合ってる。
俺は物陰に身を潜めたまま、ぞろりと視点を動かした。
先生の教えを元に、俺は日々研鑽している。
(視点をどこに置くかでジャンルは決まる)
そうですよね。先生……。
俺は目がいい。それは単に視力が高いってだけじゃない。目にした事象を並列的に処理できる。つまり突風が吹いた時に百人がパンチラしたなら俺は百人のパンツの柄をキッチリと視認できる。人間の限界を超えた力だ……。
超人的な目。そこに俺の性癖が合致した時、俺のリミッターは完全に解除される。とどまる理由など何もないのだ。正義や信念などという薄っぺらいものではない。それらは人類という種が精々千年かそこらで勝手に築き上げて悦に浸るものでしかない。だから薄っぺらい。だから時代によってコロコロと姿を変える。本物じゃないってことだ。
俺を衝き動かすものは、もっと原始的で、崇高なリアル。生命が誕生し、いつしか彼らが願った生きたいという思いそのもの。
真実の、エロス。
生命の賛美歌が降り注ぐかのようだ。
この目に映ったものを俺は忘れない。かつてネフィリアは強化した目について情報を内面で加工していると言った。
だったら俺は、時空間を支配できる。目に焼き付いた一つ一つの思い出を再構築してエグい角度から見上げることができる。
喰らえ。
ローアングルの魔眼……。
神ゥ威……!
俺は物陰に身を潜めながらもウチの子たちの真下から上を見上げた。さすがに今日履いてるパンツの柄までは分からん。分からんので、過去のパンチラから持って来るしかない。うむ。
ウチの三人娘が素っ頓狂な声を上げた。スカートの裾を押さえてその場にぺたりと座り込む。
俺は構わず索敵を続ける。スズキシリーズはウチの劣化ティナンをいつも見守っている。それは、つまりこちらからも見える位置に居るということ。
ぐっ……! 俺の右目が潰れた。ばちっと目を閉じてうずくまる。だが見つけたぜ。俺はダッと地を蹴って駆け出した。
逃がさねえ。ようやく尻尾を掴んだぜぇ!
これは、とあるVRMMOの物語。
あとはいかにして死ぬかだ。
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